「兵は詭道(きどう)なり」とは「孫子の兵法」の、ほとんど始めの方にあります。直訳すれば、戦争とは騙(だま)し合うことだ。と言う意味であり、とことんリアリズムなこの書を代表する1句です。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の30『兵詭道也』~戦争とは騙し合い~「華琳姉さん?今、何て言った」「徐州の誰かと、蜀の誰かが接触しても手を出すな、と言ったのよ」「それで、その誰かが、劉備の魅力にたぶらかされたら」「かまわないわ」蜀から遠く離れた徐州の「飛び地」なんか重荷なだけよ。あの“竜鳳”なんかは、そんな事は承知で巻き込まれまいとでもしているでしょうけど、しっかり巻き込まれてもらうわ。大体、せっかく、拠点から離れてノコノコ出て来たのに、簡単には逃がさないわよ。それに、蜀より呂布の方がすぐにでも危険じゃないの。(…となると、俺は余計な事をしたかな。やれやれ…)――― ――― ――― 「何?この手紙と言うには、大量の手紙」益州州牧が益州の任地を離れていても、後に残してきた狭霧や胡蝶がいくら優秀でも、許昌まで追いかけてくる政務もあるのだ。それに、荊州で4郡の太守を代行していれば荊州州牧との往復書簡もある。かくて、許昌でもらった邸宅には、手紙の山というより山脈が出現していた。桃香と北郷一刀は「アシスタント」に朱里や雛里、愛紗や紫苑まで動員して手紙の山脈と格闘していた。「許昌にいても、どうせこうなるなら、早く成都に帰るべきだろうな」全員、異存など無い。だが、そのためには曹操との「虚々実々」の駆け引きになってしまう。「あの…お茶です」月と詠がお茶を運んできた。「メイド」だから、当然、主人には付いて来ている。「えと…お手伝い…」確かに君主だった「董卓」や軍師だった「賈駆」なら、政務の手伝いには役に立つだろう。だが「今」の月と詠は、あくまで「メイド」だ。「大丈夫。何とかなるよ」「月ちゃん。璃々をお願いできませんか」最短でも淮南までの遠征になるため、成都に置いては来るには娘がまだまだ小さかった。ちなみに、今の「メイド服」は最初に洛陽で華琳から渡されたものではない。女の子に着た切りもあるまい。「天の国」にあるという、ネタをばらせばフランチェスカの「黎明館」の制服に似せてある。入れ替わりに星がやって来た。相変わらず、メンマをかじりながら。しかし、肝腎なところでは、しっかり真面目な星である。稟や風と飲んでいても、お互いに危ない話題は避ける。だが「虎牢関の戦いについては聞かれたな」星の報告は微妙に危ない。「今度、呂布と戦ったら勝てそうか?だとか。あの時は我ら3人だったが、五虎大将ならどうかとも言われたが」「やってみなければ分からん」愛紗ですら、そう言う。「武人としては情けないがな」あの“もんすたあ”だけは別物だ。それに、不利に追い込めても「汗血馬」で逃げられたら追い付けん。「そんな話題が出るということは…」「呂布は蜀から遠い徐州にいるんだぞ。成都に帰る方が大切だろう。今、目の前の手紙も大事だし」「確かにそうですな」その間も愛紗は算盤をはじいていた。――― ――― ――― 徐州の州都、彭城。帰国した陳登の報告を恋は無言で聞いていた。最も、大抵、聞いているのは音々音だったが。「おおそれながら、私めは、曹操に対して言いました」呂将軍は、猛虎です。満腹にさせて置かなければ、人にはなつかないでしょう。飢(う)えさせては危険です。それに対する、曹操の返答はこうでした。「ちがうわ。あの娘はむしろ荒鷹(あらたか)ね」飢えている時は人の与える肉を喰うかもしれないけど、満腹になって飛び上がったら戻って来ないでしょうね。「虎だの鷹だの無礼なのです」「いい」「そういうわけですから、今直ちに州牧を授(さず)ける事は、必ずしも将軍のおためにもならないとの返答でした」・ ・ ・ ・ ・恋はともかく、音々音は気付いたろうか。陳登も華琳も、恋を「ヒト」以上に危険な存在とみなしていたのである。――― ――― ――― 「明細無用」華琳から、風に言い渡されていた。「太っ腹だねえ。ご主君は」「zzz…」「用間のお金は惜しまないのが原則よ」… … … … … 費用を押しまねば、用間の効果が出やすい陣営というものはある。どこかの「お人よしたち」だったら金を突き返してきて、むしろ、結束が固まってしまうかもしれない。だが、呂布軍の場合、恋と「コミュニケーション」がとれていたのは、結局「ニンゲン」では音々音ぐらいだったのである。そして、金銀をばらまいただけの効果は出始めた。その報告を受けて、次の手を打つ。――― ――― ――― 「正攻法で行こう」曹操相手では、中途半端に駆け引きを使うほど、ややこしくなる危険があった。「益州州牧にして、荊州4郡の太守代理を拝命する身でありますから、長く任地を離れては、無責任となります」そう、まっすぐ朝廷に対して真っ正直に訴えた。そして、通った。… … … … … 「こんなにあっさり通るなんて?曹操は何をたくらんでいる」そんな疑いもかえって出て来るが、成都にとにかく戻ってしまうべきだ。また変更になる前に、出立の用意をした。… … … … … 「ああ、たまらない。この解放感。なあ、蒲公英」「お姉さまも正直だね。確かにボクもだけど」無理もない。合肥で曹魏軍と合流して以来、翠たちは単独行動も、姉妹2人だけの外出も絶対禁止になっていた。理由は聞くまでもない。「シャオはどこまで着いてくるの?」「少なくとも、長江まで。それから船で下ったほうが、呉までは近道だよ」そんな会話を交わしながら、南へ行軍していった。・ ・ ・ ・ ・敵と戦うための進軍ではないのだから、無理はしない。夜営を繰り返していたのは、通過する村や街に迷惑をかけないためと、しばらくの間だったが、都暮らしで緩(ゆる)んだ兵の調練を兼ねていた。… … … … … そうした、何日目かの夜営の陣中。その中央にある天幕。この遠征のいつの間にか、桃香と一刀は同じ天幕を使うようになっていた。そこに闖入者(ちんにゅうしゃ)が踏み込んだ。同じ天幕を使っているという事は、18未満だったら想像してはいけません、という状態である。そんな状態で他の女の子が踏み込んだら、別な意味でも修羅場なのだが、今回の闖入者はただ一言、こう言った。「月を返せ」もっとも、一言以上は言う時間はなかっただろう。本来「五虎竜鳳」がそろっていて、ここまで踏み込める筈がない。ただ、恋が強過ぎ「汗血馬」が速過ぎただけで、次の瞬間には愛紗たちが駆けつけていた。その後ろから、月と詠も姿を見せた。元々「メイド」である以上、主人の身近で待機しているのが普通だ。恋の一言を聞きつけた愛紗が、恋をにらんだまま呼び掛ける。「月!下がれ。それとも“董卓”に戻りたいか」星が月と恋の間に位置するように、移動する。愛紗と鈴々は恋の左右をジリジリ回りつつ、まだ1枚の「幕」に包(くる)まったままの2人の方へ移動して行く。弓をかまえて援護の体制の紫苑は、しっかり璃々をオンブしていた。さらに闖入、というより音々音が恋に追い付いた。「月殿。貴女が人質になっていては、恋殿が曹操に降伏させられるのです」「私はもう“董卓”ではありません」「月。それは月の本心?」月が恋に答える前に、「恋~~!アホな事はやめんか―!」今度は、霞が指揮する、曹魏側の涼州騎兵が駆けつけて来た。… … … … … 逃げられるとなったら「汗血馬」に乗った恋を、捕まえは出来なかった。… … … … … 「何だったのだ~?」「はわ…1つだけは確かです」まだここは曹魏の勢力範囲で、我々は曹魏と同盟軍として戦った後、まだ敵対したわけでありません。その我々を、ここで襲撃してしまったとなれば…「あぅ…呂布軍に対して、曹魏、蜀連合軍の戦争になってしまいました」――― ――― ――― 徐州彭城に近い、とある村の豪族の屋敷。「父上、うまく行きましたな」「うむ。劉玄徳どのが、もう蜀の国主になられていたことは残念だが」しかし、呂布のような(騎馬の民に対する差別語)よりはましな領主が来るだろうて…――― ――― ――― 他にどうしようもなく、蜀軍は一旦、許昌に引っ返し、曹魏軍とともに徐州へ向かった。これに対し、呂布軍は、というか音々音は彭城より手前で敵を撃破する作戦を採用した。まず、国境にある蕭関(しょうかん)という、地形からも関門になっている地点で防御陣地を固める。その後方で、彭城との中間にある小沛という県城に反撃部隊を集結させる。蕭関で足止めした敵を、小沛から出撃した反撃部隊で撃破する。蕭関での防御は音々音の、小沛からの反撃は恋の担当とした。さらに、拠点である彭城の留守の手配もした。一見、問題はない。ただし、恋と音々音以外の「ニンゲン」が信用できれば、の話だった。――― ――― ――― 「徐州側の作戦はこうね」華琳は、ほぼ充分な情報を入手していた。どこから?「蜀側から、作戦上の意見はあるかしら」囮か捨て駒にでもされない限り、口を出す気もなかった。とりあえず、蕭関の前面まで進軍と決まった。その後の作戦は?実は、華琳には秘策が合った。文字通りに秘密の策戦が、である。--------------------------------------------------------------------------------それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の31『雄将無情』~正義なき力は正しいか~の予定です。