1
河北四州、そして徐州を領土とし、最大勢力となった袁紹は15万を超える大軍を擁して南下、曹操領土へと侵攻を開始。
戦いの回避は不可能。むしろここで袁紹を打ち破り、河北を一挙に制圧すべし!
という曹操軍の方針における詳細な戦略を練る為、曹操軍3軍師が集まり、小会議を行っていた。
「一刀殿はやけに主戦論を展開していましたがどのような公算を持って勝機としているのですか?」
曹操軍において、最も戦略、戦術に長けているであろう郭嘉が司馬懿一刀に話を向けた。
「……何って」
一刀の知る歴史的には勝っていたから。というのが最大の理由ではあったが実際知っている三国志に比べると展開が
随分違う。しかし聞いた限りの袁紹像は正史以上の駄目な人という情報と、あの関羽を味方につけたというのが一刀の
自信に繋がっていた。
う~ん、ちょっとズルイがここは本来桂花が華琳に言った筈の人材に対する勝因でも言っておくか。
「そうだな、例えば袁紹軍は軍法が定まっていないから大軍っていったって烏合の衆だ。二大看板の顔良に文醜も勇ではなく
暴だからたいしたことはない。軍師に至っては……(たしかいないんだよなこっちの袁紹軍は)一人もいない。人材だけでも
これだけの勝因があるわけだ」
自分の言葉ではない。桂花の言なので自信満々に告げた。
「……はぁ」 「……ぐぅ」
溜息つかれた! もう一人に至っては寝てるし!?
「……一刀殿はいったいいつの頃の袁紹軍の話をしているのですか?」
え? 何それ? たしか稟も正史では『袁紹軍の10の敗因』とか言って袁紹のことボロクソに言ってたんじゃなかったっけ?
「まず二大看板の顔良については武は勿論の事、統率力も高く、侮れない存在です。また文醜の武は顔良以上と言われ、突撃、
殲滅戦等といった単純な作戦においては部類の強さを発揮します。そして軍師についてですが、ここ最近袁紹が正式に軍師と
して迎えた人物がいた筈です。先日の軍義でも話があがった筈ですが?」
「え、そうだっけ?」
「お兄さん居眠りでもしてたんじゃないですか?」
「……そのセリフ、風にだけは言われたくなかったよ」
軍師、確かにあの大国でむしろ軍師がいない方がおかしいわけで、情報では袁紹についていけず、今で言うノイローゼになって
3日でやめて行き、なり手がいないとの事だった。
そういえば……桂花も華琳の所に来る前、袁紹の軍師となっていた筈。
気が付いた時には姿を消していた。下手をしたら自殺でもしかねないと思い、捜索させてはいるがいまだ情報はなかった。
無事でいてくれればいいんだけど……
「……さん、お兄さん」
風の声で現実に呼び戻される。
「お兄さん、軍義中に居眠り等軍師としてあってはいけないことなのですよ~」
「いや寝てないし、というか風にだけは本当に言われたくないぞそれ。しかし軍師か、言われてみれば公孫賛との戦いは報告
を聞く限りだとなかなか地味だけど策を使って追い詰めていったよな」
「その件においては袁紹におしおきされたそうですが」
「なんでだよ!?」
意味が解らない。
「地味な作戦でしたからね~。きっと華麗じゃないからとか言ってお仕置きされたんでしょう」
なにその理不尽? どこの誰だか知らないがその軍師には同情を禁じえない一刀だった。
「なんでも先日の徐州攻略の際の働きによって正式に軍師と認められたとか?」
「は? 徐州? でもあれ追撃隊は俺達がコテンパンにして追い返したよな? いや結果だけ見れば見事に徐州を奪ったんだから
確かに……」
そうだ、本来正史では徐州は曹操軍が得る筈だった。これは恐るべき策士かもしれない!?
「なんでも徐州でとても良い温泉を見つけた事が決め手だったとか」
なんでだよ!? それ軍師の仕事じゃないだろ!!
頭が痛くなってきた。きっと袁紹軍の軍師とやらは会った事ないがマゾに違いない。
「名前は確か……」
いや違う、マゾでもなんでも袁紹軍の軍師! 沮授、そして正史において華琳さえ一目おいた田豊辺りが軍師だったら?
ドッと汗が滲む。そうだこの世界はずっと後になる筈だった涼州軍が長安を占拠し、本来曹操が治める筈だった徐州は
袁紹に奪われ、既に死ぬ筈の呂布が生きている!! 正史では牢屋に閉じ込められ才能を発揮できなかった田豊が
認められ、袁紹軍の軍師として官渡の戦いに現れたなら!!
「軍師の名は田……」
そこに袁紹の元へ放った斥候の者が現れ、郭嘉のこの言葉は言い直される事は無くなる。
「報告します。袁紹軍の軍師の名が判明致しました。その名は……」
あってはならない、一刀にとって最悪の名が告げられる。
「……荀彧、袁紹軍の軍師は荀彧殿です!!」
2
ザッザッ……っと兵が整然と進軍する音と『おみこしワッショイ! おみこしワッショイ』とまったく不釣合いな楽しそうな
掛け声が交じり合った不気味としか表現出来ない痛すぎる行軍。
筋肉神輿に優雅に座る麗羽率いる袁紹軍15万が曹操軍を蹂躙せんと南下していた。
「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ! この一糸乱れぬ整然たる進軍! これぞまさに華麗なる進軍ですわ、
やっぱり田豊さんなんかじゃなく荀彧さんを軍師にして正解でしたわね」
お神輿の上で実に楽しそうに笑う袁紹。
「ありがとうございます袁紹様。ですがこれも一重に袁紹様のあふれる気品が雑兵にも伝染した結果です」
「あ~ら、流石荀彧さん、よく解ってらっしゃいますわ、おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」
お神輿の上で実に楽しそうに笑う袁紹に相槌をする人物は紛れもなく曹操に我が子房とまで賞せられた荀彧であった。
「う~、斗詩なんだかこの行軍かったるくて肩がこるんだけど」
「わたしもだよ~。あのお神輿も恥ずかしいし……でも麗羽さまが喜んでるからしかたないよね~」
袁紹軍二大看板の二人がげんなりとしながら袁紹に続いていた。
「ちぇっ、アニキが軍師だったらもっと楽だったのに……そういえば斗詩なんで兜被ってんだ? いつも視界が悪く
なるから被らないっていってなかったっけ?」
「ああこれ? 田豊さんがなんだかすっごく嫌な予感がするから今回だけでいいから頭を守る物をつけてくれって」
心なしか照れくさそうに、嬉しそうに話す顔良。
「あれ~斗詩もか。あたいも同じ事言われたからほれ」
そういって髪をかきあげていつも捲いている鉢巻を見せる。見るとそれは鉢巻でなく鉄板を縫い付けられた額当てだった。
「ほんとだ、な~んだ、文ちゃんにもか」
「今回は出撃前やたらウンウン唸ってたよな? よくでいじゃぶーがどうとか」
「でじゃびゅーじゃなかったっけ? 意味わかんないけど」
「なんか昔も同じような事があったような気がするとかよくわかんねーこと……あ、そうだそれでアニキの奴あたいに
『昔髭生えてた事とかなかった?』とか言いやがったんだ! そんなわけねーっつーの!!」
「あーそれ私も言われたよ『男だった事ある?』とかすっごく失礼だったよ!」
そう言って手のひらを見て『はぁ』と溜息をつく。
顔良の事についてだけは天才的な閃きを発する猪々子はそれだけで何があったか察した。
「アニキの頬が腫れてたのは斗詩がやったからか。あたいもムカついたからいっぱつ入れといた」
「まあしょうがないよね」
「そんで財布を奪った」
「やり過ぎだよ!」
「いやちゃんと返すつもりだったんだって。その金で賭け事やってさー……全部スッた」
「まるで駄目亭主だね」
「流石に悪いなと思ってあたいが使い古した斗詩のパンツをお詫びにあげた」
「なんて事するの文ちゃん! というか何でそんなの持ってるの? 使い古したって何につかったの~!」
「いや~アニキがあんなに喜ぶなんて……予想通りだったけど」
「私は予想外だったよ……何もかもがだけど」
「まあ冗談だけどな」
「どこから!? どこから冗談なの文ちゃん!? それ凄く重要だよ!!」
「そんなの本人に聞けば……ってそういやアニキは?」
「副軍師なんだから麗羽さまの側に……いないね」
出陣の準備で忙しかった為、気付かなかったが、言われてみれば行軍を開始する前から姿を見ていない気がする。
「あの麗羽さま、田豊さんどこにいるか知ってますか?」
「ああ、田豊さんなら今頃牢屋でお留守番ですわ」
「「ええーっ!?」」
3
看守の視線が痛い。
まあ袁紹軍の軍師になったと思ったら牢屋に閉じ込められていたのだから珍しくもあるだろう。
何を言っているのか自分でも分からないのでここ数日を思い出してみる事にした。
徐州平定後、荀彧という少女が仕官しに袁紹の元へ謁見に来た。なんでも曹操軍の軍師であり、以前は袁紹軍の軍師
でもあった人物であり、曹操を見限り再び袁紹の配下になりたいといってきたらしい。
「あのこまっしゃくれたクルクル小娘では見限るのもしかたありませんわね。よろしいですわよ荀彧さん、また私の部下に
してさしあげますわ、おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」
ブチッ!!!
と、何かがブチ切れる物凄い音が聞こえた気がしたが、畏まっていた荀彧は『ありがとうございます袁紹さま。この荀彧
必ずやお役にたってみせます』と笑顔で答えたのできっと気のせいだろう……怖い笑顔だったが。
同じ軍師として色々連携する必要があるだろうと声をかけた時、初めポカンとした顔でパチパチと何度も瞬きした後、
まるで親の仇を見るような目で『なんでアンタがココにいるのよこのストーカー(付き纏い)の変態!!』といきなり罵られた。
記憶をなくしているのでもしや古い知人なのかと聞いたところ『嘘……まさか三人目? ホントに単細胞なんじゃないの? この
全身精液男、気持ち悪い、近寄らないで!!』と意味不明かつ人外どころか精液扱いされて拒絶された。
流石にあんまりだと理由をしつこく聞いた所曹操軍時代の同僚で、自分を地獄に突き落とした憎むべき男とそっくりで、
かつその男は万年発情男といわざるおえない最低のド変態だったからとのこと。
こんな幼そうな少女がそこまで罵るとはその憎むべき男とはどれほどの鬼畜な奴なのだと同じ男として怒りを感じその男に
かわって謝罪する同時に『俺はそんな変態男と違うぞ』と、猫耳頭巾の上から頭を撫でたら発狂されたあげく『じゃあ死ね!』
と言われた……荀彧は重度の男嫌いだった。
荀彧が袁紹軍の軍師として加わって10日。関係は悪化の一途を辿っていた。
朝の挨拶をする⇒『話しかけるな! 妊娠するでしょう!!』
仕事の打ち合わせをする為声をかける⇒『あんた、仕事にかこつけて襲うつもりねこの鬼畜!!』
近くを通りかかる⇒『近寄らないで、空気妊娠しちゃうでしょう、この精液男!』
……こいつと同僚だったという男はきっとマゾに違いないと思う。
そんな中あの事件が起きる。
曹操と戦う気まんまんな麗羽にとりあえず持久戦を提案したら『地味ですわ』とサッくり却下されたので『馬超か袁術と同盟を
結んで曹操軍を分断させるのはどうか?』という次策を出したら『この河北四州の覇者袁本初がどうして美羽さんや
馬超さんにお願いしなければなりませんの? 向こうから是非協力させて下さいと言われれば考えてあげても宜しいですけど。
おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!』と笑い飛ばされた。
ここ数日どうも調子に乗り過ぎというか今までにも増して増長気味、その象徴のような筋肉神輿なるものまで考案してたので
せめてあれは止めさせないとなあ……と思案していた所、猪々子に声をかけられ、斗詩のパンツを貰った。
猪々子曰く
「アニキゴメン、先日借りた金全部スッっちゃったからお詫びにあたい秘蔵の斗詩のパンツで許してくれ!」
との事。色々ツッコミたい部分もあったがなんだか結果だけ見るとまるであり金はたいて斗詩のパンツを女友達から売って
貰った最低男みたいだった。せめて宮中の廊下で手渡ししないで欲しい。白に近い薄紫のパンツを持って途方にくれる。
このまま部屋に持って帰ったら変態だし、斗詩に返すのもなんだか凄く返しずらいというか……ハードル高ッ!!
嫌な汗が出てきたので手に持った布で拭く……斗詩のパンツだった。
やばい謀らずも汚してしまった!? 斗詩に返す際のシミュレーションをする。
『も~文ちゃんたら信じられない! えっとじゃあ……』
照れた顔で手を差し出す斗詩にパンツを手渡す。
『すみません田豊さん……あれ? なんだか染みが? それに臭いも? ……田豊さんまさか!?』
洒落にもならないシミュレーション結果だった。
……ヤバイ、超ヤバイ!!
汚していないかとパンツを広げて確認し、汗の臭いでもついてやしないかと匂いを嗅いだ…………宮中で。
ドサドサドサ……と何かが落ちる音。
目を丸くした荀彧が、ガタガタと震えていた。先程の音は両手で持っていた大量の書物を落とす音だった。
「きゃあああああ! 変態、変態よ~!!」
「ちょ、ま……これは誤解……」
「いやあああああッ! 近寄らないで! 妊娠させられるぅううう! 誰か、誰か~!!!」
「大声だしながら逃げるなあああああッ!!」
袁紹軍軍師、田豊ご乱心!!
片手に斗詩のパンツを握り締めながら、泣き喚く荀彧を押し倒し、口元を押さえつけている所を取り押さえられた
田豊の『無実だ!』という叫びはあまりにも空しかった。
看守の趣味なのか、菊の花が飾られた牢に閉じ込められている間に曹操が治める司隸・豫州・兗州制覇の大遠征
が可決。三国志3大決戦の一つ、後に官渡の戦いと言われる戦いの火蓋がきっておとされるのである。
4
―――曹操軍本陣
許都より出陣した曹操軍は河北河南の国境にあたる平野、白馬の野をひかえた西方の山に沿って布陣していた。
そこの更に高台、白馬の野を見渡せる場所に曹操軍軍師、司馬懿一刀と郭嘉がいた。
白馬の野へ前進する袁紹軍先鋒顔良率いる強兵3万を遠くより見下ろし、司馬懿はゴクリと唾を飲んだ。
「フフ司馬懿殿、いつも側にいる風がいないと心細いですか?」
「いや……うん。まあ今後の曹操軍の為にやらなきゃならない策とやらが風にはあるんだろ? しかし袁紹は金が
あるよなあ。装備軍装が半端じゃない」
「確かに。ですがそれだけです。ただし一点を除いて一刀殿……おっと、司馬懿殿の策で間違いないとこの郭嘉が
保障しましょう」
戦場や事情を知らない者の前ではみな一刀を司馬懿仲達と呼ぶ暗黙の了解があった。
「俺も自信はあったんだけど(史実通りなら)相手の軍師が桂花だろ? アイツどんな策を使ってくるか……」
「政治に長けている……とはいえ軍略も一流ですね。私が来る前の曹操軍の軍略、驚嘆に値します。ですから本当に
残念です。対等な条件で戦えない事に……」
「コッチは兵数が圧倒的に不利だから?」
「いいえ……今なら我が軍が勝つ勝因を10は披露してみせましょう。それほどにコチラが有利、いえ向こうのハンデが
大きすぎます」
「あれ? 先日俺が言った時と全然違くないか稟?」
「……一刀殿はいったいいつの頃の袁紹軍の話をしているのですか?」
「……先日なんですけど?」
「あの軍義の際、司馬懿殿が発言した勝因において、あえて否定しなかった事があったのを覚えていますか? 恐らく
今回の戦いの最終的な勝因はその軍法の差となるでしょう。そして太守袁紹殿の存在。実は荀彧殿と同じく、私も袁紹殿
と会った事があるので多少の人となりは解っています」
「ああ……(たしか正史では先に袁紹の軍師になろうとして謁見して幻滅したんだよな)」
「ご存知でしたか。ですから袁紹殿の気性はある程度……いえ一度でも会えばよく解るのですが、ある意味で途方も無い
大物です。軍師の意見など、正確に言えば正しい言を行う軍師を必要としていません」
袁紹、恐ろしい子!! と一刀は冷たい汗をかいた。そんな一刀をジッと見つめる郭嘉の視線に気付き『何?』と声をかけた。
「……きっと袁紹殿には司馬懿殿のような軍師こそが相応しいのでしょう。もしそうなっていたら手ごわかったかもしれません」
そう、類稀なる適応力でもって相手を巻き込み、また巻き込まれながらも結果良い方向へ導く才能こそが……
「顔良隊、凸形に固まって突撃して来ました!!」
斥候よりの伝令。
「先鋒李典隊、迎え撃て!!」
「まかせときッ!」
郭嘉号令の元、曹操軍先陣李典隊1万が迎え撃つ。
官渡の戦いの前哨戦、白馬の戦いが始まった。
5
―――袁紹軍本陣
「さすが斗詩さんですわ、おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」
「さっすが斗詩! あたいも早く暴れたいですよ麗羽さま!」
「……」
先鋒である顔良隊が曹操軍と交戦、圧倒している。との斥候よりの報告を上機嫌に聞く袁紹と文醜をよそに、
軍師荀彧は難しい顔をしていた。
圧倒ですって? そもそも大軍を擁していながらわざわざ部隊を小分けにして戦う馬鹿な事をしているのに?
北郷が馬鹿だから……とも思ったがアイツと一緒にいるであろう程昱とやらがそこまでマヌケとも思えなかった。
これは罠ね。恐らくこの後囮部隊を使って保険をかけつつ顔良隊を殲滅にくる筈、だったら……
「報告します! 黄河より渡河した于禁隊、楽進隊計2万が本陣へ向かっております!」
荀彧が策を授ける直前、斥候より第2の報告が告げられた。
「その程度の数で不意打ちかまそうなんて華琳さんもお間抜けですわね♪ 文醜さん、叩き潰しておやりなさい!」
「りょうかいです麗羽さま!」 「え、ちょっと、待ちなさいよ!!」
荀彧の止める声も聞かず、文醜は本陣より飛び出し、文醜隊を引き連れ出陣した。
「なんてこと……袁紹様、止めて下さいこれはおとりです! このままでは顔良が!」
「何を言ってますの? 顔良さんは圧勝中ですのよ?」
「それが罠なんです! 今すぐ本隊を顔良隊に合流させるか、顔良隊を戻すかして下さい」
「こ~んな鮮やかに勝っている戦を止める理由がどこにありますの? ここで合流したら斗詩さんの頑張りに水を
さしますし、引いたら全軍の士気にかかわりますわ」
『……ッ』溜まらず声を漏らす。何て愚かな……話を聞かないどころか話しても物事の一面しか見ていないから都合の悪そうな
話等聞く耳すら持たない。だがこれは仕方が無いし想定内ではあった。袁紹の軍師となるのは簡単だが、意見を聞き入れ
させる関係となるには時間が必要な事も解っていた。
そもそも今回の戦でも大軍とはいえ幽州、徐州からの兵は袁紹に心服するまでこちらも本当は時間が必要だったから
田豊が言っていたように本来は地盤を固めつつ豊かな国力を背景に持久戦をかければ間違いはなかったし、馬超、袁術
と同盟を結ぶのも常道ではあった。
しかし、それでも……
華琳さまの仇をいつまでも討とうとしないどころか、華琳さまを裏切った劉備軍を助けた今の曹操軍を許せなかった。
華琳さまに不意打ちをした憎っくき呂布と同盟を結んだ馬超を許せなかった。
華琳さまの提案を無視した反董卓連合の連中と協力などできなかった……そうこの袁紹だって私の敵。
この全てに華琳さまの無念を晴らした後、やっと私は華琳さまに会いにいける。
いいわ、顔良を生贄に私の言が正しいのだという事を袁紹に学ばせる。
全ては復讐の為。桂花はその黒い、黒い野心で心をゆっくりと落ち着けさせ……
「流石袁紹様! 確かにおっしゃる通りです」
取り繕った笑顔でそう答えた。
6
―――袁紹軍顔良隊、白馬の野
「李典隊、後退していきます!」
「えっ、本当? どうしよう」
こちらの突撃に対して迎撃に来た李典隊はどうにも覇気がない気がした。終始押し気味に戦えていたつもりだが、
それにしては李典隊の死者は少なすぎる為、何か策があるのではないかと身構えていた所での後退で、顔良は
困惑していた。
「罠……かなあ? でも早く勝って田豊さんを牢から出してあげたいし、活躍しないと麗羽さまにお願いしずらいし……」
田豊が投獄されたのは驚いたが、その理由を聞いてある意味安堵の溜息もでた。
『も~半分は文ちゃんのせいだよ?』 『うへぇ、やっぱそうだよな~……』
そんな馬鹿なやりとりから恩赦を取り付ける為にも二人で功績をあげなくちゃとも思っていた。そもそも麗羽さまも
あまり本気にしていないというより近頃口うるさい田豊さんに自分はこんなに強いんだ! 的な自慢をする為にお留守番
をかねて投獄した節があった。まあ見栄っ張りだから『私達から手柄と引き換えに牢から出してあげて』という方向に持って
いかないといけないなあ……と余計な苦労を背負っていたが。
そこに本陣を狙った曹操軍の分隊の報告、それを文醜が迎撃したという報告が入る。
「ああ、こっちが囮だったんだ。それじゃ追撃します! 李典隊を殲滅して一気に曹操軍を蹴散らしますよ~」
「「「おおっ!! 」」」 と顔良隊も声をあげ、李典隊へ追撃を開始した。
7
李典隊の追撃を開始した顔良隊を見つめる2人がいた。張遼と関羽である。
「さて、予定通りやけど、いけるか関羽?」
「無論だ。桃香さまの元へ帰る手柄の一つとさせてもらおう」
手に持った青龍偃月刀がギラリと光る。
「そら頼もしいな。じゃあ顔良は任す。ウチは隊の指揮を取るでええんやな?」
「ああ、では関雲長参る!!」
張遼騎兵隊より単騎、李典隊を追撃する顔良隊の先頭、顔良めがけ、関羽は馬を走らせた。
「えっ!? 誰?」
単騎で猛然と近づいてきた関羽に気付き、思わず声をかける顔良。
「我が名は…………今は名乗る名は無い! 主の元へ帰る為に顔良! その首貰った!!」
「なにをッ!!」
顔良の巨大槌”金光鉄槌”がゴウッ! と音をたてて振り下ろされる!!
巨大さゆえに破壊力はあるが隙だらけの武器に見えるがそうではない。例え避わされてもそのまま鉄槌が叩きつけ
られる地面は、岩場であれば石つぶてを、土や砂場であれば粉塵を撒き散らす攻防一体の武器なのである。
ドゴン!! と、かわされた鉄槌が粉塵を撒き散らす前に……
「えっ!?」
ギャン!! という凄まじい金属音。
この後、袁紹に白馬の戦いにおける顛末を報告する事になる斥候が見た光景は、長く美しい黒髪をたなびかせ、顔良の
大槌をヒラリとかわし、巨大な偃月刀を横薙ぎった美しい名を名乗らなかった少女をこう称した”美髪公”と。
早すぎて見えなかったが、恐らくは偃月刀の一撃を受けた顔良の首は胴体から離れ、その勢いで体も空を舞い、黄河へと
落ちた。その時の水しぶきの音がドボン、ドボンと二つであった為首が落ちたのだろうと斥候は語る。
顔良の死と突然現れた謎の死神……時の止まった顔良隊は、張遼騎兵隊の突撃によって散々に打ちのめされ、僅かな兵が
本陣に逃げ帰るのがやっとという程の状態となり、官渡の戦いの前哨戦、白馬の戦いは曹操軍の快勝となった。
(あとがき)
あ、官渡の戦いというより白馬の戦いのお話でしたねー。
吉川先生版だと顔良隊10万、文醜隊10万とか(汗)ちと多すぎるので袁紹軍15万にしました。
なんかもう絶対化物語見たせいだと思う(パンツのくだりとか)
なでこの着たスク水とブルマほしーなーって(パンツじゃないじゃん)
あれー禁書の絹旗のパンツかなあ? 大量のパンツが空を舞うアニメの影響ではない筈。
あえて何かをスルーするあとがき。