学園都市に到着して二日目の夜。
僕は都市外装備を装着し、ランドローラーで荒野を爆走していた。
視界には、遮断スーツのヘルメット越しに、チラチラと汚染物質が舞い散る枯れた大地が映る。
あるぇ~~~~?
・・・おかしいなぁ。
こういう風景を見たく無いからグレンダンから逃亡した筈だったのに。
『指揮車より新人。調子はどうだ』
耳元のスピーカーから野太い声が響く。
「ヘルメットがかび臭いです。あと、スーツのサイズが合ってなくて動きづらい」
『仕方あるまい。都市外装備なんて使うのは俺も初めてだ。あと、小さすぎて動いた時に破けてしまうよりは良いだろう』
備品庫の奥から引っ張り出してきたものだからなー、などと豪気な笑い声が伝わってきた。オイ、虫食いで破けてたとかは勘弁してくれよ。
『とにかく、目標までは後二キロを切った、ランドローラーのヘッドライトを消して、以下は手順どおり念威操者のサポートに従え』
了解。ため息一つついて、スイッチ操作をしてヘッドライトを消すと、文字通り視界ゼロの漆黒の領域が誕生した。
舗装などと言う言葉はどこかに置き忘れてきた荒れた大地にタイヤが食い込み、ランドローラーの車体がガタガタと揺れる。
『サポート入ります』
スピーカー越しにノイズ交じりの声が届く。
視線を右上に傾けると、うっすらと発光する花びらのようなものが見えた。
念威端子だ。
『前方五百メイル、障害物確認できません。そのままの速度で進行して下さい』
目標に悟られないため、明かりを消して念威操者のサポートだけを頼りにハンドルを握る・・・握るんだけど、ちょっと待とうよ。
なして音声ナビだけやねん。
視覚補正は?ねぇ、端子の映像データヘルメットのバイザー越しに投影するとか、念威サポートの基本じゃ無いの!?
何が怖いって、周りに居る(筈)の先輩方がこの状況に何も文句を言っていない事が一番怖い。
つまり、彼らにとって念威操者のサポートとはこのレベルが普通ってことだ。
「・・・学生武芸者、ほんとに侮れねぇ」
『・・・?な・・か、言・・・し、か?』
「・・・・・別に何も」
ため息を一つついて、僕はアクセルを握りこんだ。
自分で意識を広げて獲物の気配を探った方がよっぽど早いって、どうなのさと嘆きながら。
この荒野で頼りになるのは結局自分ひとりだって、今更ながらにそんな当たり前のことを思い出していた。
「キミか、都市警で働きたいという新人は。武芸科?小隊に入って無いってことは訓練で拘束される事も無いからシフトの融通も利くだろ?おお、キミは実戦経験もあるのか。・・・何?都市外戦闘もアリ、と。よし、じゃぁ今日の仕事の件だが・・・」
働くなら、自分の得意分野を生かした方が手っ取り早い。
自分が得意なのは何かといえば、戦う事と舞う事くらいだが、生憎劇場の下働きの儲からなさは良く理解していた。
そんな訳で、自分の得意分野を生かしつつ、余り頭を使わなくても良さそうな仕事と言う事で、都市警察を稼ぎ場所として選んでみたわけだ。
ロスさんの家まで荷物を運んだ後(お兄ちゃんとは合わず終いだった)、都市警察の事務所に顔を出したら早速面接が始まった。
面接官は課長補佐のフォーメッド=ガレン先輩。ごっつい見た目に反して養殖科の人だった。
で、面接が始まった・・・始まったと、個人的に思っていたのだが、気付いたら今夜のガサ入れのミーティングが始まっていた。
良いのかこんな適当でと愚図ってみたら、ガレン氏は俺は使えるものは使う主義だと豪快に笑っていた。良いなぁ、人生楽しそうで。でもどう見ても成人男性にしか見えないのですが、ホントに学生かアンタ。
犯罪者の根城への強行突入においては、危険手当も出るらしいと聴けばこちらも特に否応は無い。若干、こっちの戦力がアレ過ぎる関係上、相手がプロの武芸者とかだったら怖いよなぁとか思いましたけど。
『前方の崖下10メイル東側500メイル先、時速20キロで移動中の放浪バス確認。脚部の一部が動作不良。仕掛けは正常に作動した模様』
『よし、予定通りだな。新人、やる事は理解してるな』
「・・・・・50まで近づいたら崖下に急行。同時に片面の脚部を破壊して放浪バスを横倒し。その後先輩方が窓突き破って強行突入、ですよね?なーんで海とも山とも付かない新人に特攻隊長やらせますかね」
しかも自分は指揮車にふんぞり返ってるし。錬金鋼を復元しながらため息を吐く。
『使えるものは使う。出来るヤツがやる。それが俺の主義だ。コレでも人を見る目はあるつもりでな、お前さんは相当「できる」側だろう?』
「・・・いざやる時に困らないように努力はしてます」
『それだけ気の利いた返しが出来るなら心配は要らんだろう』
ガレン氏はよろしく頼んだぞと言って通信を終えた。
一日に続けて二人も変な人間に絡まれるって、今日は厄日か何かだろうか。まぁ、こういう明け透けな人間は嫌いではない。
「だからといって、ねぇ」
誰とも無く呟いて、復元した錬金鋼を弄ぶ。
鉄撥。
こんな事ならせめて刃物にしておくんだったと後悔している。
刃物の形をしていれば、放浪バス相手にゼロ距離格闘とか挑まなくても、ここから斬頸飛ばして足をぶった切るだけで済んだのに。
捻り込む要領で衝頸打てば旋風とか起せるだろうか?
ダメだな、放浪バスを横倒しにするような旋頸を放とうとしたら、未調整のこの錬金鋼じゃ圧解する。
それに頑張りすぎると、後々面倒な事になりそうだしねぇ。
周りで同じように崖下を睨みながら待機している先輩方を見るに、この学園の武芸者のレベルが本当に、その、まぁ、たいしたこと無いってのが知れてくる。
平穏無事に生きるためには、周りに合わせて適度にサボる事が重要なのだ。
無理に頑張りすぎて、例えばグレンダンで言う天剣授受者みたいな信仰の対象にでもなったらたまらないものね。割に合わないよ。
そんな事を考えているうちに、いよいよ目当ての放浪バスが見えてきた。
待機している先輩方の頸が、緊張で絞まるのを感じる。
今回の都市警察の獲物は、流通企業の輸送バスに偽装したデータ専門の密輸組織の本拠地となっている放浪バスである。
都市内で抑えてしまうという手もあったが、いっそ外で仕掛けたほうが全員まとめて逃がさずに捉えることが出来て都合が良いと、こうして些か豪快な作戦が発動されたのだった。
『作戦開始まで、後54・・・53・・・52・・・1、作戦開始』
思考を閉じる。頸だけに体を委ねるように。
全身を走る頸路に過分無く頸を漲らせ、10メイルの崖を滑り降りる。
崖下に落着と同時に放浪バスに向かって突撃。バスの内部で発頸を確認。
無視だ。どうせ遮断スーツを着ていなければ何も出来ない。
一直線にバスの足元に駆け込み、鉄撥を振りかぶりながら頸を一気に練りこむ。
衝頸。
「強奪された全データは奪還。犯人は全員検挙して、罪印を押して放浪バスに置き捨ててきた。しかし、バスの応急修理をしてやったのは慈悲が過ぎたかもしれんなぁ」
無事、作戦を成功させてツェルニに帰還した僕ら特攻部隊を、崖の上から悠然と眺めていたガレン氏は満面の笑顔で労った。
「連中が別の都市でかき集めていた秘蔵データも手に入った、ついでに都市間犯罪シンジゲートの構成図も解析できたから、これは都市間警察連盟に高く売れるぞ。オマケに使える新人まで手に入って、万々歳じゃないか、なぁ?」
・・・ここまで割り切った考え方をされるといっそ清々しい。
この手のタイプは貸しておけばしっかり返してくれるタチだし、仲良くしておいて損は無いだろう。
「それじゃぁ、本部に帰還したらヘリッドとか言う偽装商店のガサ入れの件を――――――――」
・・・・・・損は無い、よねぇ?
そう言えば新人、キミなんて名前だっけと肩を叩くガレン氏を横目に、僕は安易にバイト先を決めたことを後悔し始めていた。
※とりあえずバイトまで決定。来年の死亡フラグ頻出期に向けて、徐々にフラグを積み立てていくのであった。
ところで、都市警察って良く解らんけど、やっぱ全員武芸者ではあるんだよね?
後、感想板で指摘のあった、新入生は帯剣不可って言うのは、来年から学則に変更があったってことにして置いてくださいorz
もしくはアニメ設定で。