実は「正史」だと、曹操や劉備は孫堅とほぼ同年代で、孫策や孫権、周瑜や孔明はその子供の世代でした。当然、百戦して百勝してきたと形容できる曹操とは、経験値に大差があって当然だったのです。この「事実」が「赤壁」での油断につながった可能性はあります。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の45『赤壁水火(前編)』~百勝して不覚あり~「「降伏だ!降伏するぞ―!!」」そう叫びながら、接近してくる船団。しかし、華琳やその側近が、そこまで油断し切っている訳も無い。水陣に招き入れる前で「臨検」を行うように命令したのである。ただ、水軍に直接命令は未だ出来ない。荊州水軍ごと降伏してきた蔡瑁・張允を通じての命令になったのだが、危機感までは共有できていなかった。名も無い中級指揮官に「臨検」の実施を任せてしまったのだ。その中級指揮官は、ぶつぶつ言いながらも「駆逐艦」級の汎用船をホンの数隻、もっとも、大型の「主力艦」はどうせ動けなかったのだが、それだけ率いて水陣の外に出た。そして、船団の先頭にいる大型の輸送船らしきものに接近したが、停船を命じる寸前で、ほぼ同じ「駆逐艦」級の快速船に割り込まれた。先にその「駆逐艦」に文句を付けようとした時、その舳先(へさき)に立ちふさがる美丈夫に気付いた。夜の闇を通して。「げえ?!関羽」悲鳴を上げ終わる前に、青龍偃月刀が引き裂いていた。「黄公覆どの!参られよ」愛紗の声がまるで導火線になったようにその船は――爆発した。… … … … … 1隻、また1隻と爆発炎上する大型船が、そのまま烏林の水陣へ突進して行く。当然だが、祭は完全に風上を選んでいた。無論、寸前に祭たちは脱出している。その無人となったまま突進するように、真艫(まとも)に風を帆に受けている。その帆にまでも火炎は巻き込み始めたが、尚も突進する。これに対して、水陣からは矢の雨と言うより、連弩の嵐と形容すべく反撃するが、たとえ海栗のように矢を命中させても、こうなっては燃料を増やすだけだった。やはり「苦肉の策」に気付くのが遅過ぎた。ついに、水陣を形作る大型艦船に炎上船が衝突した。そして、鉄鎖につながれたまま逃げようの無いままに、1隻、また1隻と順に延焼していく。――― ――― ――― その惨状は、夜目であるだけに、陸上の本営にある楼閣上からも明々と見えた。「してやられたわ」華琳は決断した。――― ――― ――― 炎上船から脱出した祭たちを収容し、同じ目的で追走してきたのだろう明命に引き渡して、さて、愛紗は魏軍の側を振り返った。すでに水陣の外側から、内部へ類焼しつつあり、火の粉は烏林の陸上まで飛び始めていた。そして、闇の中から孫呉水軍の主力が迫り始めた。――― ――― ――― 烏林の陸上陣地を伝令と督戦が走り回り、病み上がりの兵たちを寝床から引きずり出して撤退を急がせる。その間にも、水陣では延焼に類焼が続き、岸辺から陸上へも火炎は迫り続けた。・ ・ ・ ・ ・その火炎に呼応して上陸し、追撃戦に移るべく、孫呉水軍の主力を把握した冥琳は「タイミング」を見切ろうとしていた。その冥琳に対して、撤退を急ぐ魏軍の動揺は隠せなかった。ついに冥琳は烏林への上陸と、総攻撃を命令した。――― ――― ――― それでも、蔡瑁・張允は何とか消火するか、鎖を解いて船団を逃がすかするかしようとしていたが、ついには、水陣の全体がほとんど1本の巨大な火柱と化してしまった。荊州水軍の兵たちには水陣の外へ逃亡するか、焼死か溺死の3択を強制されるという事だった。しかも、烏林の陸陣もすでに炎上しており、その上、孫呉の総攻撃が始まりだしていた。… … … … … 先陣を切って上陸した瑪瑙が、後続の上陸のために踏み止まっていると、冥琳の主力を追い抜かんばかりに上陸して来た1軍があった。拠点から駆けつけて来た、蓮華の援軍である。無論、蓮華は思春にしっかり護衛されていたが。――― ――― ――― 病み上がりが多い上に、撤退する背中から、火と煙と呉軍に追い立てられている魏軍の兵士たちにとっては、もはや虐殺だった。溺死が選択に入っていないだけで、水陣の荊州水軍よりマシとはいえるものではない。その兵士たちを見捨てている事は承知で、華琳と側近の乙女たちは撤退の先頭で逃げていた。あの兵士たちの仇をとるためにも、自分だけは生き残らなければならない。・ ・ ・ ・ ・その華琳の後を追走する魏軍と、その魏軍に襲い掛かる呉軍の中で、愛紗は赤兎馬を駆けさせていた。確かに竜鳳の言う通り、ボロボロの落ち武者になった曹操には情けをかけてしまうかもしれないが、今、この戦いの中でなら話は別だ。そう考えて、呉軍に混じって上陸していたのだが、乱戦の中で立ちふさがろうとする者がいた。その相手の戦い方、馬の駆けさせ方に愛紗にも心当たりがあった。「翠か蒲公英に似た流儀だな。では、龐徳か?」確かに、翡玉だった。「翠も蒲公英も蜀軍にいる。曹操に仕える理由はあるまい」「それを承知でそれがしを信じてくださった、その恩義には報いねばならん」「では、手加減は情けでは無い!」だが、翠なら愛紗と互角に戦えただろうが、翡玉では翠のLVには達していなかった。それに、涼州兵の強さは騎兵としての強さである。愛紗は赤兎馬に乗っていた。結局、赤兎馬ごと体当たりされ、堤防から長江に叩き落されてしまった。「翠や蒲公英に恨まれるまでもあるまい。それに、これで都合が良かったかもな」曹操に情けをかける理由のない翠が、万一、ためらう場合があるとしたら、翡玉が出てきた時だったろう。――― ――― ――― 尚も火炎地獄の続く烏林を後に、ようやっと雲夢湿原の手前まで逃げて来た。振り返るまでも無い。背後からの灯りが行く手の湿原を照らし、断末魔が聞こえてくる。本来、情熱的な詩人の華琳だが、その感情を振り切るように愛馬「絶影」を進めようとしたが、「“蜀”の「五虎大将」がうち、三の剣、趙雲子龍。見参―ん」雑兵どもの鉄刀などは、正面衝突すれば折れる名剣「青釭」を抜き放ち、星が追いすがってきた。「ここで蜀に首を取られたりはしないわ!」星の出現に逆に勇気を駆り立てられたように、華琳は前方の雲夢湿原へ絶影を走らせた。… … … … … 烏林の岸辺を、陸上を焼き尽くさんばかりの猛火は、上昇気流を呼び、長江や雲夢湿原の水蒸気を巻き込んで、今度は、夜空が落ちて来るばかりの大雨が降り注いだ。・ ・ ・ ・ ・その豪雨が湿原をさらに柔らかくし、道を水没させ、夜の闇を深くさせて、いつもよりも尚、おそるべき「ダンジョン」に変えてしまい、ようやく火炎と呉軍から逃走してきた魏兵を消失させていった。… … … … … しかし、明けない夜も、やまない雨も無い。雨上がりの夜明けを、華琳と側近たちはトボトボ進んでいた。しかし、夜明けと雨上がりは華琳たちに安心をもたらすとともに、どうしても前進する気力をうばっていた。ついに、湿原の中でやや開けた、乾いた場所で、休憩を取る事にした。周辺は山林藪沢だから薪には困らない。焚き火を起こし雨に打たれた衣装を乾燥させる。流石に乙女たちだから、その火に架けた衣装を周囲にめぐらせて幔幕(まんまく)のようにした。何頭かの馬がつぶれてしまったため、解体して食事にした。いつしか、まったりとくつろいでいたが、それに気付いた華琳は愕然(がくぜん)とした。「孫子」(その七)「軍争篇」は、敵の気力をうばっておいて、勝て。と説く。そのための数種類の手段を列記すらする。まさしく、その状態にハマっている?!「“蜀”の「五虎大将」がうち、二の矛、張飛益徳!曹操―ここまでなのだ―!!」ショック死する兵が出ても当然だったろう。それほど最悪だった。それでも華琳を逃がさなければならない。絶影に飛び乗った華琳を側近たちが囲むようにして、鈴々から離れようとする。その円陣から、1騎が飛び出した。霞だった。続こうとする真桜を凪と沙和が引き止める。今は華琳を逃がす事が優先だ。「何だ?愛紗のマネか―」なるほど、霞の得物は愛紗と同じ青龍偃月刀だが、「愛紗より弱いのだ」たとえ、霞が「ベスト」の状態でも、鈴々や愛紗以上のLVとなれば恋ぐらいだろう。しかも「ベスト」どころか、元々が文官の桂花や稟、風たちなどは絶影に付いて行くだけで力一杯の有様だ。霞だって消耗していないはずが無い。そんな状態で鈴々と戦うこと自体、自殺行為だとは承知の上だった。それでも、華琳を逃がす時間をつくろうと、防戦優先で引き延ばしていた。「面倒なのだ―。曹操が逃げるのだ―」一丈八尺(4m40cm)の長さ一杯に蛇矛を振り回して、霞を追い払おうとしたが、その手元に「飛翔体」が飛び込んで来た。蛇矛を逆に振り直して「飛翔体」を打ち落とす。「身を張って、華琳様を逃がすのは、この“悪来”の役目だ!!」“デンジヨーヨー”を巻き戻して、再び、流琉が投げ付ける。“ヨーヨー”の特長は、刀や矛よりも射程が長く、巻き戻しては投げられる事。その長射程からの連続攻撃に対して鈴々は、飛んで来る度に打ち落としては突撃して行く。ついに、蛇矛の有効範囲にとらえた、その寸前で今度は、流琉を支援するように矢が飛んで来た。元々、草原の民である涼州兵は、騎兵だけでなく弓兵としても優秀だ。恋の「方天画戟」とか、霞の偃月刀が目立っていても。霞の狙いは正確だ。少なくとも、鈴々自身よりも的の大きい馬を倒せるぐらいには。ただし、乗っている鈴々に矢を切り落とされなければ。その間に、今度は流琉が“ヨーヨー”の射程一杯まで後退した。――― ――― ――― 道はふさがっていた。ものの見事とすら言って良い崖崩れで。たとえ、疲れた兵を死なせるつもりで工事を命じても、開通する前に敵が追い付いて来るだろう。したがって、華容山を越えるこの道は使用できない。――― ――― ――― 霞と流琉は交互に「援護射撃」しつつ、逐次、距離をとって、とうとう鈴々から逃げ切った。「なんちゅうこった。うちら2人で逃げるのが精一杯やなんて」状態が「ベスト」でなかったという、弁解は成立するにせよ。「長坂で“1騎打ち”を華琳様が止めた訳やな」あんな右にも左にもかわせん、2人がかりなんて論外な橋の上で。ゾッとせんわ。流琉も同意見だったが、華琳を追走する事が優先だった。・ ・ ・ ・ ・その主君が、道が2つに分かれている場所まで引き返して来た。事情を聞けば唖然とする。まさか?通れる道は、華容山のふもとを通る、もう片側は雲夢湿原になっている一本道。それしか残っていない。相手が周瑜や竜鳳たちでは、誘い込まれたかもしれない。しかも、グダグダ説明するまでもなくボロボロの状態。「ここで、関羽とかでも出て来たら、泣き付いて許してもらうしかないわね」それでも、この華容道さえ抜けてしまえば、まだ戦える。いや、大国になった魏の優位に戻る。「この曹操孟徳が覇道、まだ終わってはいないわ」--------------------------------------------------------------------------------とうとう、この「外史」が「正史」から動いていく、その時になってしまったようです。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の46『赤壁水火(後編)』~華容道に夢見果てたり~の予定です。