巻の八十六「未知になるって言うのは、死んじゃうのと同意義なのさ」 どうも。今人生最大の転換期に居るであろう男、久遠晶です。 過去の記憶を思い出し、無事正気に戻った僕を待っていたのは――「そぉいっ」 軽い言葉とは裏腹に、恐ろしい速度で迫ってくる幽香さんの鉄拳でした。 え、何コレ。どういう展開? そして何その掛け声? 良く分からないけれど、ボーっとしていたら死ぬ事だけは確定しているのでとりあえず避ける。 最早これくらいの攻撃なら、軽い気持ちで回避できる自分がちょっと怖いネ。「うぉっとぉっ!?」「あらあら、反応したわね」「反応したわね、じゃないわよ! 何やってるのよ貴女!!」「気つけよ」 しれっとした顔で拳を引っ込める幽香さんに、怒り心頭と言った具合の文姉が突っかかる。 どうでもいいけど、下手すると命刈り取られてたんですがその気つけ。 「晶君、大丈夫でしたか!?」「何とか。辛うじて回避出来たっす」「いや、そっちじゃないって。さっきまで君、意識を失ってたんだよ。覚えてないのかい?」 ……どうやら、過去を振り返ってる間もリアルタイム進行で話は進んでいたらしい。 普通こういう時には、過去の記憶が一瞬扱いになったりするもんじゃないんですかね? そんな都合よく行くはず無いですか、そうですか。 今思うと、アリスのお母さんは凄く親切だったんだなぁ。色んな意味で。「諏訪子の言葉がそんなにショックだったのか? まぁ、気持ちは分からんでも無いがな」「そういえば……守矢の小さい方の神様、先ほど興味深い事を言っておりましたね」「ん、晶の能力が間違ってるって事?」「そうです。それに「能力で能力を作って戦っている」とも言ってましたよね。貴女は、晶さんの能力に関して何かご存知なんですか?」「ゴメン、全然知らない」 手を左右に振りながら、あっさりと告白する諏訪子さん。 いやでも、僕と諏訪子さん達の能力は似てるって自分で言ってたじゃないですか。 僕の疑問を込めた視線に気づいた諏訪子さんは、両手を合わせて僕に可愛らしく謝ってきた。「いやぁ、そこらへん神様の感覚で分かりはするんだけどね? 細かい詳細までは全然分かんなくてさ、あはは」「神様の感覚なら、むしろそこらへんの詳細も分かりそうな気がするんですが……」「由来が在る能力なら分かるよ。だけど君の力は、如何なる由来も無い『無色の力』だ。それじゃ私には分からない」「無色の力……つまり、何も決まって無い力って事ですか?」「いや、『何か』は決まってるだろうさ。だけど分からないんだよ。多分彼本来の力は、‘意図して使われた’事が無いんじゃないかな」「確かに、そうっぽいですね」 力を使った事自体は何度かあったみたいだけど、どういう能力かを意識して使った事は一度も無いはずだ。 と言うか、意識して使っていたらその時疑問に思っているに違いない。 さすがにそこまで鈍くは無いはずだ。無いって事にして。 自分でもかなりの心当たりがあったので、僕は諏訪子さんの説明を疑う事無く受け入れる。 しかし文姉はそうでないらしく、あからさまな疑惑の視線を諏訪子さんに向けた。 「およ、天狗の方は納得いかないみたいだね?」「半信半疑、と言った所です。これでも新聞記者の端くれですので、口頭だけの情報を鵜呑みにするワケにはいかないんですよ」「御山の天狗は、口頭だけの情報を脳内で面白おかしく書き変えて新聞にするんじゃないの?」「大多数がそうである事は否定しませんがね。清く正しい文々。新聞は違いますよ」 そういえば、文姉が居た時に『意図せず使った』事は一度も無かった気がする。 基本的に僕って、新しい能力とかスペルカードとかを獲得しても誰かに報告する事をしないし。 恐らくは『本当の能力』で作ったと思われる「天之尾羽張」の存在を知ってるのは、フランちゃんと美鈴くらいしかいないんじゃないかな。あと神綺さん。 「幻想世界の静止する日」? あれはそもそも実際に使った事が無いから問題外ですよ。 ……と言うか今更気づいたんけど、幽香さんに至っては面変化の事すら説明して無かったぢゃん。 さっきは当たり前の様に使って当たり前の様に共闘してたけど、ちゃんと説明した方が良かったかなぁ。「なら、本人に聞いてみたらどうだい? どうやら心当たりが色々あるみたいだよ」「……どうなんですか? ああ言ってますけど」 等と思考を脇道に逸らしていたら、いつの間にか話の矛先がこちらに向かっていた。 いやまぁ、僕の話題なんだから僕に話が回ってくるのは当然なんだろうけど。 似たような状況で何度もハブられてきたから、横に控える事を完全に当然の事として受け入れていたよ。 「えっと、一応心当たりはあります」 何気に貴重な説明の機会を与えられて、微妙にテンパリながら僕は‘心当たり’を語る。 とは言え一々律義に説明していたらかなり時間がかかるので、端折る所は端折って説明しましたけどね。 具体的に言うと、「幻想世界の静止する日」獲得の際のアレコレは丸々カット。使って無いし、危ないし、色んな意味で怖いし。 ちなみに「天之尾羽張」の話も、神綺さん登場の下りはさらっと流させて貰いました。 こっちは全部説明したかったんだけど……僕もあの人の事イマイチ分かって無いから話し様が無いんだよね。 そもそも魔界ってどこなんだろう。色々慌ただしくて、アリスに聞くのをすっかり忘れていたよ。「おいちょっと待て、そんなトンデモ必殺技があるなら何故さっき使わなかった!」「――何故かですって? ……そんなの、使うのが怖かったからに決まってるじゃないですかぁっ!!!」 「な、泣くなよ。悪かった、手を抜いていたワケじゃ無かったんだな」「そんな余裕があったらねぇ、せっかくの致死攻撃無効化を幽香さんにコンガリ焼かれるために使うとかしないわぁぁぁあっ」「いや、なんか、ほんと、ゴメン」 分かって貰えて何よりです。では説明を続けましょう。 神様を平謝りさせた貴重な経験をスルーして、僕はさらにたった今思い出した話――ねーさまに改変された記憶の事を話した。 幼い頃に能力に目覚めた事、そこに紫ねーさまが介入してきた事、思い出しはしたけど何の参考にもならない事。 全ての話を聞き終え、神様ズと早苗ちゃんは何事かを考えている様だった。恐らくはねーさまの意図やら何やらを探っているのだろう。 一方、文姉と幽香さんは肩を竦めてただ一言。「やっぱり隙間でしたか」「まぁ、スキマでしょうね」 ――幻想郷における、紫ねーさまの扱いが良く分かる台詞である。 もうそいつが黒幕で良いじゃん、と言わんばかりに納得する文姉と幽香さん。 実際には何も解決していないんですが、それで良いんですか。「私としては、初めて聞く事実の多さに驚きね。八雲紫と知り合いだった事すら私は知らなかったわよ?」「私だって、色々知りませんでした。……親友なのに」 そして明らかになる僕自身の情報開示の怠慢。と言うか早苗ちゃんが考えてたのそこだったの? いや、まぁその……ゴメンなさい。言ったつもりになってました。 「けどその八雲さんとか言う人も分かりませんね。何も分かってない力を封じるなんて」 こちらが謝ろうとする前にあっさり気を取り直した早苗ちゃんが、不思議そうに小首を傾げる。 確かにそう考える事も出来るだろう。紫ねーさまは、能力に関する事を何も明言していなかったし。 けれどあの人なら、知っていそうな気がするけどなぁ。 とは言え本人に聞いてみるまでは、どこまで分かっているのかを決めつけない方が良いのかもしれない。 いやでも、あの人なら知っててもおかしく無いよね。 気にしないと言ったのに、速攻でループを始める意志薄弱な自分。 しかし、そんな『全部を知っていて黙っている』派に傾いている僕に、意外な所から知らない派へのフォローが入った。 フォローの主は、早苗ちゃんと同様何か考え込んでいた八坂様だ。「逆だ、早苗。‘何も分からない’からこそ、その妖怪は久遠晶の力を封じたのかもしれん」「……分からないから封じる? どういう事ですか?」「‘未知’と言うのは、その事実だけで充分に恐ろしいモノだと言う事だ。なぁ早苗。何故、守矢の秘術が代々伝わってきたか分かるか?」「神の力が素晴らしいからです!」 さすが宗教関係者、素晴らしく理屈になってない答えですね。 どうやら八坂様にとってもこれは不本意な回答らしく、何故か睨みつける様な視線をこちらに送ってくる。 あ、これは僕に答えろって事なんですかね。 出来ればそれくらいは口頭で伝えて欲しいんですが……ダメですかそうですか。「えっと、守矢の秘術が『未知のモノ』になっては困るから、ですか?」「そういう事だ。例え守矢の秘術がどれほど素晴らしくてもな、それを‘誰も知らなければ’祀られる事なぞ有り得ないのだよ」「何しろ私達神様って言うのは、ある意味『分からないモノを分かるようにした結果』だからね。私達にとって未知になるって言うのは、死んじゃうのと同意義なのさ」「それは、守矢の秘術も同じと言う事ですかね?」「もうちょっと酷いよ、力としては残るワケだからね。多分、何も分かっていない誰かから『得体の知れないバケモノ』に認定されて、それが定着しちゃうんじゃないかな」「……言いながらこっちを見るな。私のは表向きの対応だ、表向きの」 なるほど。そう言われると『未知』って事が相当ヤバいと分かる。……何となくだけど。 ちなみに諏訪子様は諏訪大戦での自分を例にしていたけど、西洋辺りにはもっと分かり易い例が存在している。 それは某宗教における、「悪魔」と呼ばれる方々だ。 宗教同士の‘戦争’に負けた結果、彼らは土着の神から『良く分からないモノ』へと変えられてしまったのである。 まぁアレだね。同じ町内にマ●ドナ●ドと●スバー●ーが仲良く同居する事は出来ないってワケだね。わりと良くある光景だけど。「ちなみに、今の『得体の知れないバケモノ』って呼称は貴方にも当てはまるわよ? 気づいていたかしら?」「え? ―――あ、ほんとだ!?」 そういや今の僕は、『未知の力』を持った『良く分からない存在』じゃないか。 そしてその事に気付かなかったのは、どうやら僕だけでは無かった様だ。 全員が――特に諏訪子さんが――ハッとした表情になり、慌てた様子でフォローの言葉を口にする。「い、いや、今のはあくまで例の一つだからね? 君の場合、バケモノ認定する『誰か』がいないでしょ?」「それでフォローのつもりかバカモノ! いいか久遠晶よ。確かにお前の力は誰も何も分かっていないモノだし、細工されるぐらいヤバい代物らしいが……えーっと」「そこで言葉に詰まらないでくださいよっ! 大丈夫です晶さん、世界中が敵にまわってもお姉ちゃんは貴方の味方です!!」「抜け駆けはズルいです! 私だって晶さんの味方なんですからね!?」「――ですって。良かったじゃない、味方がたくさんね」「ありがたいですけど、正直バケモノ扱いはあんまり気にしてないです」 特定宗教に傾向してるワケじゃないから、バケモノとか悪魔とかの呼称に実はそんな抵抗は無かったり。 そもそも、大分前にバケモノクラスに片足突っ込んでる認定もされたし、悪魔に知り合いも居るし、実際得体も知れないし……。 あれ、間違いどころか的確な表現じゃない? うーむ、ついに僕もそっちの世界の仲間入りかぁ―――なーんてね、入れるワケ無いですよねー。 と言うかまず根本的な問題があるよね。今の僕には。「結局の所………僕の本当の能力は誰も分からないんですか?」 僕の問いかけと同時に、一斉に黙りこむ皆。 何とも雄弁な答えだ。そして一番望んでなかった答えでもある。 まずそこが分からないと、怖いともヤバいとも言えないんじゃないですかね? 分からな過ぎて。 「ちなみに、晶さん自身はどうです? 全部じゃ無くても良いですから、断片的な感覚とか分かりません?」「攻略本どころかプレイングマニュアルもチュートリアルも見つからない感じですね」「はぁ?」「ついでに言うと、一度起動した所を見たのは良いけど、実際にどうすればソフトが起動するのかも分からない状態でもあります」「……つまり、何ひとつヒントは無い。と」「そういう事です」 この手の謎の能力にありがちな、『突然使い方を理解する』なんて兆候も一向に現れない。 初期ファミコンソフト並の不親切さである。サポートセンターはどこですかね?「ふむ、何も分からんか。……ならずっと分からぬままにした方が良いかもしれんな」「え、僕は何をされるんですか!?」「……何故身構える? 良く分からんが、私は単純に『能力が何なのか追求しない方が良い』と言っているんだ」 あ、そういう事でしたか。 てっきり、「もう何も考えられない様にしてやるぜぇ!」と言われてしまったかと思いましたよ。 いやー、良かった良かった。……え? 追求しちゃダメなの?「スイマセン。僕としては凄い気になるんですが……」「気持ちは分からんでもない、自分の事だしな。だが、興味本位だけなら悪い事は言わん。追求するのは止めておけ」「私も神奈子と同意見かな。勘だけどさ、君の本当の能力は結構ヤバそうな感じがするんだよね。色んな意味で」「そ、そんなにヤバいんですかね?」「さぁねぇ。そういう所も‘分からない’から厄介なんだよ。臭い物には蓋……ってワケじゃないけど、必要無いなら知らない方が良いかもしれないかな」「なるほど……」 確かに僕が本当の能力を知ろうとしているのは、分からないと気持ちが悪いから――要するに完全なる興味本位からの行動だ。 それでも問題無いと思っていたけど、少し考え直した方が良いのかもしれない。 実際、諏訪子さんの言う通り絶対に知らなきゃいけない事でも無いしねぇ。 ニセモノだったとはいえ、「相手の力を写し取る程度の能力」は今まで普通に使えてたワケだし。 より強くなりたい欲求とかも特に無いワケだし。 ……どうしよう、本当に分かる必要性がどこにも無いや。「ふん、別に従えと言っているワケでは無い。あくまで参考にしろと言っているのだ。自分の事くらい自分で決めろ」「あ、はい。なんかスイマセン、気を使って貰ったみたいで」「――――気のせいだ」 物凄い勢いでソッポを向く八坂様。でもこの人、かなりの割合でフォローしてくれてたよね? 僕が明後日の方向に顔を向けている八坂様を見つめていると、心底愉快そうに笑う諏訪子さんが語ってくれた。「ゴメンね、うちの駄神が素直じゃ無くてさー。まぁツンデレだと思ってくれればイイヨ。デレ比高めで」「だから、言い方を考えろバカモノ! と言うか私にデレは無い!」「はいはい、ツンデレ乙」「ツンデレ言うな!」「……俗っぽいなぁ、守矢の神様」「すいません。うちの神様達、私が生まれる前からのテレビっ子でして……」 わぁ、科学の力を堪能してるなこの人達ー。 一気に脱力してしまい、肩を竦めつつ口げんかする二人を眺める僕と、恥ずかしそうに俯く早苗ちゃん。 でも何となくホッとしてしまったのは、陰鬱になる話題から離れる事が出来たためだろう。 ……やっぱり、いつまでも問題を放置してばっかりじゃいられないよね。 段々リアルファイトに発展し始めそうな雰囲気を放ってきた二人の会話をやっぱり眺めつつ、僕は心の中で静かに決心を固めるのだった。 「何ですかね、ツンデレって。ツンとデレは個別使用出来るみたいですが」「相対する二つの要素を繋げた感じよね。ツンが尖りでデレが……」 ―――あ、文姉と幽香さん。外の世界の歪んだ文化を分析するのは是非とも止めてください。