左慈「正史」にすら(そういう時代に記録された歴史ですから)曹操に対してあれこれと摩訶不思議な悪戯(いたずら)を仕掛けたと、そう記録された道士。これが「演義」になると、曹操に権力を手放せと言い放って激怒させたあげく体調不調にさせます。これが「前ふり」になって管路が登場したりします。管路「正史」においても、この時代を代表する「占者」です。「卜占」が「科学」だった時代の「科学者」に相応(ふさわ)しい活躍が「正史」に記録されています。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の39『天下三分』~新たなる動乱へのいざない~曹操は詩人として、文学者としても、後世に“魏武”の名を残した。例えば、初めて海を見た時、それは遼東の手前まで遠征したときだったが、その感動を「歩出夏門行」と題して歌ったのである。……東のかた碣石(けっせき)(名山の1つ)に臨み 蒼海(そうかい)を見渡せば ゆらゆらと波はおだやか島山は水面にそびえ 樹木は叢り生え 緑なす草は豊かなり秋風のさっと吹けば 海原に大波は湧立つ日も月も その中より出ずるがごとし 星漢(ぎんが)は燦爛(さんらん)として その中より出ずるがごとしああ幸いなるかな 歌いて以て志を詠べん……・ ・ ・ ・ ・しかし現在の華琳は、ただの感傷から回想に心を委(ゆだ)ねている訳でも、回想のためだけに1度歌った詩を口にしているのでもなかった。――― ――― ――― 冀州の魏城。その1角。「正史」では「銅雀台」と名付けた壮麗な宮殿を、曹操が築いたとして有名になる場所だが、「この」時点では「予定地」に過ぎない。そこを散策しつつ「歩出夏門行」を口にした華琳だったが、内心では決断を迫られていた。この詩を歌った時、袁紹勢力の残党を追って遠征していたのであり、その遠征の結果、ほぼ天下の北半分を制圧できたといえるだろう。だが、その結果として曹魏勢力の内部も変化せざるを得なかった。かつて、帝都を洛陽から許昌に移したが、その後、急速に拡大した曹魏陣営の勢力圏では許昌は中心から外れていた。特に河北の袁紹勢力を飲み込んだ現在、曹魏勢力の地理的、交通的中心はここ魏城と考えていい。曹魏政権としての事だけ考えれば、許昌から魏城に拠点を移す事自体は、華琳いや曹操ほどの決断力の持ち主が迷うような事ではない。現在の曹魏は、許昌のある予州潁川郡を中心とした地方軍閥でないのだから。だが、皇帝を目と手の届く位置から放すのは危険だ。と言っても、今度は魏城へ連れて行くべきだろうか。さらに、許昌の南には蜀と呉がある。それゆえに危険だともいえる。許昌では、魏城に比べれば、蜀や呉に近すぎるのだ。天下の北半分はほぼ制圧した。しかし、南半分の西は蜀。東は呉に制圧されつつある。このままでは……… … … … … 「華琳姉さん」いつのまにか、弟が側に来ていた。「姉さん。俺に「天の国」の記憶があるのは、もしかしたら、この時のためかもしれない」もしかしたら、俺が「天の御遣い」みたいなまねをするのは、これが最後かもしれない…………今、天下は三分されつつある。魏と呉と蜀。俺や北郷が「天の国」で知った話では、この「三国」は1つの時代の間、競合することになる。だから「三国」が互いに安定すれば、この乱世も一応は……「一応はどうなるとでも言いたいの」「“三国”同士での争いが無ければ、もう民衆を犠牲にしなくてもすむようになる」「それで、天下は誰のものになるの」「それは…。……」曹仲徳はためらった末に言った。「魏も呉も蜀も最後の勝者には成れないよ。「三国」のいずれでもない、新しい帝国が最後に出現するんだ」俺たちが「天の国」で聞いた通りになれば。「だから、無駄な事はやめろとでも。本当に「天」から見下ろすみたいな事を」「だけど、物事の根幹で争う理由があるのかな」姉さんも蜀の連中も孫呉も、本当は戦う理由にそんなにちがいはないんじゃないかな。「根幹ではちがわないからこそ、決着はつけないと終われないのよ」――― ――― ――― 交州。後漢13州の1つだが「当時」では「南蛮」と意識する諸民族を支配するために置かれた「州」と言ってもいい。しかし、蓮華たちは、あえて交州を侵掠する決断をした。西を侵掠すれば蜀と、北を侵掠すれば魏と衝突する危険があるからこそ、その前に、南を固める選択である。東は海だし。呉の側からは順調、「南蛮」の側からすればどうだろう、ほどの成果をあげた。その成果は、朝廷を手中にしている、曹魏への外交にも使う事にした。――― ――― ――― 孫呉から、許昌にいる皇帝と魏城にいる華琳へ、仲徳曰く“とろぴかる”なあれこれが送られて来た。さらに、当時は「呉」の特産品だったミカンが40箱分届けられると予告された。… … … … … 「何よ?これ!」皮をむくまでは何のキズも無いミカンが、向いてみると身が入っていない?これが始まりだった。その空っぽ(?)のミカンを、ふらりと現れた怪人物がむくと中身があるのである。その怪人物は左慈と名乗った。その後も手を変え品を変え、華琳たち、曹魏の英雄たちを翻弄(ほんろう)し続けた。その挙句(あげく)にこう言い放った「曹操。あんたも名山に入って修行でもしたらどうだ。こんな事に驚くならな」天下の事など、蜀か呉にでも勝手にさせておけ。出来ぬか。覇王きどりの小娘には未練がありすぎるか。聞き逃(のが)せる事ではなかった。元々、邪教には容赦ない華琳でもある。直ちに、左慈を捕らえさせたが、何と数百人の左慈そっくりの罪人が引っ立てられて来た。こうなったらかまうものかとばかり、片っ端から斬り始めたが、1人斬る度に傷口から黒い煙か霧が立ち昇り、いつの間にか、辺りに立ち込めて視界を閉ざし始めた。その無視界の中で、何者かが曹仲徳に襲いかかっていた。強い。仲徳の周囲にいる無双の英雄たちと比べても、互角以上に戦いかねない強敵が見えない中で襲ってくる。… … … … … 視界が晴れた時、もち論というか、左慈の姿は無くアヤシげな紙人形が散らばっていた。――― ――― ――― 「上手くやりましたね」「ふん。あれだけ痛めつけておいて、ドドメを指すな、などと手加減の難しいことを言いおって」「対人地雷と言う奴は、なぜ片足だけを吹き飛ばして、死なないよう手加減して作ってあると思います」救助のために、もう1人、前線から脱落させるためですよ。これから、曹魏軍は風土病に悩み、そのため曹操は失敗する事になっているのですからね。もう1人のイレギュラー、華佗に成り済ましているアイツは、このイレギュラーにかかり切りに成って欲しいものです。「そんなに都合良く行くか」「そこが「正史」のというか、自然修復の恐ろしさと言うか、その傀儡である立場からは、便利な設定ですね」「しかし、その自然修復が当てになるとも限らないだろう。あのイレギュラーどものせいで」「だから、魏にいるイレギュラーが、曹操に従軍できないようにしたのですよ」余計な口出しが無ければ「正史」通りに失敗するのは魏ですからね。――― ――― ――― 「孫子」(用間篇)は情報の重要性を説く。その後に続いて、こうも言う。情報は、神頼みでも、占いに頼っても得られない。必ず“人”を使って入手せよ。「卜占」が「科学」だった時代に、こう主張するリアリズムが「孫子」であり、この「書」を後世に残した曹操だった。それでも、華琳も時代の子だった。今回の事件は、華琳をしても「卜占」に頼る気にさせていた。・ ・ ・ ・ ・「左慈とやらが使った術自体は、目くらましの幻術に過ぎません」華琳に招待された「占者」管路は断言した。「そう」とりあえず、華琳は平静を取り戻した。弟も華佗の治療を受けている。・ ・ ・ ・ ・「もう1つ、いつかは聞きたいと思っていた事があるのよ。貴方は「天の御遣い」について、予言したわね」「私はこの世界の理(ことわり)を知りたくて「卜占」を学んできました」この時代の「卜占」は「科学」であるというのは、こういう意味ででもあった。「その結果、この世界は何かがゆがんでいるという事に気が付きました」「ゆがんでいる?」「乱世を招くような、世の不条理と言う意味ではありません」私が学んできた「卜占」とは異なる何かが、この世界に干渉しているとしか思えないのです。その何かは、まだ私にもはっきりとは分かりません。ただ、この世界に干渉している何かは、この乱世をどこかへ収束させていこうとしているらしいのです。その何かが「天の御遣い」の予言から、この乱世の収束が始まると、私に教えました。「私の「卜占」には、そう示されたのです」「ゆがんでいる。そうね。私のような「小娘」が、そもそもこんな権力を持てるはずは無いわね」それも何十人もそんな「小娘」が群がって出てくる。どこかがゆがんでいるわね。でも、だからと言って、私が自分の「天命」をいまさら捨てられないわ。・ ・ ・ ・ ・華琳は「銅雀台(予定地)」を今1度、おとずれていた。「仲徳。貴方が言った「天のお告げ」は、やはり聞けない。この天下は誰かが統一しなければならないのよ」例え、劉備も孫権も、私と大して変わらない理想のために戦っていたとしても。もしもそうなら、その中で勝利したものが理想を実現すればいいのよ。この時、華琳の決意を知っていたか、どうか。彼女の「ライバル」たちは、まだ平和だった。――― ――― ――― 「子瑜。貴公はそれでいいのか」蓮華の方が気を使っていた。「これでいいのです。妹は蜀に忠誠を尽くし、私は呉に忠誠を尽くす」この乱世には、これでこそ、心置き無く呉に奉公できます。いっそ、魏にも諸葛一族の誰かが仕官しておれば、いよいよ心残りがありません。「私は子瑜を疑ってなぞおらんぞ(微苦笑)」(…まったく、罪な報告を寄こしおって。お互い妹で苦労するな…)――― ――― ――― 「希望が出てきたぞ―」シャオは一刀も桃香も大好きだもん。そして、3人で…ありうるよね。この前は愛紗と鈴々。つい、この間は朱里と雛里。しかも桃香は、それで祝福しているし、だから、今度は、シャオと桃香と一刀で…それに、見た目も桃香みたいじゃなくても、一刀は大丈夫だよね。だって、4人のうち3人までがシャオと同じだもん……・ ・ ・ ・ ・そのころ、北郷一刀はというと、落ち込んでいた。「俺は「ロリコン」じゃないはずだ・・・桔梗や紫苑が成熟した美女に見えるんだから」「あら、ありがとうございます」当人に聞かれてしまうのもお約束だったりする。「ところで、“ろりこん”とは何でしょうか?「天の国」の言葉ですか」「何て言うか……(うう、璃々ちゃんを見て、胸が痛む)」蜀は平和だった。まだこの時は。--------------------------------------------------------------------------------無謀と思いつつも、書き始めて、第1部・第2部・・・といった構成でなら第2部「完」に当たるところまでは、どうやら、たどりつけたみたいです。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の40『覇王襲来』~赤壁へと続く道(その1)~の予定です。