腹の中に蛇が居る。
その蛇は、普段は剄脈の中でとぐろを巻いて眠っている。
たまに勝手に起き出しては、人の剄路を散歩をするが如く滑り廻っている。
おかげで僕の剄路は、蛇君の径に合わせて無駄に広く、太く頑丈に拡張されてしまった。
そのくせ普段は、剄脈の中に居座る蛇君自身が邪魔で、其処を満たすだけの剄が練れないものだから宝の持ち腐れも良いところだろう。
しかも、広い剄路に少ない剄しか流さない物だから、何ていうか、そう、埃と言うか剄の残りカスとでも言うべき物が溜まりやすい。
蛇君曰く、変換し切れなかったオーロラ粒子の残留物質がなにやらかにやら。
ともかく、膿がたまったまま長く放置しておくと、健康に悪いらしい。
ではどうすれば良いか?
簡単な事だ。ホースの中に詰まった汚れは、高圧水流で押し流すだけ。
学園都市郊外。外郭部に程近い植林地域、と言うか森林地帯。
普段は農業科の生徒が作業している事もあるが、丑三つ時も過ぎれば、誰もこんなところにまでは近づかない。
六法全てより内服に向かい渦巻くように、外界と己を同一化させる。
所作乱れなく、運び、浪足から足拍子を踏み出す頃には剄は清流が如く身体を満たす。
科を常に意識し、優美に、且つ清廉に。捧ぐべき神は既に居らずとも。
舞は、自らを天に捧ぐ供物とする行為。天と自らを一体化させる行為。
他の全てにおいて屑と呼んで遜色ない人間だった舞芸の師は、それだけは真面目にそう言っていた。
要返しと共に舞を収める。
舞は武に通ず。そんな言葉を信じているわけではないけど、僕は自らの武技を高めるために、ひたすら舞い踊る事を重ねてきた。
強くなりたければ踊れ。良く踊れたやつほど長生きできた。
齢100を数える師の言葉であった。
実際、それで何とか鍛えられてきたのだから、連綿と続く伝統の技と言うヤツも中々侮れないと思う。
普段ならここで訓練は止めて(剄技の訓練をしようにも錬金鋼が無いのだから仕方が無い)、後は帰って寝るだけなのだが、この日はここからが本番だった。
一通り、身体をほぐし、剄に馴染ませた。
大きく息を吸って、吐く。
全身から力を抜く。
自らは天地に等しく、天地は自らに等しい。
螺旋を。腹のうちでとぐろ巻く、白い蛇に自らを重ねあわす。
「―――っ!」
湧き上がる。溢れ出る。拡張された剄脈を満たしなお余りある膨大な頸が、渦巻きながら己の周囲に白光となって顕現する。
満たされる。自らの本質を塗り替えんばかりに、己を白く、己の意識を膨大な白で埋め尽くす。
自らはハルメルンに等しく、ハルメルンは自らに等しい。
己の守るべき物、為すべき事。ハルメルン、愛しき、もう滅びて、まだ。まずい、抑えきれない―――!?
RiRiRi・・・
そばに置き捨ててあった鞄から、出し抜けにそんな音が鳴った。
一瞬。意識が緩んだその一瞬。
「っづぁあっ!!」
天に螺旋を穿つイメージで、湧き上がった剄の全てを体外に押し流す。
轟、と。
山林を揺らし木の葉を舞い散らせながら、白光が天へ返ってゆく。
己の思考を染め上げていたハルメルンは、再び剄路を揺らしながら、剄脈の中に戻っていった。
・・・・・・本気でやばかった。
最近余り外に出していなかったせいか、それとも環境が変わったせいなのか、蛇君、やたらと己の中で暴れまわっていた。環境が変わってはしゃいでいたのか、ひょっとして?
RiRiRi・・・
「っと、はいはい、こちらハルメルンです」
呼び出し音が鳴りっぱなしだった携帯端末を取り出し、相手を確認せずに通話ボタンを押す。
『カテナか、フォーメッドだ。今、西地区の植林地帯に居るな?』
「・・・すいませんガレンさん。何で己の居場所が解ってるんですか」
数刻前に別れの挨拶を交わしたはずの都市警察課長補佐でした。
何だかもう、色々と嫌な予感しかしない。
『ああ、都市警が支給している個人端末には、居場所特定用のGPSが備え付けられているんだ。いざと言う時に本部が職員の位置を把握できないと困るだろう?』
「捨てて良いですか、今度」
っていうか今すぐ其処の木に叩き付けたい。
『構わんが、拾得物管理課へは自分で取りに行けよ。それより緊急事態だ。お前さんの力を使わせてもらう』
すまんという言葉も、借りたいと言う言い方もせずに、こうやってはっきりと断言してくれるだけ、この人は善人だと思う。奇麗事を並べてくる輩より余程付き合いやすい。
己は特にゴネもせずにガレンさんに続きを促した。
『馬鹿な一年が武装窃盗団に誑かされて錬金科に忍び込んだ・・・ああいや、アレは忍び込んだとは言えんな。まぁ、とにかく、そいつを鉄砲玉として錬金科の研究室に忍び込んだ窃盗団の連中が、首尾よく研究中の非公開の錬金鋼材のサンプルを入手してお前さんの居る方へ逃亡中だらしい。今そっちに念威端子を走らせてるから、サポート受けながら押し留めてくれ。最悪、盗まれたサンプルは破壊してしまっても構わん』
・・・凄い大事じゃないのかソレ。だいたい武装窃盗団って何だ。強盗と何か違うのだろうか。
「団って事は相手集団ですよね。ソレ己一人でやるんですか?」
『お前さんの場合、他に居たらやり辛いだろう?ああ、安心しろ。ウチの念威操者は口が硬い』
ああ、本気でやれって事ね。あの人本当に人を見る目があるなぁチクショウ。
「・・・手当ては弾んでもらいますからね」
剣帯から錬金鋼を抜き、鉄撥を復元する。重ね重ね、適当に錬金鋼を選ぶべきじゃないと後悔する毎日である。
『錬金科から経費名目でたっぷりふんだくってやる。期待しておけ』
ガレンさん、自分の懐を痛める気は全く無いな。それ、アンタが一人勝ちって事じゃないか?
期待しないで待ってますと言って通信を終えようとしたら、ガレンさんはこんな言葉を口にしてきた。
『・・・ところでお前、何時から一人称はオレになったんだ?』
じゃぁ頑張ってくれと、そう付け足されて通信が切れた。
・・・混ざってたのか、まだ。
僕は恥ずかしくなって山林を見上げて、独り言を言った。
「面倒事がそろそろやってくるらしいですけど、高いところに居る人、そっちから何か見えませんか?」
「二人・・・、いや、三人だ。全員錬金鋼で武装。剣と槍。奥に銃、アレは散弾だな」
返事はすぐに来た。
当たり前のように。僕は何一つ驚かなかったし、答えてきたその声もなにも躊躇う所が無かった。
お互いがお互いに気付いている事を大分前から解っていたのだから。
「それじゃぁ折角なんで、バックアップ願えますか?報酬は警備課長補のガレンさんが自腹切ってくれるらしいですから」
僕は旋剄を脚に纏わせて木々の合間に跳躍した。
その男のすぐ横の木の枝に着地する。
狙撃銃のスコープを覗いている、金の長髪を後ろで乱雑に縛った、背の高い伊達男。武芸科の制服姿のその胸元には、小隊所属の証である銀バッジが夜空に浮かぶ月の薄明かりを反射して煌いていた。
彼は一度だけ、チラリと僕を見た後、スコープに視線を戻し、ニヤリと笑った。
「ソレはありがたいけど、報酬ついでにお前さんには色々聞きたい事があるんだよな。さっきのアレとか、なぁ?都市警のルーキー君?」
・・・外部評価はそんな扱いだったのか、僕。
げんなりしそうな顔を無理やり引き締めて、僕も彼に対して気軽に笑って了承してみせた。
僕自身の目視でも、賊の姿は確認できる距離にまで迫っていた。
接敵まで、あと数分と無い。
「真ん中の槍使いが持ってるケース。アレ、先に打ち落としちゃってもらえます?」
「いいぜ、そっちが突っ込むのと同タイミングで仕掛けてやるよ」
それじゃぁ、と、返事を待たずに足場にしていた枝を蹴って、僕は賊の眼前に躍り出た。
発砲音が響く。
瞬間、賊の握っていたケースの取っ手、その接合部が炸裂し、アタッシュケースが宙を舞う。
その後の戦闘の過程など語るまでもあるまい。
つまりコレが、この僕、カテナ=ハルメルンと、その後それなりに長い付き合いになる、シャーニッド=エリプトン先輩との出会いの一幕だったと、つまりはそう言う訳だ。
※ 顧問の人、ようやく登場。
感想で皆してニーナ先輩出せって言っててちょっとびっくりしたw
でもシャーニッド先輩を出しておかないと、フェリ先輩と10小隊解散のワイドショーの特番を見ながら
恋愛論を語り合うってイベントが発生しないからなー。
・・・キリクは次回で。誰も望んで無いだろうけど。