― サイレント・トーク:Interlude 2 ―
『大丈夫、だいじょぉ~ぶっ!!このミィ様に任せておきなさいって。メイのこともナッキのことも、全部まるっとか、ん、ぺ、き、にっ!サポートして上げるから!』
ナルキ=ゲルニにとって、この状況は如何ともしがたい物があった。
都市警察の一員として、警邏を兼ねて商店街を巡回する。
つい先日に非日常的なことが起きたばかりのこのツェルニでは、やはり些細な事で殺気立つ生徒達も多く居て、だからこうやって商店街を歩き回る事に関しては全く問題はなかった。
ただ、問題な事が一つあって。チラリと、ナルキは視線を横にずらす。彼女の傍らを歩く、私服姿の小柄な女性徒・・・いやいや。
「あんまり、人が少ないって事も無いんですね」
伺うような言葉で、背も然してナルキと変わらないその人に声を掛けてみると、その人はふわりと微笑んで彼女に流し目を送った。
「何気にツェルニも六万人都市だからね。ちょっとぐらいグラウンドに人が集まってても、そうそう簡単には人が減ったりはしないよ」
完璧なボーイズソプラノで答えられてしまうと、ナルキとしても反応に困る。普段はもう少し低い声の筈なのにと、妙な緊張感を覚えてしまう。
なにせ、目深に被った帽子から流れる肩まで届く黒髪も、歩き方も、どうにも女性にしか見えない。いや、確かに出会い頭に今日はそういう演技をするからとは言われていたのだが。この人、演劇科じゃないよねといらない疑問を覚えてしまいそうである。
つまり、彼女の傍らにいるのは、彼女の職場の先輩である、カテナ=ハルメルンであった。
「デートの下見なのに、本人達が不在で女の子二人って言うのも絞まらないよねぇ」
いっそ武貼った処の多いナルキ以上に女性的な仕草で、カテナは笑っていた。
「いえ、私の友達のためにわざわざ先輩にお手間を取らして申し訳ないです」
ナルキは恐縮するままに言った。その後、そういえば女の子二人じゃないよな、と疑問を思った。
暇だからね、良いよ。
そう言いながら、カテナは商店街の一角にある洒落た佇まいのレストランを示した。そのままさり気なくナルキの手をとってエスコートしていたりするものだから、たまらない。
「あ、ちょ、せ、っ先輩?」
「ここね。普段はこの時間だと混むんだよ」
因みにナルキは気付いていないが、カテナはわざわざ大げさに演技して見せてナルキをからかっているだけだったりする。
こういう素直な子の反応は癒されるなぁとか、普段の毒にしかならない人間どもの事を思い返しながら一人悦に入っていた。
「いらっ・・・、しゃいませ」
店内で彼女達を迎えたウェイトレスは、営業スマイルで挨拶をしようとして、カテナの姿をみて表情を引き攣らせた。
その事に気付いたナルキが、ムッとした顔をして踏み出そうとしたのを、カテナは軽くおし留めて、ウェイトレスに言う。
「二人で。ああ、席はテキトーで良いよ」
カテナの軽い口調に、ウェイトレスはカシコマリマシタと機械の様な棒読みで言った後、これまた機械的な仕草で窓際のテーブルを指し示した。案内すらしない。
激昂してしかるべきその対応にもカテナは文句一つ言わず、勝手にレジカウンター脇の棚からメニューを抜き出して席へ向かった。
慌てて続くナルキ。状況が理解できていなかった。
「先輩、今の・・・」
聞きにくそうな顔で尋ねてくる後輩に、しかしカテナは笑って首を振った。
「違う違う。ここはホラ、なんていうか昔僕等で凄い営業妨害してた事があってね。さっきの人はその頃に僕らのテーブルの世話を押し付けられてた人なんだよ」
今日一番楽しそうにカテナはそんな事を言った。
僕ら、というのが実に気になるところだったが、何故か聞いても楽しくないのだろうなとナルキは思った。
それから、一人でいきり立っていたのが急に恥ずかしくなった。
「すいません、私はてっきり・・・」
「ああ、まぁねぇ。市民は戦わない武芸者には厳しいからね」
カテナは苦笑しながらも、あっさりとナルキが言いづらそうにしていたことを口にしていた。
余りにもあっさりとした口調にナルキが呆然としていると、笑う仕草のままに近づくのも嫌そうにしていたウェイトレスを呼んで手早く注文を押し付けている物だから、どうやら本当に何も気にしていないらしい。
それは、ナルキには信じがたい事だった。
だから、自分で聞いてはいけない質問だと決めていたのに、聞かざるをえなかった。
それが、楽しくなる筈のこの一日を台無しにしてしまうかもしれないと解っていても、聞かずにいられなかった。
「先輩は、悔しくないんですか?」
今まさにホットサンドを口に咥えようとしていたカテナは、ナルキの搾り出すような問いに一瞬眉を動かした後、得になんて事は無いように答えた。
「慣れてるからね」
他人に評価されない事は慣れている。
カテナはそう言った。
それは、ナルキには到底理解できない反応だった。
カテナ=ハルメルンは、小隊に所属していながら汚染獣襲来時に戦闘不参加の罪で小隊員資格を停止され、更に自宅謹慎処分に貶められた。
生徒会本部の大げさな公式発表ではなく武芸科の部署内で頒布された程度の命令だったのだが、何故かそれが発表された翌日にはマスコミのトップニュースとなって新聞の紙面を飾っていた。
当然市民は、彼を批難する。生徒会中央は沈黙を保っているのだから、日を追うごとに否応にも批難の声は高まっていく。
そのニュースが発表された当初はむしろ、逃げずに戦っていた武芸科員達の方が冷静だった。彼らは何しろ、自分達の無力を知っているから、戦いの顛末をある程度は理解しているから、彼が一人居なかった事について色々と推察する予知があったのだ。
だが、それも次第に批難の声に代わって行った。
何処からか、一つの噂が流れたからだ。
『アレ』をやったのは一年生の武芸科生らしい。
ほら、あの凄い動きをしていた、17小隊の。
そんな噂が、時を追うごとにツェルニの街中に広まっていったから、相対的にカテナを批難しない人間は減っていった。
その状況は、清廉潔白を重んじるナルキにとって、面白くない。
ナルキは他ならぬ噂の一年生本人からも聞いた話と、事が起こる寸前の彼との会話とを合わせて、事態を彼女なりの正確さで理解していたから。
カテナは戦っていたのだ。外で。レイフォンと共に。
それがナルキにとっての真実だったから、正しくあるべき政府の対応も、虚報に踊らされる市民の態度も許せる筈は無い。
カテナ=ハルメルンは正しく賞賛されてしかるべき、英雄であるのに。
だと言うのに、ナルキがコレほど憤っているのに、肝心の英雄の言動は非常にさばさばした物だ。
「まぁ、英雄は一人で充分。二人いると派閥が出来るとか。後はそうだね、な~んも出来なかった武芸科生徒の連中もにも、少しは逃げ道与えてやらないと、後々まともに機能しなくなるからね。アルセイフは生贄にも向かないし、しょうがないよねぇ」
今もこう、食後のコーヒーを口にしながら特に面白くもなさそうに彼を批難する事によって得られる状況の解説を他人事のように話している。
これがあの時、汚染獣が襲来した時何も出来なかった彼女と、真っ先に状況を理解して最善の行動を取った彼との差なのだろうか。
ナルキには、到底追いつけそうも無い心境だった。
尊敬を新たにする後輩に失敗したなと思っているカテナが居たことも、ナルキには気付けそうも無かった。
ただ彼女は、遠いなと思っていた。
『だってナッキに漸く訪れた春でしょう?だったら積極的に攻めていかないと!!・・・ホラ、相手すっごく手強そうだし』
昨夜人のベッドの上で力説していた友人の姿を思い浮かべて、一人肩を落とした。
別に、ナルキはカテナに対してそういう、その、なんだ?・・・ともかく、そういう春っぽい気持ちを持っている訳では無い、多分。
だいたい、出会ってから間もないし。うん、なんだ。尊敬はしているけど。紳士的だし。仕事にも真面目に取り組んでいるし。
「お、隊長呆然としてるわ」
そんな風にナルキが一人で悶々としていると、店の壁際に懸かったモニターに映る小隊戦の中継を見ながら、カテナは呑気な声を上げていた。
ナルキも視線を画面に向けてみると、14小隊勝利と言う字幕が流れる中、野戦グラウンドに一人立ち尽くす17小隊隊長ニーナ=アントークの姿が映されていた。
その姿を、自分の所属している小隊が負けている様を見ても、カテナの表情は特に何の変化も無い。
凪。
その一言で済んでしまう様な、穏やかなままの顔をしている。
今日出会ってから、ここまで。彼はずっとその表情のままだったと、ナルキは気付いた。
遠い。
友達の言葉に踊らされて、乗せられて、少しだけ普段より近づいてみたからこそ解る、その距離。
薄い、でも確かな厚みを持つ壁が、きっと出会ってから今日までずっと、そこには在るのだった。
「そろそろ出ようか。今日の試合も全部終わりだし、この後は混みそうだ」
カテナは、ナルキのそんな思いに気付くことも無く、伝票を手に取り優雅な仕草で立ち上がった。
その顔は、やはり、穏やかで。
まるで、能面のような無表情だと、ナルキにはそう思えた。
その顔を見て、さて、自分は如何したいのか。
ナルキは自分が一つの選択を迫られていると感じた。
『人が埃まみれで頑張っているというのに、一人で優雅に女性と逢引。良いご身分ですねぇ、おハルさん?』
「・・・試合中くらい、片手間で人を覗き見するの、やめにしない?」
桜の花びらが、彼を遠くに隔てる薄いヴェールをあっさりと吹き上げるのを目にしてしまったから、ナルキは一層そう感じるのだった。
― Interlude out ―
※ アイツよりはマシって思えるのは結構重要、と言う話。
コメディで纏めるはずが、何か真面目な感じになっちゃいましたね。
まぁ、ナルキが真面目系のキャラだからかなぁ。
オチが逆に浮いてる・・・。