「孫子の兵法」(その6)「虚実編」に次の1文があります。『善く戦うものは、人を致(いた)して人に致されず』主導権を取った方が勝ちであり、そのためには虚と実を敵には逆に見せかけろ。と説きます。これが「演義」だと、曹操が自分の悪行に開き直って、「自分が他人を裏切っても、他人に裏切られる事は許さない」と言ったとされてしまいました。まあ「孫子」自体、読み方によっては、ミもフタもない現実主義の書ですが。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の27『虚々実々』~人を致して人に致されず~曹魏の拠点は天下の中央、古来より中原と呼ばれた中国大陸の平野部にある。内政面で努力すれば生産力は高く、どの方面への出撃にも便利ではあるが、群雄が割拠する現状では、多数の敵に囲まれている状態といえた。ただし「多数」の敵であり、強大な1つの敵ではない。それぞれが利害の異なる陣営ならば、そこに付け込んでの「各個撃破」を基本戦略にする。その場合、連携させてはならないのが袁紹と袁術陣営だった。「四代三公」の間に蓄積された底力が効果あって、現在のところ袁紹陣営が最大勢力である。その上、袁術陣営と連携されてはたまらない。それぞれの君主を担いで、派閥争いをしてくれていて幸いだった。当然、この派閥争いを助長するつもりはあっても、仲裁する気など無い。朝廷とともにあることを利用しての「名分」の使い方には、この点も考慮している。袁紹(麗羽)には、大将軍の「名分」を譲った。さらに、北部4州、冀州・青州・并州・幽州の州牧を推薦させる、という形式で、その実効支配に「名分」を与えた。当然、推薦されたのは袁一族か腹心の部下である。反董卓連合軍の時のような「大義名分」を与えないためなら「名実」の「名」ぐらいは譲れるだけ譲る。皇帝はこの許昌にあり、朝廷に出仕する文官、武官の過半は華琳の部下でもある。この「実」を押えておけば。その一方で、袁術(美羽)に対しては完全に黙殺した。この結果、朝廷とともにある華琳を恨むよりも、姉の麗羽への「ライバル心」へ向かうと、そう読んだ。だが、実際の反応は、華琳ですら想像の斜め上を飛び去っていた。いや「孫子の兵法」を実践する合理主義者だからこそ、思い付きもしなかったといった方がいい。――― ――― ――― 「いったい、何を思っていますの?!」麗羽ですら、公式の場ではいつもの誇り高い(高慢ちきともいう)袁紹を保っていたが、側近の文醜(猪々子)や顔良(斗詩)しかいない場では、妹の「暴挙」を嘆き心配する姉に戻っていた。――― ――― ――― 「我々は、所詮「正史」の傀儡に過ぎません」「だから、せいぜい「正史」をなぞるわけか」「そうです。この「外史」を消滅させる事も、異分子を排除する事も、すぐには出来ない以上は仕方ありません」「この「外史」と「正史」を出来るだけ近付けておいて、決定的な分岐点で決定的な行動を取る。それはいい」「不機嫌ですね」「機嫌を良くする必要も無い」「まあ、この「外史」の“袁術”も「正史」と同じ役割をした事になるだけです。我々はほんの少し、演出しただけ」「まあな、我々の術を多少、披露しただけだがな。それが「天命」を示す奇跡だとは茶番だ」「“袁術”ですからな」――― ――― ――― 黄巾の乱。その原因となった朝廷の腐敗。さらに反董卓連合軍にいたる、さらなる朝廷の迷走。そして、曹操の傀儡と成り果てた朝廷の現状。これだけ並べ立てた上で、一転して、自らの拠点、淮南地方に起こった奇跡や瑞祥を並べ立てる。その上で、これは自分すなわち袁術に「天命」が下ったのであり、すでに正統の天子は交替したと宣言した。すでに、この国家は「漢」ではなく、袁氏の「仲」であると。――― ――― ――― 「バカな事を。しかし、好機だわ」驚愕はした。だが、その後は何かを謀り始めた。華琳こと曹操が後世に残した1つが「孫子」13巻の復刻だが、まさにその実践が、このときの戦略だった。… … … … … 「蜀に官命を伝えるわ」劉備は「劉」氏、つまり、漢王朝の“お姫様”である事を看板にして、蜀を手に入れたり、その行為を正当化してきたわ。だから、この「僭帝」を成敗しろとの官命にはさからえない。「ノコノコ出て来るわ。自分の拠点から離れてね」「それで、出てきたところをどうするつもり。華琳姉さん」「さあ、煮て食べようかしら、焼いて食べようかしら。まあ、どちらにせよ」ただの「お人好し」でもなかったし、それに劉備1人に、関羽だの、孔明だの、いっぱい付いて来るから、お得よ。(…この人材コレクターなのが、やっぱり曹操だな。やれやれ…)「人を致して人に致されず、よ。これ以上、劉備たちに先手は取られないわ」ただし、今回の暴挙を好機と考えているのは、他にもいるでしょうけど。――― ――― ――― 孫呉の拠点、江東の秣陵。雪蓮を中心に軍議が開かれていた。「今回は、好機です」冥琳は断言した。「我々にとって、袁術陣営からいかにして独立するかが、課題だったのですが」その好機を袁術の方から与えてくれました。逆賊に成り果てた袁術を討伐せよとの官命をもらえば、堂々と袁術陣営から離脱でき、「さらには、功績次第で、江東を支配する「名分」を朝廷から引き出せます」だが、居並ぶ文官の中からは、こんな意見も出た。「しかし、わが陣営と袁術陣営の勢力の差はまだ存在しますが」「その意味からも、今回は好機です。逆賊を討伐する「名目」で連合軍の結成を呼び掛けられます」少なくとも、朝廷を手中にしておればこそ、曹操軍は出て来ざるを得ません。――― ――― ――― 徐州の州城、彭城でも、音々音が恋に説いていた。「好機なのです。現在のままでは、恋殿はこの徐州に居座っているだけなのです」徐州州牧の「名目」を手に入れるだけの、朝廷に対する功績を立てる、またとない好機なのです。――― ――― ――― そして、蜀の成都。「今回、この官命に従わない理由がありません」竜鳳の軍師は、断言した。しかし「遠交近攻」が乱世の常識だ。国境線で隣り合い直接領土を切り取れる「近国」を侵掠し、その「近国」の背後に同盟国を求める。「確かに、領土的には骨折り損でしょう。ですから、他に利益を求めましょう。出兵しない理由がない以上」……現在、蜀の陣容は充実しているが、幽州、荊州、益州etc.…と、出身も仕官した“プロセス”もマチマチだ。何より、主君の下での1軍になっての実戦経験がない。最低でも、主力となる「五虎大将」と「竜鳳の軍師」には、この経験があった方が良い。それも、蜀の国境線に関わる本格的な戦いの前に…こう言う事らしい。となると、出陣するのは、桃香と北郷一刀以下、愛紗、鈴々、朱里、雛里、星、紫苑、翠。これだけの面々が留守にしても、まだ桔梗や蛍たちが残っていれば不安はない。その意味では、それだけ今の蜀の人材面は充実していた。一方で、留守中の治安に心配がない程度の兵力を残して行っても、「五虎竜鳳」がそろっていれば、ある程度は連れて行くほうの戦力は補いがつく。むしろ、自国の勢力圏を離れて遠征する以上、後方支援の負担が軽くなる。「ただ、翠さんには、少しだけ問題があります」曹操に対し、個人的に復讐心を持っている事です。この機会に、それを表面から引っ込めて欲しいのです。「曹操と仲直りしろってのか」「形式だけでいいのです。翠さんを「かくまっている」ことを、外交的に付けまれなくするだけですから」「わかった、今は主君持ちだ。主君の迷惑にはならないよ」「ありがとうございます。最初の目的から言っても、翠さんには今回、同行して欲しいですから」「一番新参だから」と横から口を入れたのは、妹の蒲公英だった。… … … … … 後は少数精鋭の兵を選抜して、許昌から催促が来る前に出発。というわけになる。ただ、焔耶だけは「連れて行け」とダダをこね、留守番の組では「先輩」格の桔梗になだめられた。・ ・ ・ ・ ・荊州長沙郡。現在の蜀の勢力圏では、ここが袁術陣営の勢力圏である淮南に近い。成都を出陣した蜀軍は、当然ながら、一旦はここに集結した。そこで、2方向からの使者を受ける事になる。・ ・ ・ ・ ・1つは、すでに許昌を出陣していた曹魏軍から。「合肥にて合同せん」袁術陣営の勢力圏、淮南の中では西南寄り。つまりは蜀軍の待機している長沙寄り。そして曹魏軍は西から来る。別におかしくはない。合同して、まず合肥を攻略するのは。だが、「曹操は、袁術を滅ぼした後の事も考えているかもしれません」この合肥の位置は、今回うまくいって淮南から袁術陣営を追い出せば、今度は孫呉に対する前進拠点になります。また、うまくいかなくて袁術陣営にトドメを指せなくても、合肥を確保していれば、西から攻略する曹魏軍には次回の足がかりになります。その重要拠点を、まず最初に押さえるとともに、「今回、最も呼び出したかったわが軍を、自分の目の届くところに置きたいのでしょう」(星)「油断もすきもないな」「しかし、もし本当に合肥が重要なら、落としてしまえば今回の「義務」は果たせます」「では、曹操が来た時には、合肥を手土産にしてやるか」「無理はしないようにしましょう。手抜きもしませんが」人を致して人に致されないためには、虚々実々の主導権争いは、戦場だけではなかった。・ ・ ・ ・ ・そして、もう“1人”の使者。明らかに1見した記憶のある、孫母娘の面影がある、しかし、もう少し幼い少女。なぜか、白い虎に乗りパンダをお供にしてやって来た。見た目は幼くても、孫呉の正式の使者である証拠と孫策自身の書状を持って来ていて、その書状にはこう書かれていた。「自分(孫策)の名代として、蜀軍に同行させられたし」――― ――― ――― 「なぜじゃ~なぜじゃ~なぜじゃ~~。皇帝になれば、すべて朕の思いのままではなかったのか~」美羽でなくても、癇癪(かんしゃく)を起こしたいかもしれない。今や、北からは呂布軍が押し寄せ、南からは孫呉軍。東は海。西からは曹魏軍とこれに合同しようとする蜀軍が合肥に迫りつつある。元々「船頭が多くして船が山に上が」っていた、袁術陣営である。喧々諤々(けんけんがくがく)の大論戦になっていた。それでも、美羽の癇癪を側近の張勲(七乃)がなだめつつ、何とか議事を進行させた。合肥を占領される不利については、流石に意見の一致を見た。そして1軍を派遣するとも決まった。武将は紀霊。――― ――― ――― 荊州長沙郡を進発した蜀軍は、長江を北へと渡渉した。目指すは、とりあえずは合肥城。--------------------------------------------------------------------------------どう考えても、蜀軍のフルメンバーでは、紀霊が気の毒な感じがします。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の28『僭帝憤慨』~ただ1杯の蜜水を求む~の予定です。