いよいよ、物語も終盤へと向かって行きます。 ここまでお付き合い頂いた皆様方には、感謝の言葉も尽きません。 ですが、物語の終わりを見る前に。 まずは久遠晶と共に、彼の本当の過去を知る事にしましょう。東方天晶花 ~とうほうてんしょうか~巻の転「むかし むかし」~the end of fantasy~ さて、これは「むかしむかし」のお話です。 とある所に、久遠晶という幻想に憧れる極々普通の少年がおりました。 少年は何の変哲も無いタダの‘人間’でしたが――ひとつ、人とは違う大きな秘密を抱えていました。 家族も、本人ですらも知らない少年の秘密。 それは彼の中に、異能の力が眠っていると言う事実でした。 ―――それが、全ての話の始まりです。 ある日少年は幻想への憧れから空を飛ぼうと試み、己の中にある能力を目覚めさせます。 しかし、少年も祖父も、何一つ分からない『未知の幻想』にただ戸惑うばかり。 何も出来ずただ途方に暮れる彼らの前に、やがて一匹の妖怪が現れました。 彼女こそが『八雲 紫』。かつて少年の祖父を幻想郷へと誘った、『妖怪の賢者』と呼ばれる大妖怪です。 「おお、賢者殿。何ゆえ貴女様が人の世に御出でなさったのでしょうか」 少年を寝かしつける様に抱きかかえた賢者に、少年の祖父は問いかけます。 賢者はゆっくりと地に足をつけると、厳かな声で祖父の問いかけに答えました。「幻想の園の外側に、『園にあるべき力』を感じ取ったためです」 賢者の答えに、少年の祖父は懼れました。 祖父は知っていました。人の世の預かり知らぬ場所に在る、幻想の園の存在を。 そこに住まう、異能の人間と異端の妖怪の存在を。「賢者殿、まさか貴女様は私の孫を連れていくために……」「違いますよ、かつての客人。貴方の心の支えを奪うほど、私も酷ではありません」「では、何ゆえ?」「この子の中に眠る力は、人の世に在って良いモノではありません。このまま放置しておけば、力に関わるモノ全てを不幸にするでしょう」 賢者は警告します。少年の力は、人間の手に余るモノだと。 祖父は嘆きます。何故こんな事になってしまったのかと。「教えてください賢者殿。何ゆえ私の孫に、そのような力が宿っていたと言うのです」「貴方にとっては酷な話ですが、理由など無いのです。ただ‘持って生まれて’しまった、それだけの話なのですよ」 生まれた時代を違えれば、神として祀られた事でしょう。 ひょっとしたら、優れた異能の遣い手として新たな血脈を築いたかもしれません。 ……悪魔の落とし子として、人の世より排される可能性もありました。 ですが、今の世界に『幻想』の入る余地はありません。 『未知なる幻想』を得てしまった少年は、この世界にとってただの『異端児』でしか無いのです。 賢者は、祖父に無情とも言える事実を告げました。「如何すれば良いのですか、賢者殿。私は己の孫に非業なる運命を授けたくはありません」 祖父の嘆きに、賢者は答えます。 そのために、私は来たのだと。「この子が人の世に与える影響は微々たるモノでしょう。だからこそ、幻想郷はこの子を捨て置く事が出来ません」 人はその僅かな幻想を、己の持つ科学という名の幻想で理解しようとするでしょう。 それは、『箱庭の楽園』たる幻想郷に、悪意ある変化をもたらす事になるかもしれません。 妖怪の賢者は、僅かな可能性を示唆しつつ少年の頭を撫でます。「今日の記憶は書き変えました。これでこの子にとって、今日の出来事は幻想とは無縁のモノに変わります」「ありがとうございます。……しかし、すでに起きてしまった事実を変えたワケでは無いはずです。賢者殿、私達はこれからどうすれば」「そのために、貴方にやって頂きたい事があります」「はい。私に出来る事なら」 少年の祖父は、己の孫のために文字通り命をかける覚悟でした。 しかし、賢者の提案は祖父の想像を違う意味で裏切りました。「では―――この子に、能力とは無関係な‘普通の’生活を送らせてあげてください」「……それで、良いのですか?」「貴方達人間が持つ『常識』と言うモノは、時に如何なる枷より強固に幻想の力を封じます」 だからこそ、幻想の存在である妖怪は幻想の園に逃げ出したのです。 そう、賢者はどこか皮肉げに語ります。 改変された記憶は少年に対する‘戒め’となり、眠れる力を上手く抑える事でしょう。 凡人であると言う認識と幻想に対する憧れも、対比となって力の抑止に繋がるはずです。「ただ、自身の中に『特別な力』がある事だけを、悟られない様にしてください」 賢者の提案は、祖父にとって悪魔の囁きの如く魅力的でした。 だからこそ、祖父は考えてしまったのです。 平穏に生きるのならそれで良いだろう。けれど、『幻想に生きる』事を選んだ場合、少年はどうすれば良いのかと。「賢者殿。貴方のお言葉、しかと受け止めました。ですが一つだけお願いしたい事がございます」「ええ、私に出来る事なら」「もしも……もしも賢者様のお言葉通りに育てて尚、私の孫が幻想を求める様でしたら、幻想の園に孫を受け入れて頂きたいのです」「―――――」「平穏を望んでおきながら、勝手な願いだとは重々承知しております。ですが、ですがどうぞ……」 心の底から孫の幸福を願い、少年の祖父は賢者に頭を下げました。 そんな彼に、賢者はあくまで無情に答えるのです。「幻想郷の管理者として、許容は出来かねます。貴方の孫はそれほど危うい立ち位置に居るのですから」「……そうですか」「しかし、幻想郷は全てを受け入れます。――ですから見守りましょう。その時は、この少年が何を選ぶのかを」「賢者殿……ありがとうございます」「もしもの時はこの住所を尋ねてください。それがどんな用件でも、力になる事をお約束致しますわ」 とある住所をしたためた紙を残し、妖怪の賢者は隙間へと消えていきます。 残された少年の祖父は少年を抱きかかえ、いなくなった賢者へと感謝の言葉を送るのでした。 ―――これが、八年前の真相。 常異なる探究の徒、久遠晶という人間の『骨子』を構築する土台となった最初の一幕。 この物語の始まりでありながら、『何も始まらなかった』前奏曲。 これがこれからの久遠晶にどのような影響を与えるのかは――ふふっ、この後の物語でお確かめください。 さぁ、語りましょう? これは、いつか「むかしむかし」になる物語。「なんて事かしら……私達は、トンデモ無い『バケモノ』を解き放ってしまったみたいね」「くっくっく、どうしたのさ皆ぁ。一緒に遊ぼぉよぉっ!!」「あーもう、どこぞの悪魔の妹みたいな事を言わないでよ。鬱陶しいわね」「皆さん頑張りましょう! 何とかして、晶君を正気に戻すんです!」 たった一人の少年が、たった一つの事実を知るため奔走するオペレッタ。「ふふふ、ここまで私に食らいついてくるなんてね。……久方ぶりに、本気が出せそうだわ」「なら僕も、全力で受けて立ちましょう。――その上で、貴女を捻じ伏せます!」「まさか……ゆゆ様と互角だなんて」「がんばれーっ! お兄ちゃーん!!」 ちなみに後世の歴史書は、この小さな騒動にちょっとした名前を付けました。「久遠晶、これより貴方の‘心’を試します。覚悟は良いですか?」「止めるなら今のうちだよ? この御方は、やると決めたらとことんやる御人だからねぇ~」「ここまで来た以上、こっちもトコトンやるしかありませんからね。お願いします!」「良い覚悟です。半端な智慧は時として、無知よりも罪深き業となります。貴方の積むべき善行のため、ここで白黒ハッキリつけましょう!」 幻想郷に、些細な変化を与えた小さな異変。その名は―――「貴方がどれほど拒否したとしても、私の意志は変わらないわ。――全てを賭けた極上の勝負、愉しませて貰うわよ?」「さぁ、来ますよ。幻想郷の‘異変解決人’――「普通の魔法使い」と「楽園の素敵な巫女」が」 ―――天晶異変「久遠晶。―――貴方を、幻想郷から追放します」 小さな異変の軌跡を描いた物語、今ここに最終幕と相成ります。「―――切り札ならありますよ。最低最強、とっておきの一枚がね」 さて、これから私も演者の一人と為らねば参りません。 東方天晶花。その物語の結末は、共に舞台の上で確かめる事に致しましょう。