― サイレント・トーク:Part5 ―
『カテナか。今すぐ第七地区の14番街路沿いにある外来者専用宿泊施設へ向かってくれ。近くへ行けばお前なら張っている連中の剄で解るだろう』
「はぁ。ところで課長閣下はわたくしめが謹慎中だと言うのも解っていますよね」
だから暇だろう?
その一言で通話は終わった。
謹慎中で授業に参加する事も出来ず、何もやる事が無いからと自室でひたすら読書としていたら、これまた謹慎中なので顔を出していなかった都市警のオフィスから端末に通信が入った。
暇なら仕事しろ。ガサ入れするから。
使える物は何でも使うと言う実にガレンさんらしいやり方なのだが、謹慎中に仕事をした場合ってどうなるんだろう。ボランティア扱いでギャラは出ないのか?・・・・・・出ないんだろうなぁ。
等と考えながらも、体が勝手に出かける準備をしているのだから、僕もいい加減あのオフィスの空気に毒されてきていると思う。
剣帯に鉄撥だけを挿して、僕は自室を後にして夜の街へ飛び出した。
「・・・で、何でキミが居るのさ」
「あはは、どうも・・・」
宿泊施設の周囲、機動部隊の待機場所で私服の僕を出迎えたのは、ちょっと緊張した雰囲気のあるゲルニさん。そういえば、彼女はドンパチは初めてだっけ。
「お疲れ様ですカテナ先輩。その、課長がどうしてもって依頼しまして」
ゲルニさんは隣に立っている人物を見て苦笑いを浮かべていた。そりゃ、僕だって笑いたいわ。
「下手人を粉微塵にでもしたいのか、あの人・・・」
「なんでも、小隊員を導入できるケースなんて滅多に無いんだから、どうせならって事らしいです」
小隊員のエリートは都市警察に協力なんてしないとかそういう問題じゃない。そこに居たのは老性体退治専門の天剣授受者だった。
「アルセイフ・・・。トモダチのたのみだからってひょいひょい受けてないで断ろうよ」
「いえ、ナッキ達には何時もお世話になってますし。それに、せっかく君で無いと駄目なんだからとか言われたんですから」
アルセイフは照れた様に頭をかいていた。
君で無いと駄目、ねぇ。そりゃあ駄目だろう。あの人の言葉にホイホイ乗せられる小隊員なんて、コイツくらいしか見つかりそうに無いもの。コイツもこんなだから、腹黒眼鏡ごときに良い様に使われるんだよなぁ。
人がそんな風に気にしてやってても、アルセイフはどう考えても解ってない風に笑っているだけだった。
「カテナ先輩こそ、謹慎中なのに、平気なんですか?」
アルセイフがそうに伺ってきたが、そんな事は僕の方が聞きたいくらいである。
「まぁ、暇だから個人的には良いんだけど・・・アルセイフが居るんだったら、どう考えても僕は過剰戦力だよね」
「スイマセン、私がお願いしました」
僕が肩を竦めて答えたら、ゲルニさんが申し訳なさそうにそう言った。
「ゲルニさんが?・・・えっと、僕にこのドンパチに参加するように?」
「その、積極的にこういった治安維持活動などに貢献していれば、謹慎解除も早まるんじゃないかと思ったんです」
それはまた。
ありがた迷惑・・・等とは、流石にいえない。言ったらアルセイフにズバっとやられそうだし。
「そういえば、カテナ先輩って何時まで謹慎なんですか?あと、何で先輩だけ謹慎で、僕には何も無いんでしょう」
路肩の壁によりかかってアンパンを齧っていたアルセイフが、思い出したように聞いてきた。
こいつ、解ってなかったのか。
出会ってからこっち、気づいた事何だけど、アルセイフって政治的な理屈とかに無知過ぎないか?
天剣授受者、王宮に住まう立場の人間なんだから相応の権謀術数に晒されながら生きてきたんだろうに。僕は剣だけ振っていれば良いやとか、実は本気で思っていたとか・・・ああ、思ってるから人前で全力でズバっとなんて出来るのか。
以前ゲルニさんに話した面倒な理屈を語って聞かせてやったら、アルセイフはぼへーっとした顔で感心していた。
コイツ、絶対解ってない。そう言えば、授業中は良く寝てるってゲルニさんも言ってたか。
遠目で見ていた天剣授受者のイメージが、コイツにあってからガラガラ崩れていく感じである。
「・・・大体、お前は小隊訓練とかで疲れてるんじゃないの?」
何となく自分の気持ちの問題で、天剣授受者をこんな瑣末な事件に招くのは気が引けていたので遠巻きに帰れと言ってみたが、アルセイフには全く伝わらなかった。苦笑している。
「本当だったら先輩も一緒に訓練してますよね」
なのに仕事で都市警察に居るじゃないかと言ってくれた。
ゲルニさんも居る手前、訓練は手を抜いているからとか、とても言えない。尊敬される先輩ってポジションも結構面倒だなぁと思い始めている今日この頃である。いやさ、今更引く気は無いけどさ。
「でも本当に良かったのかレイとん。機関部の清掃のバイトもあるのに」
「ああ、そう言えば。お前確か毎晩シフトに入ってるとか言ってなかったか」
ゲルニさんの言葉に追従してみると、アルセイフは首を横に振るだけだった。なんでも、ガレンさんが手を回したらしい。その無駄な労力を、少しは僕を労わる事に向けてくれないだろうか。
そんなどうでもいい事を考えていたら、アルセイフが、あ、と一声上げた。僕を見る。
「そうだ、先輩。ニーナ先輩から伝言なんですけど"すまない"だそうです」
「・・・すまない?」
言われて、首を捻ってしまった。
まぁ確かに、小隊に参加しているという事実辺りを謝ってほしい時もあるが、それはどちらかというと銀髪眼鏡に求めたい問題だ。
「アントーク隊長に謝られる様なことって、僕、何かされたか?」
さっぱり思い当たらなかったのだが、アルセイフが何故かジト目になって僕を見ていた。
「・・・ニーナ先輩、生徒会長に直訴したんですよ。先輩の処罰の件で」
「・・・ああ」
まだやってたんだ、と続けようとして、本気でズバっとされそうだから止めておいた。気のせいかゲルニさんも冷たい目線になってる気がするし。
「とは言え、この処分に関しては眼鏡と僕とで、ついでに武芸科長も交えて話し合って決めた事だからな。多分、次の都市戦で勝利して恩赦でも出ない限り、小隊復帰は無理なんじゃない?」
「・・・武芸科長まで噛んでるんですか?」
解りきった事という感じで話す僕の言は、真面目なゲルニさん達には伝わりにくい物だったらしい。善行には相応しき報いを、と言いたいのだろうが、中々どうしてそうもいかないのが社会と言う物だ。だいたい、僕とアルセイフだけで何とかしたって事になったら、この都市の武芸者の信用なんて今度こそ地に落ちてしまう。余りにも呑気すぎて忘れかける事もあるけど、この都市が所有するセルニウム鉱山は残り一つしかないのだから。
「だから、まぁアントーク先輩にはお疲れさまですって言っておいてくれ」
「・・・自分では言わないんですね」
僕の答えに尚もアルセイフはジト目をしていた。
うん、良かった。お疲れ様って全然感謝の言葉じゃないって事には気付いていないらしい。
「元々生活リズムが違う人だからなぁ。講義も学年が違うし、職場も違うから僕と隊長って訓練場でしか合わないんだよな。・・・・・・と、言うか。僕は多分、あの人に避けられてるんじゃない?」
「ニーナ先輩が誰かを避ける姿って、あんまり想像がつかないんですけど」
不思議な顔をしているアルセイフに、先日にセロンさんの研究室であった話をしてやる。
七色水晶錬金鋼を再現するために僕とセロンさんは喧々囂々言い合いながら鋼材の内部構造を決めていった時なのだが、そこへ訓練着のままのアントーク隊長がやってきたのだ。
アントーク隊長は、ハーレイ。錬金鋼の調整を…とそこまで言ったところで、僕の存在に気付いた。
そして僕を、何か苦い物を見るような目で見た後、邪魔したなと一言告げて研究室を後のしていった。
因みにセロンさんは、何時ものように空気を読まずに自分の作業に没頭していた。
「…そう言えば、何であんな遅い時間に訓練着だったんだあの人」
話していたら思い出したが、確かもう日付を跨いだ時間だったはずだ。
「カテナ先輩、それ何時の話ですか?」
気になる事でもあるのか、アルセイフがちょっと深刻そうな顔で聞いてきた。三日前と答えてやると、アルセイフは食べ終わったカレーパンの袋をくしゃりと潰して何か考えている風だった。
「どうかしたのかレイとん。単純に、自主トレをしていただけじゃないのか?」
「時間が遅すぎる。ニーナ先輩は最近、錬武館での訓練中に動きが悪いし何処か注意力が足りていなかった。…ひょっとしたら、長時間無茶な訓練を一人でして居るのかもしれない」
ありそうな話だと思う。特に、あの隊長なら。
「でも、レイとんの言っている隊長って、あの三年生のニーナ=アントーク先輩だろ?あんなしっかりしてそうな人が、自分の限界を超えた無茶なんてするかな?」
ゲルニさんの一見尤もと思えるような言葉に僕は肩を竦めて否定した。
「逆だよゲルニさん。…むしろ、しっかりしているように見える人ほど、気付かないうちに無茶をしている物なんだ」
特に、あの人は今は追い詰められているだろうから。
汚染獣との対峙で存分に無力感を味わっていた時に、どうもレイフォンと鉢合わせていたらしい。プライドの高いあの人にとっては、まともではいられない様な状況だろう。
「…少し、心配してやった方が良いかな」
僕がポツリとそう呟くと、ハニートーストを咥えていたアルセイフが、何か見てはいけないものを見てしまったような顔をしている。
「…カテナ先輩。一体どうしたんですか」
なんだその深刻そうな声は。憮然としていると、アルセイフは慌てて言葉を付け足してきた。
「だってこの間話したときは、放っておけみたいな事言っていたじゃ無いですか」
ああ、そんな事言ってたっけ。いやでも、気にしてやったほうが良いだろうに。目を剥くようなほど意外な事言ってるか?
「良いじゃないかレイとん。折角カテナ先輩もこう言ってるんだし、気になってるならちょっと調べてみようよ」
ゲルニさんが笑顔でそう言った。そして、その笑顔のまま僕にも言葉を継げる。
「先輩も、それで良いと思いますよ。少しずつ他人を心配していてくれた方が、見てて安心します」
ゲルニさんはそこで一回言葉を区切って、少し深呼吸をした後、続けた。
「先輩は何時も、遠くから見ているだけって感じでしたから。少し近くに来てくれた気がして、周りに居る人間としては、安心できます」
その言葉に答える間もなく、どうやら下手人たちが動いたらしい。ゲルニさんとアルセイフは僕をおいて行動を開始していた。
僕は一人で路肩に立ち尽くして、今のゲルニさんの言葉を反芻していた。
遠くから、見ているだけ。
そうなのだろうか。そうかもしれないなと、思った。
そしてそれを、特に悪い事だとは思って居なかった筈だ。少なくとも、少し前までは。
『―――良いかいグレイホルン。キミは決して、縁を求めてはいけない。なぜなら、それは―――』
特に悪い事だとは思って居なかった。少し前までは。
でも今は、どうだろう。
少しそれは、いけないんじゃないかと、少しだけ。
僕はこの日初めて、自分が"そこ"から逃げ始めているのだと、実感した。
※ 色々な所で微妙にフラグをへし折って歩いている気がする。
感想で『周りに剄を這わせるんだったら錬金鋼じゃなくても良いんじゃね?」と言う突込みがありましたが、
やっぱ普通にそう思いますよね。
つーか、そもそも剄を錬金鋼に込めるとどうなるんだと小一時間(ry