― サイレント・トーク:Part3 ―
「ふむ・・・・・・これは、美味しいねぇ」
「確かに。・・・・・・つか、アルセイフが作れなかったらどうするつもりだったんですか」
「貴方が作れば良いじゃないですか」
一種異様な光景である。
生徒会長公邸の夕餉のテーブルを囲むのは、その主人である生徒会長カリアンとその妹フェリさん。
そして何故か、僕とアルセイフである。
テーブルに並べられた料理は何故かやたらと芋が多い事を気にしなければ、全く問題ない出来栄えだった。
「独り身の男が作る料理なんて、誰かに食わせられるようなモノじゃないですよ」
僕は芋と鶏肉のトマトソース煮込みを食べながら、酷く不機嫌そうなフェリさんに言った。
「・・・カテナ先輩、遠まわしに僕の事苛めてますよね」
対面に座ったアルセイフが、しょげた声を上げる。考えるまでも無いと思うが、この夕食を支度したのは彼である。
と、言うか。
アルセイフ以外のこの場に居る人間に、料理なんて家庭的な行為が出来そうな人間が一人も居ない。銀髪兄妹がエプロンしながら料理をしている所など、想像するだけで笑ってしまう。僕?僕は自分の限界を知る人間だ。
「ところで一つ聞きたいのだが、カテナ君は何故ここに居るんだね」
カリアン生徒会長が、優雅にナプキンで口元を拭いながら僕に言う。
「私が呼びました」
フェリさんがさらりと答えた。
なにやら、食卓の半分の空気の密度が物凄い上がったような気がするが、僕は気にせずパンを齧る事にした。アルセイフがわたわたとしているが、知らん。
「私は彼を呼んだ覚えは無いが?」
「私の客です。何か問題でも?」
コーヒーカップにヒビが入ったような音がした気がする。気のせいだと思おう。テーブルクロスに濃い色が染みていたが。
「謹慎中の生徒の出歩きを助長するのは良くないだろう」
「就学時間は満了しています。それ以降の外出については学則で制限されていません」
おかしいなぁ。このスープさっきより冷たくなってない?よし、暖めなおそうか。
「あの、カテナ先輩・・・?」
勝手にテーブルを離れキッチンでスープを温めなおしていた僕に、アルセイフが涙目で話しかけてきた。ええい、黙っていればこのまま逃げられたのに。
はっきり言って嫌だけど、逃げ出しても後で色々面倒そうである。
ため息を吐いて状況を転がす事に決めた。
「僕が居なかったら、アンタはアルセイフを便利使いする積もりだったんだろ?たかだか学生市長如きに武芸者の頂点が顎で使われるのを見るのは気に食わないですよ」
僕の直線的な言葉にカリアン生徒会長は怒った風も無く、肩を竦めて苦笑した。
「普通の武芸者とは違うと思わせておいて、キミも何だかんだで武芸者だね。思考の根本が強さに対する信仰からなっている」
「まぁ、実際に武芸者ですからね」
だからキミは呼ばなかったのさと一言繋げて、カリアン生徒会長は食事に戻った。僕が席に戻ると向かいのアルセイフが難しい顔をしていた。
「先輩、僕は・・・」
「だからさ、真面目に人の話を聞きすぎなんだよ、お前は」
さっきの僕の言葉に何か思うところがあったのだろうが、それは聞かずに、僕も食事に戻る。
楽しい楽しい夕餉の時間は、何とも薄ら寒い空気を秘めていた。
「さて、まぁ来てしまったものは仕方が無い。お望みどおり便利使いさせて貰うよ。・・・コレを見たまえ」
食事が終わりリビングに場所を移して、何故か僕が四人分のお茶を入れた後、カリアン生徒会長が傍らに持っていた封筒から書類を取り出して、言った。
何でも、先日の汚染獣襲撃の件もあって漸く、都市の防衛に関して幾つかの措置を取ったらしい。
個人的に言わせて貰えば、今まで何も汚染獣に対する警戒をしていなかった事に噴出してしまいそうだったが、まぁ、学園都市なんてこんなものかもしれない。何もかもがごっこ遊びで中途半端だと経験則で理解していた。
「これは試験的に飛ばした無人探査機が送って寄こした映像なんだが・・・・・・」
カリアン生徒会長がこちらに渡してきた写真は、汚染物質による電子障害により画像は荒れに荒れていた。どうやら、念威通信はしていなかったらしい。
かろうじて山と解る、荒れた風景。記された数字によれば、ツェルニの進行方向500キルメルの位置とある。
生徒会長は写真を示した後は何も言ってこない。僕はぼやけた画像を眺めて・・・そして、気付いた。
「アルセイフ」
「・・・ええ、間違いないと思います」
彼も気付いているらしい。普段のぼやけた感じではない、確信的な響きの在る声で答えた。
「何ですか、男二人で解ったような声をして」
フェリさんが僕の隣から写真を除きこみながら、拗ねたような声を上げる。僕は気楽な言葉で、それに答える。
「汚染獣ですよ」
「・・・それも、少なくとも三期以上の」
アルセイフが簡潔に繋いだ言葉に、フェリさんは目を瞬かせた。その後漸く言葉の意味を理解したのか、向かいのソファに独りで座る兄の顔を睨みつける。だが、詰問の視線を向ける妹に対して、兄の態度は飄々とした物だ。
「真に遺憾な話だが、現在のツェルニにおいてまともに汚染獣と戦闘出来るのはレイフォン君たちしか居ない。例え非道と思われようと、生き延びるためには手段を選んでいるわけにも行かないよ」
「僕には知らせないようにする積もりだったのに?」
賢しい物言いに、思わず口を挟んでしまった。
カリアン生徒会長は苦い顔をして、答える。
「・・・キミは保険の予定だった。仮に、万が一、そういった場合も、常に想定しなければならない事は、キミになら理解して貰えると思う」
「発想は悪くは無いと思いますけどね。強い駒が倒せなかった相手にそれより弱い駒をぶつけるのは無駄な行為ですよ」
僕の言葉に、カリアン生徒会長は眉を顰めた。
「だが、強い駒と戦えば、相手の駒も傷がつくだろう?」
「汚染獣は汚染物質食べてれば、大抵の傷は治りますよ」
脱皮を重ねた大型汚染獣の再生能力を甘く見すぎていると繋げると、カリアン生徒会長は些か項垂れたように見えた。
ようするに、アルセイフがこの汚染獣の殲滅に失敗した場合、僕を最終防衛線として使うつもりだったらしい。普通、そう簡単に下せるような決断ではないと思うが、それでも甘いことには変わらない。
「汚染獣戦は常にデッドオアアライブですよ。10の力を有する敵に8くらいの力で試しに挑んでみるなんてのは馬鹿なやり方です。そもそも人と人との戦いじゃないんですから、常に確実にこっちが勝てる状況で挑まなければ意味がありません」
まずは一人をぶつけようなど、非情なようで、甘い考えなのだ。だいたい、アルセイフが負けるような敵に、僕が勝てるはずも無いし。
「・・・経験が足りないと言うのは、やはりどうにもならないね」
カリアン生徒会長も自分の非を認めたらしい。
こうして、汚染獣退治には僕とアルセイフが向かう事になった・・・と、あっさり片付けばよかったのだが、今度はアルセイフが物申した。
「これが仮に三期、四期以上だった場合、カテナ先輩は大丈夫なんですか?」
アルセイフはなんの衒いも無い口調で僕に尋ねてくる。ああ、天剣授受者だなぁと思い起こさせてくれる。
僕は肩を竦めた。
「前にも言ったけど、老性体までなら逃げ切った事は在る。雄性体のデカブツでも、頑張れば倒せない事も無い。是非頑張りたくないけど。そりゃ、お供が僕じゃ不安だろうけど、何せここにはお前しか天剣は居ないんだ。僕で妥協してもらうしかないよ」
「いえ、そう言うのとも違うんですけど・・・」
言いづらそうな口調である。その事で一つ思い至った。
「アレな。今回は無し」
僕はアルセイフが懸念しているであろう事をあっさりと否定した。
「へ?」
「半分ドーピングみたいなやり方だからね、アレ。仮にこの写真に映ってるのが老性体だったりした場合は確実に日を跨いでの長期戦だろ?アレは・・・何ていうか、服用し続けると僕の体が壊れちゃうから、長丁場には向いてないんだよ」
「・・・母体を叩いた時の」
そういえば、何か何時もと雰囲気違いましたねとフェリさんが呟いていた。
「外部調査班の報告によれば、汚染獣の母体が存在していたと思われる位置には、骨片が混ざった汚染獣の血と体液で出来た池が広がっていたらしいね。…ついでに、壁面には夥しい数の肉片が張り付いていたとか」
カリアン生徒会長も、僕を伺うような冷たい声を上げる。僕はそれらの懐疑の視線を黙殺した。
とはいえ、何か答えないわけにも行かないだろう。そう考えていると、アルセイフが躊躇いがちに言った。
「罪人部隊には、戦闘前に興奮作用のある戦闘薬を投与するって聞いたことがありますけど・・・」
「ああ、それは・・・」
彼の言っている事は事実である。罪人の能力の底上げと恐怖緩和、命令違反や脱走の防止のため、強襲猟兵小隊の隊員は戦闘前に特殊な剄脈加速剤を投与される。と、言うより部隊長の僕自らが大人たちに無針注射をして回ったと言ういやな経験がある。
僕は、僕自身は投与しようとした寸前のところで、あろう事か僕が薬を投与した大人たちのてによりそれを制止された。
「まぁ、似たような物かな。とにかく今回はそれは無し。だから、僕が正面で囮でアルセイフがバンバン斬るって感じになるのかな」
「そんな、危険な・・・」
「フェリ。経験者である彼らの言葉なんだ、私達が口を挟めることでもない」
僕の言葉に慌てたような声を上げるフェリさんを、カリアン生徒会長が押し殺したような声で押し留める。
アルセイフは一人で、納得したような していないような、曖昧な顔で頷いていた。
言い争いを始めた兄妹を放置して、僕はもう一度ノイズ混じりの写真を眺める。
汚染獣。
これも一つの、絶対に逃れえぬ代物。こればっかりは、何処の都市に居ても、何れは向き合わなければいけない存在だ。
しかし、戦うのが面倒になってここまで逃げてきて、そうしたら今度は天剣授受者と同じ戦場に立つ羽目になるなんて、何とも悪い冗談のようだ。
平和だった去年一年が一番遠い昔のようだと、僕は一人で天を仰いで思うのだった。
※ 強制イベント発生回
『一緒に行く』と『後から合流する』両方のパターン考えたんですが、結局前者にしました。
この段階まで来ると、後者は無理があるよねー。