「正史」における「天下三分の策」は、蜀の「1国平和」に留まらず、蜀を拠点として天下統一を狙う、もっと野心的な戦略でした。その場合の出撃ルートとして注目していたのが、孔明の「出身地」でもある荊州だったのです。その荊州を呉と奪い合う形になった事から「正史」では、この戦略は破綻していきました。--------------------------------------------------------------------------------††恋姫無双演義††講釈の23『荊州侵掠』~天下三分の野望~荊州南部の武陵郡太守、金旋。零陵郡太守、劉度。長沙郡太守、韓玄。そして桂陽郡太守、趙範を、相次いで官命を名乗る使者が訪問していた。使者の名は劉巴。零陵出身の「名士」であり、優秀な文官でもあり、また「名士」としての自尊心に良くも悪くも恵まれてもいた。その自尊心もあって、劉焉、次いで劉備の益州侵掠を嫌っており本気だった。地元で顔も効く。その劉巴に説得されて4郡の太守たちは、曹操が主導権を取っていると承知で許昌の朝廷に忠節を誓った。――― ――― ――― 蜀の都、成都。劉巴の活動について、荊州「名士グループ」からの情報が届いていた。・ ・ ・ ・ ・桃香や北郷一刀たち、同志たちが公邸の「会議室」に揃っていた。「現状は以上です」曹魏が仕掛けてきたのが、蜀に対する「封じ込め」である事はあきらかだ。「問題の根幹は、桃香様の理想がどこにあるかです」この「蜀1国」の平和をお望みなら、ここは穏便な外交で対処すべきでしょう。しかし最終的には天下万民を救うというのが、桃香様の理想ならば、今、弱気になる事は出来ません。――― ――― ――― 「蜀軍が動いた?」今度は、曹魏陣営が情報を入手して会議を開いていた。… … … … … 「華琳姉さん。いいかな」桂花などは日ごろから「華琳様のそばに男が寄るな。例え弟でも」とでも言いたそうな態度だが、会議中に公私混同まではしない。「劉備や孔明の狙いは、おそらく(姉さん以外には、ここはこう言っておいた方がいいだろう)」「天下三分」だ。例え、天下の北半分は華琳姉さんに、南半分の東は孫呉に取られても、南西の三分の一、具体的には益州と荊州を確保して、天下を取る好機を狙うつもりだ。「蜀の最終的な目的は、天下を狙う、劉備の言い分なら、天下万民を救う事なんだから」華琳も肯定する。その上で、桂花に次の策をうながす。「これで、蜀の目的はあきらかになりました」ならば、その目的を妨害するのです。例えば、孫呉もほぼ同様の野望を持っている筈です。益州だけならともかく荊州にまで手を出されれば、蜀と呉のお互いの野望は正面衝突せざるを得ません。さらに現状の孫呉は、袁術陣営に身を寄せていた私軍が元の勢力圏を回復した、以上の「名分」を持っていません。朝廷とともにある我々は、その「名分」を使って孫呉を動かす事が可能です。(稟)「問題は時間だわ」孫呉は、やっと荊州との境界近くまで勢力を回復したばかりだ。それに外交は基本的に時間がかかる。その孫呉を動かして蜀軍を押し止めるまで、荊州南部4郡が持ちこたえられるかどうか。――― ――― ――― 洞庭湖。中国最大の淡水湖。長江の南、荊州南部4郡に囲まれるように位置し、長江の支流の何本かは、1度、洞庭湖に流れ込んでから長江へ流れ出す。・ ・ ・ ・ ・益州から長江を下って来た蜀の水軍は、洞庭湖から支流の1本をさか上り、他の3郡に囲まれる位置にある零陵郡にいきなり上陸した。… … … … … 零陵郡の太守、劉度は仰天した。蜀軍が荊州を侵掠するならば益州に隣り合う武陵郡からとばかり思い込んでいたため、完全な不意打ちだった。ほとんど、抵抗する余裕も無しに降伏する羽目になっていた。… … … … … 「速さが大切です」「伏竜鳳雛」の狙いは「電撃戦」だった。戦況の展開を対応より速くする事で、主導権を取り続ける。そうすることで、朝廷という「名分」を手中にしている曹魏陣営にも、介入の余裕を与えない。「次は、この零陵を中心に、武陵、長沙、桂陽の3郡を、同時に侵掠します」現在の蜀軍には、それだけの余裕がある。益州で善政を実行してきたおかげで、兵力だけではなく後方支援を含めた「国力」の余裕が出来ていた。人的戦力でも、軍師も「伏竜鳳雛」だけでなく、武将も「桃園の姉妹」だけではない。(刀)「だったら(確か)…桂陽に派遣する武将は星。武陵は鈴々。長沙は愛紗でどうかな?」「よろしいでしょう」(桃)「後は軍師の人選ね」(刀)「確か…長沙で手強(てごわ)い相手が出て来ないかな」(桔梗)「あの将のことかな」「知っているの」「旧知じゃ。黄漢升殿の事ならばな」用兵は老練。長兵(射程の長い兵器)は儂(わし)以上。愛紗殿とて、偃月刀の間合いまで近寄らねば苦労するぞ。(…やっぱり、黄忠はここで出てくるか。だったら、長沙へ派遣する軍師は…)(朱)「だったら、私と雛里ちゃんが、桂陽と武陵を担当します」3戦の中で一番手強い相手よりも、残る2つを確実に片付ける。これにより全体の勝利をより確実にする。(…これも「孫子」にあったみたいな?…)… … … … … 決定。桂陽に派遣する武将は星、軍師は雛里。武陵へは武将は鈴々、軍師は朱里。長沙へは武将は愛紗、軍師は…「蛍先輩。よろしくお願いします」徐庶(真名蛍)もこの時点で仕官していた。さらには桔梗も副将につく。出来れば、黄忠への説得役を兼ねる。かくて、3方面同時作戦は実施された。――― ――― ――― 「!?!」華琳ですら、見くびっていたかも知れない。零陵郡太守、劉度に続き、武陵郡太守、金旋および桂陽郡太守、趙範はすでに降伏。長沙郡太守、韓玄はいまだ抵抗中だが、3郡を占領した蜀軍は長沙に集中しつつある様子。使者として派遣していた劉巴は、荊州と揚州の境界付近まで進軍していた孫呉軍の周瑜のもとに逃げ込んだが、長沙への援軍が間に合うかどうかは微妙。「やってくれるわね」(…姉さん、どこか微妙に楽しげ?やっぱり、劉備に対する曹操の反応はこうなのかな。やれやれ…)――― ――― ――― 北は長江、西は荊州との州境。やっとここまで冥琳は進軍して来ていた。この先、州境を越えれば荊州長沙郡。その長沙まですでに蜀軍に侵掠されていると知って、冥琳ですらまず唖然とした。続いて脅威(きょうい)を覚えた。そう、冥琳にとっては雪蓮こそ、天下を取るべきなのだ。その前に立ちふさがる強敵として、曹操と並んで劉備を意識した。少なくともはっきりと意識した。この時から。とりあえず、今の孫呉軍にとっては、真っ先に欲しい「名分」が劉巴という個人名で飛び込んで来てくれた。この好機は見逃さない。そして、劉備にも雪蓮の邪魔はさせない。独断で荊州長沙郡との境界を越えることすら、冥琳は覚悟し始めていた。――― ――― ――― 憤慨するたびに桔梗と蛍で愛紗を宥(なだ)めつつ、それでも長沙の郡城を視界にとらえるところまで来た。確かに相手は、老練、いや百戦錬磨と認めるしかない。ここまでの遅滞(ちたい)(時間稼ぎ)戦術のために、時間以外にケガ人とかの損害を余分に出さなかっただけでも、指揮をとるのが、愛紗、桔梗に蛍だったからとすら言える。だが、今度こそ本番だ。――― ――― ――― 「漢升。大丈夫だろうな」「太守。ご安心下さい。この黄漢升に一筋の弓がある限り」「うむ。何と言っても、この城には、そなたの愛娘も居るのだからのう」「……」… … … … … 長沙郡太守、韓玄の前から下がった黄忠に、同僚の武将が話しかけてきた。「あの太守は、漢升どのの主に不足はないのですか?」「いわないで。文長」--------------------------------------------------------------------------------今回の行動の前に、桃香や一刀は、散々悩んだはずですが、あえて“スルー”しました。それでは続きは次回の講釈で。次回は講釈の24『子を思う弓は偃月刀に挑み 呉を思うゆえに蜀の侵掠をおそる』の予定です。