1
―――北平
ドゴッ……ドゴッ、ドゴン!!
北方の雄公孫賛が篭城する幾層もの城壁を備える堅城易京城。その年輪のように聳え立っていた城壁が、
まるで地盤沈下したようにけたたましい音をたてながら次々と崩れ落ちていった。
「ちくしょー! 麗羽おぼえてろよー!!」
なんの捻りも無い、至極普通な負け惜しみを叫びながら、何人かの部下を引き連れて公孫賛は南方へ逃げ
去って行った。
「顔良にお願いされたとおり兵を配置しなかった南方へ逃げていったけど、本当に逃がして良かったのか?」
「うん。下手に北方の異民族に助けを求めに行ったり幽州に潜伏されたら駄目だったけど普通に逃げてくれるなら
それでいいよ」
敵を逃がしてそれで良かった。可愛らしい笑顔でそう言われても意味がさっぱり解らなかった。
「公孫賛さまは袁紹さまの数が本当の本当に少ない稀少な友達だからな」
文醜の補足でなんとなく意味が解った。
「そうか、袁紹って優しい人なんだな」
……爆笑された。
「うおー腹いてー♪ いやーアニキのボケは最高だな」
「そんな……笑っちゃ悪いよ……田楽さんまだ姫と会ったことないんだから……くっ」
「いや顔良もそんな必死にこらえられると余計辛いんだけど。それ以前に名前間違ってるし」
「おいおい斗詩、またアニキの名前間違ってるぜ? 田んぼに埋まってた田夫さんだよな?」
「文ちゃん、それそのまんまだし……たしか埋まってた田んぼだけ豊作だったから田豊さんでしたよね?」
「……うん、まあ拾ってくれた農家の人が付けただけで本名はわかんないんだけどな」
田豊と呼ばれた青年は苦笑しながらそう答えた。その姿は服こそ違えど天の御使い北郷一刀と瓜二つであった。
2
――回想
と、言ってもさっきの二人の会話がほぼ全てな気がする。
拾ってくれた人の話だと田んぼのど真ん中で浮いていたそうだ。ただ足跡も何処にも残ってなく、その日流れ星
があったから天から落ちてきて田んぼに埋まったんじゃないか? と。(そんなバカな)
『何で?』『何者?』と聞かれたがさっぱり思い出せず、証明できるものが何かあるかと手持ちの物を探しても
泥まみれでもはやどうにもならず、洗濯して着れるようになった服以外自分を証明する物は何も無かった。
しばらく農家の手伝いをして暮らしていたが凶作。ただ自分が浮かんでいた田んぼだけ何故か豊作であった為
天からの田んぼの神様に違いないと村人達から田豊と名づけられた。
とはいえ凶作で世話になるのも申し訳ないし一向に記憶も戻らないので旅に出る事にした。着ていた服が珍しい
生地だそうなので以前そこそこの値で商人に売り払っていた金を旅費とした。
最初に着いた町の食堂で顔良と文醜が財布を落としたとかで困っていたので女の子2人分くらいなら立て替えて
あげようかと思い、声をかけた。
……旅初日で無一文になった。どんだけ食ったんだこの2人!?
3
――回想2
二人は大勢力袁紹の2大看板と言われる程の将軍だった。普通に可愛い女の子にしかみえなかったんだけど。
気が付けば2人と意気投合し、2人の側近のような立場になっていた。これは『お金ないならウチで稼ぎなって』
という文醜と『う~ん? 田豊さんの顔どっかで見たような気がするんだよね?』という顔良の言葉が決めてだった。
そもそも行くあても、お金もなかった。流石に兵士というのはビビッていたが『あたいの側に入れば平気平気♪』
『田豊さん一人くらいまかせて』となんとも頼もしい限りだった。
北方の覇権をかけた公孫賛との戦いその1―――惨敗(え~)
「だ~ッ、また騎兵に翻弄されたー!」
「毎回伏兵の騎馬隊に翻弄されちゃうねー」
「騎兵に歩兵が向かっても蹴散らされるんじゃないか?」
「む? なんだよアニキ、それでも数で押してあと一歩って所で……」
「伏兵の白馬騎兵隊に後ろから襲われるんだよね」
「おいおい、そこまで解ってるんなら策とか考えられるんじゃないか?」
「田豊さんなにか策があるの?」
「う~ん、毎回伏兵にやられるんならこっちも伏兵を用意して挟撃するとか落とし穴でも掘っておくとか?」
「うわッ地味!」 「田豊さんの作戦ってなんだか地味だね~」
おまえら……
北方の覇権をかけた公孫賛との戦いその2(界橋の戦い)―――勝利
3
――回想3
界橋の戦いの勝利によって公孫賛を後退させた顔良、文醜軍はそのまま公孫賛を追って北上。
しかし幽州は公孫賛の本拠であり、顔良、文醜軍の兵数だけで勝つのは難しい状況であった。
「だ~ッ、数が違いすぎる!!」
「今更袁紹さまの本隊に来てもらってもそれを待ってたら公孫賛さん益々勢力戻しちゃうよね」
「兵数はなくてもお金とか食料は結構あるんだろ?」
「む? なんだよアニキ、お金で戦争は勝てないぞ?」
「まあお腹減ってたら戦えないからいちがいには言えないけどねー」
「いやいや、そうじゃなくて、そのお金を使って兵数を増やせばいいんじゃないのか?」
「田豊さんなにか策があるの?」
「う~ん、例えば北の異民族に食べ物あげるから協力して貰うとか現地の人にお金渡して寝返ってもらうとか?」
「うわッアニキエゲツねぇ!」 「田豊さんの作戦って怖いよね~」
おまえら……
北方の覇権をかけた公孫賛との戦いその3(鮑丘の戦い)―――勝利
4
――回想4
鮑丘の戦いの勝利によって公孫賛は撤退を余儀なくされ、易京へ本拠地を移す。
顔良、文醜軍はそのまま公孫賛を追ってさらに北上。
しかし公孫賛が篭城する易京城は幾層もの城壁を備える要塞であった。
「だ~ッ、城壁が多すぎる!!」
「登っても登っても次の城壁だもんね~」
「……」
愚痴りながら二人が何故か俺をジッと見つめていた。
なんだかデジャビュを感じ、首を捻っていると顔良が声をかけてきた。
「田豊さん、何かいい作戦ないかなあ?」
「う~ん、城壁登るのが大変だったら穴掘って進めばいいんじゃないか?」
「うわッ地味!」 「田豊さん相変わらず地味だね~」
おまえら……
北方の覇権をかけた公孫賛との戦いその4(易京の戦い)―――勝利
そして現在に戻る。
5
……この2人駄目駄目なんじゃ? 今気付いた。いや戦闘ではメチャクチャ強いんだけど。
「それじゃ、これだけ大活躍した田豊さんを姫に紹介しないとね♪」
「ああ、アニキ面白いから麗羽さまもきっと喜ぶな」
面白いから? 何か聞き捨てならない言葉だったような?
「いやちょっと待ってくれ。確かに俺も少し調子に乗ってたけど実際ちょっと思った事を言ってただけで仕官なんて
ずうずうしいと思うぞ?」
「槍を持って戦えなんていわないって! 軍師として紹介すっから♪」
「軍師!? なお困るって! 袁紹軍なんて大勢力じゃないか、俺なんかが軍師って……」
「あ、心配しなくても大丈夫ですよ。意見なんて採用されませんから♪」
顔良が笑顔で物凄い事を言った。
「は?」
「そーそー麗羽さまが部下の意見なんて聞くわけないしな」
「じゃあ軍師いらないジャン!?」
「なんだよアニキ、あたい達と一緒にいるの不満なのか?」
くっ! コイツ俺に気なんてない癖になんつー可愛い事を!!
「田豊さん……」
ぐはっ! そんな懇願するような上目遣いとか……
「解った、軍師でも兵卒でもいいよ。袁紹に紹介してくれ」
「やったー」「わーい」
物凄い喜んでくれた。そっか、記憶は一向に戻らないけどこの2人と馬鹿やってくのもいいかな?
「よかったな斗詩、これであたいらの苦労も減るからイチャイチャ出来る時間増えるな♪」
「もー文ちゃんたら……でもこれで姫のわがままの半分は田豊さんに行くからとっても助かるね」
……なんですと?
「あ、あと公孫賛さま逃がした責任はアニキって事で」
「あ、穴掘って勝つなんて地味だってお仕置きされるかも? お気の毒だね」
「ちょっとまて! だって逃がした方が喜ぶんじゃないの? 兵も損害が少ない作戦のほうが」
「あーそれとこれとは別だから」
「そーゆー理屈は姫には通じませんから早く慣れて下さいね」
しまった。だから指示じゃなくてお願いだったのか!!
……いやおかしい。絶対におかしい。逃げるなら今しかないのでは?
「ほーらー、ボケッとしてないで、おいてくぞアニキ」
「田豊さん急いで、姫が待ってますよ♪」
二人に手を摑まれる。なんかもう逃げられないらしい。酷い詐欺にあったようなあわなかったような……
それでも屈託無く笑う美少女2人は結局魅力的で、このおかしなコンビが慕う聞く限り無茶苦茶な姫さま
とはどれほどの者なのか? それすらなんだか楽しみになっていた時点で田豊はもう手遅れであった。
田豊こと3人目の北郷一刀(記憶喪失)。それはもう、今までが平穏だったと言うほどに本当の本当に
苦労する事になるが、それはこれからの話。
(あとがき)
注意:今回のあとがきはネタバレがあります。そーいうの嫌な方は見ないで下さい。
今回の伏線回収
聖フランチェスカ学園の制服(14話) 田豊一刀のものでした。
当然ミスリードを狙っていたのですが一応ヒントは北方四州の仲介屋辺り。
武将列伝(個人的な主観が多分に入っております)
演戯ベース
田豊=袁紹軍一の軍師。常に正しい献策を袁紹にしていたが剛直な性格が災いして
キレた袁紹に投獄されてしまう。結局田豊さんの言う事聞かなかった袁紹さんはボロ負け。
『ゴメンよ田豊』と反省したけど田豊さんのライバルが『アイツ失敗した袁紹さまを笑ってますぜ』
と根も葉もない陰口を言って、結局処刑されてしまう悲劇の天才軍師。
曹操さんも袁紹が田豊の言う事聞いてれば勝敗は逆になってただろうと思った程の惜しい人物でした。
田豊一刀の運命はもううわぁ……って感じですねー(苦笑)
んでネタバレですが、これ以上一刀は増えません!!(おかしな日本語だ)
これは別に一刀大戦とかそんなんがテーマ(テーマとか偉そうに)ではなくて、
自分が目指す最終回には3人必要だったからです。
(まあいつもどおりのくっだらない理由なのですが)
んじゃあなんでネタバレしてんのかと言えばこれからも一刀がポコポコでるのかよ?
見たいに思われたらつまんなくなりかねんなあと思ったので。
今回の顔良さんに文醜さんは途中から一刀を試してたんじゃないかな?
あの二人が袁紹の為にならない人材を
推挙するわけがないので(いや想像ですがw)