『今年度後期より、武芸科生徒の錬金鋼帯剣に関する一部条項を変更する』
ある日の午後、都市内ネットでそんな情報が生徒会から頒布された。
「武芸科新入生の入学後半年間の帯剣の禁止。どこかの誰かが喫茶店で錬金鋼を見せびらかせていたせいじゃないですか」
「さてどうでしょうね。放課後好き勝手に念威端子を飛ばして、誰彼構わず人のプライベートを覗き見している念威操者も居るらしいですし、その人のせいじゃないですか?」
だから、言葉に迷った時に脛を蹴るなと。
今日も今日とて、バイトの開始時までの暇な時間にロスさんと喫茶店の売り上げに貢献している・・・いや、していないよねどう考えても。
そもそも二軒目だ、この店。前の店は諸般の事情で出入り禁止になったし。
最近この店も、僕らが来店すると店員さんが嫌な顔するようになった気がする。
「問題が起こってから対策を考える・・・しかも、直接的な解決策にならない案で。所詮はお役所仕事ですね」
自分の兄の所業に対しては相変わらず手厳しい人である。
「毎夜毎夜、馬鹿どもの県下につき合わされている身としては、非常に助かりますよ」
本当に。そうすれば顔面全部に裂傷を負う必要なんかなくなるし。
まだヒリヒリするしなぁ。
そろそろ入学して数ヶ月過ぎると言うのに、武芸科新入生の些細な事での乱闘行為が一向になくならない。
お陰で僕は、仕事は真面目なのに授業態度は不真面目極まりないとか、又変な評価を下される事になってしまった。
だってさ、検挙率上げるとボーナス出るって言うんだもん。真面目に働きたくもなるよね。
はははと笑いながらコーヒーを啜る僕を、ロスさんは死んだ魚を見るような目つきで見下してくれた。いや、うん。変な風に実力晒してあたまわるい上級生とかに目を付けられ始めてるのは解ってるんだよ。
何時だったかのマラソンのときはデータ改ざんまでして誤魔化してもらったのにねー。
「私の苦労を少しは返してください」
「返してるでしょー。こうしてケーキご馳走してるんだし。・・・給料日まだなのに」
「追加でもう一皿所望します」
最近このお嬢、本気で容赦がなくなってきたな。普段教室とかで誰とも口を利かない分のストレスその他を全部押し付けられてる気がする。
「マラソンの件で思い出しましたが」
(嫌そうな顔をしながら)近づいてきたウェイターさんにマルキューレショコラとスフレフロマージュを注文したロスさんは、何か思い出したように口を開いた。
「あの愚図、退学するらしいですね」
「愚図と来ましたか。いや、まぁ。間違っては居ないですけど」
名前を出さなくても思い浮かべた顔は二人とも共通だろう。
教室で、錬武館で、野戦グラウンドで、やたらめったら威張り散らしていた同級生。
「アレも確かグレンダンの・・・」
「らしいですね。同郷の身としてはお恥ずかしい限りです」
そう、そいつはグレンダンの出身だった。
武芸の本場槍殻都市グレンダンの出身と言う事を、そいつは殊更周りの人間に吹聴していた。自分は其処の出身である、だから、凄いのだと。
この学校はレベルが低い。この程度『グレンダンなら』誰でも出来る。
施設が悪い。『グレンダンの』施設はもっと専門的なものがある。
『グレンダンの時は』『グレンダンだったら』、そんな感じで一々うるさい物だから、クラス全員辟易していたものである。
グレンダンの武芸者は、実際そこら辺の都市とのレベルは隔絶した物があると思う。僕みたいな一般小隊クラスの人間からしてそうだし、天剣の化け物さんたちなんか理解の他だ。
「だからと言って、グレンダン出身のあいつが優れていたとは限らないものね」
「・・・アレを優れていると言える人間は、医療科で体の全パーツを交換してくるべきです。脳を含めて」
まったくもって、ご最も。正当な評価である。
つまりはそれが、威張り散らしていたそいつに下された、正当な評価であった。
「たかだか一時間走った程度で気絶する武芸者が何処に居るんですか」
「あそこに居た・・・ってのはもう、笑い話にもなりませんよねぇ」
授業終了後に、今日は調子が悪かったとか点滴片手にそう言い張った時には、本気でどうしようかと思った。同郷と言うことで勝手に仲間扱いされてたし。
それでクラスの人間からお前も同類かとか思われて凹んでいたら、ロスさんが含み笑いしながら、類は友ですねとか言いやがってくるし。
黙れよ類友って、脛蹴られながら言い返してやったけどさ!
「結局、問題を起して退学処分でしたか。錬金科に忍び込んだとか言う噂になってましたが?」
テーブルに並んだ『二つの』ケーキをおいしそうに食べながら、ロスさんはそんな話題を振ってきた。
まぁ、話の流れ的にそうなりますよね。
「いや、ホラ。彼、錬金鋼アリアリの実戦組み手の授業で、隣のクラスの女子に思いっきりボコられたじゃないですか。それで、顔面晴らしながら負けた言い訳にこう言ったんですよ」
『錬金鋼が悪い』
「確かに、コレの質の悪さは否定のし様もありませんが」
ロスさんは自分の支給品錬金鋼を手にとってぼやく。何でも、指示通りに端子が動いてくれないんだそうな。
「その後の授業でも、その後の後の授業でも連戦連敗だったからねぇ、言い訳にもならないよ」
相手に合わせて適度に勝ったり負けたりしていた僕でも、流石にそいつにだけは負けようがなかった。・・・っていうか、剄が全然練れて無いから、武芸者じゃなくて一般人の攻撃と同レベルだったし。
そんな感じで、気付けば武芸科最弱クラスと評されるようになったそいつな訳だが、斜め上の方向で一念発起する事となる。
「自分に見合う錬金鋼を求めてとか何とかで、錬金科塔に夜間無断侵入。笑えないのが錬金鋼の管理場所を知らなかったのと、剄脈加速剤を服用していたところですかね」
剄脈加速剤と言うのは、ようするに武芸者が使う麻薬の一種だ。剄路を強引に拡張して、ついでに剄脈を刺激する化学物質を押し込んで剄の量を増大させる作用がある。
・・・当然、その優れた(と言うにも疑問はあるが)効果に比例して副作用もでかい。
その事を聞いてロスさんは奇妙な顔を浮かべた。
「剄脈加速剤を使用した・・・と言う事は、一応自分が不出来な存在だったと言う自覚があったと言う事ですか?」
何だかロスさんが言うと、人格含めて存在の根本から全否定してるみたいでアレだけど、まぁ実際その通り。
「調書とって解ったけど、何かグレンダンでも周りから馬鹿にされてたんだとさ。あそこで武芸者やってて才能が無いってのは、本当に悲惨だからねぇ」
「悲惨、ですか」
良く解らないという顔でロスさんが首を傾げる。
そう、本当に悲惨なのだ。
ウデがなければ戦いに出られない。しかし出れなくても、武芸者であると言うだけどそいつには補助金が出る上、配給食等は一般人から比べて、優遇された物が与えられるのだ。
「僕らの世代が物心付いた頃は、グレンダンでは食糧危機が起こってまして、結構色々厳しい生活を強いられてたんですよ。特に末端の人間は」
それなりに食えていた僕でさえ、当時の貧しい経験があったせいで、素直に武芸者の誇りと言う物を実感できない、ある意味歪んだ武芸者に成長してしまった。
武芸者であるのに武芸者の役目を果たせず、周りの人間から非難の目を向けられていた幼年期を過ごしていたとしたら、それはきっと、歪な人間に成長してしまう事だろう。
だからと言って一般時を巻き込んで犯罪を起すような馬鹿は情状酌量の余地も無いんだけど。
「今回の学則の変更も、結局は彼が起した事件が問題だと判断されたからですしね」
未熟とはいえ武芸者は武芸者。一度暴走すれば一般人には太刀打ちできない存在である事は間違いない。
精神的に未成熟な新入生たちに、錬金鋼等と言う危険な獲物を持たせるのはいかがな物だろう。そういう判断が働く事は間違っていないと個人的には思う。
「おかげで面白い人とも知り合えましたしね」
僕は立ち上がり、ロスさんに剣帯に刺した錬金鋼を示した。
「面白い、ですか。・・・そう言えばそれ、支給品じゃないですね」
ロスさんも立ち上がる。テーブルの上のレシートを拾い、容赦なく僕に押し付けてきた。
「そう言えば、見るの初めてでしたっけ?ええ、似たような事を考えるのは何処の都市にも居るんだなって思いました。もっとも、コレを作ってもらったのと引き換えに、しばらく実験に付き合わされる事になりましたけど」
見ますか?と聞いてみたら、ロスさんに、やっぱり貴方のせいで学則が変更されたんじゃないですかと釘を刺された。
レジ打ち担当のウェイトレスさんは凄く嫌そうな顔で又お越しください、と言ってくれた。
帰宅するロスさんと別れて都市警の『強行警備課』の事務所を目指し人通りの少ないオフィス街を歩きながら、僕は剣帯から抜き取った錬金鋼を復元していた。
新しい玩具を買ってもらった子供のようで恥ずかしいのだが、手に馴染む感触があると、やはりどうしても嬉しくなってしまう。
幾つもの長方形の薄い板を重ね合わせて一つの直方体として形成し、それを一点で纏めて扇状に開けるようにした―――、そう、鉄扇だ。
扇を構成する金属板の一枚一枚が、それぞれ紅玉、翡翠、黒金と違う素材の錬金鋼となっている。待機状態に戻してしまえば一つの金属質としてしまえるという特殊な配合をされた、僕の実家の劇団で秘蔵としていた錬金鋼と、ほぼ同じ仕様の錬金鋼だ。
「まさか、作れる人が居るとはねぇ」
あの車椅子の、ロスさんに勝るとも劣らない毒舌をした錬金鋼技師。
世の中広いなどと、当たり前のことを考えながら、その事件の日の事を思い出していた。
※ そんな感じで9話へ続く。
今回の話は言い訳+原作ネタ。
チラ裏なこの作品に感想を下さる皆様、何時も感謝しています。いやマジでマジでw
おかしいなぁ。キリクさんとシャーニッド先輩とかが絡む、深夜のバトルアクション回になるはずだったのに。
何でフェリ先輩と茶をシバいてるのこの人・・・!?
(4月24日追記)色々突込みが入ったので後付で修正しました。
このSS、ノン・プロットなのさ・・・・・・orz
まだ間違ってたら突っ込み宜しくお願いします。