― クロムシェルド・レギオス:Part 6 ―
そして誰もいなくなった。
祝勝会の名を借りた、ようするにただの酒盛りを早々に切り上げた僕は、アルセイフが眠る筈の医療科塔の病室前まで来た。
祝勝会。そう、第17小隊は発足第一戦で見事勝利を収めたのである。
その関係者を招いて、商店街の一角にあるバーを貸しきっての宴会。しかし、そこに称えられるべき主役達の姿は無かった。
いや、初めは居たのだが、いつの間にか乳歯が抜けていくようにどんどん居なくなっていった。
いつの間にか最後まで取り残されていた僕は、今日の試合のダイジェストムービーが再生されるかされないかの瞬間に、宴会場を抜け出した。アレほど繊細な殺剄を使ったのは久しぶりだったと思う。
ちなみに、僕がアルセイフに切りかかったシーンは、TVカメラが何故かその瞬間だけ故障していたらしく、映っていなかったらしい。16小隊の武芸者を全治一ヶ月の病院送りにしたとび蹴りのシーンはばっちり映ってしまっていたのは残念だが。
・・・今月も、接待費が大変そうである。
「よう、飲み会の方は良いのか?」
病室前の廊、窓際に設置された長椅子に座っていたエリプトン先輩が呼びかけてきた。
僕は軽く手を上げて答えたあと、明かりが漏れている病室をのぞく。
顔は見えなかったが、ベッドのシーツが盛り上がっているから、アルセイフが眠っているのだろう。そのベッドの脇に丸椅子を出し入り口に背を向けて座った居る少女の背中が見えた。腰まで届く長い髪。アルセイフのクラスメートの、あの、合うたびに僕の事を怖がっているっぽい女の子だ。メイとか言う名前だっけ?
何となく状況が理解できてしまったから、病室に入るのは気が引けた。
「エリプトン先輩もこっちに着てるって事は、祝勝会なのに小隊メンバー全員不参加じゃないですか」
サットン先輩が居たような気がするけど、まぁ、良いや。
「フェリちゃんは初めから居なかったし、俺はお前より先に出たもんな。…結局、隊長は来なかったのか?」
「来ませんでしたね。あんなに怒って、何処行ったのか何て考えたくもないですけど」
終わってしまえば僕が一人でからまわっていただけだった試合が終了して、気を失っていたアルセイフと、16小隊の武芸者たちが担架で運び出された後、アントーク先輩は一人控え室に戻らずに何処かへと姿を消してしまった。
突然ギアが入れ替わったかのごとく16小隊の武芸者を蹴散らしたアルセイフと、その彼に全力で斬りかかった僕。
アントーク先輩にしてみれば、まったく理解しがたい状況だっただろう。今頃は、生徒会長辺りを問い詰めている頃かもしれない。
その後の展開を考えると涙が出そうだ。あの生徒会長、余計な事を言わないでくれれば良いのだが。
「…あれが、お前の本気ってヤツか?」
椅子に腰掛けていたエリプトン先輩が、ポツリと言った。
僕は彼の向かいの壁に背を預け、肩をすくめた。
「そこは、アルセイフのびっくりスーパーアクションに突っ込んでくださいよ」
「レイフォンか。…レイフォンな。アイツも何なんだ。グレンダンてのは、お前らみたいな化け物がゴロゴロしてるのか?」
エリプトン先輩は深く深くため息を吐いた。
僕はその言葉に笑ってしまった。
「前に言いませんでしたか?僕の技は精精鍛えれば身に付くレベルです。本物の化け物、アルセイフみたいなのと一緒にしないで下さいよ」
「あの頸の量。冗談じゃ無いぜ。あんなので力押しされたら技なんて約に立たないだろ」
エリプトン先輩の言葉に然りと頷いた。
ひとりの武芸者が持つ頸の量はほぼ確実に生まれたときから決まっている。頸路の拡張と言う特殊な現象が起こらない限り、先天的に持ちえた物だけで武芸者として大成するかどうか決まっていると言って過言ではない。アルセイフが意識を飛ばしているときに見せた膨大な頸。そして、それを制御する意志力。
それこそが、武芸者と天剣授受者を隔てる壁に他ならない。
「言ってみれば、そうですね。砂場遊びをしている所に、いきなり建設重機で乗り込んでくるような物ですからね、アレは」
僕のたとえ話に、エリプトン先輩は顔面に薄い笑みを貼り付けた。
「・・・で、お前さんは俺達の保護者気取りって訳だ」
言われて、返す言葉が見つからなかった。保護者か。この僕が、保護者ねぇ。
「やっぱそう見えます?」
「正直に言えば、余計なお世話だ後輩って言いたくなるな」
エリプトン先輩は馬鹿のような笑いを浮かべて、答えてきた。だが、目だけは真剣だった。
すいませんね学生さん。僕は投げやりな気分で返した。
明かりのついてない天井を見上げてぼやいてしまう。
「何時からこんなに、周りの事を心配する人間になったんでしょうね、僕は」
昔はもっと、シンプルな生き方が出来ていたはずなのに。生き残るだけ。ただそれだけを考えて生きていられた、その筈だったのに。
「少しは肩の力を抜いたらどうだ?そりゃあ確かにレイフォンは化け物みたいな力を持っているが、ホンモノの化け物とは違う。あれはれっきとした人間だ。・・・フェリちゃんだって心配してるぜ?カリカリしすぎだぞ、最近のお前」
唐突に出てきた名前に、久しぶりの戦いで疲れた精神が過剰に反応してしまったのか。
僕は気付けば、らしくもない愚痴のようなものを口にしていた。
「フェリ、ね・・・。そういえば、最近は余り二人で話す事が無かったかな。それにしてもフェリ、フェリか。あの子も何なのかなぁ」
「何なのかって、おい。どうしたカテナ?」
天剣授受者と人間は違う生き物だと、そう言おうとして言葉に詰まってしまった。天剣授受者は武芸者とも違う。僕とフェリもつまりは違う生き物だと、何故だか、認める事が癪だったのか。いや、解らない。頭が良く動いていない。疲れているのか、やはり。
口を開けば意味を成さない発言ばかりを垂れ流していた。
「似てるんですよね、フェリとアルセイフ。言い方は悪いですけど、どっちも化け物です。住む世界が違うって言うのかな、何でここに居るのか、正直理解しかねるし。あいつ等二人とも、もっとこう・・・」
言葉を途中で止めたのは、正面の男が笑っていた事に気付いたからだ。
先ほどまでの貼り付けたような作り笑いとは違う、本物の笑い。
「なるほど、ねぇ」
エリプトン先輩は何かをわかったような口調で、嫌らしい笑みを益々深めた。
「何ですか」
僕の声が余りにも憮然としていたからだろうか、エリプトン先輩は口をあけて笑い声を上げた。
「シンプルで良いねって事だよ。ようするにお前が最近カリカリしてるのは、レイフォンの登場に危機感を覚えているからだろ?・・・お前、アイツに嫉妬してるだろ」
嫉妬。
一瞬、言われた意味が解らなかった。天剣授受者に嫉妬?
するわけが無いだろう。余りにも隔絶された存在なのだから、そういうものとして理解するしかないのだから。
そういう風に答えて見せたら、エリプトン先輩は今度こそ隠しようも無く腹を抱えて笑い出した。
「馬鹿だねお前さん。男が男に嫉妬する理由なんて、そいつに自分の惚れた女が取られそうな時ぐらいしか無いだろ?」
・・・。
・・・・・・?
?、??。?
「・・・スイマセン、今何て言いました?」
ちょっと一瞬、思考が何処かに飛んでいた。誰が何でどうしたって?
だがエリプトン先輩は、僕の質問にさらに飛躍した答えを返すだけだった。
「お前は頭が切れるから、レイフォンが危ないヤツじゃないって事を理解してる。理解しているからこそ、フェリちゃんにだけは絶対に近づけたくない。わっかりやすいねぇ。てっきりフェリちゃんがお前にぞっこんかと思っていたけど、現実は逆って事だな」
「―――は?いや、ナニ言ってるんですかアンタ。アルセイフが危険じゃないなんて、そんな事」
あるわけが無い、そう続けようとして、ニヤリと笑った先輩の言葉にさえぎられた。
「しばらく遠くからお前を観察しててわかったんだけどよ。お前がレイフォンを警戒している時って、必ずフェリちゃんが傍に居る時なんだよな。自分で思い出してみろよ、お前、アイツと二人だけの時は、それほどアイツの事警戒してた事無いだろ?」
そんなわけが無い。そう答えたかった。
呑気に二人きりで朝食を取るなどと言う迂闊な行動をとったことが無ければ。
僕はレイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフに近づきたくなかった。ずっと、あいつが此処に現れてからずっとそう思っていた。その理由は?
勿論、怖いから。何故、何が怖い。
例えばそれは、彼と同じ才能の持ち主、彼と並び立てる、彼と並び立ってこそ相応しい、そんな少女が身近に―――。
「・・・そんな、ガキみたいな」
言葉は、苦いうめき声にしかならなかった。
野戦グラウンドで天剣授受者と相対した時以上に、全身が熱を持っているような気がする。
壁を背にした背中が汗で湿って気持ち悪い。・・・いや待て、僕は今、どんな顔色をしている?
口元を押さえて呻く僕の態度に、エリプトン先輩はカラカラと笑う。
充分ガキじゃないか。お前、オレより年下だろう?
そう言われて、反論の言葉が全く見つからない自分が益々惨めだった。何だ、コレ。窓に映る無様な男は、本当に僕か?
それこそただの、馬鹿なガキそのものじゃないかと、頭を抱えた僕の脇を、黒髪の少女が通り過ぎた。
何か変なものを見るような目でこちらを見ていた。
「お、もうお見舞い終わり?」
エリプトン先輩は、アルセイフの居る病室から出てきた少女に気楽に声を掛けた。
少女はびくりと小動物のように肩を震わせた後、はい、と答えた。また、寝ちゃったので。そう続けた。
「んじゃカテナ、俺らも帰るか?寝てるの起すのもどうかって時間だしな」
立ち上がり、夜闇に沈んだ窓の向こうを眺めながらエリプトン先輩は言った。ガラス窓に映った彼の顔が、あからさまにニヤけているのが実に癪に障る。
僕は憮然とした心持に頷いた。ええ、帰りましょう。出来れば今はヤツとは顔を合わせたくないし。理由は後で考えますが。
そんな風に益体も無い事を考えていると、黒髪のレイフォンの同級生の少女が僕の事をじっと見ているのに気付いた。
「・・・何?」
変な声が出てしまったのが悔しかった。
少女は慌てて首を振った後、顔を俯けて愛らしい上目遣いでポソりと一言、こう言った。
「先輩、何時もは綺麗なお人形さんみたいで少し怖かったんですけど。何か今は、…えと、可愛い感じですね」
シャーニッド=エリプトンのふてぶてしい笑い声が、実に忌々しかった。
※ ゆとり生徒、駄目教師の逆襲に遭うで御座る。
そんな訳で、最近一人でカラ回ったりしてた彼の残念な真実。みんなで指差して笑ってやると良いよ。
行動に一貫性が無いって事は鯖味噌(定食。片手では食いづらい)を食べていた辺りで大体の人は理解してたと思いますが、
まぁ、こんなもんです世の中。主観で格好付けてみても、客観的に見ると、という話。
さて、そんな喜劇の裏で主人公(真)は順調にイベントフラグを消化中と…あれ、そろそろ何か来るんじゃね?