巻の八十八「幻想郷は、宴会も自由だなぁ」 ―――どこに居るともしれない紫ねーさま。幻想郷の宴会はかなり犯罪チックです。 紅魔館の面々に続き、アリス、メディスンのお馴染コンビとにとり、椛、飛び回っていた文姉の三人が到着して開催された守矢神社での宴会。 その有り様は、僕に妙な罪悪感を抱かせるシロモノだった。 ……一部の方々は完全にアウトだよねコレ。具体的に誰とは言わないけど。「ふ、今宵の月には血の様な紅いワインが良く似合ぶーっ!?」「あはははは、お姉様が引っかかったー!」「そのワインが紅いのは、このタバスコで染め上げたからだよーっ!」 ちなみに犯罪筆頭候補のフランちゃんとメディスンは、早々にアルコールを摂取するだけの行為に飽きて悪戯に精を出している。 真っ先にレミリアさんを狙う当たり、ちびっ子の動物的勘と言うモノに恐ろしさを感じざるを得ない。 いや、フランちゃんは僕より年上なんですけどね。 ただ二人とも、白ワインにタバスコ突っ込んで赤ワインにするのはやり過ぎだと思うよ? ……全然色が違うから、間違えようがないとは思うけどさ。「咲夜、貴女見てたわよね。ばっちりと。タバスコが投下される瞬間を」「自分の飲んでいたワインの色を忘れてエエカッコするお嬢様………素敵です」 咲夜さんもフルスロットルだなぁ、ダメな意味で。 どうやら宴会ではメイド業から一時解放されるらしく、咲夜さんは一升瓶一本を自分専用にしてわんこ酒を楽しんでいた。 身体にはすっごく悪そうだけど、最早何も言うまい。何しろ‘これでも控えめな方’だし。「おやおや、お二人ともそのくらいでおしまいですか?」「ふん、情けないな。不死身の蓬莱人と言ってもその程度か」「……勝手に………人の勝負に……混ざってきて……偉そうに……ほざく……な………」「………えーりん……まじでたすけて……ひめとしてあるまじきじたいになりそー」「すいません、厠をお借りして良いでしょうか」「あ、はい。奥行って右です」 平和的でも非健康的な『大酒飲み勝負』を始めた妹紅さんと輝夜さんは、乱入者である文姉と八坂様に完敗していた。 と言うか文姉、貴女が器代わりに使ってるのさっきまで満杯だった一升樽なんですが。 あと、後ろに控えた文姉と同サイズの空っぽの樽には何が入っていたんですか。正直聞きたくないですけど。 開始十数分でコレなのだから、幻想郷の宴会のハイスピードぶりが良く分かると言うモノだ。 本当に、『酒を飲んで物を食べる』ための催しなんだね。 幽香さんとかアリスとかに至っては、ほとんど一人で飲み食いしているのと変わりないし。 「幻想郷は、宴会も自由だなぁ」「そう言いつつ、一滴の酒も飲んでいない愚か者はここかにゃあ~?」 背後からニヤリ笑いのてゐが現れる。その手には、中身一杯の日本酒入りと思しき瓶が。 ……しまった、気付かれた。 気付かれない様コソコソ移動しながら誤魔化していたのに、目聡いなてゐちゃんめ。 「いやその、ほら、僕って未成年だし、まだ子供だし」「元服してる歳で何言ってんだか。そもそも酒を飲む程度の事、赤ん坊にだって出来るでしょーが」「わーい、容赦ねー」 やっぱり犯罪チックではあっても、マジ犯罪にはならないんですね。 薄々察していた事実をてゐから教えられ、世界観の違いに呆然とする僕。 道理で、同い年の早苗ちゃんが普通に飲んでるワケだよ! 困ったもんだ、どうしようか。 もちろん僕だって、年頃の男の子として相応にお酒への興味を持っている。 だけどどうも飲む踏ん切りがつかないのは……これが僕の飲酒初体験に当たるからだろう。 「それは由々しき事態ね。姉弟子として後輩の面倒は見てあげないと」「にゃわーっ!? いつの間にかウーロン茶がウーロンハイに!?」 しかもめっちゃ零れてる、超零れてるよ姉弟子!? てゐと会話している隙をついて、レイセンさんが逆方向から焼酎を注いでくる。 その顔には、これまで見た事が無い程の満面の笑みが張り付いていた。 「くふふ、ついにアンタの弱点を掴んだわよ。今までのお返しに、酒を浴びせる程飲ませてあげる」「出てます! 口に出てますよ姉弟子!!」「ほーらイッキ、イッキ!」「煽らないでよてゐちゃん!?」 兎妖怪二人がかりで、少しずつグラスとの距離を縮められていく。 鼻をツンと刺激するアルコール臭が、無駄に僕の不安を煽る。 せめて、せめて心の準備をさせてーっ!? 何故か鳴り始める危機感知センサーに怯えながら、グラスを口に付け―――僕の記憶はそこで途切れたのだった。<諸事情によりシーンプレイヤーがアリス・マーガトロイドに切り替わります> 文に誘われ、妖怪の山まで来たものの……始まったのはいつもの宴会だった。 まぁそれは予想していたけど。晶のためと言う最初の名目は、どこに行ってしまったのだろうか。 そんな何時も通りの宴会に『異常事態』が起きたのは、神社にアルコールの匂いが充満してから少し後の事だった。「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ、最高に「ハイ!」ってヤツだアアアアアアアアア!!」 頭のネジが全部吹っ飛んでるんじゃないかと言いたくなる妙な叫び声と共に、むやみやたらに縦回転の入ったジャンプで晶が境内のど真ん中へと着地する。 普段のそれなりに真っ直ぐな背筋は猫の様に丸まり、地面スレスレまで伸びた手は、落ち着きの無い身体の動きに合わせて左右に揺れていた。 前髪に隠れて表情はほとんど見えないが、唯一見える口元には道化師の化粧の様な無機質な笑みが浮かんでいる。 ……何かしら、アレ。さすがにふざけている様には見えないけれど、正気の沙汰とも思えない。 「で、どういう事なのよ。そこで逃げようとしてる兎詐欺共」「ウツトウゴクゼー、モトイ、ウゴクトウツゼー」「うわ、あっさりバレた」「ちょっと、私もそのカテゴリに含めないでよ!?」 上海に指示して、コソコソと逃げようとしていた兎妖怪二匹を捕まえる。 確かこの二人はさっきまで晶と一緒に居たはず。恐らく……と言うか間違いなく晶の変調に関係しているのだろう。 こちらが一言も発さずに冷やかな視線を送り続けていると、観念したてゐが事情を語り始めた。「いや、晶が酒を飲もうとしないからさ。からかってやろうと思ってちょこっとだけ飲ませたんだよ。――鈴仙が」「……否定はしないわ」「そのへんは、私も横目で軽く見ていたわ。問題は何で晶が‘ああ’なっているのかよ。一体、どれくらいの量を飲ませたの?」「一口」「……貴女ねぇ」「おっと、今回のてゐちゃんは珍しく真実だけを話しているヨ? ねぇ鈴仙」「ええ、私も保証するわ。本当に一口飲ませたらああなったの」 ……どんだけ酒に弱いのよ、アイツ。 事態を把握した私は、晶のあまりの下戸っぷりに思わずため息を吐いた。 しかもどうやら、ほとんどの連中はおかしくなった晶を宴会の肴として見守る事にしたらしい。 あからさまにヤバそうな気配を放つ晶を前にして、反応する輩は誰もいな……いや、いた。「晶さーん、どうしたんですかー?」 やや千鳥足になった紅魔館の門番が、無警戒にフラフラと晶へと近寄っていく。 酔ってるのか素なのかは分からないけれど、どちらにせよ晶がおかしい事は特に気にしていないらしい。「どうせならこっちで飲みましょうよー。ふふふー、東風谷さんとのお話もたっぷり聞かせてもらいますよー」「望む所です! 私と晶君の友情物語、存分に聞かせて差し上げましょう!!」 あ、分かって無いのが門番の後ろにも居た。 顔を紅潮させ、分かり易く酔いの度合いを表している守矢の巫女が、美鈴の後ろから同じくフラフラと近寄ってくる。 ……友達だって言うのなら、まずはアイツの異変に気付いてやりなさいよ。 誰も忠告しようとしないので、私はしぶしぶ立ち上がり二人へと注意を促そうとした。 だがその前に、おかしくなった晶が動く。「―――シャオッ!!」 妙な掛け声と共に、美鈴の頭目掛け晶の鋭いハイキックが飛んでいく。 しかしそこはさすがに中国拳法の使い手、美鈴は落ち着いた表情で一歩後ろに下がりキックを回避する。 格闘に関してはド素人な私でさえ、容易に分かるレベルの空振り。 けれど私は、思わず彼女に向かって叫んでいた。「美鈴、下がって!」「ほぇ?」「アイシクルゥ、ドォリルゥゥゥゥゥッ!!!」 氷で出来た板状の塊が、円錐の形に伸びきった足へと絡みつく。 そして高速回転を始める、氷で出来た円錐――いや、アイツの言を借りるなら『ドリル』か。 そのドリルが形成された事により、蹴りの射程は伸びて美鈴へと肉薄する。 「うわぁ!? ちょ、ちょっと晶さん!?」 それでも何とか身体を捻って回避出来た所はさすがね。 他の奴なら、身体を削られる羽目になっていたかもしれないわ。 「酔って暴れるなんて、随分とタチの悪い酔っ払いね……しょうがない、私達で止めるわよ」「まぁ、こうなったのは私達のせいだしね。行くわよ、てゐ」「行ってらっしゃーい」「手伝いなさいよ!」 安心なさい、私は最初から期待してなかったわ。 漫才を続ける兎達を尻目に、五体ほど人形を展開し暴走している晶を捕縛しにかかる。 ……もっとも、捕まえたとしてもアイツの力なら数秒で解いちゃうでしょうけどね。 とりあえず、一瞬でも動きが止まれば十分よ。 人形達を操る魔力の糸が、晶の周囲を囲い込む。けれど―――「チェェェェンジッ!! 天狗面、スイッチオン!!!」「――へっ?」 氷の翼を生やし、鳥の嘴の様な面を付けた姿に変わった晶は、高く飛びあがって全ての糸を回避した。 ……なによ、あれ? アイツが氷で羽根を作って飛ぶ事は知ってるけど、あの妙なお面にはどんな意味があるのかしら。 私が突然の変化に戸惑っていると、てゐの説得を諦めてやってきた鈴仙が苦々しげに呟いた。「最悪ね。あの状態でも『面変化』が使えるなんて……」「『面変化』?」「ああ、貴女は知らないのね。面変化は、狂気の魔眼を使って別人格を張り付け自分を強化する技よ」「……アイツは、能力を変に使わないと死ぬ病気にでもかかっているのかしら」 何で相手に使わず自分に使うのよ、捻くれてるわねぇ。 断言してもいい、晶のヤツ間違い無く普通の使い方より先にあの使い方をしたに違いない。 まぁ、そこはどうでも良いか。問題なのは変化後の能力だ。 鈴仙の態度から察するに、相当ヤバそうな感じだけど……果たして何をしてくるのか。 私は人形達を引き戻し、晶の次の対応を待つ。「あ、晶さーん。落ち着きましょうよ、ね、ね?」 一方まだ状況を理解し切れていない美鈴は、困った様に両手を上下させながら晶に話しかけた。 さっき攻撃されたばかりだと言うのに、人の良いことよね。 ちなみにそんな門番の後ろに居る巫女は、何かを考え込んでいるようで場の流れには我関せずとなっている。 ……友達なんだから、少しは心配してあげなさいよ。「ひゃっはーっ! 汚物は消毒だぁー!!」「あ、あれ? 晶さん、何だかキャラがおかしくありません? 明らかに文さんじゃないですよね、ソレ?」「マスタァァァァスパァァァァァアアク!!!」「天狗面なのに何か出たーっ!? あぶなーっ!?」「チェェェェンジッ!! 四季面、スイッチオン!!!」「え、ちょ、何で掴まれ」「八ヶ岳ぇぇぇぇお、ろ、しぃぃぃぃぃぃぃいっ!」「ひでぶーっ!?」 ――なんだろうか、今のは。 天狗の姿でマスタースパークを放ったのは……美鈴の反応を見るにおかしいみたいだけど、私は特におかしいと思わなかったからまぁいい。 だけどもう一つの面――恐らくは花の妖怪を模しているのだろう――の攻撃方法は、明らかにおかしいだろう。 後方に跳んで避けた美鈴の身体を、氷で形成した手を‘伸ばして’掴み、振りまわす様に投げるなんて。 物凄い勢いで地面に叩きつけられた美鈴は、逆さまの状態で石畳に突き刺さっている。 あの門番の事だから死んではいないだろうけど……当分は身動き一つとれないでしょうね。「ねぇ、鈴仙。あれが『面変化』なの?」「……いや、もうちょっと参考元の原型が残った戦い方をしてたと思う」「酔っ払って前後不覚になってるからねぇ。魔眼使う必要が無いんじゃないの?」 ああ、なるほどね。自分が分からない程狂ってるから、別の人格を貼り付け様が無いと。 ……何てタチが悪いのかしら。もう二度と、コイツには酒を飲ますまい。「ビーム、ドリル、大雪山おろし……なんでしたっけコレ」「とりあえずそこの巫女、ブツブツ言ってないであの馬鹿取り押さえるの手伝いなさい」「あ、はい。分かりました! ……ところでアリスさん、今の晶君の言動に」「知らないわよ。興味も無いし」「あぅ」 貴女の方は心当たりがあるみたいだけどね。酔っ払いの戯言を、解析した所で疲れるだけよ? 私はトリップしていた巫女の頭を上海で軽く小突いて、彼女に協力するよう要請する。 正直、今のアイツを取り押さえるには三人でも不足している気がするのよね。 存在そのものは酔っ払った馬鹿の癖に、実力だけは伴っているみたいだから扱いに困る。 ……アイツが正気に戻ったら、今度は私がアイツにケーキを奢らせよう。 「なんか大変そうだね。私達も手伝おうか?」「戦力としては、その、あまり当てになりませんが……」「いえ、手数が増えるのはありがたいわ。合図をしたら一斉に弾幕を放ってちょうだい」 新聞の件で知り合った河童と、文の知り合いらしい天狗も助力を申し出てくれた。 さすがにこれだけいれば、今のアイツでも取り押さえる事が出来るだろうか。 「でも大丈夫ですかね? 皆で一斉に攻撃して、晶君死んじゃったりしませんよね?」「……まぁ、晶なら大丈夫でしょ」 頑丈さだけならピカイチだし。……あと、多少は痛い目みて貰わないとね。 とは言えもちろん、晶を殺すつもりは毛頭無い。 毛頭無いから、この気に乗じて――みたいな顔は止めなさいよ、鈴仙。「よーし、それじゃあ攻撃開始!!」「――ちょっとてゐ、何を勝手に」「ゴメンなさい、晶君! 後で手当てしてあげますね!!」「久遠殿、御覚悟を!」「悪いねアキラ、後で埋め合わせはするから!!」「しぃねぇぇぇええっ!!」 てゐの号令と同時に、私を除いた全員の弾幕が一斉に放たれる。 ああもう、勝手に何やってるんだか! 相手は油断していたとは言え、紅魔館の門番を瞬殺しているのよ? 幾ら数で勝っていても、単純に力押しするだけじゃ――「レッツ、パァリィィィィィィィィ!!!」 こちらの不安を肯定する様に、晶は高らかに歓迎と歓喜に満ちた叫び声を上げる。 そして、光が爆ぜた。 ―――――――零符「アブソリュートゼロ」 弾幕と、その延長線上に居た私達の身体が凍りつく。 冷気の情報を追加したマスタースパークとは、また厄介な技をっ。 威力はマスタースパークより落ちているが、凍結の精度は恐ろしく高い。 氷に捕縛されたその他の面々も、どうにか逃れようとジタバタしているけれど、誰ひとりとして抜けだせないでいる。 どうしてコイツは、こういうどうでもいい時にどうでもいいスペックの高さを見せつけるのかしら。 普段から見せなさいよ。見せられても困るけど!「なんて事かしら……私達は、トンデモ無い『バケモノ』を解き放ってしまったみたいね」「言い方カッコイイけどさ、単にお酒飲ませただけなんだろ?」 まったく持ってその通りだから困る。この場合、どちらを責めれば良いのだろうか。 ……とりあえず、誰を責めるにせよこの状態から脱出する方が先ね。 未だに暴走状態にある馬鹿は、どうやら動きを止めた程度では満足していないみたいだし。「くっくっく、どうしたのさ皆ぁ。一緒に遊ぼぉよぉっ!!」「あーもう、どこぞの悪魔の妹みたいな事を言わないでよ。鬱陶しいわね」「皆さん頑張りましょう! 何とかして、晶君を正気に戻すんです!」 言いたい事は、まず脱出してから言ってくれないかしら。 相変わらず他の連中は高みの見物状態だし、割と今八方塞りに近い状況なのよ?「むーん、仕方無いねー。こうなったら――フランドール先生、お願いしますっ!!」「……あの子なら、とっくの昔に遊び疲れて寝ているわよ」「え゛っ、マジで?」「ああ、気付いて無かったのね。道理でのうのうと凍らされてると思った」 あのてゐがボケっと巻き込まれてるから、おかしいと思ったのよ。 とは言え、それが分かった所で何の救いにもなりはしない。 むしろ万事休すね。宴会の場だから自重していたけれど、もう本気で抵抗しないとやられ――「―――――晶、気をつけ」「はいっ! ――へぶをっ!?」「……なにそれ」 私は茫然と呟いた。 こちらに近づきつつあった晶は、風見幽香の一言を受けあっさりと静止する。 そして後方から射命丸文によって放たれた風弾により、これまたあっさりと意識を失い倒れた。 あまりにあっさりし過ぎて、何かのコントじゃないかと思ったくらいだ。「宴会だからと言ってはしゃぎ過ぎよ、晶」「まったく、お姉ちゃんはガッカリです。酒は飲んでも呑まれるな、と良く言うでしょう?」 ……そんな事が出来るなら、最初からやりなさいよ。 唖然としている私達を余所に、文と幽香は変わらぬペースで飲み続けるのだった。 とりあえず、晶のヤツにはぜったい後で何かを奢らせよう。氷漬けのまま、私はこっそりそう決心するのであった。○おまけ:第三幕に突入したので衣装をマイナーチェンジしようと描いてみたけど、色々忘れてたのでただの落書きになったござるの絵。<http://www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/akiratekitou.jpg>