††恋姫無双演義††講釈の56『無双のつわもの十字の旗に会し 泰山の決戦に天命を賭ける』―こんな時代はさっさと終わるべきだったのよ―そのひと言と、あの鏡の光から、すべてが始まった…………北郷一刀にとっても、驚愕しないはずのない真実だった。だが、この世界の乙女たちには伝えなければならない。「天の国」のことすら適当にごまかして来たともいえるのに“この”真実をどこまで理解してもらえるか、伝えるだけでもつらいのに。それでも、逃げる事だけは出来ない。1夜を待ったのは、これは逃げでは無かった。自分自身の心の中を、どれだけ可能にせよ、一旦はリセットする必要があっただけである。… … … … … 1夜明けて、一刀の前に乙女たちが集まった。いつもならば、最低でも、一刀のそばには桃香が寄り添っているだろう。また、その後ろには愛紗、鈴々、朱里、雛里といった同志たちが控えている事も多かった。しかし、今は桃香たちも、華琳たちや雪蓮たちとともに一刀の正面にいた。そして、一刀と同じ側には曹仲徳と、昨夜からケガ人の手当てに追われていた華佗がいた。――― ――― ――― 華佗の所属する「五斗米道」は、蜀の成都と旧都長安の間の漢中盆地に乱世の別天地をつくりかけていた。これに対して、一刀や仲徳そして華佗の知識にある「天の国」での“宗教法人”での軟着陸が図られ、教団幹部も、漢中盆地を明け渡す代わりに本来の民間活動を全国的に認められる条件で決着していた。そのため、教団の活動上は帝都に本部を置いた方が便利になっていた。したがって、華佗がこの騒動を聞いて駆けつけて来れた。――― ――― ――― 北郷一刀は、語り続けた。先述した事などの理由で断続的になりつつも、精一杯の誠意を込めて、「天の国」の意識を共有している華佗や、ともに「貂蝉」とも語った曹仲徳にサポートされつつも、何とか語り終えた。………。……。「…ご主人様」沈黙の中から桃香か静かに、そう、何事も無かったように、むしろ穏やかに語りかけてきた。「おっしゃられた事の全てを理解できたとは限りません。でも」最後にご主人様が貂蝉さんにお答えになった事は、はっきりと心に届きました。・ ・ ・ ・ ・「…ねえ…一刀ちゃん」貴方にとって、そう例えば、桃香ちゃんはなあに。ある意味、貴方が作り出した「この」世界で、劉備の役を振り当てられた可愛いお人形かしら。「今までの恩義はあるからな。今のは聞かなかった事にしてやる。もう1度なんか言わせないぞ」「あらあらこわい。だけど、本当の事でもあるのよ。なんで、そんなに怒るの」「もし、もしも、貴様の言う通りだとしても、みんな生きているんだ」桃香も、愛紗や鈴々たちも、朱里や雛里たちも、華琳たちや、雪蓮たちだって、劉備や曹操とかの、役割を押し付けられているだけじゃないんだ。たとえ誰がつくった、どんな世界だって、この世界で一生懸命生きているんだ。この世界が、俺たちが前にいた世界とどう変わっていたって、それは、この世界で生きている、桃香や華琳たちが自分でつくった世界なんだ。俺や先輩がやった「天の御遣い」なんて、その手伝いでしかない。「この世界は、この世界に生きている桃香たちのものなんだ」・ ・ ・ ・ ・「だから一緒に行きます」桃香は一刀をしっかりと見詰めていた。「一緒に行きましょう。そして」一緒に戦いましょう。一緒につくってきたこの国を守りましょう。そして、必ず戻ってきましょう。一緒に生きていくために。「ありがとう」一刀はただひと言しか言えなかった。「何よ。1人で全部、言いたい事を言ってしまって」華琳が文句を付けたのは、そこだった。「こんな時まで、正妻ぶるつもり?」雪蓮にいたっては、何分の1かはおちょくっている。「五虎竜鳳」が桃香に続き、さらに他の乙女たちもしたがおうとしたが、一刀は、もう1度だけ確かめた。「これはある意味「この世界」そのものとの戦いだ。だから強制も命令もしない。連れて行く兵も志願兵だけだ」… … … … … この宣言があったが、それでも遠征軍の編成と準備は、順調に進行していった。・ ・ ・ ・ ・「みんなに受け取って欲しいものがあるんだ」もはや形容でもなく、出撃前夜にいたって、北郷一刀がそう切り出した。しかも、なぜかモジモジとしている。「何でしょうか?」最初に正面へと立った桃香の頭上に細い銀の鎖をかかげたまま、一刀は硬直してしまった。「あのな…これは…」とうとう、見かねた曹仲徳が、苦笑と微笑と溜息を混合した態度で「やれやれ」とつぶやきながら、助けを出した。「“天の国”での風習ですよ」一刀にはタメ口なのは「天の国」では“先輩”だからだ。「男が女に婚約を申し込む時というか、女がそれを受ける時に、男から女に贈る物があるんです」左のくすり指に付ける指輪に、女の誕生月ごとに決まった宝石を入れて贈るんです。「?」しかし、その指輪らしきものは、銀の鎖の先にぶら下がっている。「北郷は「天の国」では、まだ学生でしたからね」桃香は、これにはうなずく。“制服デート”の時に聞いていた。「だから、そういう場合は、年下の方が学院を巣立つまでは、大っぴらに指に付ける代わりに」こういう風に銀の鎖を付けて、首から下げて置くのですよ。桃色になる桃香。祝福するものあり、嫉妬するものありの乙女たち。「い…いや。みんなにも1つずつあるよ。ちゃんと石も合わせて」ますますあわてる一刀。「あ…あの…ごめん」今度は、直近の桃香に謝ったりといそがしい。いかにも王族らしい、おっとりとした反応にホッとすると、あらためて桃香の首に銀鎖をかけた。そして、1人に1つずつ、銀鎖をかけて行く。大喜びするものあり、ツンデレのツンあり、どう反応するのかにとまどっている者もいた。… … … … … 「みんな」最後にもう1度呼びかける。「自分から、受け取ってもらって、勝手だけど」出撃する時は、この帝都で預かってもらって行こうと思うんだ。そして、返って来よう。必ずみんなで。・ ・ ・ ・ ・そして、出撃の時は来た。帝都の城外に立ち並ぶ旗、旗、旗。「蜀」に「劉」、「魏」に「曹」、「呉」に「孫」……星座の如く、無双の雄将、知略の軍師の旗が立ち並ぶ。その中央にかかげられる「十」の旗。目指すは泰山だった。――― ――― ――― 黄河沿いに連合軍は進撃する。さらに、水軍も併走していった。やがて、泰山を目前にして、一旦は布陣する。泰山とひと言で言っても広い。日本列島なら、九州か紀伊半島ほどもある広大な連山なのだ。しかも、黄河がふもとを流れているため、後年には「水滸伝」のモデルになる梁山泊のような湿原すら存在する。しかし、探索の必要は無かったようだ。ワラワラとあの紙人形が降って来ると、白装束が沸いて出て、あやつりとも思えないほどしっかりと布陣した。その布陣から逆に読み取れる。この山中のどこに近付かせたくないか。軍師たちは一応は裏の裏をかんぐったが、結局はウラは無い、と結論付けた。… … … … … これに対する連合軍の策戦は、突破である。「貂蝉」の情報は信じるしかないが、それによると「左慈」「干吉」は、この名山の山中で、アヤしい銅鏡を使用したアヤしい儀式を行うという。それを阻止する事が今回の目的なのだ。だから、それを含めて「左慈」「干吉」と決着をつけるべき北郷一刀と、その援護にあたる者たちを、その決勝点に送り込む。それを目標に、すべての戦術を組み立てる。それしか無かった。その“突撃隊”も一刀と桃香の他に「五虎竜鳳」と決まった。最低でも、これだけは同時にたどり着く必要があるだろう。奴らの危険度からいえば。・ ・ ・ ・ ・「だから、この面々は、当面の編成と布陣から外れてもらうわ」華琳は言い切った。「連合軍自体は、私が預かる。それでいいわね」今は、一刀が決断すれば良かった。華琳の布陣は、ある意味は明快である。“電撃戦”だ。「戦車」役となる打撃部隊の直後ろに、一刀たち「突撃隊」が続き、側面や後ろは後続に任せて突破し続ける。「戦車」役が攻撃力を、もし失えば、あらたに打撃部隊を投入してでも、ひたすら突破を続ける。黄河を経由して水軍で参加して来た孫呉軍は、“梁山泊”の水上からの援護を割り振られた。そして「戦車」役に決まったのは、最大の攻撃力を認められた恋だった。――― ――― ――― 恋と音々音が率いる涼州騎兵が陣頭に立ち、その後ろに一刀たちも位置する。その後方に、華琳の指揮する全軍が布陣した。「旧」蜀軍や「旧」魏軍だけではない。「旧」袁家軍や「旧」董軍、何と、青州兵として曹魏軍に組み込まれていたとはいえ「旧」黄巾軍まで出現していた。孫呉水軍も梁山泊の湿原をこぎ進む。「突撃!」「突撃!」「突撃―!!」――― ――― ――― 帝都「北宮」「天の国」なら「クリスマスツリー」を連想するかもしれない。銀鎖に指輪と宝石を付けた「ペンダント」がすずなりに下げられていた。その下で、1人だけ首から下げた璃々が、阿斗と遊んでいた。--------------------------------------------------------------------------------それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の57『恋姫無双』~乙女たちのLastBattle~の予定です。