1
ギィイイイイイイン!!
張遼の巨大な大業物、飛龍偃月刀が弧を描きながら宙を舞い……ザクリ、と大地に突き刺さった。
それは張遼が夏侯惇に一騎打ちで敗れた事も意味した。
「あーあ。負けてもうた」
「ふっ……なかなか良い戦いだったぞ、張遼」
「ウチもや。長安まであとチョットってのは悔しいけど、ま、ええわ……さ。殺しぃ」
嘘偽ざる本音であった。武人としての誇りを持って生きてきた張遼にとって、戦場で好敵手と一騎討ちを行い
全力を持って戦い、死ねるのならばむしろ本望と言ってよかったのだから。
「何を馬鹿なことを……貴様には華琳さまに会ってもらわねばならんのだ」
「曹操に? 何でぇよ?」
「華琳さまが貴様の事を欲しているのだ」
「は? ウチを?……ふむ。惇ちゃん、いくつか質問がある」
「惇ちゃん?」
「まあええやん……曹操は何を目指す?」
「天下統一」
「……どう目指す?」
「誇り高く。堂々と目指す!」
夏侯惇は張遼の瞳を真っ直ぐに見つめ、言葉同様誇らしくハッキリと断言した。
「他に質問はあるかしら?」
その場に夏侯淵、荀彧、そして後ろに親衛隊の2人を伴った曹操が現れた。
「華琳さま!」
「春蘭ご苦労様。張遼、もう質問はないのかしら?」
覇気、とでも言うのであろうか、見た目は小柄な美少女でしかない曹操から溢れ出る威圧感に圧倒され、ゴクリと唾を飲んだ。
「なんでウチなんや?」
「勇を誇り、知に秀で、将として優れている……多少性癖に問題がるようだけど、それは些細な個性だと思っておくわ」
「ん? 性癖? なんやそれ?」
「露出狂……なんでしょう?」
「華琳さま、洛陽の情報では他にも男を裸に剥いて市中引き回して楽しむという趣味もあるそうです」
「それはかなり引くわね……裸にするならせめて女の子にしておきなさい」
「ちょっと待てぇや!! ウチにそんな趣味ないわッ!」
よもやあの事故がそんな形で世に出回っていたとは! 本人だけが知らなかった衝撃の世論に驚愕し、曹操の
明らかに間違っている妥協案にツッコミを入れることさえ出来なかった。
「あら……そう?(そういう事にしたいのかしらね)いいわ、改めて。張遼、あなたのその武を我が覇道のために
捧げなさい。報酬は天下統一という過程を私と共に作り、歩む事。あなたが必要よ」
「お、おうっ!」
他の言葉など思いつかなかった。董卓の時は力になってやりたいと思っても臣下となりたいとは思わなかった。
この少女は違う、曹操が進む覇道を見たいと思わせる何かがあった。
「良い返事ね。丁度今いる将軍が集まっているわ。自己紹介を……」
名を、そして真名を交換する。二大将軍である夏侯惇、真名は春蘭、夏侯淵、真名を秋蘭、親衛隊という
許緒、真名季衣、典韋、流琉。そして今の戦いで張遼隊の機動力を奪う見事な陣を構築し、結果春蘭と一騎討ち
に持っていった軍師荀彧、真名桂花。
「曹孟徳。真名は華琳……張文遠。いえ、霞よ。その力、我が下で存分に発揮しなさい」
「御意! あ、頼みっちゅーかお願いがあるんやけど?」
この後戦うであろう呂布戦には手を貸さない事、部下の命の保障。この2点を曹操は了承した。
「ふふ……裸に剥いて市中引き回し、面白そうな罰だと思わない桂花」
「そ、そんな! 華琳さま以外に裸を見られるなんて……」
そういいつつどこか嬉しそうな桂花。
「あら? 罰の話なのに、なにか粗相をしたのかしら?」
それをサドっけたっぷりの歪んだ笑顔で楽しそうに答える華琳を見、とんでもない所に転職してしまったのでは?
と気付いてしまった霞の耳に ドドドド……と、地響きが届いた。
「なんや?」
「騒がしいわね? いったい何?」
不機嫌そうに眉根をよせる曹操の元に斥候が跪いた。
「て、敵襲! 数万の兵が物凄いいきお……グァッ!!」
ドシャリ!……と、背中に矢が突き刺さった斥候が崩れ落ちる。最初の一矢。数秒も待たず、曹操達の元に
豪雨のような矢が降り注いだ。
「桂花は流琉の後ろに! いったいどこの敵だと言うの!!」
死神の鎌を思わせる大鎌”絶”を華麗に振り回し、降り注ぐ矢を切り裂く華琳。
「私見えます、深紅の旗に……呂!!」
荀彧を背に、矢の雨の先を眼を凝らしながら、典韋が巨大ヨーヨーで矢を弾きながら叫ぶ。
「なんですって! 劉備の役立たず、もう敗れたの!」
荀彧が毒づくのもしかたがない。張遼との戦いが終わった直後、もっとも弛緩した状態であり、張遼隊の機動力を削ぐ為に
荀彧が考案した陣は部隊を広く展開するものだった為、いまだ撤収が終わっていない。そしてこの奇襲を仕掛けてきたのは
大陸最強を謳われる飛将軍呂布なのである。
ザクッ!!
「くッ!!」
一本の矢が曹操の肩を掠め、血が地面に滴り落ちる。
「きゃああああっ! 華琳さまッ!!」
「静まりなさい桂花! ただのカスリき…………くっ!?」
ガクリと膝を付く。一瞬大地が反転でもしたのかと思うほどの目眩と嘔吐感。そして傷口の焼けるような痛み。
……これは…………毒!?
「華琳さま!!??」
「ただの立眩みよ」
何事も無かったかのように立ち上がる。血が沸騰したかと思うほど熱く感じたが、曹操は汗一つかかず平然と振舞った。
どこかの外史で孫策の命を奪った名も無い毒使い。
北郷一刀が他の外史と違い西涼に降り立ったように、この外史では名も無い毒使いは曹操軍でなく、董卓軍に紛れ込ん
でいた。
ただそれだけの事。
「……流琉移動するわ、華琳さまの護衛を!」
「は、はい」
膝を付いたのは驚いたが普段と変わらない立ち振る舞いに桂花は華琳に起こっている異変に気付けなかった。
どちらにせよ華琳達は止まぬ矢の雨をよける為、その場を移動せざるをえず、結果として夏侯惇達とさらに離れて
しまっていた。
矢を放つのは華雄残党軍! 呂布隊の行軍に慣れず、逸れたが為に呂布隊全体の遅延を招き、汚名返上とばかりに
魂の篭った矢を放ち続けていた。
そして、その矢は曹操軍に更なる悲劇を招く。
ズブリッ!!……夏侯惇の左目に矢が突き刺さった。
「……ぐ……っ!」
華琳同様、ガクリと膝を突く。本来であれば大剣、七星餓狼の一振りで矢など吹き飛ばせよう。しかし猛将張遼に一騎討ちで
勝ったとはいえ当然無傷とはいかず、痛みに気を取られた一瞬の遅れが最悪の結果となった。いや、命があるのだから最悪
ではなかろうが。
「姉者っ! 姉者ぁっ!」
側にいた夏侯淵が堪らず叫ぶ。
「…………ぐ……くぅぅ……っ!」
夏侯惇は矢を握り締める。
「春蘭さま!?」
異様な気配を感じ、矢をなぎ払いつつ許緒が夏侯惇に駆け寄る。
「ぐ……あああああっ!、ぐああああああああああああ……っ!」
グジャリ……と、夏侯惇は自らの眼球ごと矢を引き抜き…………
「この五体と魂、全て華琳さまのもの! 断り無く捨てるわけにも失うわけにもいかぬ!
我が左の眼……永久に我と共にあり!」
そう吠え、自身の眼球をガブリ! と、喰らい尽くした。
許緒、夏侯淵はその壮絶さに声もなく、呂布隊の矢の雨さえもが一瞬止んだのである。
「秋蘭、何をしている! 華琳さまの元へ急げ!! 私もすぐに行く!」
「あ、姉者、しかし……」
「だ、大丈夫です! ボクが春蘭さまを守ります!!」
夏侯惇の壮絶さを目の当たりにし、この人は生なければならない! そう心から思った許緒が自分自身生意気だと
思いつつも守ると口にした。
「……頼むぞ。姉者、これを……」
蝶柄の眼帯を夏侯惇に渡し、夏侯淵は激戦の中へ駆けていった。
2
雨のような矢が降り止んだ後、戦いは歩兵、騎兵が入り混じる第2段階に入っていた。
矢を避けつつ場を移動した荀彧は近くにいた曹操兵を掻き集められるだけ集め、200人程度の集団を作り応戦を
続けていた。
「はああああっ!」
ブオン!……と、典韋の巨大ヨーヨー”伝磁葉々”が唸り、敵兵をなぎ倒す。何人もの兵を弾き飛ばしても、
自分達を囲む人垣が崩れることはなかった。
幸い華琳さまがここにいる事を知られてはいない……けど、このままじゃいつか押し切られる。
荀彧は打開策を得る為にも兵を指揮しつつ現状を観察し、状況をほぼ正確に理解しつつあった。
敵兵の規模は恐らく3万前後、洛陽を脱出した際の呂布隊そのままの数と考えられる。劉備軍の実力は兵を貸した際に
得た情報からかなりのものだと解っており、いかに呂布隊でも戦えば無傷などありえない筈だった。
これはつまり劉備軍が裏切った事を意味する。
呂布隊の攻撃の変化、これは張遼隊が既に捕虜となっていた為、其処へ攻撃がいかないように曹操軍が比較的密集して
いた地点に矢を降り注いだのだろう。偶然にも曹操軍の首脳陣が集まっていた地点に矢が集中して放たれ、結果として
夏侯惇、夏侯淵、許緒、そして張遼と逸れてしまった。
最悪じゃないの!
堪らず舌打ちする。策を準備する暇もなく呂布と交戦した時点で勝敗は決まっていた。
もはやいかに被害を少なくしてこの戦場から脱出するかに思考を移行せざるを得ず、その為に必要な兵は圧倒的に少なく、
それを率いる将とは逸れたままであった。
その不足分を補うには……一瞬頭によぎった策というにはあまりにも愚かな考えを荀彧は頭を振る事で忘れ去ろうとした。
「何か策を思いついたようね桂花」
「か、華琳さま!? いえ、今思いついたのは策ではなく……」
「それを判断するのは私よ……そうね、以前私が言った事、まさか忘れたのかしら?」
「華琳さまの言葉を忘れるわけありません!『もし華琳さまが一騎討ちをする事が最も確率の高い勝利を得られるような
時が発生したら、その策を用いなさい』そうおっしゃいました」
「ええそうね。状況的に一騎討ちではないにしろ……今使える駒がないのなら、王を使えば良いだけだわ」
「華琳さま…………今、この状況から脱するには兵の数、そしてそれを率いる将がおりません」
躊躇は一瞬。曹操も頷き、荀彧の言葉の続きを促す。
「ですが春蘭、秋蘭の実力なら既にある程度の兵を集め、華琳さまの元へ向かっている事は間違いありません。問題は
混戦の為、華琳さまの正確な位置が掴めない事」
「ふふ、つまり敵味方に私が此処にいることを知らしめれば良いわけね」
曹操はそう答えると陣の先頭へ向かう。
「えっ!? ……華琳……さま?」
曹操を守る為、陣の先頭で一騎当千の働きをしていた典韋が、その守るべき対象である曹操がスタスタと歩いて自分の隣
に現れた事に呆然とし、戦場であるにもかかわらず素っ頓狂な声をかけた。
その隙を逃すまいと敵兵が曹操に襲い掛かる!
ビュン……と、小さい風が鳴き、曹操の大鎌”絶”によってその敵兵の首が宙に舞った。
あまりにも華麗な早業によって両陣の動きが一瞬止まる。
「流琉、悪いけれどもう少し頑張って頂戴」
「は、はい!」
戦場とは思えないニッコリとした微笑を典韋に向けた後、曹操は眼前の敵兵を睨みつけ、叫んだ。
「聞けい、恥知らずな雑兵ども!! 我が名は曹孟徳! このような不意打ちで我が覇道を阻もうとした報い、
万死に値する。全身に痛みを焼き付けて未来永劫葬ってくれる。恐れを知らぬならかかってくるがいい!!」
一瞬の静寂の後、ザワザワとした喧騒を得、それが咆哮に変わる。
『大手柄だ!』『仲間の仇!』『犯して俺の物にしてやる!!』様々な悪意の渦が広がり、欲に眼が眩んだ愚か者達が
我先にと曹操に近づき、次の瞬間には”絶”によって首と胴が別れ、無意味に命を散らしていった。
3
「敵の動きが変わった!?」
曹操と合流する為、一人激戦の中へ向かった夏侯淵は既に兵を2000人程集め、曹操がいるであろう場所に見当をつけ、
その付近で各個に襲われている曹操軍に主の姿を探し、いなければ援護し兵を増やしつつ戦場を走り回っていた。
少集団となっていた曹操軍を数の暴力でなぶり殺しにして楽しんでいた呂布隊がある地点を目指し流れていく。
その先は夏侯淵本人も曹操がいる可能性があると見当をつけていた地点であった。
「敵の渦の先に、華琳さまがいる! ゆくぞお前達、華琳さまを救出するのだ!!」
『おお!!』と答え、曹操軍2000は夏侯淵を先頭に敵の渦へ突き進んでいった。
4
「だらぁぁぁっ!」
夏侯惇の大剣、七星餓狼が敵を切り裂き。
「ちょぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!!」
許緒の巨大な鉄球”岩打武反魔”が敵を叩き潰す。
疲れ知らずの許緒がハアハアと息を吐いた。
夏侯淵と分かれ、しばしの休憩の後、夏侯惇が『華琳さまを救出に行く!』と言い、それに従った。
途中、少数で奮戦していた曹操軍100人の集団と合流『こっちだ! 華琳さまの匂いがする!』と夏侯惇を知らなけれ
ば頭がおかしくなったんじゃ? と疑いたくなるような発言を信じ、敵陣へひたすら突き進んでいた。
何十人、何百人を鉄球で叩き潰したかもう記憶にすらない。しかし、それでも曹操の元へ辿り着く障害である敵兵の壁は
厚く、そして遠かった。
ドシャリ、とまた一人合流していた兵が脱落する。いかに精強な曹操軍であっても10倍、20倍の敵兵相手にはあまりにも
厳しかった。
「お前達はもういい! 下がれ!」
夏侯惇が三度同じ命令を下す。しかし『曹操様を助ける手助けをさせて下さい!』そう返されては何も言えなかった。
ドサリ、とまた一人倒れる。共に戦った兵は既に半数にまで減っていた。
「いやだよッ……」
死ぬのが嫌なのではない。いや死にたくは無い、しかし戦場であり、自分は絶対に死なないと本気で考えている程許緒は
能天気ではない……かもしれない?
ただ無駄死にだけは嫌だった。自分が頑張れば流琉や華琳さまが助かるならいくらでも頑張れる。しかし、倒しても倒しても
曹操に近づけない焦燥感が、許緒に弱音を吐かせていた。
こんな時、兄ちゃんがいてくれたら……
決して強くも無い、頭だって良さそうに見えない、それでも頭を撫でながら笑って元気付けてくれる兄ちゃんがいてくれれば
まだ頑張れる。何の根拠もなく、ただそう思った。
「兄ちゃん……兄ちゃん! 助けて!!」
「まかせろ季衣!」
「えっ!?」
閃光が走り……許緒の目の前にいた敵兵が吹き飛ぶ。これは氣弾!!
「凪におくれんなッ! 李典隊突撃や~!!」
ギュイイイイイイン! と、独特の擬音を奏でながらドリル槍”螺旋槍”を手に李典が敵陣に突撃した。
「華琳のやつ、深追いするなって言っておいたのに! 季衣大丈夫か?」
「兄ちゃん? どうして?」
なんで? どうして? 何度も瞬きしつつ、それが幻覚でない事を理解する。そう、謎の少女を前に乗せて馬に跨って
いる胡散臭い手書きの髭を生やした青年は北郷一刀、別名司馬懿仲達であった。
5
「遅いぞ北郷!!」
「ええッ!? 普通『良く助けに来てくれた!』とか褒める所なんじゃないか?」
言葉通り、褒められると思いきや最初に聞いたのは春蘭の罵声であった。
「華琳さまの危機に臣下が駆けつけるのは当たり前だ! むしろ何をグズグズしていたのかと問い詰めたい所だ」
あんまりにもあんまりだがいかにも春蘭らしい理屈に苦笑しかかった司馬懿(一刀)は春蘭の顔を見て絶句した。
「春蘭、その目は?」
「ん? これか? かすり傷だ」
そんなわけがない。現に今も眼帯の下からおびただしい血が滴り落ちていた。
本来ならもっと後、徐州をめぐる呂布との戦いで目を失う筈であり、その時注意すればいいだろうと考えていた。
この世界は微妙に史実からズレている。確かに遅かったと司馬懿(一刀)は唇を噛んだ。
「ほらお兄さん、こんな所で後悔してる暇はないのですよ~」
司馬懿(一刀)と同じ馬に乗っていた少女、程昱が司馬懿(一刀)の様子の変化を感じ取り、意識を切り替えさせる。
そして敵をある程度追い払った楽進、李典が馬を並べた。
「そうだった、春蘭、華琳はどこだ?」
「この先だ、急げ!」
躊躇なく真っ直ぐに指をさす。ちなみに根拠は『華琳さまの匂いがしたから』である。
「よし、凪、真桜。もう一度突撃だ!」
「それだけの命令だと効率が悪いのですよ。まず凪ちゃんが氣弾ぶっぱなして敵陣に穴あけてください。
その穴をグリグリっと真桜ちゃんがドリルで拡張。穴が広がったらお兄さんのアレを突っ込んじゃうのですよ~」
「よし、いやまて風、なんか表現が変じゃなかったか?」
「ぐぅ……」
すっとぼけ軍師大全開である。
「……じゃあ今の指示通り頼む。本陣が突っ込んだら2人の隊が広げた両翼を押さえてくれ」
「了解しました」 「はいな!」 「……ツッコミ無しは寂しいのですよ」
「よし、司馬懿隊突撃~ッ!!」
おおッ! と援軍、司馬懿隊は曹操救出へ向かった。
それを見送る夏侯惇と許緒。
「春蘭さま……今のって」
「ああ、あの風とかいう軍師、あれが指示を出して凪と真桜が戦う。北郷いらないな……」
6
曹操は陣の後方で腰を下ろした。
戦況はいまだ不利。しかし光明も見え、敵の攻撃が緩くなった方角に目を向けると、夏侯淵が数千の兵を
つれて奮戦している事が解っていた。荀彧の的確な指示の元、曹操すら一兵士として迫る敵兵を切り伏せ
ていたが、動きに精彩を欠いてきた事に気付いた荀彧が曹操を陣中央に下がらせ休ませていた。
「流石ね、桂花良く見てるわ」
そう独り言を呟く。流石に誤魔化しきれなくなってきていたが、恐らく連戦の疲れと矢傷が原因だと思っている
であろう。実際矢傷が原因であるがそこに塗られていた毒が精彩を欠く原因だとは誰にも気付かれていない。
状態はかなり危険だった。
既に焦点はぼやけ、敵と味方を認識するのがやっとの目。鉛のように重い手足。高熱によって感覚すら失われ、
頭が焼き切れるように熱く、ズキズキと痛みを訴えていた。
「……ああ、これのことだったの」
一刀と別れる時の言葉を思い出す。
『華琳一つだけ、この戦い深追いだけはしないでくれ』
心配性の一刀が生意気にも軍師ぶって一般論でも語ったのかと軽く思っていた。
これはそうではなく、未来を知り、しかし未来を語るなと言った私の言葉を守りつつ精一杯の助言をしたのだという事だ。
「軍師の助言を聞き入れず敗北する……か。麗羽と変わらないわね」
そう自嘲する。自分で袁紹と同等と言う時点で弱気の程が窺えた。
「でもね一刀、私はこうも言ったわ『心配になったら援軍に来なさい』と。アナタは来てくれるのかしら?」
これるわけがない。例え来たところで預けた2000程度の兵では焼け石に水というものだ。
その時、毒に侵されつつも、まだ生き残っていた耳に、桂花の罵りながらも嬉しそうな叫びが届いた。
「援軍! 西方より援軍です!! あの旗は……金繍の布に司馬懿の3文字? あッ……北郷です!
北郷(司馬懿)が来ました!! あのバカ遅いのよッ!!!」
7
ちゅど~ん!!
楽進の気弾が激しい爆発音となって戦場に響き渡る。
ギュイイイイイイイイイン!! ドルルルルルルルルッ!!
李典のドリルが奏でる金属音が大地を揺るがした。
これ三国志? と、何と言うか、当時の人というか、吉川先生とかに謝りたくなるような光景が繰り広げられていたが、
まあ最近の諸葛亮なんてビームだすしまだマシだろうと司馬懿(一刀)は考えるのをやめた。
「さ、お兄さん、今なのですよ」
「よし、本陣、突撃する!!」
程昱曰く
楽進が氣弾ぶっぱなして敵陣に穴あけて、その穴をグリグリっと李典がドリルで拡張し終わったので
広がった穴に司馬懿(一刀)のアレ(本陣)を突っ込んじゃったのである。
そして……
「華琳無事か~ッ!!」
北郷一刀(司馬懿仲達)は華琳(曹操孟徳)の元へ辿り着いたのである。
8
『華琳無事か~ッ!!』
届いた。爆撃音とドリルが奏でる金属音と共に……その声は曹操へ届いた。
口元がほころぶ。でも返事はしてやらない。心配なら自分で会いに確かめに来ればいい。
「桂花、司馬懿(一刀)の兵はどれほどいるの?」
「えっ……5000、いえ6000はいます!」
預けた兵数の3倍!? 上手く指揮を取れば負けは無くなる!!
「一刀……司馬懿(一刀)の指揮は?」
「な、なんで? 完璧です……あっ!? アイツ、女の子を一緒の馬に乗せてます。聞こえないけどその子が何か
司馬懿(一刀)に助言した後アイツが指示してます! インチキだわ」
そう、桂花が完璧と言わしめる程の軍師を見つけたのね。
司馬懿(一刀)が得た新たな軍師は本当は2人。
黄巾残党軍(後の青洲兵)6000をほぼ無傷で手に入れた司馬懿(一刀)はその捕虜を矯正施設、張3姉妹コンサート
にて洗脳。そこから5000、曹操に預かった精鋭2000から1000の合わせて6000を曹操軍の援軍として編成。
本拠地陳留の守備に預かった兵数と同数の2000を残し、調練に定評のある于禁を大将として、曹操の援軍に
向かうと聞いた途端、興奮して鼻血の噴水芸を披露して倒れた郭嘉を軍師として残し、右翼楽進、左翼李典、本陣に
司馬懿(一刀)、軍師程昱の布陣にて洛陽へ進軍。虎牢関を避け、函谷関側からの進入を目指し、元黄巾の手腕を
活かし、関所を破ったり裏道を使う等として現在に至っていた。
形勢は完全に逆転した。いまだ兵数では圧倒していた呂布隊であるが、司馬懿(一刀)隊6000の援軍によって
勢いは完全に曹操軍が手にしていた。しかし呂布、ただ一人で3万の兵を倒すと恐れられた呂布は未だ姿を見せなかった
のである。
9
「……見つけた」
「……恋?」
矢の雨が降り注いだ直後、張遼はいち早く戦場を離脱し、戦場に近いが木々が死角となりえる場所に身を潜めていた。
決して戦場が怖いわけではない。ただ攻撃をしかけた部隊が呂布隊である事をいち早く理解した為、ほんの数分前まで
の仲間であり、恐らく自分達を助ける為に戦いを挑んだ呂布隊と刃を交える事などできるわけも無かったのだ。
同じ気持ちであろう部下達も連れてこれるだけは連れてきていた。
「無事で良かったのですよ~、さ、霞殿、急ぎ長安へ向かうのです」
事情を知らない陳宮が嬉しそうにそう声をかけた。
「……スマンな、恋、ねね。ウチはもう曹操に負けてもうた」
「……」
「何を言っているのです! それをこの陳宮の見事な戦術によって覆したのですぞ!」
「ああ、せやな。でも今いった通りや。ウチは負けて曹操に生かされた。せやから長安にはいけん」
「……どうしても?」
「ああ、武人として、ウチのスジは通させてもらう。裏切り者として首斬ってもええで?」
「そんなことできるわけないのですよ~」
陳宮が泣きそうな顔をして張遼を見つめた。
「そんな顔すんな! 死に別れるんとちゃうんやし、いつでも会える」
「それはきっと戦場なのです……」
おそらく、いや間違いなくそうなるであろう。
「……わかった。戦場で……霞、また」
「おうッ! あ、そんでな、ウチの部下そっちに付いていきたいって奴おったら頼んでええか?」
「(コクッ)」
「霞どの~……」
「泣くな! んで恋だけじゃなく月と賈駆っちの事も頼むで。賈駆っちは月の事だと暴走するからな」
そういって陳宮の頭をグリグリと撫でた。
「ううう~……」
「……ちんきゅー、撤退する」
「……はい…………なのですよ」
10
戦場に銅鑼が鳴り響き、呂布隊は長安へ向かって撤退していった。曹操軍は司馬懿(一刀)隊以外ほぼ全滅
状態であり、追撃するのは不可能であった。
「呂布隊、撤退します。華琳さま! 私達の勝ちです」
どう見ても負けであろう……が、最初の段階から考えれば生き残れただけ勝ちと言っていいほどの奇跡であった。
反省は必要だが落ち込む位ならそれでいい。今は軍を建て直す事が重要なのだから。
華琳は返事をしなかった。いや、出来なかった。
全身に毒が回り、もはや声を発する力さえ無かったのだ。
「司馬懿(北郷)のやつ! きっと調子に乗ってるわね。後で絞めてやりましょう!」
司馬懿仲達、いや北郷一刀。
最初は天の御使いとして何か使えるかと興味本位で拾っただけだった。
別に武力も人並み以下、知力もいいんだか悪いんだか解らない。あげく字も読めない。
でも仕事を任せるとなんだかんだと喰らい付いてきた。諦めない所は見所がありそうだった。
権限を増やす。応用力がある。そして公明正大で私欲がほとんど無い。本人は解っていないだろうが
この腐敗しきった後漢末期においてその資質は稀有な存在だった。
見所のある部下を預けてみる。何をしたのか、完全に慕われていた。この絆はそう、相手の為ならば
命をかけて守るであろう程のもの。親衛隊の娘達も兄の様に慕っており、あの春蘭や秋蘭でさえ、一刀を
気に入っていた。この私さえ気付けば一刀を目で追う機会が増えていた。
側に置いておきたくなり、連合軍に連れて行ったら名門の司馬氏を名乗ったあげく軍師を自称してきた。
面白いので了承し、仕事を与えた。精鋭2000を預ける。余程馬鹿な指揮をしなければ倍の兵にすら
楽勝できるほどの精鋭中の精鋭。春蘭、秋蘭に次ぐクラスの武将を3人も預ける。過保護ではあるが
本拠地の守備は必要であった。
そして今日……
預けた兵を3倍にし、荀彧と同等の軍師を登用し、曹操軍の危機を救う一級品の仕事を果たして見せた。
「(馬鹿ね、一刀。あと少し早ければ完璧だったのに……アナタ少し遅れたせいでご褒美は無しよ?)」
どれ程の褒美をくれてやればよいのか? 自分でさえ全く見当も付かないというのに。
もしもこれが私の天命だというのなら、
一刀と出会ったのもまた天命。
アナタが後を継ぐのなら、私の覇道は終わらない。
だから……ああ、駄目だ。春蘭も、秋蘭も、桂花も、そして皆も……時があればいい。でも乱世は目の前なのだ。
そんな時間は、悲しんで停滞する時間はない。休めば乱世に生贄として飲み込まれてしまう。
手を大地につける。砂……最後の運の欠片は残っていたらしい。
力を振り絞り、ただ一点、指先に全てを…………一文字を書き残す。
春蘭、秋蘭、そして一刀。この3人はこの字を知っている。そしてこの字を私が残す意味も………………
一刀、後は任せたわよ
「華琳さま?」
先程から返事がない事にいぶかしんだ荀彧が曹操に近づく。
「お休みになられたのかしら? 仕方ないわね、あんな激戦だったもの……」
曹操孟徳が人前で寝る等ありえない。
ただ、その姿はあまりにも安らかだったから……
「あら? 華琳さま何か字を?」
曹操の手元に砂で書かれた一文字を見つけ、首を傾げる。
乱世の奸雄と評された少女は、乱世の始まりと共に長い長い眠りにつく。
ただ一文字”魏”という一字を残して。
<第一部 完>
(あとがき)
馬超伝なのに、第一部最後なのに出番ないし(汗)
11話仕込みの話っていうのはほぼ今回の為だったりしました。良い所がご褒美くれる所とか正直?
って思われたかもです。
夏侯惇が風の真名言っちゃってるのは自覚済み。自己紹介出来る状況じゃないので。
華琳の毒は不自然ですよねー。桂花を庇うとかだったんですケドそれやると桂花自殺するわ(汗)と。
この作品がこうなる!とは言えませんが、嫌な出来事とか悲しい事とかは現実で十分なんだから創作物は楽しい
方がいいよなあ? と考える派です。最後は感動とか辛い展開でも納得出来る物でなきゃ嫌だなあとかハッピー
エンドがいいよなあです(あくまで個人的趣向の話)。
ちなみに今の所思い描いているラストでは悲しんでるキャラはいないです。邪悪な高笑いをしてるキャラが
一人いますけど予定は未定。1部だって15話のつもりが3話オーバーだし。2部は1部と合計で33~40話程度。
1~5話:西涼編
6~10話:反董卓連合編
11~18話:洛陽編(追撃編)
でした。