1
―――洛陽
復興の進む洛陽の城壁にて曹操軍の双璧、夏侯淵が遠く長安がある方角の空を眺めていた。
「……華琳さま」
続きも前置きも無い。ただその名だけを呟く。その呟きにどれ程の意味があるのか表情からは窺い知れない、
いや窺い知る暇も無く『秋蘭さま!』と大声をあげながら典韋が駆け寄ってきた。
「どうした流琉?」
「秋蘭さま、こちらでしたか。たった今馬国へ放っていた斥候が情報を持って帰ってきました」
「それで?」
「馬国に動く気配無し! です!」
「風の言っていた通りだな」
「それでは!?」
「最低限の守備兵を残し、司馬懿隊の援軍へ向かう! 流琉準備を任せられるか?」
「はい! もう始めさせています」
「ほう?」
随分と手際がいい。それに何を聞かれ、何を命じられるか解っていなければ出来ない返答と行動であった。
「あ……余計でしたか?」
しゅん、と叱られた子犬のように小さくなる姿が可愛らしい。
「まさか、よくやってくれていると感心していたところさ。今日中に行けるか?」
「はい! お任せください」
瞬時にパアッと頭を撫でられた子犬宜しく元気よく返事をし、来た時と同じく風のように駆け去っていった。
「あの調子ならもう副将ではなく、部隊を任せられそうです」
目を閉じ、まるで誰かに語りかけるようにそう独り言を呟く。
だから今はただ安心してお休みください。
夢の続きを、覇道への道を………………魏を!!
2
―――許昌
「春蘭さま! 袁術軍が!!」
「よし来たか!! 腕が鈍っていた所だ! ギッタンギッタンにしてやろう!」
許都の留守を預かっていた夏侯惇の部屋に飛び込んできた許緒の言葉に対し、嬉しそうに立ち上がった
春蘭は……
「……来たと思ったらすぐ引き返して帰って行きました!」
季衣の言葉の続きにズッこけた。
「なんだとう! 季衣どういう事だ!」
「ええっとボクも聞いたばっかりなんですけど、なんでも孫策が反乱を起こしたとかで?」
「な、なるほど、稟が言っていた通りになったんだな……残念ながら」
自国が攻められるのを回避できたのだからなんとも武人な発言である。
「どうしますか春蘭さま? 追撃してギッタンギッタンにしちゃいます? 実はボクもウズウズしてたから準備
できてますよ!」
「おお! 季衣も解ってきたようだな」
『解ってきたって何が!?』 もしこの場に一刀がいれば春蘭の良いんだか悪いんだか解らない(悪?)影響に
ツッコミを入れたかもしれない。
「だがここは稟の言うとおりほおっておこう。えっと確か虎は太らせてから食べるほうがおいしいとか?」
「えっ!? 春蘭さま虎食べるんですか? なんだかスジばってそうで太らせても食べたくないなあ……」
「何を言ってるんだ季衣は? 虎なんか食べないぞ?」
「えっ?」
『春蘭お前が何を言ってるんだ!』と、一刀がいれば~以下略。
「袁術を倒して間違いなく強くなる孫策を倒す! まさに王道ではないか! この例えだ」
「へ~……ボクそんな例え知りませんでした。勉強になります」
『季衣今すぐ春蘭から離れるんだ! バカになるぞ!』と、一刀がいれば~以下略。
「ははは、そうだろう。だから我等が向かうのは北だ!」
「兄ちゃんを助けに行くんだね! あ、ですね。やったあ!」
「まあ北郷は私がついてないと泣くからな。最低限の守備兵を残し北郷の援軍に向かう!」
「おー! それじゃ追撃の準備してた皆に援軍に変更だって説明してきますね」
「おう、季衣まかせた!」
「はいっ!」
来た時と同じく嵐のように駆け去っていった。
「季衣もずいぶん頼もしくなって来たじゃないか。そろそろ部隊を任せてもいいだろう」
嬉しそうに一人うんうんと満足げに頷く。
「華琳さま、暫く許都を留守にすることをお許しください。私がいないと北郷が何をするかわかったもの
ではありませんから」
そう独り言を呟き、大剣、七星餓狼を手に部隊を引き連れ、春蘭は北へ向かう、そう決戦の場、官渡へ……
3
―――河南省 延津
「だああっ!」
文醜がくりだした身の丈以上の大剣”斬山刀”の振り下ろしの一撃を関羽は『はあッ!!』という気合の声と共に
青龍偃月刀で受け止め、その力のみで文醜をブンッと後方に吹き飛ばした。
文醜は空中でクルリと一回転して着地、距離の開いた関羽を睨みつける。
「こいつ……つえぇ……」
恐らくは曹操軍、袁紹軍両陣営最強の武将同士の闘いは既に渡り合うこと幾十合、未だ決着が付かなかった。
「……(このままじゃ、あたいが負ける……だったら)」
文醜は関羽に背を向け、走り出した。
「逃げるか文醜!」
一瞬虚をつかれた関羽が文醜を追いかけると、黄河が流れる崖の上で文醜は立ち止まった後振り向き、大地に足を
しっかりと付け、”斬山刀”を担ぐように構えた。
「……自らを追い込み、勝機を上げる覚悟か。その挑戦受けよう」
関羽も構え直し文醜を見据える。
「斗詩を倒し、あたいに斬られる奴が名無しの美髪公じゃ許されねェ、名を名乗れ!」
「……斬られるつもりは毛頭無いが、よかろう。我が名は関雲長。劉玄徳が一の家臣にして、その大業を支える者。
今は故あって曹操殿の客将をしている」
「どっかで見た事あると思った。お前劉備の家臣か、そんな強ェのを隠してたんだな」
「隠すつもりもなかったが……ゆくぞ文醜!!」
一気に駆ける! 近づく関羽に最強の一撃を放つ為、文醜は気合を込め、一瞬の時を待ち『でりゃあああッ!!』
掛け声と共に最強の一撃を関羽の頭上目掛け振り下ろした。
まさに最強、その速さ、込められた威力どれを取っても最強と言えようし、この一撃をかわせる者等呂布を含め
大陸を探しても5人といない。だからそう、文醜唯一の誤算は目の前の少女関羽はその5人の中の一人であった
という事実、ただそれだけ。
文醜の斬山刀が関羽の頭を砕くより早く、関羽の青龍偃月刀が文醜の頭上に振り下ろされた。
ギャン!! という凄まじい金属音を残して、文醜は断末魔の声さえ残さずに崖の下黄河へ落ちた。
4
―――曹操軍本陣
初戦白馬の地にて顔良率いる顔良隊を破り、延津の地にて輜重隊を囮にする奇策を持って復讐に燃える文醜隊を
罠に嵌め、関羽との一騎討ちを持って袁紹軍二大看板を倒した曹操軍ではあったが、その後大兵力を擁する袁紹軍の
南下に対抗できず、ジリジリと後退、戦場は官渡の地へ移っていた。
「稟どうすればいいと思う?」
……もう軍師として駄目駄目である。
「……手がない事もありませんが、確実とは言えません。ここは戦力が整う時を待つべきでしょう」
郭嘉が言うところの待つべき戦力とは当然夏侯惇と夏侯淵の二人である。曹操領の地理的に西と南に確実な
戦力を待機せざるおえなかったのだが、時期がくればどちらもほぼ空にして問題がなくなるであろうというのが
会戦前の程昱と郭嘉の一致した意見であった。
必ず来る筈の援軍を待つ為、司馬懿一刀率いる曹操軍は連戦に連敗を重ねつつも被害を最小限としながら
耐え続け、ついに念願の援軍到着となったのである。
洛陽にて馬国を監視していた夏侯淵と典韋、許都にて袁術を睨んでいた夏侯惇と許緒がそれぞれ5千の兵を
率いて曹操軍本陣に到着した。
あと一週間も遅れれば胃に穴が開いただろう程に衰弱した一刀が嬉々として総大将を春蘭と秋蘭に変わって
貰おうとした直前『必勝の策である』という言伝と共に斥候が程昱の計略を記した書簡を本陣に届けに来た。
その程昱が送りつけた策を読み上げた後郭嘉は『司馬懿殿、ご愁傷様です』と呟いた。
「……風、恨むぞ」
マジ泣きをしながら司馬懿一刀は官渡における曹操軍の総大将を続けざるおえなくなる。
そう、程昱が記した必勝の策は司馬懿仲達が総大将でなければならない策であった。
5
―――官渡
程昱の指示で戦書を交わした司馬懿一刀と袁紹は官渡の地にて対峙した。
「おーっほっほっほ、おーっほっほっほ。で? あなたどなたですの?」
袁紹は10万を超える大兵力を背に巨大な櫓の上で曹操軍の陣頭に出た司馬懿一刀を見下ろしながら
不満げに声をかけた。
「華琳の軍師で司馬仲達だ」
「あなたが華琳さんの軍師~? そんな貧相なお顔の軍師さんなんて華琳さんの所はよーっぽど人材不足なん
ですわね、おーっほっほっほ、おーっほっほっほ」
『アンタの元軍師も同一人物じゃない!! むしろなんで気付かないのよ!!』というツッコミ発言を耐えた桂花の
精神力は驚嘆に値する。いやその胸の内にある黒い復讐心がそうさせるのであろう。
ちなみに袁紹は馬国の一刀とも面識がある……全く興味がなかったのであろう、記憶の片隅にさえなかった。
「とにかくあなたじゃお話になりませんわ。華琳さんはどうしたんですの?」
「袁紹程度わざわざ自分が出るまでもないから貴方が倒して来いってさ。この軍の総大将は一応俺だから」
「……なぁんですってぇ!」
なんて簡単なんだこの子!! 即座に挑発にのった袁紹にある意味驚愕する司馬懿一刀。
「猪々子さん斗詩さん! やっておしまいなさい!!」
シン……と静まり返る袁紹軍。
『? なんですの?』そう袁紹が首を傾げながら呟いた後、一瞬ハッとした顔をし、対する司馬懿を睨みつけた。
ああ……見なければよかったと一刀は後悔する。
「全軍突撃ですわッ!!」
頭に『華麗に』の一言がない所に袁紹を知る部下達は彼女の怒りの程を知る。
10万を超える大軍が動き出す。曹操軍を殲滅する為に……
舌戦を終えた司馬懿一刀も馬に跨りさっさと逃げ出す、後悔と共に。
「……くそッ」
睨みつけてきた袁紹の目に涙が溜まっていたのを見てしまった。悪い奴じゃない、ああそんなの誰だってそうなんだ。
立場が違うだけで。そして今相手を思いやれる余裕など曹操軍に、司馬懿一刀にあろう筈もない。
……だから、だからそれは俺じゃない。部下の為に泣ける子の側にいないはずがない。
あの子を守る為に頑張れるどこかの誰か、お前は間に合え!!!
6
―――河北冀州国境付近
冀州城の牢を脱獄した田豊一刀は袁紹軍と合流すべく、ひたすら南に馬を走らせていた。
脱獄してまでいったい何故!? 答えは簡単、記憶を取り戻したからであった。
(注:22.5話を読んでいない方への補足:
親切な典獄との些細な認識違いにより強い精神的ショックを受けて記憶が戻り、その後事情を聞いた典獄が
一刀を牢から出してくれた心温まるエピソードがあったのだとご理解頂きたい)
記憶が戻ったのなら敗戦濃厚な筈の袁紹軍の元へ何故向かうのか? その答えはもっと簡単である。
麗羽、猪々子、斗詩という大切な仲間が危険だから。
とはいえ休憩も取らずひたすら慣れない馬を走らせていた為、精神的にも肉体的にも限界が近づいていた。
耐えろ耐えろ! と自身を奮い起こす為、仲間との思い出を思い浮べる。
猪々子と斗詩に奢ったら無一文になった事。
大丈夫と言っておきながら3人で公孫賛軍と戦い何度も死にかけた事。
麗羽の我侭に振り回された事。
荀彧に毎日100の罵声を浴びせられた事。
性犯罪者として投獄された事。
典獄に●●●されかけた事(誤解)。
……見捨てて逃げてもいいような気がしてきたのでいい思い出を搾り出してみる。
あ、混浴は幸せだったかも? ……え? それだけ? 自分の記憶に愕然とする。
まあ兎に角……懐にあった斗詩のパンツを握り締める。コレを形見の品にするわけにはいかない!!
田豊は、いや北郷一刀は行動だけ見るとパンツを握り締めて気合を取り戻し、馬を走らせたのであった。
7
―――曹操軍本陣
「……死ぬかと思った」
1万に満たない兵で10万を超える袁紹軍と対峙し、舌戦で挑発した後、ひたすら逃げ続けた。
……逃げ切った。以上終わりである。
「なんだそれ! 怖い思いしただけじゃないのかこれ?」
風の策だから絶対勝つんだろうなんて思ってたから、なんだかもう相手の総大将の袁紹を心配するような
格好つけたセリフとかなんだったんだいったい? 馬鹿みたいだぞ俺……
愚痴らなければやっていられない見事な敗走っぷりであった。
そこに斥候より程昱の第2の書が届けられる。
『ふふふー……計画通り!…………なのですよー♪』
……最初の文面である。
いつか風をセクハラして泣かせてやろうと心に誓いつつ続きを読む。
『お兄さん実に見事な逃げっぷりなのです! 風もお腹を抱えてわら……心配したのですよ~』
「本音消しとけよ文面なんだから!! って言うか見てたのか? 風のやつ官渡にいるのか?」
『この逃げ術がいつかお兄さんの武器になると風は信じたいと思うのです』
「『逃走』は上手くなっても武器にならないよ! しかも『信じたいと思う』って願望じゃないか」
……いやまて?
たしか司馬懿仲達って、五丈原で孔明の人形を見ただけで『ゲッ、孔明は生きていた! 逃げろ~』
とゆー物凄くかっこ悪いエピソードがあるんだが……まさか今回の件がトラウマになって逃げ癖付いたなんて
言うオチだったりしないよな?
『さて、お兄さん遊びはこの辺にして、真の計略を発動する時なのですよ~』
「遊びだったのかよ! 命がけだったんですけど!」
ん? 真の計略? クシャクシャに丸めたい衝動を必死に堪え、続きに目を通す。
『夜になったらもう一回袁紹軍に闇討ちするのですよ~、そしてお兄さんの逃げっぷりを遺憾なく発揮して下さい』
「また逃げるのかよ!! ……しかしなあ、もうちょっと説明してくれないものかなあ?」
手紙相手に思わず愚痴ってしまう。
『敵を欺くにはまず味方から。なのですよ~』
「心を読まれている!?」
『星はなんでも知っている……黄河も何でも知っている……』by宝ケイ
……文面以上終了である。
…………とりあえず手紙と会話することの不毛に気付いた司馬懿一刀は『みんなお疲れ様。これから夜襲しかけて
また逃げるので宜しく』というブーイング物の命令を下す為に重い腰をあげた。
8
―――袁紹軍 荀彧天幕
――ザワザワと喧騒が聞こえた。
ああ、またあの悪夢ね。悪夢の出だしはいつもこの喧騒。あの運命の日から何度も何度も桂花はその悪夢を見せ
付けられ、心をズタズタに引き裂かれ続けていた。
董卓軍追撃の後……
仲間達にモミクチャにされた後、春蘭、秋蘭と共に今回一番の手柄をたてた北郷が近づいてきた。
『桂花、よく持ちこたえてくれた』 『うむ、私達がいないのによくやったぞ!』
『ふん、この程度……って春蘭貴方…………』
全員がボロボロだった。中でも春蘭の眼帯に覆われた目はその激戦を物語っていたが、それ以上は言わなかった。
『それより北郷! あんた助けに来るならもっと早く来なさいよ!!』
『……助けに来たのに桂花にも説教されるのかよ。 はあ、まさか華琳も怒ってないだろうなあ?』
『そうだ、華琳さまはどこだ! 無断で体の一部を失った事をお詫びせねばならんのだ』
『華琳さまなら疲れてこの奥で眠ってらっしゃるわ、起こさない方がいいでしょう』
別段おかしくない、ただ事実をそう告げただけであるのに3人の顔色が変わった。
――ザワザワと喧騒が続く。
『寝ている……だと?』 『そんなことはありえん!』 『あれ? 華琳って確か……』
秋蘭と春蘭が血相を変えて走り出す。不思議そうに頭を傾げる北郷と二人きりになってしまった。最悪だ。
『あ、ちょっと、アンタ ”魏” って字知ってる? 知ってるわけないわよね』
『え? ”魏” は華琳が興す国の名前だぞ? ああ、桂花も華琳から聞いたのか』
……なん…………ですって?
何で北郷が知っていて私が知らないのよ!! 私は華琳さま一の軍師で、我が子房とまで言われる位信頼されてて、
古参の春蘭や秋蘭と同じくらい閨に呼ばれていて…………違う、その字を何故今?
『『華琳さま!!』』 春蘭、秋蘭の叫び声が聞こえる。あまりの大声に北郷達の後ろで無事を喜び合っていた季衣達が
驚いて振り返っていた。
『華琳、まさか!!』北郷がそう呟き春蘭達の元へ駆け出そうとしたので死ぬほど嫌だったが腕を掴んで止める。
『ちょっと待ちなさいよ! なんであんたなんかが”魏”を知って……違うわ! さっきからなんなの! 華琳さまは寝てる
って言ってるのに大声ださないでよ!!』
自分でも何を言っているのか解らない程に同様していた。
『違うんだ桂花、俺の知ってる歴史では華琳は人前で決して眠らないんだ』
コイツは何を言っているの? だって現に今…………
――ザワザワと喧騒が続く。
不本意ながら北郷の腕を掴んでいた私は北郷にひっぱられる形で華琳さまの元へ戻る。
『華琳!!』
え? 華琳……さま?
ソコデワタシハナニヲミタ?
そこで私は意識を失い、逆に夢から覚めた。
――ザワザワと喧騒が続いていた。
「うるさいわね! 夢から覚めたのにいつまでザワザワ言ってるのよ!!」
「軍師さま起きられましたか!」
「はぁ?」夢に対する八つ当たりの筈が何故か返事が返ってきた。どうやら天幕の外で兵が私を起こそうと声をかけて
いたらしい。ちなみに男が天幕に入る等ありえないからこれは当然の措置だ。
未だ暗い所を見ると時はまだ深夜? そしてこの喧騒は?
「先ほど曹操軍が夜襲をしかけてきました」
「ふん、この五寨の備えが破られるわけないじゃない。適当に追い払って深追いは厳禁よ、罠に違いないから」
「それがもう袁紹様の命令で全軍追撃となり殆どの兵が出撃致しました」
「はあ!? なんで軍師の私に相談がないのよ!」
「それが『兵は迅速を尊ぶのですわ、おーっほっほっほ、おーっほっほっほ』と。睡眠を妨害された怒りかと思われますが」
「使い所が間違ってるのよ! 今度は兵を生贄にしろっていうの!!」
荀彧は顔良の死によって袁紹軍をコントロールしようとしたが、結果は文醜の暴走を招くだけという最悪の結果であった。
やむなく文醜すら生贄に差し出し、ようやく自身の発言権を増して余計な謀をせずに大兵力をジリジリと南下させて曹操軍を
追い詰めてきた所にこれだった。逆に言えば軍法が定まっていない袁紹軍がこのような追撃を行う事自体自殺行為であった。
間に合うか?
荀彧は天幕を飛び出し、馬を駆って全軍が見渡せる高台に登る。暗い、僅かな明かりを持った兵で大体の陣形を見る。
鉄壁の五寨の備えは既になく、10万の大軍が長蛇の列のように無駄に伸び、側面が隙間だらけであり、特に明かりが
強い所が袁紹のいる場所であろう、その箇所の守りは無いに等しかった。
突如として、方二十里にわたる野や丘や水辺から、かねて曹操軍の配置しておいた十隊の兵が鯨波をあげて起こった。
「右翼の第一隊、夏侯惇」 「二隊の大将、張遼」 「第三を承るもの李典」 「第四隊、楽進なり」 「第五にあるは、夏侯淵」
「――左備え。第一隊関羽」 「二隊、典韋、三、許緒。四、于禁。五、郭嘉」
程昱こと風が必勝の策として授けた”十面埋伏の計”。
十の部隊が、十の方角より同時に襲い掛かる。常に優秀な人材を集め、揃えた曹操の軍だからこそ可能とした計略。
手薄となり、軍法さえ定まらず、率いる武将もなく、軍師の言さえ届かない袁紹軍にもはや勝ち目等なかった。
「……終わったわね」まるで他人事のように袁紹軍軍師荀彧はそう呟いた。
全くの矛盾であるがもしこの追撃が先陣を文醜、後陣に顔良を配置出来ていれば此処からの逆転も不可能では無かった。
それだけの兵力差はあったのだ。
「まだよ、袁術、孫策、劉障、劉表。司馬懿北郷や呂布、劉備を倒せる国はまだいくらでもあるわ」
「それは困りますね~、あ、でも袁術さんはもう駄目っぽいですよ?」
桂花の独り言に当たり前の様に返事をしたのは曹操軍軍師、程昱。
「あんた北郷の……女ね。どうして此処にいるのよ!」
「ふふふー、この機会を得る為に風は潜伏していたのですよー」
「北郷の女ってのは否定しないの?」
「……おおっ? どうでしょう? 曹操さんの臣下に戻ると約束してくれたら教えてあげるのですよ」
「白々しいわね。華琳さまの臣下? 北郷の●奴隷になれの間違いでしょう? 嫌よ気持ち悪い!」
「いえいえ、間違ってないのです。お兄さんは曹操さんの軍師ですから」
「嘘よ! だったらなんで呂布を倒しに行かないのよ! なんで劉備を助けるのよ!! 華琳さまの為ならありえない!」
「……”魏”の為、だそうなのですよ。今呂布さんに戦争をしかけたら勝てませんねー。劉備さんと取引して関羽さんを引き
込まなければ袁紹さんとの戦いももっと大変だったかもしれません。逃げてるのは荀彧さんだけなのですよ」
「……私が逃げてるですって!」
「気持ちは解らなくないのですよ。風もお兄さんで遊べなくなったらちょっとどうすればいいか解りませんし……ですが……
おおっ? 荀彧さんて確か……おおっ!」
『お兄さんと遊ぶ』ではなく『お兄さんで遊ぶ』という所に風の司馬懿一刀に対する複雑な思いが表れていた(注:表れてません)
「ちょとなによさっきから、オットセイじゃあるまいし」
「いえいえ、なんだかおかしいなーと思っていたのですが、今思い出したのですよ。あーそーでしたかー。それじゃ風が言う
事は2点だけです」
「……何よ?」
「一つはお兄さんが目指してるのは司馬魏ではなく曹魏。そしてもう一つ、荀彧さんが袁紹さんの軍師だと知った時お兄さん
が最初に言った言葉なのですが……」
「ふん『裏切り者』でしょう」
「『無事で良かった』ですよ。ちょうど到着しましたから、後は若い二人にお任せなのですよ」
風が指差す方向より司馬懿一刀が馬に乗って近づいてきていた。
「この地点に逃げてくるように前もって指示しておいたのですよ。おーいお兄さんこっちなのです~」
風と桂花に気付いた司馬懿一刀が血相変えて駆け寄ってくる。
この日、曹操軍の各武将が今までの鬱憤を晴らすかのように大暴れするのを尻目に、逃げ役を任された為ひたすら
逃げ続け、ボロボロな状態だった司馬懿一刀はこの後桂花より1000の罵声を浴びて心もズタズタにされるが
『可哀想なのですよ、よしよし』と風に膝枕されて慰められる。その一部始終を見た桂花が『恐るべし謀士』と呟いた
というが定かでは無い。
かくして曹操軍は
軍略の郭嘉、謀士の程昱、政治の荀彧、程昱の操り人形司馬懿一刀という隙のない4軍師体制となる.。
9
―――黄河流域
袁紹軍の軍装を身に着けた多くの兵達が我先にと船を奪い合い、北へ東へと逃げていく姿を田豊一刀は呆然と
見送っていた。
……間に合わなかった。
そう、官渡の地にて曹操軍の夜襲にあって大敗を喫し、総大将は行方不明で軍をまとめる者は全て討ち死にし、
軍師は逃げさったとの事であった。その時、目の前に見覚えのある軍装を身に着けた男が通り過ぎた。
「待て! お前麗羽の筋肉お神輿隊じゃないか! 麗羽はどうしたんだ!」
「知らないよ! 袁紹様担いでたら逃げられないから捨てて逃げてきたんだ」
「お前、総大将を捨てるとか何を言ってるんだ!」
「……ッ、うるせえ! 俺は元々公孫賛様の部下だったんだ! 恨みのある負けた袁紹の為に死ねるものかッ!!」
「なッ……もういい! 麗羽は生きてるんだな? どこら辺で置いてきたんだ?」
「……あんた田豊だろ? 袁紹に投獄されてたのに……」
「いいからどこ?」
「真っ直ぐ南で……夢中で逃げたけどそんな遠くじゃない筈だ」
「解った」
田豊一刀は馬に跨り、逃げる袁紹軍に逆流する形で南に向かった。
馬を走らせる事20分、全身金ぴかの鎧に包まれたクルクルたてロールというど派手な髪型の見間違う筈もない姿、
麗羽を見つけた。
「麗羽! 無事だったか」
「無事なんかじゃありませんわ! ってあら田豊さんなんでここにいますの?」
「麗羽を助けに来たんだよ。ほら馬に乗ってさっさと冀州へ帰るぞ」
そこへ『お手柄待つの~』となんだか可愛らしい声を上げながら于禁隊が袁紹を捕縛しようと駆けつけてきた。
「まずいですわ! さっさと逃げますわよ!」
「いや、二人乗りで逃げても間に合わない……麗羽一人で逃げるんだ!!」
せめて麗羽だけでも助けたい! きっとそれが猪々子と斗詩の意思でもある筈。決死の覚悟でそう叫んだ。
「そうですの? それじゃ頼みましたわ」
「あっさりだなオイ! もーちょっとないの?」
「何を言ってますの? あの程度の追撃隊でしたら猪々子さんか斗詩さんなら軽く蹴散らしますわよ」
「あの二人と一緒にするなって、しまった!」
馬鹿なノリツッコミをしていたせいで于禁隊に取り囲まれていた……何をしにきたのかと後悔する田豊一刀に
『あー隊長抜け駆けなんてずるいの~』とのほほんとした声が届いた。
「は?」
「ぶーぶーなの、一番手柄貰ったと思ったのに隊長が先に袁紹捕まえるなんて納得いかないの」
なんだ? 隊長? 誰かと勘違いしてる? だったら……
「あ、ああ悪いな。えっと恩賞で今度奢るから勘弁してくれ」
「本当なの? それじゃ阿蘇阿蘇に紹介されてたお店のバッグと服が欲しいの~」
『お安い御用だ』と頷く。
「それじゃあと杏仁豆腐がおいしいお店って紹介されてたお茶屋さんと……」
一つ了承すると次から次へとおねだりが増えていく。とんでもない強欲な子だった……可愛いのに。
「ああ、任せてくれ」
許してくれ、俺に似てる隊長さんとやら、アンタは間違いなく破産する。
于禁は嬉々として引き返し、その隙に袁紹と田豊一刀は黄河へと逃げていった。
『猪々子も斗詩も関羽に斬られ、黄河へ落ちて死んだ』
ひとまず安全な場所まで辿り着いた後、麗羽から聞いた二人の消息であった。
もっと早く記憶が戻っていれば助けられたのかも知れないのに……もはや出来る事など何もない。
ただ冥福を祈り、花の代わりに斗詩のパンツを黄河へ流した、どうか迷わないように。
「あれー? 斗詩、あたいこのパンツ見覚えあんだけど?」
「ええ~、どうして私のパンツが黄河に流れてるの!?」
聞き覚えのあるにぎやかな二人の声。きっと神様が天国にいる二人の声を届けてくれたのだろうと涙する。
「あー麗羽さま! よかった無事だったんですね」
「ほんとだー、ご無事でなによりです」
……あっさり生きてました。
「あら猪々子さんに斗詩さん、生きてたんですの?」
……反応薄ッ!!
「もう死んだーと思ったんですけど、ほら見てくださいコレ」
顔良がひん曲がり、留め金が千切れた兜を袁紹に見せる。
「田豊さんがコレ被っておけって言ってくれてなかったらきっと死んでましたよ~」
「あたいもほら、額当てが真っ二つ。いや~アニキのおかげで命拾いでしたよ」
「そうでしたの、私も田豊さんがこなかったら捕まってたかも知れませんわ」
「へ? アニキ来てるの?」 「あ、田豊さん……泣いてる?」
泣くよ!! あーもう、全くもう!!
「うわッ」 「きゃっ」 「なんですの!?」
3人をまとめて抱きしめる。ああ、生きてる、麗羽も猪々子も斗詩も生きてる!!!
10
「へーそこは美味い物食い放題なんですか!」 「温泉もいっぱいあるんですか?」 「勿論ですわ~」
3人娘(略して3バカ)がなにやらワイワイと楽しげにおしゃべりしているのを尻目に、田豊一刀は必死に袁紹軍
逆襲のシナリオを考えていた。まだまだ河北四州には兵が残ってるし、何故かこの世界だと徐州も領土だから
逆転は可能なんだ。とりあえず冀州城へ帰って徴兵して…………
「……さん、ちょっと田豊さん!!」
「麗羽? 何だいきなり?」
「話を聞いてなかったんですの? 出発しますわよ!」
「あ、そうか。じゃあ冀州城へ帰るでいいんだよな?」
「はあ? 何を言ってますの? 全然違いますわ」
「え? 違うのか? じゃあ徐州か、青州か?」
「だから全然違いますわ。私達はこれから南の楽園へ向かうのですわ!」
「そんなの解るかッ!! ってゆーかどんな急展開だよ!! 今までの戦いとか何だったんだよ!?」
「あーでもアニキ、南の楽園って美味い物食い放題らしいぜ♪」
「温泉もいっぱいあるそうですよ、楽しみですよね♪」
「いやいやいや、おかしい。タカヤ-夜明けの炎刃王-くらいおかしい。あ、そうだ俺記憶が戻ったんだよ!」
「あらそうですの?」 「ふ~ん、よかったなアニキ」 「田豊さんもその会話の流れどうなのかなあ?」
……いやホント反応薄いね?
「まあいいや。苗字が北郷で名前が一刀。字は無し。この世界の人間じゃなくて多分タイムスリップしたんじゃないかと。
意味解んないだろうけどさ」
「そうなんですの。まあそんなのどうでもいいですから出発しますわよ」
「おー」
「声が小さいですわっ!」
「おーっ!」
「って北郷さん! 荷物持ちが声を出さないとはどういう事ですの!」
あれ!? いつの間にか物凄く降格してるぞ?
いやそうじゃなくて、今北郷って……チラリと麗羽の顔を窺う。
「な、なんですの?」
心なしか赤面していた…………なんだちゃんと聞いてるじゃないか。やばい、麗羽が一瞬可愛く見えたぞ?
「ほら北郷!」 「一刀さん♪」
満面の笑顔で手を差し出す二人。
ああ、ああ全くこいつ等は本当に……
「はいはい。じゃ麗羽、猪々子、斗詩いくぞ? せーの」
「「「「おーっ!!」」」」
……本当に、俺はこいつ等が大好きだ!!
田豊改め3人目の北郷一刀(記憶回復)。
この後、麗羽をミニマムにした我侭お嬢様と、そのお嬢様をこよなく愛する腹黒お姉さんが道中に加わり、それはもう、
今までが平穏だったと言うほどに本当の本当の本当の本ッ当に苦労する事になるが、
それは真・恋姫†無双 漢女ルート(袁家ルート)のお話。
(あとがき)
実は漢女ルート(袁家ルート)に繋がるお話でした。というオチ。
そもそも原作で一刀が袁紹家に拾われてもこうなりますよwって明言されてんですからこれ以外の答えはなかったですケドね。
一応明言されてた袁術でなく袁紹に拾われて、一刀がいなければ猪々子と斗詩は関羽に殺されていた。んで斗詩は結構一刀
を気に入ってて猪々子も妄想HまでならOK! な人間関係をクリアは出来たかと。
30kbは超えまい! というスタンスで詰め込んだら場面はグルグル描写はぶった切りと……
なんで関羽は残ってるの? とか桂花が1000の罵声浴びせて戻った理由とかはそのうち。
そんなわけで19~23話官渡の戦い編終了(官渡で戦った以外の共通点が無いとかw)