― クロムシェルド・レギオス:Part 7 ―
「そ、こことそこにこっちのコレを引き写して。ああ、そう、ここにサイン。コレは忘れないで」
「え、コレにもですか。・・・あの、カテナ先輩。コレで同じこと書くの三度目なんですけど」
「警察なんて、暴れる以外はこんなんばっかだよ。今からでも就業変更届出した方が・・・」
「いいえ!私はこの仕事につきたかったんです!」
褐色の肌に勝気な瞳をした少女の、気合の入った返事が響く。
小隊戦二日目でにぎわう野戦グラウンドを他所に、本日は朝から都市警強行突入課オフィスに顔を出して新人の教育なんかを行っていた。
強突課の新人研修と言っても、まさか初日から都市外に遠征して大捕り物を繰り広げるなんて事は絶対にありえない。
むしろそんな事を初日から新人にやらせたらそいつは次の日に辞表を叩きつけると思う。・・・破り捨てられたけど。
「・・・でも、やっぱりちょっと面倒くさいですね」
僕が担当する事になった新人のナルキ=ゲルニさんは一言笑って、かわいらしく舌を出していた。
頑張ります、とぐっと拳を握る仕草をして面倒くさい書類仕事に戻る。
・・・なんとも、癒される光景だ。
思い返してみて気づく事が多々あるのだが、やっぱり最近どうにもカリカリしっ放しだったらしい。
理由は・・・、いやもう、理由は良いよ。
「カテナ先輩?」
ブンブンとみっともなく首を振っていたらゲルニさんに不思議な顔をされてしまった。
なんでもないよと苦笑いして、ぐっと背筋を伸ばしてオフィス内を見渡す。
余り、人の姿が無い。警備を名目に野戦グラウンドに出張ってる者達が多いからだ。一応、こういう事件の無い大人しい時間を使って繁華街の内偵なんかもしてたりするのだが、そっちの結果が判明するのはまだ少し時間が先の事だ。
結果、普段書類仕事をサボっている一部の人間と、僕のように新人の指導をしている人間、そして真面目な新人、最後に案外人ごみが苦手で、手元の小型スクリーンで小隊対抗戦を観戦している課長氏だけがオフィスに居るのみだった。
その課長が、ノイズ混じりの歓声が鳴り響くスクリーンから唐突に顔を上げた。
「カテナ。お前は対戦相手の動向を確認しなくて良いのか?」
課長席の端に置かれた小型スクリーンを指し示して僕に聞いてくる。
確かに、小隊に所属している人間なんだから、次に戦うことになるかもしれない他の小隊の戦力を把握しておく事は重要だろう。
「・・・まぁ、仕事もありますから」
そっちを優先しても問題ないですしとオブラートに包んで言って見たら、流石に人を傭兵扱いしているだけはある、ガレンさんは大体理解してくれたらしく一つ頷いて視線を画面に戻していた。
「先輩、ひょっとして、私がご迷惑をかけていますか?」
だが、そんな駄目な大人のコミニュケーションは新人にはディスコミニュケーションだったらしい。
実に申し訳なさそうに上目遣いをされてしまった。
「あー、何というか、ね。・・・そう、ウチは実戦派だから」
だから出たトコ勝負なんだよーとか適当に誤魔化してみたら、また変に感動されてしまった。
そして、ゲルニさんは空笑いをしている僕に、ポツリと一つ言葉を投げる。
「確かに・・・、レイとんなんか凄い動きしていましたもんね」
一瞬。背筋に、冷たいものが流れた。
それを顔に出さぬように、キザっぽく肩を竦める。
「そこはホラ、彼は一年で小隊員に選ばれる天才だからね」
「・・・そういう問題じゃ、無いですよね。あんなの上級生だって出来るかどうか」
真面目な顔で質問をしてくる後輩を見て、僕は子のこの事を少し感心していた。
理解力の足りない人間は、ある一定以上の力量のものは全て同じラインに存在するものとして捉えてしまう癖がある。
一種の自己逃避の手段としてだ。
だがゲルニさんは、自分が及ばない力を持つ上級生以上にアルセイフが力を持っているとちゃんと理解できていた。
中々見込みがありそうな見習いである。僕だったら、こういう子にこそ銀バッジを渡しておくんだけど。
とはいえ、余り聞かれたくない部分が絡む話である。ここは早々に切り上げさせてもらおう。
「どうかなぁ。まぁ、僕よりも上だろうってのは同感だけど」
よく解らないよ。
煙に巻こうとした僕を、しかし中々いい目をしている後輩は、断絶した。
「先輩も凄かったですよね、あの衝剄」
・・・ゲルニさん、何気に空気を読めない人だったりするんだろうか。
いや、まぁ、それは。言葉にならないうめきをこぼす僕に、真面目な後輩は追及の手を緩めない。
「土砂に転がされるまでは、何でこの人が小隊に居るんだろうって思ってましたけど。レイとんが凄くなった瞬間から、先輩も、その・・・。あの、勘違いだったら本当に申し訳ないんですけど」
言葉に詰まって、後輩は俯いた。
言いたい事は理解している。確かにビデオデータは誤魔化せたが、会場に居た人間の目は誤魔化しきれない。
常人に視認する事はほぼ不可能と言っていい音速を超える速度で放たれる極薄の剄の刃。彼女は、それが見えてしまったらしい。
優秀なのも困りものだよ。僕は後頭部を掻いてため息を吐いた。
気のせいじゃないのと言っても、この真面目な後輩は信じないだろう。
だから、ある程度までは正直に話すしかない。
「色々とね、子供には聞かれたくない事情とかがあるんだよ」
僕がそういった瞬間、課長席から大きなため息が聞こえたような気がした。
ゲルニさんはあからさまにムッとした様な視線を僕に向けてきた。ははは、頬が膨れていて可愛いなぁとか思ったのは秘密だ。
「私だって武芸者の端くれです。武芸の技の向上に繋がりそうな事を、そんな風に・・・」
言葉の合間に、笑い声が漏れてしまった。
なるほどコレが、背伸びをしたいお年頃と言う事か。
相も変らぬ偉そうな思考をしたまま、僕はたいした考えもなく一つの言葉を吐いた。
何かの先触れ、そんなものを感じていたなんてことは、間違っても無い。
「そういうのは、一度でも汚染獣と戦ってから言いな・・・よ、っ?」
グラリ。縦に沈む感覚。
立ったままだった僕はバランスを崩して、ゲルニさんのデスクにつかまって何とか事なきを得た。
沈む感覚が、上下に攪拌する感覚に変わり、強突課のオフィスはいまや、凄まじい揺れに包まれていた。
あちこちから上がる悲鳴、崩れ落ちる紙束。
「・・・都震か!」
課長席につかまり踏ん張っているガレンさんが驚いたように叫ぶ。
都震。
自立移動都市の脚が、地盤の緩い部分を踏み砕いてしまいその上に位置する都市に被害を及ぼす現象。
「収まって・・・きた?」
随分と近い位置に顔のあったゲルニさんが恐る恐ると言った風に呟く。
徐々に収まってきた揺れに合わせて、己は慎重に身体を起した。剛性ガラスを用いたヒビ一つ無い窓の向こうを見る。
見える範囲で火災が起こっていると言う風な印象は無い。
ガレンさんはその職責に見合った素早さでオフィス内に居たスタッフに次々と指示を出していく。
一気に騒然としてきた強突課オフィス内で、己は一人足元を見据えて立ち尽くしていた。
「・・・どうしたんですかカテナ先輩?」
椅子に座ったままのゲルニさんが、声を掛けてくるのも、聞こえない。
揺れは、収まった。
だが、感じる。確かな鳴動を。地の奥底から、命がうごめくのを、己は確かに感じていた。
「ガレンさん。最下層部の備品庫の鍵は本局でしたっけ?」
通信端末を手にしていたガレンさんに、尋ねる。
ガレンさんは一瞬虚を突かれたような顔をして―――、そして何かに気付いたのか、素早く、己が欲しい答えをくれた。
「ああ、本局の二階、中央階段を上って、右から数えて四つ目の部屋だ。備品庫の鍵の位置は・・・確か、札が掛かっていたはずだから、直ぐ解る筈だ」
鋭い人だ。概ね『事情』を理解しているらしい。・・・本当に、年齢を疑いたくなる。
「・・・何を話してるんですか、課長と先輩は」
勝気なゲルニさんも不安になったのか、己等を取り巻く緊迫した空気に緊張した声を上げる。
己はなるべく優しい声を心がけて、ゲルニさんに言った。
「良いかい、気をつけることは三つ。まず、正面に立たず距離を保つ事を心がける。次に周りを良く見る事も大切だね。そして最後に、常に油断せず連携して事に当たることが重要だ」
「は?いきなり何を―――?」
これ以上、雛と話している暇も無い。己はその問いには答えず、窓を開き、一気に外に飛び出した。
「先輩!?」
ゲルニさんが悲鳴を上げる。だが、その声を、けたたましい警報ブザーが遮った。
『汚染獣接近。汚染獣接近。小隊員は第一講堂へ集合。一般武芸科生徒は・・・――――』
警報に混じり、緊迫した放送が響く。
騒然となる市街地を横目に、戦闘速度で屋根から屋根を駆け抜ける。
エアフィルターの中だと言うのに饐えた腐臭が漂ってくるように思える、切迫した空気が身を包む。
これまでの何もかもを振り切るように、身体は当たり前のように一つの目的のために動いていた。
これが己。己自身の正しいあり方だと、一片の疑いすら抱く事が無い。
いっそ己は気楽な気分になって、最後に己は、アントーク隊長に仮病で休むと伝え忘れていたなと、思い出していた。
※ そんな感じで、最終三部作開始。
前回のオチですが、狙ってやったが六割、必要にかられてやったが四割くらいです。
ようはレイフォンの強さを最大限に表現するためには、それまで最強だった人間が苦も無く捻られる、という絵面が一番解り易い。
となると、主人公(偽)にはレイフォンに必ず一度は全力で切りかかってもらう必要が出て来る訳です。
この手の演出は仲良くなってる状態でやっても、緊張感が無いので面白くならないんですよね。
そんな感じな作劇上の都合もあったので、これまでああいう話の展開になってました。
で、まぁ使い終わった設定は早急に放棄。これが大切。
後はヤツはスペック的に恵まれてるんだからたまには痛い目にあわないと可愛げがなくなっちゃうしねーってのも重要でしょうか。