全ての物事には「はじまり」が存在します。 命の芽吹き、自我の芽生え、意志の根付き―――そして、夢の開花。 流動するモノには、必ず存在する「はじまり」。 ゆえに人々は、流転する定めにある物語の最初に、必ずこう紡ぐのです。東方天晶花 ~Welcome the beginner of the fantasy~ 巻の起「はじまり はじまり」 さて、物語のはじまりには、主役たる人物のはじまりを語るのが常道と言うもの。 わたくしも語り手の心得に倣い、まずは彼の「はじまり」から語っていく事に致しましょう。 ――――時は、この物語の発端より遡ること十年前。 未だ科学が自然を駆逐しきれずにいた、とある村落に少年は住んでおりました。 いえ、正確には―――住む事になってしまった。と言うべきでしょう。 少年の両親は僅か六歳足らずの少年を残し、二人で天へと旅立ってしまったのですから。 彼は、唯一の身寄りである祖父の家で暮らすことになりました。 失意の底に居ながら、それでもなお新しい環境で生きていこうとする少年。 心優しい老人は、そんな少年にあるお伽噺を聞かせるのです。 「幻想郷」 それは、とても不思議な世界の話。 妖怪が生を歌い、妖精が空に舞い、人間ですら幻想の力を扱うという、非常識に満ちた里。 祖父の語る幻想の話。少年はあっという間に虜になりました。 こうして、少年は幻想郷の存在を知ることになるのです。 これがこの物語の「はじまり」の「はじまり」です。 疑問はつきないかと思われます。 なにひとつ理解できない方もいることでしょう。 ―――ただこれだけで、全てを知った聡い方もいるのかもしれません。 ですが、この話は「はじまり」なのです。 全てを知ろうとも、全てを理解できずとも、「はじまり」が答えを示す事はありません。 今はまだ、多くの事実が物語の中に埋まっております。 それらは話が進む中で、あるものは掘り出され、あるものは朽ち果てていくことでしょう。 さて、いったい幾つの事実が明らかになることでしょうか。 答えは、遠い「今」の向こうにある、この非常識で滑稽なお伽噺の最後でお見つけください。 ――――ですが、そうですね。 このまま幕を開けて「はじまり」を終えてしまうのは、少々物足りないと思う方もいらっしゃることでしょう。 何を隠そう語り手たるこの私も、そんな我儘な思いを抱く一人です。 ふふふ…………ですから、ここで少しだけ物語の中身をお見せいたしましょう。 これが、幻想郷を舞台にはじまるお伽話の一節でございます。 幻想郷の物語は、常に唐突に。「ふふーん!! 思い知った!? あたいってばサイキョーなのよ!!」「分かってるよ! さんざん聞いたよ!! だからもう勘弁してよぉぉぉ!!!」「えへへー。さいきょーだぁ」「―――な、なぜ笑顔」 時に不条理に、時に奇跡的に、万人に降りかかる。「あやや、凄いのか凄くないのか全然わからない能力ですねぇ」「悪かったね! どーせ他人のふんどしで相撲を取ってるだけですよ!!」「相撲!?」「あ、そこに食いつくんだ。変なところで河童だなぁ……」 非常識の中に生まれた非常識、幻想郷の中におけるさらなる幻想。「期待させてもらうわよ? 久々に「弾幕ごっこ」でない喧嘩をするんですから」「いや、弾幕ごっこですから。ガチ喧嘩とかふつーに死にますから」「あらら、男の子が女の子の遊びに興じるのかしら?」「外の世界ではすでに男女平等が基本になってるんでマジ勘弁してください!」 『異変』――――それは、全てを受け入れる幻想郷がただ一種受け入れない事象。「うわぁ、可哀想な人がいますぅ……」「うるさいよ!? これから戦う人に本気の同情されたくないから!!」「……貴方からは私とおんなじ匂いがするんですよ」「……いや、本気の共感されても」 これは、誰も気づかないほど小さい、ある『異変』の顛末を綴った物語。 ―――東方天晶花 演者は人間、久遠 晶(くおん あきら) 語り手はわたくし、『神隠しの主犯』八雲 紫でお送りいたします。 もっとも―――しばらくは演者達の目を通して、物語を進めていく事になると思いますが。 では、改めて……… はじまり はじまり。