于吉原典『三国志演義』では、民間の信仰を集める道士、として登場します。本来『演義』は、道士やたたりが「非科学的」などとされる以前に成立した本でした。孫策の遭難は于吉のたたりという事になっています。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の34『江東急転』~壮士の仇討ちと道士の呪い~「僕の専門は形成外科なんだがな」流石に「ラマーズ法」を指導してほしい、などと言う注文にはそう答えるしかなかった。蜀の成都を、華佗は訪問していた。北郷一刀の「正体」については、魏の曹仲徳から聞いている。久し振りの「現代人」同士での会話。「妊娠の経過は順調だよ。妊娠直後に、この時代としては大旅行をしたにも関わらず安定している。」「そうですか…」「何が気になるんだ」「孫策の事です。おそらく、現在の展開からすると、そろそろ、あの「イベント」が起こる頃に思えて」「その事が気になるのかな」「ええ、孫堅の時には、知ってて見殺しにしたみたいになっていますから。気になっていました」それに今、孫尚香が結局は成都まで付いて来ていますし。「天の御使い」なんかやっている間に、何百万人殺したか分からないくせして、偽善かもしれませんが。「しかし、北郷君の計算では、4500万人助けるために「天の御使い」をする決心をしたのだろう」まあいい、僕が1人でも何人かでも助けるようにするよ。――― ――― ――― 「では、出かけて来ますよ」「ご苦労だな」「于吉を名乗っている以上、役割は果たさないといけませんからね」「ここでも「正史」をなぞるわけか」「そういうことです。私たちは「正史」の傀儡ですから」――― ――― ――― 雪蓮は狩を楽しんでいた。野山を駆けるうちに1人になっていたが、そんな事を不安に思う彼女ではない。存分に駆け鳥獣を追っていたとき、突然に森の陰から矢が飛んできた。1本、2本、3本。前後して飛んで来た結果、偶然にも時間差攻撃になり、1矢が肘に刺さった。だが、臆(おく)せず、もう片手で「南海覇王」と名付けた愛剣を抜き放つ。弓を投げ捨て剣を振りかざして迫る3人に、こちらから突進する。2閃。それだけで2人まで切り倒すと、3撃目で3人目の片腕を剣ごと切り落とした。腕を押さえてのた打ち回る刺客を、見下ろし問いただす。あくまで冷静に。「曹操にでも雇われた刺客か?」「我らは、許貢(きょこう)どのの食客だ」元は母、水蓮の勢力圏だったとはいえ、一度は孫呉の下を離れた江東を短期間で制圧する間には、いくつもの大小の勢力を叩き潰していた。呉郡の太守、許貢もその1人だった。「なる程、貴様らには、当然の仇討ちだな。ならば、これが情けだ」剣を振りかぶる。が、一瞬、固まった。「毒矢か」「卑怯だと思わば思え」「いや、確実に仇を倒したいなら、これぐらいはあるだろう。ただし」まるで慈母のような笑顔を浮かべ、「もっと強い毒を使え!」首をはね飛ばしていた。この直後、やっと、冥琳たちが駆け付けた。… … … … … まるで、この「タイミング」を計ったように、華佗が呉を訪問していた。その名医の治療を受けて、雪蓮は1命をとりとめたが、華佗から申し渡されてしまった。「絶対安静です。最低でもこれから申し上げる期間は」医者として、せっかく助けた患者に自殺されるほど、虚(むな)しい事はありません。絶対安静と分かっていて、勝手に心を荒立たせて、勝手に命を縮められるのも自殺と同じです。雪蓮も苦笑するしかなかった。この時は。――― ――― ――― 「こうなると幸運でしたわ。貴女が孫策さんの手にかからなかった事は」美羽自身は姉の膝の上で聞かされた事を理解したかどうか。少なくとも、七乃や斗詩には納得できた。――― ――― ――― 許昌。「河北から江東へ、使者が出立しました」「ご苦労。続けて情報を」――― ――― ――― 絶対安静を申し渡されていても、君主としては最低のことはしなければならない。代理で河北の使者にあった蓮華と冥琳から報告を受けていた。「この身体でなければ、袁紹にけしかけられるまでもない」袁紹軍に全力を投入しなければならない今が、曹操を討つ好機だ。「華佗先生が、長江を下って来ていただけでも、幸運だったんだぞ」冥琳はあえて友人としての口調を使った。「もし、出兵するにしても、私を信じろ」看護についていた近侍の喬姉妹も冥琳に味方したため、雪蓮はあっさりと降参した。・ ・ ・ ・ ・そのころ、孫呉の拠点、秣陵の城内では群衆が集まっていた。その中心にいるのは、于吉と名乗る道士だ。最近、急速に江東の民衆ばかりか名士、豪族階級にまで人気が高まりつつある。現代人ではない。この時代の道術は「科学」なのだ。華佗ですら、名目上は「五斗米道」の道士として活動している。于吉は、そんな時代の人々が道士に期待するようなことをしていた。しかし、その行動は、例えば華琳や雪蓮のような統治者を警戒させるものでもあった。この「歴史」での「黄巾」は道術教団ではなく「五斗米道」は華佗たちであるにもかかわらず、こうした道士たちの危険性は見抜かれていた。いや、実はわざと、雪蓮に危険と思われるように行動していたのだ。無論、最初は、担当の役人が取り調べる。それから、順に上に報告される。ただし、今は主君が「絶対安静」である。心をわずらわせるか、いなかを先に判断すべきだった。だが、雪蓮は知った。だれが教えたかは、当然に後日、追及されたが、なぜかうやむやになった。・ ・ ・ ・ ・「けしからぬ。このような淫祠邪教(いんしじゃきょう)など、有害無益。」本来ならさっさと首をはねるべきだが、とりあえず牢にぶち込んで置け。いつもなら、冥琳たちも異論は無い。だが、今の雪蓮は、気を荒立てる事は避けるべきだった。つい「穏便に」などとすすめたが、かえって意地にさせてしまった。… … … … … 「では、どうしろと」「追放してしまえばいいだろう。それ以上、かかわる価値も無い」そこへ、今度は、こんな報告が来た。民衆ばかりが豪族までが何人か、嘆願に来ている。助命だけでなく、最近の日照りで困惑しており、于吉の「雨乞い」が必要だと言う。「ふっ…」久々に「恐るべき」笑顔を浮かべた。「いいわ。雨乞いをさせなさい。どうせ失敗する。その時は、それをいんちきの証拠にして処刑してやるわ」… … … … … 牢から出された于吉は、三日三晩の「雨乞い」を実行した。しかし、雨は降らない。三日目に雪蓮は、火あぶりを言い渡した。しかし、火あぶり台に連行された于吉は、まるで人を喰ったような態度のままだった。その態度のまま、火がかけられた瞬間、突然の豪雨が襲いかかり、火は消えてしまった。今度は、水害に秣陵の城はみまわれる、と多くが思った寸前で豪雨はまたも突然にやんだ。「あ―はっはっはっは」豪雨が過ぎ去り、火の消えた火あぶり台で哄笑(こうしょう)する于吉。その周囲を取り囲み、拝まんばかり、いや本当に拝んでいる群衆をかき分けるように、雪蓮は于吉に詰め寄っていた。「これが、貴様の道術だというのか」「認められませんかね?小覇王」「認めるわけにはいかない。この呉の王はこの孫策だ。私が呉を守る。貴様のような、まやかし者に渡せるか」愛剣を抜き放ち、于吉に振り下ろす。一刀両断したはずの、しかし、死体はなかった。振り下ろした剣は空振りし、于吉の姿は孫呉から消えていた。そして、その場に倒れ、雪蓮は意識を失っていた。… … … … … 「何という事を」華佗はむしろ、怒りたかった。蓮華や冥琳たちが見守り、華佗の診断を待っていた。「植物状態です」「?」この時代にはない言葉ではある。無論、説明はするつもりだった。「植物は動物と異なり動きませんが、生きている事は疑わないでしょう」理解できた。その場の誰もが理解したくなかったと、一瞬にしろ思った。蓮華ですらよろめいて、思春に支えられていた。「それで先生。いつ伯符どのは」冥琳の質問には、華佗ですら答えられなかった。「わかりません。無責任で言うわけではありません。」うぬぼれるつもりもないですが、私が呉にいなかったら、息を引き取られていたでしょう。21世紀の先進国ですら、植物状態からの回復は、奇跡のうちに入る。しかも、ERにかかわっていた「華佗」ですら、経験の無い症例。この時代には本当にたたりがあるのかと思いたくなるほどだ。「そんな…」喬姉妹などは、もう泣き出すのを我慢していた。「しかし、すぐに亡くなられるわけでも、回復の可能性が無いわけでもありません」この時代の技術で可能な限りの、植物状態の患者に対する看護と介護の、いわば「マニュアル」を懇切(こんせつ)に説明した。――― ――― ――― 「孫策はもう死んでいるんじゃないのか。本当に「正史」通りなら」「名医過ぎたのですよ。あの「イレギュラー」が。アレをこの「外史」に呼んだ「彼女」を非難してもらいたいですね」「ふん。それで「眠り姫」の魔法か。」「結果的にはです。私も命を奪うつもりで術を使いました。アレというより「彼女」の介入が無ければね」「それが言い訳か」「今回は言い訳ですが、しかし「彼女」は、もうはっきり、我々を妨害しています。もはや確信犯でしょう」――― ――― ――― 急報を受けて成都から駆け付けたシャオは、事後承認を要請された。「シャオもそれで当然だと思うよ」・ ・ ・ ・ ・物語は、雪連が「植物状態」と診断された直後にさかのぼる。冥琳と張昭は全員を、雪蓮の看護に喬姉妹を残して、他の全員を召集した。そして、宣言する。「われら、孫呉は結束する。仲謀様の下に。文台(孫堅の字)様、伯符様の残した「呉」の国を守り続ける」水蓮から雪蓮に受け継がれてきた、伝家の愛剣「南海覇王」が蓮華にゆだねられた。まだ、姉の悲運に涙していた蓮華を張昭が叱咤し、冥琳と思春が支えて部下たちを振り向かせる。蓮華も涙をぬぐって「南海覇王」を抜き放った………--------------------------------------------------------------------------------「呉」のヒロインが、このまま交代するかどうかは、これからの講釈に持ち越させていただきます。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の35『許昌震撼』~陰謀は軽挙するべからず~の予定です。