僭称(せんしょう)皇帝や王を自ら名乗る者に対し、他から「ニセモノ」扱いする場合の呼び方です。「正史」でも、袁術の皇帝即位は他の群雄に認められず、僭称者として追い詰められていきます。ついには「正史」での「彼」は、放浪の中で飢えと疲れに倒れ、「せめて蜜水の一杯でも」と、憤慨しつつ絶命したと伝えられています。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の28『僭帝憤慨』~ただ1杯の蜜水を求む~官命の形式を取って、曹魏からの通達が来た。「曹魏軍は、蜀軍と合同して合肥を攻める。孫呉軍も呼応して、長江を渡渉されたし」指揮系統の異なるいくつもの軍が、分進合撃するのだ。それぞれの軍が各個撃破されない程度に優秀なら、この程度におおざっぱな作戦の方が融通が利く。無理をするつもりもなくても、手抜きをするつもりもない。速やかに進発するつもりだったが、蜀軍が気にかかった。孫呉の勢力圏に隣り合う、荊州長沙郡まで侵掠に成功されている。気にしない方が乱世では「お人好し」だ。監視を含めて誰か使者を送り、そのまま同行させた方が良いのでないか?そんな意見が出たときだった。「だったら、シャオが行って来る」「シャオ。お前は…」まだ若い、とまでは蓮華にも言わせなかった。「子供じゃないモン!」使者の格という意味なら、実の妹だから雪蓮の「名代」になれる。若い事が問題なら、誰か補佐をつければいい。一方、他に「名代」がつとまる「格」のある地位にいる者は、今回の遠征と拠点の留守番で手一杯だった「わかったわ」最終的には、あくまで君主として雪蓮は決断した。それでも姉としては、妹に「無理をしないでね」と言った。さて、補佐につく者だが、「私が参りましょう。あの「妹」の兄であるからこそ、戻ってこなければ、この子瑜の名が地に落ちましょう」――― ――― ――― かくて、長江を渡渉する蜀軍には、孫尚香と諸葛瑾(しょかつきん)が同行していた。孫尚香孫策・孫権の妹で「正史」では……いや、よそう。「この」世界では、劉備は桃香なんだから。諸葛瑾子瑜諸葛亮孔明の兄。外交官としても、行政官としても、それなりに優秀だったのだが「弟」が有名に成り過ぎた。ある意味では気の毒だが、しかし、本人たちは「兄弟」とも自分の信念に生きた。何と言うべきか、孫尚香こと真名小蓮、自称「シャオ」は桃香にも北郷一刀にもすぐに懐いてしまった。一方、諸葛瑾の方は「公私」の「公」を守って、妹と2人だけにならない。朱里の方もいつもに増して、例えば雛里の手を握って離さない。そんな1人1人の、心の動きにもかまわず、戦機は動く。そうなれば、軍師は「クール」に戻る。――― ――― ――― 合肥に派遣された淮南軍の将、紀霊は選択すべき戦術を検討していた。西から迫る曹魏軍。合肥の南から迫る蜀軍。合同された兵力で、攻城兵器などの準備を整えられた上で攻め寄せられたら、篭城しても持ちこたえられるかどうか分からない。ならば、2軍以上に分かれて進軍してくる敵に対しては、各個撃破という選択肢は、当然にありえる。その場合、蜀軍の方が兵力が少ない。その理由も見当がつく。こちらの方が、自陣営の勢力圏を離れて遠征してきているのだ。後方支援の問題だろう。ならば、魏軍の到着前に蜀軍を叩ければ、それだけ有利になる筈だ。兵法にてらして、まちがってはいなかった。ただし、敵軍についての情報が、まだ不足していた。――― ――― ――― 長江の岸から北の内陸部。合肥城の南の平原。蜀軍の前面に展開する、紀霊の淮南軍は、きわめて基本的な、したがって特に弱点のない陣形を取っている。蜀軍も似たり寄ったりの陣形。兵力もほぼ同程度。だがしかし……確か、袁術軍の紀霊は「演義」でも、ゲームでも中ボスLVだったよな。こっちは「五虎竜鳳」がそろっているのに、向こうは紀霊1人じゃ、フクロ叩きじゃないか…「まず、星さんが真っ直ぐ突入して、敵の出足を止めて下さい」流石に紀霊の首までは取れなかったが、いきなり陣形を乱され、その場に踏み止まったまま、体勢を立て直そうとしている。しかしその前に…「次は、紫苑さんが敵の右手から、連弩を打ち込んで下さい」修錬(しゅれん)の1点集中射撃に、さらに打ち崩された陣形を、反対側へ移動する事で立て直そうとする。「ここで、翠さんが反対側から、騎兵を率いて突撃してください」さらに大きく、陣形が崩れる。ここまでなら、以前にも見た事がありそうだが、「今回は逃がしません。愛紗さんと鈴々ちゃんが、左右両側から後方に迂回して、包囲して下さい」「4輪車」の中から白羽扇が振られるたびに、そのまま「五虎大将」によって実行されていく。もはや逃げ道はない。それどころか、外側から押し込まれてくる味方が邪魔で、戦う事も陣形を立て直す事もできない。そのまま、外側から順に殺されていくか降伏するしかない。ただ、前回なら、ここで降伏勧告だったが。「気の毒ですが。今回は戦いの目的が違います」前回は降伏させておいて説得するのが目的だったが、今回は撃破が当面の目標。しかも、そもそも蜀軍が主体の戦いでもない。紀霊軍には気の毒だが、ここで撃滅してしまえば、蜀軍にとっては今回の「義務」を果たした事になる。「う~ん」それでも、桃香は優し過ぎた。優し過ぎるから、蜀軍は成立しているのだが。… … … … … (子瑜)「お見事ですな。後世、兵法のお手本になりそうです」(シャオ)「うう、ますます興味シンシンに成って来た~」――― ――― ――― 同じ評価は華琳もした。そして「人材コレクター」の目を輝かせた、太陽の如き笑顔で。――― ――― ――― 紀霊軍、蜀軍と会戦して、撃滅される。その直後に到着した曹魏軍の前に、合肥は大して抵抗も出来ずに落城。曹魏軍が連れて来た「漢」朝廷、任命の「揚州州牧」劉馥(りゅうふく)合肥に入城。袁術陣営は緒戦の失敗から主導権を失ってしまった。・ ・ ・ ・ ・合肥に入城した曹魏軍と蜀軍の主だった面々は、戦陣の形式ながら、酒食の席を設けて合同の挨拶とした。その席上、華琳が自分の杯を、翠に与えようとする出来事があった。何も言わず、何の表情も浮かべず、翠は一気飲みした。「拒否はしないのね」「主君を持ったからは、迷惑はかけませぬ」それだけ言うと、今度はその杯を翡玉に与えた。やはり、何も言わず、何の表情も浮かべず、一気飲みした。「これが草原の流儀なの?」霞などは、周囲から尋ねられていた。… … … … … 北郷一刀と曹仲徳は、酔って絡み合うふりをして、席を離れていた。「確か、この面々の連合軍で、袁術を攻めた戦いは、俺たちの知識にもあった筈です」「ああ、確か、これから袁術の取っ「た」戦術は…今から自分たちがやられるとなると、エグいな」「これから軍議です。正式に意見具申してみますか。先輩」「ああ、言ってみるが、とりあえず席に、というか、劉備の隣に戻ってやれ。河豚に成り始めているぞ」――― ――― ――― 袁術陣営は緒戦の失敗から主導権を失ってしまった。しかも、合肥を足がかりに西から迫る曹魏軍、蜀軍だけではない。北から迫る呂布軍。長江を渡渉して南から迫る孫呉軍にも対応しなければならない。ますます袁術陣営では、打つ手打つ手が後手に回り始めた。その間にも、分進合撃する連合軍は袁術陣営の本拠地、寿春に接近しつつあった。… … … … … 袁術(美羽)の癇癪を側近の張勲(七乃)がなだめつつ、「船頭が多くして船が山に上がる」大論戦の議事を何とか進行させて、出た結論というのが、「寿春を一旦、捨てる」決して、消極なだけの作戦ではない。連合軍の方が遠征軍であり、やたら大軍なだけ食糧事情は厳しいはずだ。七乃たちの計算では、寿春の城内に袁術陣営が蓄えた食糧を当てにする程度の量のはずだった。その当てが外れたら引き返さざるを得ない筈、袁術軍が寿春から食糧を持ち出して、西、北、南から迫る敵のいない東へ、一旦、逃げ出せば追っては来られまい。食糧を食い尽くした連合軍が、引き揚げれば寿春に戻れる。好機をつかめば追撃戦で打撃を与える可能性もある。悪い作戦ではなかった。ただし、相手が「後出しジャンケン」でなければ。「天の御遣い」の噂は聞いていても、その「正体」まで知っている筈もない。ましてや、曹操の弟まで「この」作戦についての「予備知識」があるなどとは。――― ――― ――― 足がかりとなる合肥を占領した曹魏軍そして蜀軍は、袁術軍が北の呂布軍、南の孫呉軍に対応している間に、合肥に食糧を集積してしまった。自軍だけではない。呂布軍や孫呉軍、おきざりにされた寿春の住民の面倒まで看る可能性もある。それを見込んだ大量の食糧を輸送する準備を整えた上で、着実に進撃する。この進軍での蜀軍は完全に食糧の護衛だった。不満はない。それどころか、セコセコ手柄を稼いでいた。袁術軍は自軍の戦術上、食糧を攻撃して来る。「五虎竜鳳」が護衛しているのだから、その度に返り討ちだった。ついに、曹魏軍の「3人娘」凪、真桜、沙和が護衛の交替を訴えたぐらいだ。… … … … … この食糧戦術の誤算が致命的になった。もはや、寿春にも戻れなくなった袁術軍は、淮河下流の湿原をさまよううちに自分から崩壊し始めた。――― ――― ――― 「蜂蜜じゃ~蜂蜜水を持ってくるのじゃ~」「ああ、何とお痛わしい(涙)」漢帝国に取って代わる「仲」皇帝を宣言した筈なのに、運命の急転は急だった。この人里すらまばらな山野を、もう何日、美羽と七乃のただ2人は落ちのびたか。もう、美羽には歩く力もない。七乃ももう、息も絶え絶えな幼君を、ただ抱き締めて泣くばかりだった。その主従に近付いてくるものがいた。少数の部下を従えた、武将風の何者か。七乃は一瞬、覚悟を決めた。「ああ、私は最後まで美羽様をかばって……」--------------------------------------------------------------------------------それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の29『人物交差』~人とは出会うもの~の予定です。