― サイレント・トーク:Part4 ―
「笑い話にもならんな」
「いや、その、何と言いますか」
「ハン、薄々何かあるとは思っていたが、馬鹿にしているのか貴様。なんだこの異常な数値は。完全に内側から圧解しているぞ」
高速で幾何学的なグラフをスクロールさせていく三面モニターから眼を離すこともせず、セロンさんは僕の間誤付く言い訳をあっさりと封殺した。
ある平日の、セロン&サットン共同研究室。
先日に汚染獣を摩り下ろした折に完全に鉄屑に変わった錬金鋼を修理するために顔を出した僕を出迎えたのは、セロンさん一人だけだった。サットン先輩の姿は無い。ついでに、彼が何時も弄っていた馬鹿でかい大剣のモックアップの姿も無かった。遂に処分したのだろうか。
それはともかく、汚染獣殲滅から遅れる事一週間、漸く研究室に顔を出した僕を待っていたのは、僕の(錬金鋼の)専属技師キリク=セロン氏の説教だった。
来るのが遅い、メンテは定期的にしろと言っているだろう。と言うかお前、封印解除に来なかったな、など等からなる説教を平謝りで切り抜け、じゃぁ調整してやるから錬金鋼出せとのお言葉が当たり前のように下ったわけだ。
で、溶け崩れた鉄の塊になった鉄扇に目を剥き、そして何事も言うことなく手早く調整器具を取り付けていったセロンさんだったのだが、欠損だらけのデータが次々にモニタに表示されるに当たり、遂に放ってしまった言葉が前述の通りとなる。
「一年のレイフォン=アルセイフだったか。ヤツと言い貴様と言い、何なんだ。グレンダンと言うのはそういう場所なのか?」
「それ、エリプトン先輩にも似たような事言われましたね」
苦い顔をしながら端末を叩き続けるセロンさんに、苦笑いをしながら答える。
「エリプトン。17小隊のシャーニッド=エリプトンか。…言いたくもなるだろう、こんな物を間近で見せられれば。特にお前の剄の出し方は…いや」
直線的な言動が多いセロンさんに似つかわしくない事に、言葉は途中で途切れてしまった。
だが、僕には言いたい事は理解できた。
「ああ、異常ですよね。普通の武芸者だったらそんな突然跳ね上がるような数値は出せませんし」
カラカラと笑う僕に向けるセロンさんの視線は、もっそい冷たい物だった。そりゃそーだとは思いますが。
「貴様は自分の異常性を認識しているのか?」
「それなりには。…と言うか、僕にとっては正常ですから。何せ、生まれつきこんなです」
そう答えると、セロンさんは少し考えるように顎に手を当てた。そして、考えを纏めるように、宙に向かって言葉を放つ。
「剄路の怪に比べて、剄の総出力が余りにも低かった。まるで剄脈に異物が混入して剄を練り上げる事を阻害するかのように…。いや、そんな物が実際にあれば生体登録時に判明していた筈だ。貴様、本当に人間か?」
「少なくとも半分以上は人間のつもりです」
真顔で聞いてくるセロンさんに、たまに半分以上人間じゃなくなってるときもありますけどとは、流石に言えなかった。
「半分は…な。フン、ここまで異常な数値が過ぎると剄脈を二つ持っていると言われたとしても全く驚かんな」
おお、近い。ホント凄いなこの人と、僕は感嘆してしまった。
「まさか、本当にそうだとは言うんじゃなかろうな。馬鹿馬鹿しい。仮にそれが事実だったら、貴様は今頃どこかの研究所に押し込められている事だろう」
セロンさんは多分、ある程度の事実を認識した上で、僕にその事実は冗談にしておけと忠告してくれた。
でも、そうか。
研究所ではなかったけど、一つ処に押し込められてたってのは、紛れも無い事実なのかな。
少し離れてみてから解るようになった事だけど、普通、育ての親が屑だからと言って罪人部隊になんて配属されるはずは無い。
普通は配属されないのに、事実として僕はそこに配属されてしまったのだから、何か普通ではない理由があって然るべきだ。
そして、その理由は幾らでも心当たりがある。
ハルメルン。都市も、蛇も。そして、僕自身も。
でも、それなら簡単に逃がしたりするかな、とも思う。あそこから何も言わずに逃げ出して、少なくとも一年間は何事も無く過せていた。そして、一年経って遂にグレンダンからやってきたのが、アルセイフ。天剣授受者レイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフだ。
しかし、アルセイフがここへ来ざるを得なかった理由は知っている。ヤツはヤツ自身の、建前として不名誉な行為の咎のために、グレンダンを放逐されただけだ。ここへ、僕が居るこのツェルニへ流れ着いたのはたまたま、偶然に過ぎない。
…本当にそうか?
グレンダンの異常者が二人も、そして付いてみればここには銀髪の、また異常な能力の持ち主まで居る。
これで三人だ。狂った都市であるグレンダン並みの異常が、ひょっとしてこの学園都市にも存在するのだろうか。
心せよ。
さもなくば、因果に取り込まれるぞ。
腹の底から、軋むような声が響いた。
それを、首を振って心から追い払う。馬鹿らしい。世界が自分を中心に回っている等とでも言いたいのか、僕は。
「で、申し訳ないですけど錬金鋼の修理…って言うか、作り直し?いや、改良かなぁ。出来ますか?」
気を取り直して尋ねた僕に、しかしセロンさんは無体な言葉で返してきた。
「…無理だな。先に結論を言っておくが、貴様の瞬間的に大量…いや、異常な量の剄を放出すると言う体質に適合する錬金鋼は存在しない。白金だろうが赤色だろうが、この数値にあるとおりの剄の出し方をすれば錬金鋼はまた内圧で崩壊するだけだ」
複合でも駄目だろうなとセロンさんは忌々しげに呟いている。
「でも、実家で使ってた奴はちゃんと耐えられてましたよ」
開祖が天剣を返上した後、自らの天剣技を再現するために開発したと言われる劇団秘蔵のアレは、整備性は最悪だったが蛇君が全力で剄を練った時もちゃんと追従して来れた。…使い終わった後、熱して変色はしていたけど。
「ああプリズム…、七色水晶錬金鋼だったか?恐らくそれは、耐えているのではなく外へ逃がす事によって保っているんだろう」
僕の問いにセロンさんは自身の考察を述べる。
「ようは錬金鋼の内部結合率を極端に下げて、剄の伝導率を可能な限り上げているんだ。ビニール袋に穴を幾つも開けておけば、幾ら風圧を加えても破けはしないだろう?今回のコイツが崩壊したのは無理に剄を受け止めようとして、それで耐え切れなかったせいだな」
確かに、アレは幾ら剄を込めても直ぐに抜けていく感覚があった。
いや、でも錬金鋼から剄が抜けたら剄圧を上げても威力は上がらないよな。ああ、でも問題ないのか。
…そうか、問題ないのか。
「つまり、改善点はシンプルだな。伝導率が低いなら上げれば良いだけだ。可能な限り最大限、例え強度を犠牲にしても―――フン、精々ガラスに毛が生えた程度の強度になってしまうだろうがな。そんな物は錬金鋼とは認めん。汎用性が無さ過ぎる。俺が作りたいのは武器だぞ?何故美術品など作らねばならんのだ」
愚痴を言いながらも、新しい錬金鋼材にデータを入力していくセロンさんを見ることもせず、僕は意識を過去へと遡らせていた。
アルトゥーリアの技は、剄を錬金鋼の"外側"に被せるように化錬させて刃を形成している。
つまり、攻撃を行う時は錬金鋼ではなくその周囲に纏わせた剄で行うのだから、錬金鋼がどれだけ脆かろうが関係が無い。
それは、驚くほど僕に都合が良い特性だ。そんな偶然が―――ある筈が、無い。
『――――。この子を仕込みなさい』
そんな言葉を、何時か何処かで…いや、誤魔化すのは止そう。聞き覚えがある。柔らかな木綿の布に包まれていた赤子の時だろうが、生憎と僕には脳以外の場所にも記憶も意識も存在しているのだから。
だから、その言葉を言われた事を覚えている。誰から言われたのかも、何処で言われたのかも。
白亜の宮殿。その都市で、一番高いところ。華美というより無骨に成る、大広間。そこから更に、一段も二段も高い処、その御簾の向こうから。
赤子の僕を抱きとめているのは、育ての親のあの屑だ。屑は恭しく頭を下げて、僕を抱きかかえ、それから…。
忘れていたわけでは、無いのだ。
考えないようにしていただけで。過去に囚われていれば、どの道死ぬしかなかったから。
『何故って?慈悲よ慈悲。巻き込まれるのは確定しているのだから、精々死に足掻く程度の力は与えてあげた方が…え、何?思ってないわよ、その方が面白いなんて』
逃げ出したのを放っておくのも、その方が面白いから、か。
反吐が出る。出したところでどうにもならないのは解っているが。出した瞬間速攻でミンチだ。
はっきりしている事は、僕は全く逃げられていなかったという、単純な事実だ。そもそも僕は、何から逃げるつもりだったんだろうかと、今更ながらに考えてしまう。
核心をあえて知ろうともせずにただ何となく"そこら辺"から離れてみようと思っていただけだったのだろうか。
思い出すべきでは、無かった。僕は無言のまま作業を進めていくセロンさんをぼうっと眺めながら、そんな風に後悔していた。
『キミは決して、縁を求めてはいけない。なぜなら、それは巻き込んでしまうという事だからね。無限の槍衾。死ななかった事を後悔するであろう戦いの渦。キミが今立っているその場所に、巻き込んでしまうのは、嫌だろう?』
五月蝿い、黙れと。
そう言い切れる強さなんて、僕には在りはしなかった。
安寧は、必ずいつか終わる。アルセイフの存在が、汚染獣の襲来が、その証明だ。
之を宿しているという事は、既に戦う事を決定付けられているという事だ。あの、腹から髪まで何もかもが黒い女は、確かにそう言った。近づけば、巻き込むだけだと。
それでも、それでも近づきたいと思う人が居たとして、そうしたらどうすれば良い?
『良いじゃないですか、聞きますよ』
「…ホント、笑い話にもならない」
「…何か言ったか?」
僕の呟きを耳に留めたセロンさんが、背を向けたまま聞いてくる。
いえ、別にと、それを笑って受け流した。
笑い話にもならないよ、本当に。不意に浮かんだ、自分の答えに苦笑してしまった。
黒か白かといえば、白が好きだなんて、だから言う事を聞くなら、白の方だなんて。
笑い話にも、ならないだろう?
※ プリズム・ダイト=七色水晶錬金鋼。
毎度の事ですが、ダイトはオーパーツ過ぎて説明文に困るw
仕事がめがっさ忙しいので夕食休憩がてら急いで更新。
あ、気付いたらPV三十万突破に感想が六百間近。
ご愛読ありがとうございます~・・・って事で仕事に戻ります。