「貴様、手を抜いているだろう」
開口一番、出会い頭に、彼の口から発せられた言葉がそれだ。
何というか不健康な肌の色をした、目つきの悪い美形の青年。恐らくは上級生。
最大の特徴は車椅子を使用している事・・・とは言え、生憎身障者は見慣れた身である僕としては、その程度では一々驚いたりはしないのだが。
キリク=セロン。二年生でありながら既に錬金科で独立した研究室を構えている、新鋭気鋭の錬金鋼技師だ。
しかし発せられる気風は技師と言うよりむしろ武士と言った方が相応しい。
・・・・・・元武芸者、なのかな。
ようするに、また類が友を呼んだという訳だ。
やぶ睨みに、彼の研究室の入り口で固まっている僕を見据える彼の視線に、僕は又一つため息を吐いた。
少し、時間を遡らせてもらう。
「は?」
「うむ。繰り返すが貴様が壊した錬金鋼の修復予算は都市警からは出ない」
その日の早朝、都市郊外の山林で武装強盗団と派手な格闘戦を繰り広げて帰還した僕を待っていたのは、上司のそんな心無い言葉だった。
バックアップを頼んだ狙撃主が、開始の一発を撃った瞬間に速攻で撤退をしてくれた物だから、正面から堂々と突っ込んだ僕は、完璧に連携の取れた三人組を一人で相手にする事になってしまった。
賊どもの腕自体は生半。しかしそれなりに修羅場を潜って来ているらしく、動きが非常に場慣れしているものだったので、こちらは思わぬ苦戦を強いられた。
位置の、人数の不利に、使い慣れない武器。それを強引に力技でねじ伏せようとしたら、支給品の質の悪い錬金鋼が悲鳴を上げた。
軋み、撓んで、爆ぜて壊れた。
今まさに賊の顔面に叩きつけようとしていた鉄撥の、握りから先が丸ごと吹っ飛んだのだ。
その衝撃で賊が吹っ飛んで、気を失ってくれたのは幸いだったけど、僕にも錬金鋼の破片が飛び散って来て、顔面血まみれですよ。
まぁそんな感じで、激闘を勝利で収めて帰ってきた僕を出迎えたガレンさんの言葉がコレだ。
代わり錬金鋼よこせ→いいや、無理だ。
都市警所属の念威操者のお姉さんに治療してもらいながら、僕はガレンさんを睨みつけた。
「・・・幾ら都市警の予算が少ないからって、錬金鋼一本くらいは簡単に捻り出せるでしょう」
人が入れ替わる時期はそれだけで色々と金が必要になってくる。だからと言って、ねぇ?
疑惑の視線を向ける僕に、ガレンさんはさぞ不本意と言った風に、腕を組んで答えた。
「そうしたいのは山々なのだが、その・・・なんと言うか、なぁ」
賊から奪還した研究中の錬金鋼材のサンプルなのだが。
曰く、跳躍中の賊の手から初撃で打ち落としたアタッシュケースが、地面に落下した衝撃で開いてしまったらしい。
中に乱暴に詰められていたサンプルは砕けて粉々に、貴重な研究データを記した書類もは風に吹かれて東へ西へ、川へ山へ。
とても収拾が付かない事になってしまい、開発した研究員が激怒しているらしい。
「・・・って、ちょっと待ってください。ガレンさんアンタ、盗られたブツは破壊しても構わないって言ってたじゃないですか」
「うむ、俺は確かに言った。『最悪の場合は』と、確かにそう言った。お前さんなら無傷で奪還できると思っての言葉だったんだがなぁ」
無茶いうなや。
因みに通話音声は録音してあるから、俺に賠償請求は発生しないと、最後にそう結んで話を締めた。
「そう言う訳だから、追加報酬どころかむしろ赤字。補填するためにお前の給料から幾らか差し引かせてもらわんといかん。ああ、心配するな。錬武館では、申請すれば訓練中に限り予備の錬金鋼は貸し出される」
「深夜の残業に呼び出されて、武器は壊れるわ給料は下げられるわで、一体僕に何を安心しろと・・・」
新しいバイトを探した方が良いんだろうか。
帰って泣きながら寝ようと思い、スゴスゴと引き上げようとした僕を、ガレンさんはまぁ待てと引き止めた。
「そんなお前に朗報がある」
消失した研究データの再取得に協力してくれれば、賠償請求は取り下げてやっても構わない。
先方さんは、どうやらお前に興味があるらしいと、ガレンさんは実に不安になる言葉と共に、僕を錬金科へと送り出した。
ついでに新しい錬金鋼でも作ってもらえばどうだ等と、気楽に笑ってくれたのがまた頭にくる。
「新しい錬金鋼を手に入れたら、真っ先にあの人で使い心地を確かめてやる・・・」
今度は絶対に刃物のカタチにしよう。
そんな後ろ暗い事を考えながら、錬金科塔にある、サットン・セロン共同研究室と殴り書きされた張り紙の掲げられたドアを見上げた。
そして扉を開いた瞬間、冒頭の言葉を浴びせれれた。
「貴様、手を抜いているだろう」
「え~・・・っと」
思わずスペースと言うスペースに乱雑に物が置き捨てられている研究室を見渡しながら言葉を捜してしまう。
「ああ確かに、手を抜いていると言うのは適切ではないな。そうとも、今のお前は只単に使い慣れない獲物を乱暴に振り回して遊んでいるだけだ」
こちらの気持ちを知ってか知らずか。セロン氏は面倒そうに手を振って勝手に話を進めて行った。
「まったく、貴様程のウデがあれば、あの程度の武芸者何ぞ簡単に無力化出来ただろうに、遊んでいるからこんな無様を演じる羽目になるんだ。お陰でアレが垂直からの衝撃に対して非常に脆い構造だったと確認できた事を感謝しろとでも言うつもりか?」
早口でまくし立てられても何を返せば良いのか正直解らない。
耳元で誰かの声で類は友、と囁かれたような気がして泣きたくなった。僕か、僕に問題があるのか?
「何をしている、そんな所で突っ立っていないでとっとと入れ」
セロン氏は面倒そうに手招きしながら、自身の研究机に車椅子を向けた。
慌ててそれに続くと、突然錬金鋼を投げ渡された。
データ取得用のケーブルが、研究机の傍にある三面モニタにつながれていた。
「それに剄を流せ。高い金を払って呼んだ小隊所属の武芸者の代わりなんだ、精々役に立つデータを出してもらうぞ」
セロン氏はそれきり、僕に背を向けてモニタと向き合ってしまう。
何をしている、と言う無言の圧力にため息をついて、僕は錬金鋼を復元させた。
―――息を呑んだ。
何枚もの細長い板を端の一転で纏めた、その形。
手首を利かせて開いて見せれば、それは見まごう事なき扇形となった。
「コレ・・・」
「貴様の授業中の動きを捉えたデータは全て見た。打棒を用いた近接格闘術の動きではない。刃物、それも幅広い、刃物と言うには大きく逸脱した形状をした物が、本来の貴様の得物だろう」
幾つか候補があったが、いきなり中ったかと、其処だけは少し楽しそうに、セロン氏は告げた。
いい加減とっとと剄を込めろ。同じ物を調整してもう一つ作らなければならんのだ。
そこまで言われてしまっては最早笑うしかない。僕が鉄扇の二刀流で戦う事まで読まれているのだ。
「その錬金鋼にはデータ取得用の測定器が据え付けられている。今後あらゆる戦闘行動にはそいつを使って挑め。それは形状の特性ゆえ、今作ろうとしている錬金鋼のデータを集めるにうってつけなんだ」
新しい錬金鋼。
扇を構成する板の一枚一枚を見て気付いた。それぞれ違う鋼材を使用している。
一旦待機状態に戻すと、それは一つの鋼材として完成している。
・・・・・・実家で使っていた物と、全く同じ特性だ。
「この鋼材の成分・・・、全部貴方が?」
「共同研究だがな。当然だろう。もっとも、その素材のままだとそれ以上巨大な物を作ろうとすると構造が脆くなってどうにもならんのだが・・・」
「で、しょうね。僕もコレで作られた刀剣の類はお目にかかったことはありません。一度試した事がありますけど、展開した瞬間ボロボロに崩れ落ちました」
「まったくだ。ただ引き伸ばせば良いと言う・・・なんだと?」
真剣に驚いた。まだ若い学生レベルの研究者が、こんな物を作れる技術を持っているとは思わなかった。
コレの製法は劇団の門外不出で、お陰で整備から修繕まで全て自分でやらねばならずに苦労した事を良く覚えている。
それをゼロから作ってしまうのだから、世の中広いものである。
「後で成分表を見せてもらって構わないですか?良いアドバイスが出来ると思います」
「なに?・・・フン、そう言う事か。似たような思考の人間は何処にでも居るか。良いだろう。こっちだ」
僕は扇に剄を流したままセロン氏に近づく。
何代もの世代を重ねて作り上げてきた物を、わずか一代限りで到達しかけているような人だ。その先に何が出来上がるのか、俄然僕も興味が沸いてきた。
余談であるが。
コレのデータ取りに協力する事になったため、授業中も迂闊に手を抜けなくなってしまったと言う事に、その時の僕はまだ気付いていなかった。
※こうして、複合連金鋼を目指して様々なアプローチが試されるのであった。
そして変態装備から中二装備へとパワーアップ。
フェリ先輩とくっつけたら良いんじゃない?と言う感想を結構目にしますけど、
こいつら友達関係だからこんな感じで付き合ってるのであって、恋人同士になると
・・・あんまり想像出来ませんね。
真の主役登場までキャラの関係はなるべくニュートラルを保ちたいところですが、どうかな。
次回は顧問がミーティング初参加。