- いつか、どこかで -
ツェルニは学園都市である。
若者しか居ないその都市にとって、伝統や文化と言うものは、どちらかと言えば古臭くて自らを縛るものとして倦厭されるきらいがある。
で、あるならば最も各都市の伝統、文化性が反映されるであろう祭事に於いて求められるものは、先進的な流行を追い求めたものである事が多い。
それが新年の祝賀ともあれば、司祭が厳しい面を浮かべて祝詞を紡ぐ事など退屈極まりなく、欲するものは干からびた古臭い雅楽などではありえない。
風船が一斉に放たれ、レーザー光線がエアフィルターに色鮮やかに反射して、この日のために機械科が用意した小型の飛行船が、紙吹雪を舞い散らす。
街路を生める群衆は、電飾で飾り立てられた車両の上で踊る”舞”芸科の女性徒たちに喝采を上げ、ソレを囲う楽芸科の奏でる華やかな音楽に歌い、踊る。
夜通しで、それは新年の祝賀と言うには華やかに過ぎるパレードであった。
日付が変わり、新しい年が始まる事を、自らの望む形で祝いつくす。
ソレがこの学園都市ツェルニに於ける、新年一度目の夜の過し方だった。
「そんな良き日に、こんな場末の喫茶店でコーヒーを啜る事しか出来ないなんて、寂しい人ですねぇおハルさんは」
「ははは、外を見れば馬鹿ップルどもが楽しそうに練り歩いているのに、こんな店の片隅でブッシュドノエルを追加注文をしているロスさんには適いませんよ」
あと、店の中で場末とか言うのはどうかと思う。只でさえ一度出禁を食らった店なのに、此処。
新年だから普段は行っていない深夜営業をしている喫茶店で、新年なのに何時もと変わらずロスさんと紅茶を啜っているこの僕、カテナ=ハルメルンな訳だが、実はこんなところで時間を潰していられるほど暇ではなかったりする。
「いい加減、ソレ食ったら仕事に戻らせてもらえませんかね」
消極的にロスさんにお伺いを立ててみるのだが、彼女の口調は新年だと言うのに何時もと変わらず冷めたぞんざいなものだった。
「喧嘩は祭りの華と言ったのはカー君ではないですか。都市警がわざわざ出張るなど、パレードに水を差す空気を読めない行為ですよ」
そう、都市警の巡回中だったりするのだ、僕は。
その日、礼儀正しく都市警察本部に顔を出した僕は、年の瀬だと言うのに仕事机の上に書類を溜め込んでいる上司から一つ仕事を頼まれた。
咥えタバコ以外の何物も似合いそうに無い上司から、わざわざこの一番面倒ごとが起こりそうな新春パレードの時間に警備に割り当てられているのである。
因みに後輩の元気な女子は、流石に可哀相だと仕事から外されている。
この仕事に疲れた中年のオッサンにしか見えない上司にも、年頃の少女に友達と一緒に新年を祝わせてやる程度の配慮は出来るらしい。
今頃彼女は何時もの三人組で、パレードの一部と化しているのだろうか。
どうせ三が日が終わる前から忙しい筈なんだから、年初めくらい暇で居させてくれと嘆願してみても、行きつけのバーへと向かおうとする上司は全く聞き入れてくれなかった。まぁ、ようするに上司は上司でやる気が無いと言うか、どうせ何か起こっても、パレードの主催である学生会の責任になるだろうからと、いじけ気味なのである。
そう、このパレードの警備は、何故か意味もなく選抜小隊が参加していたりする。礼装に身を包んだエリート達を道に並べておけば、祭りの華にもなって一石二鳥とでも言いたいのだろう。
確かに、こんな祭りの夜にまで忌々しい都市警察の腕章付きの生徒など見たくもないだろうし、やりようは解る。
でもどうせ、何かトラブルが起こったら責任が都市警察に擦り付けられたりするんだろうなぁと言うことなので、僕は上司からトラブル発生時の言い訳―――目撃用だ、ようするに―――としてパレードの巡回警備を押し付けられたのだった。
なんという理不尽。
そして更なる理不尽が、仕事中の僕をひっ捕まえて客の全く入っていない喫茶店に連れ込んで財布代わりにボンコパンを注文している目の前のお嬢様だったりする。
ごめん、店員さん。僕らが居なければ外に出てパレードの見学にいけたのにね。
ホントマジでごめん。売り上げには貢献する。
「やる気も無いくせにやる気あるフリをするのは悪い癖だと思いますよ、カー君。どうせ貴方が居なくても、貴方を便利使いしたいであろう何処かの眼鏡が口裏あわせとかするはずですし、心配無いですよ」
「その口裏あわせのせいで貸し一つとか言われて何か無理難題を押し付けられると怖いから、とっとと仕事に戻りたいんですけどね」
言葉と共に突き出されたフォークに刺さったジョーヌジョーヌのカケラを咥えながら、僕は言った。
いや本当に、詫び代わりに小隊に参加してくれとか今更言われても、全力でお断りですから。
僕には集団行動は、やっぱり向いてないし。
とは言うものの、実は動く必要も無いのだなと言うのは僕は理解していたりするのだ。
新年だと言うのに晴れ着も着ずに何時もの制服姿のロスさんの腰に巻かれた剣帯の”中身”は、何故だか桜色に発光しているし、外のパレードの景色を美しく見せるためか、店内の照明は抑えられて居る筈なのに、何故だか僕達が座っている片隅のテーブルだけが、淡い明かりで満たされている。
「……念威使いながらケーキ食うとか、燃費悪すぎません?」
思わず言ってしまったら、思いっきり脛を蹴り上げられた。
痛い、久しぶりに食らったせいか、超痛い。
「そのうすら馬鹿のような言葉、不愉快です」
ロスさんは不機嫌そうに口を尖らせていた。
うすら馬鹿、ね。まぁ、そろそろ長い付き合いだし、お互いどんな時にどんな態度をするかぐらいは、解るか。
つまり遠慮と労わりは違うと言う事で、僕はこの目の前の愛らしい少女の努力を、今侮辱してしまったと言うことだろう。
―――ロスさんはこの時間を、大切にしようとしてくれているのに。
「……僕も、制服にすればよかったかな」
花吹雪のあしらわれた自身の着物姿を見下ろしてため息を吐いた僕を、ロスさんは鼻で笑い飛ばした。
「今更、ですか? 生徒だったのは大分昔の事でしょうに」
「いやいや、昼に銀髪眼鏡のところに顔だしたら、休学扱いで学籍残ってるとか言われましたよ。……いや、だからと言って久しぶりに会ったヤツにいきなり仕事を押し付けるガレンさんとか、人の得物を奪い取ろうと目を血走らせるセロンさんとかは正直どうかと思うんですけど」
いや、本当に。特にセロンさん。技術者ってのは未知の物に対する探究心が強すぎる。
……まぁ、会って早々喧嘩―――本人曰く訓練―――を吹っかけてきた何処かの小隊長よりはマシなのだろうか。バトルか技術か知らないが、ジャンキーである以上どっちもどっちだが。
帽子の人は笑うだけで役に立たないし。
そんな話をおどけながら続けていると、何故か目の前のお姫様は不機嫌になっていった。
「……久しぶりにツェルニに戻ってきたと思ったら、そうですか。そうやって男友達と遊ぶ事の方が重要ですか」
―――何より?
それはフェリさんの口からは語られなかったけれど。
自惚れじゃなくて、僕には理解できたんだと信じたいから、僕は自然と微笑んでいた。
そんな反省のカケラも無い僕の態度に、フェリさんは眉根を尖らせた。
薄く紅色に染まった頬が、可愛いなぁとそれこそ馬鹿のように思ってしまうのだから、僕はやはり相当参っているのだろう。
―――何に、とは聞かないで欲しい。
それこそ新年から、ご馳走様などと言いたくもあるまい。
いやでも、本当に。
必要も無いのに仕事の肩代わりとばかりに念威飛ばしてくれてるところとか、愛らしすぎてどうしようもない。
喫茶店の全面窓の向こうに見える、高い建物の屋上からこちらをピーピングしているロンゲとかにも分けてやりたい愛らしさだ。……実際分け与えたら気持ち悪い事しかりだろうが。あと、一緒に覗きしながら気まずい思いするくらいなら、そのロンゲを止めろよ天剣授受者。
「―――ハハ」
「なんですか、突然一人笑いとか。モテない生涯独身男みたいで気持ち悪いですよおハルさん」
「ああ、いえ―――すみません」
あまりにもツェルニらしい、ひたすらにこの場所らしい情景に、突然胸の奥底から笑みが沸いてしまったのだ。
何よりも目の前の女性が、僕をこうして好き勝手に振り回してくれる事こそ、その事実がとても、笑い出したいくらいに、嬉しい事。
腹の中でとぐろを巻いていた何かが、若いなとため息を吐いたように聞こえたけど、そんなものは知らない。
そうとも、知らない。
今日は新年、此処はツェルニで、外ではパレードだ。
目の前には美少女が居て、僕は一人身の男で、外には楽しい事がきっと沢山あって。
―――それが、一夜の刹那で消えてしまう夢のような時間であっても。―――そうであるから、こそ。
たちあがり、手を差し出す。
銀髪の姫君に、芝居のように、芝居よりも芝居がかった仕草で。
僕と一緒に、今年一年の始まりを、どうか祝ってもらえないでしょうか、と。
突然立ち上がって口上並べ立てる僕の態度に、ロスさんは困ったように笑って、それから、そう、言ってくれるのだった。
何時ものように。
―――何時かのように。
私の言葉は決まっているのに、そんな事も解らないのですか?
ソレから最後に一言を。
「本当に、馬鹿ですねぇ。おハルさんは」
今年もきっと、いい年になるのだと、僕はそう思ったのだ。
― いつか、どこかで:End ―
※ 新年、明けましておめでとうございます。
Arcadia様の存在を知り、二次創作活動を再開したのが去年の4月。
こうして年を跨いでもソレを続けていられると言うのは、偏に皆様のお陰で御座います。
その感謝を込めて、新年第一度目の一筆を執ってみましたが、如何でしたでしょうか。
全てこの場を用いての即興でくみ上げていますが、自身で読み返してみると、まぁ、今年も何時もどおりと
その一言で語れてしまうかもしれません。
それもまた、由。
現在連載中の二次創作のほうも、何処まで続くかはわかりませんが、どうぞ宜しくご贔屓にお願いします。
それでは、今年一年、どうぞよろしくお願いします。
2010年1月1日 中西矢塚