『天に二日なく、地に(民に)二王なし』こうした言い回しは、歴史上、何回か登場します。『三国志』関係だと、劉備が蜀の国をうばったとき、あるいは曹丕(曹操の後継者)が後漢を簒奪したとき、前王を殺しこそしませんでしたが、その身柄は都から追放しました。その時、決断を迫る臣下が、こう言ったと伝えられます。南華老仙「演義」での張「兄弟」は南華老仙の教えで道術を身に付け、教団としての「黄巾」を作り上げたとされています。そこで「真・恋姫」世界での南華は、名人「プロデューサー」として登場できないか、と考えてみました。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の53『皇帝決断』~天道に太陽2つ無し~北郷一刀は曹仲徳と連れ立って『数え役萬☆しすたぁず』の「コンサート」にやって来ていた。同性で年齢の近い友人同士が、こういった行動をするのは「天の国」なら、別に珍しい事ではない。その意味も無いわけではなかったが、それだけで動ける立場でもない事も確かだった。この「天の御遣い」は時々、その点であやしい行動もするが。「先輩。俺が落ちて来た時は、もう始まっていましたからね」「そうだな。北郷は「コンサート」をまともに見ていないんじゃないか」確かめたい事があったのである。そして、確かめられた。やはりこの「コンサート」は「天の国」のものに似過ぎていていた。「俺たちみたいな、誰かが関係しているんでしょうか」「少なくとも、俺じゃないぞ。俺には、音楽プロデューサーの才能なんか無いぞ」「“演義”なら、南華老仙でしょうね」直接の疑問だけは、あっさりと解ける事になった。『しすたぁず』の「マネージャー」らしきもの、無論、もう「黄巾」は巻いていない、がやって来て舞台裏へ案内された。そこに待っていた“怪人物”。『しすたぁず』が上座に座らせていた、その人物を「南華老師です」と紹介された。… … … … … 「お前はいったい?何をたくらんで来たんだ」今度は「南華」に会場から連れ出され、適当な飯店に落ち着いていた。一刀に見覚えがある謎の美女。ある時は“貂蝉”を名乗り「天のお告げ」を先に立って導くようにふるまい、また、“華佗”をこの世界に連れて来たのも彼女らしい。それが「南華老仙」でもあるらしいとは、どういう事だ?「アタシが黄巾の乱に関わっていたか、どうかは、貴方たちも知っているわよねん」「確かにな」「演義」の「南華老仙」も、張角に道術を授けた時は「世のため人のため」と教え、乱の最中に病に倒れた張角には、自分の教えにそむいたための「天罰」と宣告した。「アタシはあの娘たちを「プロデュース」しただけよん。だけど、変なやつらがまわりをウロウロして」「それはそうだろうな。だが、お前は知っている。俺たちが「三国志」を知っている以上に、“この”世界を知っている」「そのお前が「南華」を名乗って、張角たちを教えたのは、わざとじゃないのか」「そうよねん。そうして「外史」が始まったわねん」「“外史”とは何なんだ?そして、お前は何をして来たんだ」「アタシはね、この「世界」で一生懸命生きている、あの子たちを見守ってきただけ」天和ちゃんたちもそう、桃香ちゃんたちも、華琳ちゃんたちも、雪蓮ちゃんたちもそう。そして、あの子たちを守るのは「天の御遣い」さまの役目かもねん。「俺に何をさせるつもりなんだ」「それこそ「天命」が決める事。そして、貴方が後悔しないようにする事」結局のところ、水鏡先生の「好好」並にあしらわれてしまった。――― ――― ――― 『三国志』は「南華」に始まって、司馬仲達が終える。・ ・ ・ ・ ・いわば「皇帝官房」だから、皇帝に提出される公式文書は司馬仲達が作成する。その仲達から提出された文書に、少年皇帝は驚愕した。『天に二日なく、地に二王なし。また民にも二王なし』そう始まる文書には、この帝国の現状が率直に、まったく率直としか形容できないほど率直に書かれていた。その上で、聡明なる決断をと、結んであった。その「聡明なる決断」が何を意味するかは、これだけ率直な文書からすら理解出来ないほど、愚かでも幼過くも無い。その周囲にいるものたち、前回、洛陽から許昌へ、そして今回、許昌から洛陽へと、したがった臣下たち、また「十常侍」事件から時がたてば、皇帝の周囲に宦官や女官が居ない訳も無いが、そうした皇帝が個人的に相談できる者たちも、皆、反対する意見は出さなかった。出せなかったのである。“董承事件”の記憶が薄れるどころか、その後の展開は今回の文書の如くであった。――― ――― ――― 「何だよ?これ」司馬仲達が皇帝の使者として「北宮」にもたらした、その「皇帝の意思」は、今度は北郷一刀を困惑させていた。「禅譲(ぜんじょう)の御意(ぎょい)にございます」「それぐらいは分かる。だけど、漢王朝の“お姫様”の桃香ならともかく」「分かってないわよ」雪蓮と華琳が、見かねたように口を出した。「あなたは「三国」の「国主」の上に立っているのよ。今はすでに」・ ・ ・ ・ ・禅譲天命を失った事を自覚した前王朝の皇帝が、自ら新たな皇帝にその地位をゆずる。中華の王朝交代では、武力で前王朝を倒す「放伐」より正統とされた。それゆえに歴代王朝は、実質は「簒奪」であっても、禅譲の形式にこだわった。・ ・ ・ ・ ・今度は、仲達の報告を聞いて、皇帝の方が困惑した。元来「正史」の“禅譲”の形式では、最終的に皇帝をゆずるまでに、何段階かの様々な『栄誉』が贈られる。その1段階ごとに、2度以上辞退しては「現」皇帝の方が、強く希望したという理由付けがされ、3度目に「仕方なくして」受ける、といった形式が順に踏まれて繰り返されて行く。だから、最初の使者で、いきなり皇帝を受諾する事は形式からもありえなかったのだが、「天の御遣い」からの返答は、“形式”上の辞退どころか、はっきりした拒絶、いや、“無かった事にしたい”という意味の、はっきり黙殺と「明言」しての「黙殺」だった。――― ――― ――― この何段階かの栄誉のうちの、最初の1段階目を曹操が獲得した時「王佐の才」と呼ばれた自らの軍師を失った。軍師は主君に「簒奪者」の汚名を避けるようにいさめ、主君はそれに「無視」で答えた。そして、悲劇は起こった。「正史」では、そう記録されていた。だから、桂花が決意を固めた態度でやってきた時、一刀は非難される覚悟は、実は出来ていた。それでなくとも、華琳に手を出して以来、ほとんど罵詈雑言をぶつけられていたのだから。だから、逆に相手の科白が信じられなかった。「天に二日なし」絶句してしまった一刀のかわりに、丁度、寄り添っていた桃香が聞き返したくらいだった。「そうよ。私たちは華琳様こそ、日輪と信じた。その日輪を支えようとした」でも、その華琳様が、自らを差し出してしまったのよ。その責任を取りなさいよ!!――― ――― ――― 竜鳳の軍師をはじめとして「北宮」の乙女たちは、表立ってどころか、あるLV以上は裏工作にすら関われなかった。それほど、彼女たちに取っても、立場が微妙過ぎる問題だったのだ。それだけに「天の御遣い」が「黙殺」した途端に、事態は動けなくなってしまった。… … … … … 事態を動かしたのは、やはり司馬仲達だった。司馬氏は、実はこの時代を動かす「名士」の代表的な1員である。後漢、三国時代の実相として、無双の英雄であっても「名士」という“手足”に支えられていた。「最強」の呂布ですら、徐州「名士」の裏切りで没落したのだ。その「名士」同士の“ネットワーク”で動かしたのだ。この状況で「鍵」と成り得る人物を。――― ――― ――― 「正史」では、劉備の恩師、盧植は「三顧の礼」や「赤壁」の頃には病死している。そもそも「正史」でも「演義」ですら、董卓に抗議して引退してからは表舞台から消えていた。・ ・ ・ ・ ・だが「この」歴史における「年代」は、断言してハチャメチャである。「正史」の「年表」での、黄巾の乱から盧植の没年までの年数すら、経過していなかった。そのため「この」歴史における盧植は、故郷である幽州で引退後の余生を送っていた。――― ――― ――― この時代の、そういう意味では「優等生」の桃香では、盧植には反論できない。そして、華琳にも実は1人だけ、桃香にとっての盧植とは異なる意味で、反論できない相手がいた。祖母、華恋である。・ ・ ・ ・ ・曹操の「祖父」曹騰は、“正史”では没年不明であるが「この」時代に当たる頃には没していただろう。しかし「この」歴史は華恋が健在な内に、ここまで進行、あるいは暴走していたのである。… … … … … 桃香が盧植に、華琳が華恋に、それぞれ説得されている様子を雪蓮は、蓮華やシャオとともに見守っていた。… … … … … 元々「礼」を重んじる儒学者として名声のあった盧植である。自分自身、半分は渋々の説得であることは見えていた。それに、説得される方も、劉氏、つまり漢王朝の建て直しを唱えて来た劉備である桃香だった。その桃香の悩む姿は、面と向って自分が説得されるよりも、一刀の内心に効果があった。何と言っても、最初からの「メインパートナー」なのだから。・ ・ ・ ・ ・一方、華琳と華恋の場合は、もっと決心は、すんなり行った様だった。そして、雪蓮は、その桃香と華琳を見守っていた。… … … … … ついに桃香、華琳、雪蓮がそろって一刀を説得し始めた。――― ――― ――― 曹仲徳は、ある陰謀のために暗躍した。その暗躍の相手は、司馬仲達と姉である華琳、そして雪蓮。暗躍であっても、これ以上動くと、今の立場からは事態をややこしくする危険があった。――― ――― ――― ついに「天の御遣い」が「北宮」を出て「南宮」を訪問した。劉備玄徳。曹操孟徳。孫策伯符。三国の英雄たちとともに。北郷一刀にとっては、実は始めての、皇帝への正式訪問だった。… … … … … まだ、少年の皇帝がはっきりと自分の意思で語った。「皇帝としての責任を何1つ果たす事無く、ここにいたった」ここに、ただ1度のみであろうと、皇帝の責任を果たしたい。「天命」を受けて「天子」として認められて、万民を治めるのが「皇帝」である。「天の御遣い」と、この時代を動かす無双の英雄たちに認められた、その「天の御遣い」の元に天下は平定された。「これが「天命」である」北郷一刀は何とか皇帝への礼を保ちつつ、しかし、はっきりと意思を表明した。「俺は、俺の意思で「天の御遣い」をやって来ました」だから、力の無い名も無い民衆のために、俺に出来ることをこれからもやって行きます。だが、もったいぶった、禅譲の形式は不要だとした。そんな形式を必要とすること自体、無理があるという事ではないでしょうか。そんな無理がある事にこだわるよりも、それぞれの責任から逃げない事が大切でしょう。… … … … … この時、一刀の後ろから桃香、華琳、雪蓮の3人が、一刀の肩にある衣装を着せ掛けた。次期皇帝である太子が、公式の場でまとう衣装である。・ ・ ・ ・ ・実は、もったいぶった形式の段階を踏む事も無く、1気のクーデターで禅譲までたどり着いた「史実」はある。それも、前漢・後漢に匹敵する、統一長期王朝の成立で。ただし「三国」よりも後世。『北宋』王朝(水滸伝で有名)の場合である。それに“インスパイア”を得て、かつ、やや衝撃度を柔らかくした方式だった。この方式を思い付けるほどには、曹仲徳の「前世」も、中国史ファンだったのである。そして、姉である華琳や雪蓮と謀議していたのだ。一刀本人と、今だに「メインパートナー」である桃香が知らない処でというのがミソだった。・ ・ ・ ・ ・華琳と雪蓮が左右から一刀の肩に着せ掛けた時、一瞬だけ迷った桃香は正面に回って、一刀と向かい合った。そして、次の数瞬で決断すると、桃香が前から手伝って一刀に着せ掛ける。まだ少年の皇帝には確かに太子はいないが「本物」の太子がいる、いないに関わらず、本来は極刑に値する行為の筈だった。皇帝が許さなければ。そして、皇帝は許した。それは「天の御遣い」が次期「天子」を受け継ぐ太子として、現在の皇帝から認められたという事だった。そして、皇帝の代行者としての資格を、これまでの形式上はあやふやだった状態から、形式としてもその資格を得たということでもあった。… … … … … その太子としての、つまり皇帝代行としての、最初の正式な布告は次のものだった。「劉備玄徳を蜀王に、曹操孟徳を魏王に、孫策伯符を呉王に、正式に任命する」ただし、それは「太子妃」という王族の資格で、である。実力者によって三分された天下を、最も混乱無く再統一する、実に上手い方式だったのである。--------------------------------------------------------------------------------ますますもって、ご都合主義な展開だと、言いたいかも分かりませんが、何とか、完結に向けて、つじつまだけは合わせないといけないという事で、お見逃しください。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の54『白鬼暗躍』~正しい歴史とは正義なのか~の予定です。