漢の皇帝霊帝の死、黄巾の乱より始まった ~ (以下略) ~ 反董卓連合が結成されたのであった。
1
「……(ふぅ)」
華琳は反董卓連合軍集結地、本陣の天幕から出るなり小さく溜息をつく。
天幕の中では『おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!』と耳障りな笑い声が続いていた。
「全く、あのバカと話すとほんと疲れるわ……」
曹操軍到着の挨拶をすませてさっさと天幕を出た華琳は、チクチクと痛む頭を指先でおさえつつそう呟いた。
「あら?」
「全く、ご主人様のせいで遅れたじゃないか」
「生まれた時から馬にのってる翠達と一緒にしないで欲しい……うぅ尻が痛い……」
一組の男女が本陣天幕に近づいてきていた。男はどうでもいいので女に注目する。
あの独特の服装、涼州の者に違いない。それなら……
「そこのあなた、ちょっといいかしら?」
「あたしか?」
「ええ、涼州の馬騰軍だとお見受けするけど、馬騰はどこにいるのかしら?」
「馬騰は来てないな。アタシは馬超だ。その馬騰の名代としてここに参加することになった。あんたは?」
「私は典軍校尉の曹操。西涼の象徴と言われた馬騰に会ってみたかったけど残念だわ」
「曹操!! 魏の曹操孟徳かあ」
馬超と一緒にいた男が突然話に割って入った。
全く躾けがなってないと思い、男を睨む。と、そこには見知った男がいた。
「……一刀、アンタ何してるの?」
「え?」
「なんだご主人様、知り合いか?」
「……ご主人様~?」
こんな小娘にどんな呼び方をさせてるのかと、思いっきり侮蔑を込めて言葉を吐く。
「いやご主人様ってのは成り行きで……あ、いや曹操さんとは会ったことないぞ!?」
「……なんですって!」
冗談にも程がある。
「いやホント、会ったことないです、ごめんなさい」
「ご主人様、人違いだったら謝る必要ないんじゃないか?」
「いやだって、凄い怖いし……」
どういうこと? この姿に声、この反応は間違いなく一刀だわ。でも嘘をついている目ではない……
「曹操、あんたの見間違いかなんかじゃないのか?」
「……あれだけわたしの体を貪っておきながらシラをきるのね。分かったわ、会ったことが無い事にしてあげる。さようなら」
「!!」「!?」
二人から背を向け歩き出す。まあわたしを驚かせた罰としてこれくらいはいいだろう。
一刀の断末魔の悲鳴が聞こえたがそれどころではないとわたしは急ぎ陣地へ戻った。
2
「華琳さまお帰りなさいませ」
「桂花、今すぐ主だった将軍をここに集めてちょうだい。それと一刀は今何処にいるのかしら?」
「あいつなら季衣と共に流琉の炊き出しの手伝いに行っていますが……何かございましたか?」
「後で話すわ。流琉達の所へはわたしが行く」
「はっ」
「流琉、皮をむき終わった人参はどうする?」
「そちらの鍋にくべておいて下さい。お手伝いさせてしまってすみません兄様」
「いいってこれくらい、次は玉葱を刻めばいいのか?」
「はい、お願いします。もー季衣も手伝ってよ」
「ボクもーおなかすいてうごけないよ」
「……なにこの幸せそうな家族風景」
炊き出しの準備場所に来た曹操はまるで家族団欒な風景を見て思わず頭を抑える。
「季衣、流琉、一刀も、今すぐ天幕へ集まりなさい」
「華琳なにかあったのか?」
丁度作業の合間だったらしい一刀が近づいてきたのでじっと見つめる。
「な、何?」
作業を他の者に引き継いだ流琉と季衣が同じく側に寄ってきた。
「季衣、流琉、あなたたちと一刀はずっと一緒にいたのかしら?」
「兄ちゃん? うんいたよ」
「はい、兄様はずっとお手伝いしてくださっていました」
「……そう。それじゃ天幕に急いで頂戴」
なにかやってしまったっけ? と多少青い顔をした一刀達を引き連れて天幕へ戻ると主だった武将全てが既に集まっていた。
集まった武将は、夏侯惇、夏侯淵、荀彧、許緒、典韋、楽進、李典、于禁、そして一刀の9名。
全員が集まった事を確認して華琳はとんでもない一言を放った。
「北郷一刀がもう一人いたわ」
3
場が静まり返る。
あまりにも唐突過ぎて誰も何も言えなかった。すると軍師として華琳の隣に控えていた桂花が俺を睨んでいる。
『アンタがなんとかしなさい!』と目が訴えていた。
「華琳、働きすぎて頭……がッ」
飛んできた杯が頭にぶち当たった。
「まあそう言うと思ったわ」
ああ、だから酒も注いでないのに杯もってたんですか。
「華琳様どういうことでしょうか?」
冷静な秋蘭が話を進めようと疑問を呈した。
「そのままの意味よ。西涼の馬騰軍に一刀がいた。一応確認するけどあなた兄弟とかいないわよね?」
「いないな」
「そう、だったら確認するしかないわね。一刀、ちょっと行って来なさい」
「何故!? というか出来れば勘弁して欲しいんだが」
「あらどうして?」
「俺の世界では自分と同じ姿をした人間を見たら3日後に死ぬという言い伝えがあるんだ」
ドッペンゲルガーってたしかそうだよな? うろ覚えな記憶をたどってみる。
「あらそう。それじゃ三日後に一刀が死んだら本物という事ね。分かりやすくていいじゃない」
よくない。
「流石華琳さま、素晴らしいアイディア(考え)ですわ」
コイツは分かってて言ってるし……というか華琳も笑ってる!? 確信犯か!!
「何をしてるんだ北郷? 華琳さまの命だ、早く行って来い」
春蘭はそのままの意味で言っているな。
「いや、その判別方法だと致命的欠陥があるだろ?」
「? 何が問題なんだ?」
「ふふ……さあなあ」
「まあ一刀に死なれても目覚めが悪いわね。秋蘭、墨と筆を用意、春蘭は一刀を羽交い絞めにしなさい」
「「御意」」
いやまて、墨と筆はともかく春蘭はその命令に疑問ぐらい持って欲しい……と思うのだがそういった常識は
この軍には当然なかった。
墨を吸った筆を手に満面の笑みで近づく華琳。
「動かないで」
動けません。
春蘭の怪力にガッチリと固められ、華琳が筆で俺の顔を塗りたくっても抵抗できなかった。
天幕内に笑いが響く。
それはもう見事な顎鬚と口髭を描かれ、髪をオールバックにされ頭に文官が被るような大きな帽子の中に収められ、
裸にされ(涙)文官服に着せ替えさせられた。
俺が裸にされた時の沙和達の嬉しそうな悲鳴はトラウマになると思った。
「さあ、これで同じ姿ではないわね」
まるで陵辱されたような絶望感で泣いていた俺に情け容赦のない言葉を吐く華琳……鬼だ(涙)
「とはいえ、見ず知らずの俺? にどうやって話しかけろと?」
「全く、それくらい自分で考えなさいよ……そうね、一緒にいた馬超結構な美少女だったわよ?」
それをどうしろと?
「察しが悪いわね! アンタ、いつもみたいに鼻水と涎たらしながら『お姉ちゃんおっぱい触らせて~』って馬超に
近づけばいいでしょ」
「隊長……」
「いくら女に餓えてるかてそれは……」
「変態なの」
直属の隊長の俺ではなく、性差別主義者の軍師の言葉を真に受ける部下達に俺は涙した。
「あなたと同じなら天の使いの筈、占い師の芝居でもして変わった相が出てるとか何とか言って素性を聞き出しなさい」
なるほど。
「分かった。馬騰軍だな」
「あ、兄ちゃんボクもいく!」
「それじゃ私も」
季衣と流琉が後についてくる。
「いいわ、でも貴方達はもう一人の一刀を見てもくれぐれも喋らない事。あと一刀がうっかり自分の名前を言いそうに
なった時止めて頂戴」
「分かりました」
俺と季衣、流琉の3人は俺? に会うために馬騰軍の陣地に向かった。
4
「ああっ!? ほんとに兄ちゃんがふた……ムグッ!?」
「ちょっと季衣、しゃべっちゃ駄目って華琳様に言われたでしょう!」
流琉に口を押さえられる季衣。とはいえ気持ちは分かる。姿どころか服装まで俺と同じだった。
意を決して話しかける。
「ちょっといいか?」
「え、ああ、いいけど……誰?」
誰だろう? 見た目中学生位の可愛い女の子を二人連れた髭を筆で書いた男って……ホントに誰!?
「俺は曹操の部下で北……ごッ!!」
飛来した鉄球が頭を掠める。
「兄ちゃんしばい、しばい!!」
「兄様お芝居ですわ~!」
ああそうだった。ありがとう、死ぬかと思ったケド……
「とはいえしばいって言われても……あ、そうだ俺はうらない……」
「しばい?……司馬懿!? 司馬懿仲達かッ!」
「え? えええ~~!?」
何を勘違いしたのか、もう一人の俺は、俺の事をよりによってあの三国志の勝者、司馬懿仲達と勘違いした。
「いや、ちが……(まあいいか)そうだ、私が有名な司馬懿仲達だ」
面倒なのでそういう事にした。
「そうかあ……司馬懿仲達は男なんだ」
ポイントはそこかよ!?
何故かガッカリしているもう一人の自分を見て自分が恥ずかしかった。(もうわけわからない)
「名前を聞いていいか?」
「ああ、俺は北郷一刀、馬騰軍の軍師をしてる」
同じ名前……やはり華琳の言った通り俺!?
「出身は?」
「浅草の聖フランチェスカ2年。わかんないだろうけど」
「東京か」
「分かるのかよ!?」
「(しまった!?)ああ、ほら、司馬懿仲達だから」
「……なるほど、説得力はある……かなあ?」
流石俺、なんとなく理解できる。
「天の御使いだな。どうやってこの世界に来て何故馬騰軍の軍師になったのか教えてくれないか?」
「何でも知ってるんだな。天の御使いについては馬騰さんの案であまり外には広めてない筈だけど……
まあいいや、どうやってって流れ星に乗ってきたらしい」
「何やってるんだ?」
そこに栗色の長い髪をポニーテールにしたミニスカートが健康的で可愛らしい少女が現れた。そういえば
華琳が馬超は美少女っていってたけどこの子か。
「翠、この人は曹操軍の軍師司馬懿。何って、何だっけ?」
司馬懿って紹介された! なんかもうこの偽名引き下がれないぞ?
「ああ、実は軍師の他に占い師もやっていて、不思議な相だったからどうやってこの世界に来たのか
話を聞いてたんだ」
「へ~、やっぱり天の御使いって分かるもんなんだな。あたしは馬超。ご主人様は流れ星に乗って荒野に
落ちてきたんだ」
「そういう事らしい。俺も気絶してて、目が覚めたら翠のベッドで一緒に寝てたんだよ」
「ご主人様!? ベッドで一緒に寝ていた!?」
俺は思わず絶句する。
「……あれ? 食いつくのそこなんだ?」
「こここ、こら! そんな言い方誤解されるだろ!! 何も無い、何も無かったからな!!」
真っ赤な顔で否定する馬超……フラグ立ってるし。
つまり目が覚めたら美少女がベッドで添い寝してて、ご主人様と呼ばせてはべらしつつ、軍師として
西涼で権力を得たと?
目が覚めたら山賊に襲われ、助かったと思ったらうっかり助けてくれた子の真名を呼んじゃって殺されかけ、華琳に
連行されて春蘭に何度も殺されかけ、朝から晩まで仕事に追われ、言う事聞いてくれない部下達の面倒を見て、
軍師に全身精液男と罵声を浴びさせられる毎日を送る自分。……あんまりだ
「兄ちゃん泣いてる!」 「兄様どうしました!?」
ああ、季衣に流琉、お前達だけだ優しいのは。思わず二人を抱きしめる。
「……人の陣地に来て、この人本当に何してるんだ?」
「さあ? 自慢かなあ?」
他人の芝は青く見えるものである(同一人物だが)
「色々分かったよ。じゃあ失礼する」
「へ? あれ占いは?」
「え?……あーっと……」
辺りを見回す。騎馬隊で有名なだけあって陣地には大量の馬がいた。
「落馬に注意。それじゃあ……」
そういってそそくさと馬騰陣地から離れた。
「……いままでの質問で結果がそれ?」
残された翠ともう一人の一刀は3人を呆然と見送ったのだった。
5
「兄ちゃんがもう一人いた!!」
「そっくりです、見分けつきませんでした」
曹操軍の天幕に戻った季衣と流琉は喋りたくてしょうがなかったのか帰るなりそう叫んだ。
「そう……一刀はどう思ったの?」
「間違いないな。あっちも本物の俺で天の御使いらしい」
「……」
返事が返ってこないので華琳の顔を窺う。珍しい、華琳がキョトンとした顔をしていた。
「え? 何?」
「驚いたわ、自分がもう一人いるのに随分冷静ね」
ああそういうことか。
「俺がこの世界にいるだけで既に無茶苦茶だからな。俺がもう一人いてもそんな驚かないよ」
「あらそう、でもなんなのかしら? あなた分裂でも出来るの?」
単細胞ですか俺は。
「ぶんれつ? 桂花どういう意味?」
「あらそんな事も分からないの? そうね、春蘭を脳天から真っ二つにするとしましょう」
李衣の質問に物騒なたとえ話で答える桂花。
「おいこら!」
「例えでしょう、あんたも聞きなさい。真っ二つになった春蘭は何個?」
「え……? 何人じゃなくて何個? 真っ二つだから二つ?」
「そうね。そして春蘭が生きていたら何人?」
「え? あ? 二人!?」
「そう、そして切れた断面から新しい手足が生えてきて春蘭は元通り。二人の春蘭が出来上がり。これが分裂よ」
色々違うが言いたいことは分かった。
「じゃ、じゃあ兄ちゃんを二つに切れば……ボクだけの兄ちゃんが出来るの!?」
「!?」
場がざわついた。 え? 殺気?
「それええな! 色々実験にもつかえそうやし……」
「沙和も一人欲しいかも」
真桜と沙和がジリジリと寄ってくるので思わず後ずさるとドン、と人にぶつかった。
「あ、凪、流琉! 助けてくれ」
「……すみません隊長」
何が!?
「私も出来れば一人欲しい……なんて」
ちょ!?
「ほらあなた達、少し落ち着きなさい」
華琳の仲裁が入る。助かった。
「まあ無限増殖する兵士なんて便利だし欲しいけど、一刀が10人も20人もいたら気持ち悪いでしょう」
「たしかに」
うんうんとうなずく春蘭と秋蘭。
「二人の一刀、すなわち二人の天の御使い。これが何を意味するのか分からない以上、しばらくは放置しましょう。
一刀も、同じ姿を見たら死ぬならしばらくその格好でいなさい」
「あ、それなんだけど、向こうの勘違いで俺曹操軍の軍師で司馬懿仲達って名乗った」
「軍師!? ちょっとあなた軍師舐めてるわね!」
「ほう、名門の司馬氏を名乗るとは度胸がある」
桂花が怒りを込めて、秋蘭が半ば関心してそう答えた。
「だったらしばらくそう名乗りなさい。軍師を名乗り、名家の姓を名乗った以上今以上の働きをするのね」
そこに伝令が届く。
本拠地の陳留で黄巾党の残党数千が蜂起。近隣の村を襲い、城に向かっているとの事。
「全く何処に隠れていたのやら。では北郷改め司馬懿仲達、兵二千を引き連れて黄巾残党を殲滅、そのまま
陳留の守備に入りなさい」
「お待ちください華琳様! いくら黄巾の残党とはいえ北……司馬懿では危険です、せめて春蘭か秋蘭を」
「あら、名門の司馬懿なら大丈夫よ、でも副官はつけましょう、誰かいるかしら?」
「……私が」
「隊長一人じゃちょっとアレやし……」
「隊長一人じゃ心配なの」
凪、真桜、沙和の3人が前に出る。季衣と流琉も何か言いたそうだったが親衛隊の立場上何も言わなかった。
もしこの光景を馬騰軍の一刀が見れば羨むであろう。曹操軍の一刀もまた愛されているのである。
「いいわ、3人共司馬懿に付きなさい」
「華琳待ってくれ、3人も折角の手柄の機会なんだからここに残れ」
「一刀……じゃなかった司馬懿、城を守るのも十分な手柄よ。それにあなたが心配で気が入らなかったら
こちらが困るわ」
「……御意。華琳一つだけ、この戦い深追いだけはしないでくれ」
「フフ、軍師として最初の助言ね。じゃあ心配になったら援軍に来なさい。ただし城の防御もちゃんとすること」
「御意」
こうしてもう一人の北郷一刀は司馬懿仲達と名乗り、曹操軍の軍師の一人となった。
二人の天の御使いが再び見えるのはまた先の話となる。
(あとがき)
そんなわけで今回の6話から反董卓連合編です(全5話くらいの予定)
前回のあとがき通り、華琳陣営の話ではなく華琳様ルートの(一刀の)話。
オリキャラは苦手なのでオリキャラだけどオリキャラじゃないオリキャラの司馬懿(オリオリうるせー)。
伏線(て程ではない:馬騰さんとの会話ね)は入れておいたケド出すべきかどうか迷っててええいもうだしちゃえ!
と(だから今回更新早いです)。もちろん面白くなると思っての事なんですけど、自分でも悩んでる所でして……
ご意見ご感想いただけると(勿論いらんといわれたから次の話で司馬懿は城に戻る途中落馬で死んだ。とやる
わけじゃないですがw)続編でたら間違いなく司馬懿ちゃんでるだろーからそーいう意味でもアレです(汗)
曹操陣営人数多ッ!!これに風、稟、霞、天和、地和、人和が加わるて物凄いなー(汗)
でも書いてみて思ったのですが役割分担がしっかりしていて大変書きやすく、キャラの性格付けがとても良く
考えられてるなーと感心しました。バッジョさんスゲーです。