― サイレント・トーク:Part2 ―
『カテナ=ハルメルン、第17小隊離脱の真相』
『徹底討論、何故敵前逃亡が起こったか』
『ニーナ、新小隊員を募集か』
『生徒会長は防衛予算追加の特別裁可を・・・』
「…世は全て事も無し、ね」
路面電車の駅の売店で買ったニュースペーパーをテーブルに投げ出し、僕は何ともなしに呟いていた。
何時もの放課後。と、言うには少しだけ違う空気。
だが、何時もどおり店に迷惑全開で掛けながら、僕は珍しく一人で放課後のティータイムと勤しんでいた。
店員の、客の、一般教養科に在学している生徒の皆様の僕に向ける視線は、冷たく、きつい…ものは、無かった。
「おお…居た居た、ってかカテナ、何処の女性徒だよお前」
「え?あ、カテナ先輩だったんですか?」
ファンシーな店の雰囲気に似つかわしくない、オトコオトコした声が二つ響く。
僕はカラーグラスをした顔をチラリと声のした方に向けた。
店の空気をあからさまに乱している事を気にせずに堂々とこちらに近づいてくる、シャーニッド=エリプトン先輩と、その後ろをおっかなびっくり付いてくるレイフォン=アルセイフ後輩の姿があった。
「てか、名前呼ばれるとこういう格好してる意味無いんですがね」
僕は自分の服装を示しながらため息を吐いた。
まぁ、早い話が女性向けのファッション誌を適当に食い散らかしたようなパンツルックである。別にスカート履いてる訳でもなく、ぶっちゃけてしまえば普段着もこんな感じで性別を解り難くするものを着ているため余り自分では抵抗感が無かったりする。
言っておくが、女装趣味という訳ではない。荒事に巻き込まれそうなときに、一瞬の油断を誘うための準備だ。
「はいはい、んじゃぁカナちゃんとでも呼んであげましょうかね」
そんな事、隣のテーブルから椅子を拝借して勝手に目の前に座りだすこの先輩には通用しないんだろうなぁ。
「んで、謹慎中の僕に、華の小隊員様が何の御用で?」
ぼーっと突っ立ったままのアルセイフに座れと促しながら、既に座っているどころかメニューを開いて、あまつさえ給仕服姿のウェイトレスさんを呼んでいるエリプトン先輩に聞く。
エリプトン先輩はウェイトレスさんに次々と注文をしながら、こちらを見もせずに言った。
「ああ、フェリちゃんなら居ないぞ」
「聞いてねぇよ」
即答していた。
「フェリ先輩…、そう言えば訓練場に着ませんでしたね」
メニューの軽食欄を眺めながら、空気を読めない後輩がポツリと呟いた。
「そもそも、あんたらこの時間は訓練の時間じゃ無いんですか?」
無駄に音を立ててアイスティーを吸い込んだ後、気になった事を聞いた。ついでに、ウェイトレスさんにジュースを追加で注文する。アルセイフはメニューの真ん中辺りから下から三段目くらいまでを示した後、答えた。
「何か、今日は中止らしいんですよ、訓練。ニーナ先輩が来なくて」
「そ、遅れてきて一言。キョウハチュウシダー。だってよ」
なにやら眉をつりあげながらエリプトン先輩が続けたが、別に顔を真似たからって声が似るわけでもない。
しかし、あの熱血教官が訓練をキャンセルとは。
「良いんですか?確か次の対抗戦って近いんじゃ」
「おお、一週間後だっけ?」
「いや、明後日じゃないですか?」
ウェイトレスさんからコーヒーを受け取りながら呑気に答えるエリプトン先輩に、やはり気軽に答えるアルセイフ。
「余裕そうですねぇ」
「そりゃぁ余裕あるだろ、一人永久欠場になりかかってるんだからな」
ちょっとマジな顔で反論されてしまい、一瞬その意味を考えてしまった。
つまり何か。
「ひょっとして、助命嘆願とかしてますか、アントーク隊長」
「ああ、だから先輩、最近バイトの休憩中に法務科の教科書なんて読んでるんですか」
アルセイフがハーブ&ガーリックのパン粉パスタを啜りながら呟いた。
「無駄な事は、とは言ってやるなよ。現実はどうあれ、お前さんのための行動には違いないんだからな」
エリプトン先輩は忠告するように僕に言う。僕は、口からでかかった言葉をジュースを飲む事で誤魔化していた。
どうにも二皿目のパスタを啜るアルセイフからコメントを求めるような視線を感じる。
何を言ってほしいかは、何となく予想は付く、付くのだがそれは無意味だろう。僕は肩を竦めた。
「じゃあ、様子を見ておくしかないと思いますよ」
「…ドライだね、お前は」
僕の言葉にエリプトン先輩は天を仰いでため息を吐き、アルセイフは批難がましい目で見てきた。
そんな、主を汚された忠犬のような目をされても、どうする事も出来ない物はどうする事も出来ない。
「あの人に何か言えるとしたら、あの人が一度ずっこけた後だと思うよ。…間違っていても、ぶつかるまでは多分、言っても止まらないよ」
「でも、最近はカテナ先輩の事以外にも何か考え込んでる感じがするんですよ」
アルセイフが重ねて言う。四皿目に突入してなければあるいは僕の心を打つ場面かもしれなかった。嘘だが。
「気になるなら、しばらくベッタリくっついていれば良いんじゃないの?元々お前と隊長仲良さそうじゃないか」
僕が突き放すようにアルセイフに言うと、エリプトン先輩が笑い出した。
「なんだよ、お前ら相変わらず中悪いのな」
「悪いですかねぇ?」
思わずアルセイフと顔を見合わせてしまった。…目を逸らされた。なんでだ。いや、僕のせいか。
「別にこいつ個人に思うところがある訳じゃないんですけど、エリプトン先輩に話した事ありませんでしたっけ?僕とアルセイフは同郷なんですよね」
「聞いてないけど知ってるよ。グレンダンの化け物どもめ」
面倒そうにエリプトン先輩は答えた。言ってなかったのか。…まぁ、でも昔この人に勧誘された事もあるし、調べたのかな。
「…あの、カテナ先輩」
そのとき、沈黙していたアルセイフが僕におずおずと尋ねてきた。
「先輩は、本当にグレンダンの出身なんですか?あんな事が出来る人がグレンダンに居れば、普通、もっと名が知られていると思うんですけど、先輩の事なんて聞いたこともないですよ」
さてね、と僕は果汁100パーセント林檎摩り下ろしジュースを飲みながら肩を竦める。
グレンダンで名を上げる方法といえば単純に、定期的に開かれている武芸大会でよい成績を収めるか、不定期に襲来する汚染獣との戦いで良い活躍を見せるかの二つに一つである。
残念ながら僕は訓練、訓練、訓練、強制戦闘、訓練、訓練、舞芸の訓練と言う毎日だったので武芸大会に出ている暇など全くなかった。
「…ついでに、汚染獣戦の方は、解るだろ?僕の所属部隊がどういう戦場に派遣されるか」
罪人を合法的に始末するための部隊である。投入される戦線は、どのような死地であるかなど考えるまでもない。
「そこが良く解らないんです。そもそもなんで先輩は、そんな部隊に居たんですか」
お前の上司のせいだろう?
純粋な疑問の視線を向けてくるアルセイフに、思わずストレートな言葉を返してしまいそうになった。
言ったら多分、今以上に面倒な状況が巻き起こりそうなので、とても言えないが。
「ま、お前のところと違って、育ての親が屑だったからな」
結局僕は、何時もどおりの一面的な事実を口にするだけだった。…一面的、か。どうした僕。随分とこの問題に冷静な思考が出来るようになったじゃないか。
何が原因だろうねぇ…って、アレか。先日の夜。
色ボケしていた。―――遺憾な事だが、後になって考えてみれば全くその通りの事実だったのが癪だが、ともかく、そんな風にここに居ない人間の事を考えているのが、顔に出ていたらしい。
エリプトン先輩がニヤニヤと嫌な笑いを浮かべていた。
「良いご身分ですなハルメルン君?謹慎中に女性の事にうつつを抜かしていらっしゃるとは」
いやいや素晴らしい、などと芝居がかった口調で言われてしまった。
黙れ釣り目縦ロールマニアめと反論しようとしたら、七皿目のパスタから顔を上げたアルセイフが、素直に感心したような声を上げた。
「へぇ、カテナ先輩、恋人さんがいらしたんですか」
その瞬間、僕はどんな顔をしていただろう。
少なくともエリプトン先輩は、間抜けな顔でアルセイフを見ていた。まぁ、僕も似たような物かもしれない。
数瞬、瞬きをした後に、エリプトン先輩と目線を交わす。マジで言ってんのかコイツ。知るか、アンタちょっと聞いてみろよ。
アイコンタクト終了。エリプトン先輩はわざとらしく咳払いした後、一人でぽかんとしているアルセイフに尋ねた。
「なぁ、レイフォン。お前が入院してた時に尋ねてきた、ほら、メイシェンって一年生。お前、あの子に何時もお弁当作ってもらってるんだってな。ひょっとして、付き合ってるのか?」
割と状況を無視して、かつ直接的なエリプトン先輩の問いに、しかしアルセイフはあははと笑って否定した。
「いや、恋人とかそういうのじゃないですよ。彼女は料理が趣味らしいんで」
うわぁ、報われない。
思わずあの素敵な肢体をした後輩の冥福を祈ってしまった。
エリプトン先輩がアルセイフの肩をがっしり掴んで後で、ゆっくり話をしようぜとか言っている。
その後は意味もない無駄話に終始して、喫茶店を後にした。因みに、伝票は年長者に押し付けることになった。
「そういやぁ、カテナ。お前、ちゃんと俺らの試合見に来るんだろうな」
店を出てぶらぶらと商店街をぶらついていたら、財布の中身を見て項垂れていたエリプトン先輩が僕に聞いてきた。
僕は首を横に振った。
「いや、その日は別件がありまして。都市警の後輩と出かけるんですよ」
僕の言葉に、アルセイフが、あ、と声を上げた。
「ひょっとして、ナッキですか?」
「ああ、そう言えばアルセイフはゲルニさんと友達だっけ」
なにやら友人の恋のお手伝いのために、ちょっと付き合ってくれないかと言われて、暇だったので付き合うことにしたのである。
まぁ、その友人の恋のお相手を前に馬鹿正直に言えるわけもないので、適当に誤魔化しておいたら、エリプトン先輩にジト目で見られた。
「お前ら、何だかんだで結構似た物同士なのな」
僕とアルセイフを指し示しながら、そんな事を言う。
僕はアルセイフと顔を見合わせて、ちょっと首を捻った。アルセイフも、鏡写しに同じ動作をしていた。
こんな鈍感なヤツと似た物同士なんて、そんな事あるわけないじゃないか、ねぇ?
※ 部活帰りの高校生のノリ。
男連中だけでグダグダ会話してるのを書くのが一番楽しいよねーとか思った。