「とりあえず、邪魔なゴミは全部片しておきましたけど・・・って、何を見てるんですかガレンさん」
さて、新学期も間近。
我ら都市警察強行突入課も、新しい年を迎えるために、むしろ去年のすすを払うために、早い話が大分遅い大掃除を行っているのだった。
何故この忙しい時期に、と問われれば理由は単純。ウチの課、課長を筆頭に殴りあい上等の人たちばかりなので、デスクワークは大の苦手なのだ。
因みに僕は何故か下っ端なのにデスクワークが回ってこない立場に居る。
上司曰く、お前に端末を使わせると碌でも無い事になりそうだからだとか。
いつか絶対パスワードを解析して不正な資金流用とかを見つけ出してやろうと思ったのは秘密である。
で、まぁそう言った今までデータ化してなかった報告書の打ち込みとか、資料として集められた各種書類、写真その他諸々。いい加減、新年が始まる前に捨ててしまおうと言う本局からの鶴の一声が掛かったお陰で、我が強突課は本日てんやわんやの大騒ぎと相成ったのである。
そんな中で一人呑気にバインダーを捲っている上司が居れば嫌でも目立つ。
ガレンさんは僕の問いににやりと笑って眺めていたバインダーを広げて示して見せた。
「いや、何。いい加減書類整理も疲れたから、少し目の保養をな」
性格に似合わず見た目には似合いそうな下世話な言葉を口にするガレンさん。
広げられたバインダーには、幾枚かの写真が注釈付きで・・・マテやコラ。
「それ捨てましょう」
「何を言う、コレはれっきとした事件報告書だぞ」
僕が剄を乗せて威嚇しても、ガレンさんは知らん顔だ。・・・って言うか、オフィスで自分の机を片付けている先輩方もにやけているような気がする。
畜生め。僕より弱いくせに、態度の悪い先輩ばかりである。
ため息を吐いた。
ガレンさんが広げている写真を眺めれば、そこに映っているのは、黒い髪を肩口で切りそろえた細身の少女が、艶やかな振袖を纏って微笑んでいた。
別の写真には銀髪の少女が不機嫌な顔のままトロフィーと襷帯、ついでにローブなんかを掛けられている写真が映っていたりするのだが、まぁそれは良い。
「せめて僕の写真は捨ててください」
「何を馬鹿な。都市警察の新入生の募集のための広報ポスターに使おうと言う案も出ているんだ。そんなもったいない事出来るか」
振袖姿の少女の写真を示した僕の願いを、上司はすげなく却下してくれた。
「因みにもう一枚、生徒会長の妹と一緒に写っている写真もあるが・・・」
「いや、もう良いですから勘弁してください」
全力で投了した。
つーか、これ以上人の恥部を晒さないでほしい。
上司はそんな僕の姿を見てガハハと笑っていた。ええい、元はといえばこの人の生なのに。
僕は、その日の出来事を思い出してため息を吐いた。
前期の全講習が終了し、ツェルニに長期休校期間が訪れた。全施設完備方の通常の都市にある学校と違い、特化型の学園都市であるツェルニでは長期休校と言っても帰省する学生と言うものは存在しない。何せ、エアフィルターの外に出ると言うのは、それだけで命がけなのだから。
と、なれば思春期の若者にとって待ち遠しい自由期間も何時もと同じ学校で過さなければならなくなる訳で・・・早い話が、何時もと違う娯楽が、イベントが欲しくなると言うのが世の情けだろう。
「それでミスコンですか・・・」
「おう、ついてはお前に選手の一人として出場してもらいたい」
お茶を吹いた。
強突課の会議室の机に広げられた資料に、思い切りお茶が降りかかる。まぁ、プラスチックペーパーだから平気なのだが。
「色々と確認したい、と言うかこっちの言いたい事も理解してると思うんであえてほかの事から聞きますけど、何で?」
何時ものように人に無茶な仕事を押し付けようとしている上司ガレンは、ウムと重々しく頷いて答えた。
「露出度の高い女性徒が商店街の中央広場で素肌を晒してみろ。熱に浮かされた馬鹿な男子生徒が暴走して碌でもないことが起きるかもしれん。出場選手の中に混じって警護を行えば安心だ。コレが一つ。後は単純に、この企画を妨害すると脅迫状が届いた」
うわぁ、解りやすい。つーか、ならもっと解りやすく中止にしてもらえんかね。
詮無き事を考えた後で、僕は聞きたくない事を聞いた。
「で、男子学生の僕が何ゆえ"ミス"コンテストの舞台に上がらねばならないんですか」
いやもう、答えは予想済みなんだが一応答えてくれ。
「始めはステージ脇にでも制服警官を配備しようと思っていたんだがな、主催のジェイミス・・・ああ、服飾科の生徒なんだが、そいつがむさい男なんか並べたらステージが曇るとぬかしてな。だったら女ならば良いだろうと適当に女性警官を選んで確認を取ったら、可憐さが足りないとの託宣を述べやがった。じゃぁもういい、お前が選べと都市警所属生徒の顔写真まとめて送りつけてやったら―――」
「ああ、もう良いです。それ以上聞きたくない」
頭を抱えて話を途中でさえぎった。
「まぁお前さんは仕草も女っぽいし、見た目も髪型も正直狙っているんじゃないかと思うところも有るから、適任だろう?」
ガレン氏はこちらが断らないと決め付けて気軽に言ってくれた。
・・・まぁね。ツェルニに着てからこっち、不良学生と乱闘ばかりしてて忘れかけてるけど、僕の本職は舞踊家だ。いや、グレンダンでも戦闘ばっかりだったけど。
とにかく、女形と言うジャンルを幼少の頃より叩き込まれた僕は、自然と仕草や行動が女性的なものになった、らしい。自分では良く解らないけど。
ロスさんにも初対面の時に何で男子の制服着てるんですかと聞かれたくらいだ。
お陰さまで顔立ちも、体格まで女性っぽくなってしまったのは何か成長ホルモンの分泌とかに問題があったんじゃないかと疑いたくなるありがたさだが。
「まぁ、そう言う訳だ。衣装は向こうが用意するらしいから、適当に媚でも振りまいてきてくれ。ああ、ついでに―――」
最後に付け加えるように言われた言葉に、僕はまたしてもお茶を噴出した。
「オホホ、おハルさんたらなんて美しいのかしら」
「ウフフ、ロスお嬢様には叶いませんわ」
・・・野外特設ステージの舞台裏は、夏の日差しの中季節外れのブリザードが吹き荒れそうな有様でした。
向かい合うのは、艶やかな振袖姿、黒髪に琥珀色の簪を煌かせた美少女こと僕。
そしてフリフリのお姫様ドレスを装着し、銀色の髪をアップに纏めたフェリ=ロス女史。
無言でお互いを褒めると言う名の罵倒をしながら、お互い思っている事は一つ。
お前は何故ここにいる。
「・・・いや、ホントに。ロスさんこういうのに出るキャラじゃないでしょ」
「おハルさんにはお似合いのステージですけどね。ええ、何故私も自分が此処に居るのか少々、いえ大いに疑問です」
ロスさんは愛らしい衣装を纏ったまま、何時もどおりの毒舌を吐いていた。
舞台の向こうでは報道科の司会者がステージ前に集まった大衆をアジっている。 夏の熱気そのままの大歓声を聞いて、ああ、斬剄叩き込みてぇなと思ったのは当然の帰結だと思う。
聞けばロスさん、何でもクラス推薦で選ばれてしまったらしい。たまたま一人で―――僕とつるんでない時は基本的に一人だねこの人―――で商店街まで足を運んでしまったら、揚々と参加登録に来たと思われたらしい。
で、訳のわからぬうちにメイクアップされて現在に到る、と。
「・・・自分が此処に居なければ指差して笑えたのに」
口元を扇子で隠してそう呟いたら、豪奢なドレススカートに包まれたヒールの高い靴が脛を狙ってきた。
・・・ドレスが重すぎたか、何時ものキレが無い。それどころか、ロスさんは体全体のバランスを崩して、こちらに倒れこんできた。
「おっと」
素早く足袋に草履を履いた脚を動かして彼女を抱きとめる。
振袖姿の少女に抱きとめられるドレス姿のお姫様。・・・何だか、百合百合した趣味の人たちが喜びそうな構図である。つーか、撮影部の人が写真取ってる気がするのは気のせいじゃないよね。
ロスさんは僕にしがみついたまま恨めしそうに見上げてきた。
「・・・随分、その格好になれてますね」
「まぁ、着物は仕事着みたいなものですから」
舞台に上がる時には何時も来ていたと説明したら、より一層不機嫌な顔になった。
「私はこんな格好をするのは初めてです」
「そうですか。あー、似合ってます、よ?」
僕の言葉にありがとうございます、とロスさんは実に無表情に笑った。
・・・そろそろ彼女との付き合いも長くなってきた。ようするに、地雷を踏んだ事に、僕は気付いた。
「ええ、まったく。知ってますか?私とおハルさんって同じクラスなんですよ?」
夏の日差し。間違いなく降り注いでいるのだが、何故だろう。とても寒い。
「推薦候補は私以外にももう一人出場を争っていた方がいらしたらしいんですけど、おハルさん、知っているかしら。一票差で私が勝ったんですって」
その勝敗を分けた一票は、最後に送れて投票されたとか。
ああ、そう言えば。普段話さない、正直名前も覚えていない女子と、ロスさんの名前を並べられて、どっちが良い?とか誰かに聞かれたような記憶が、無きにしも非ず。
現状は、がっちりと胸倉をつかまれて、離れられそうに無い。
眼下にはドレス姿のお姫様。お姫様のガラスの靴は、当然、ハイヒール。
それが今まさに、僕の足に打ち落とされんとして―――。
「あれ、足袋を脱いだら裏側が真っ赤だったんだよね・・・」
日も暮れ、オフィスを後にして自室に戻り、その痛みを反芻して身震いした。
ベッドに転がり、天井を見上げる。結局、その後ミスコンは滞りなく・・・まぁ、軟派で軽薄と評判の報道科の司会者が元恋人に刃物を持って襲われると言うちょっとした事件があった後、無事に片付いた。
優勝は、勿論お姫様。因みに振袖姿の美少女は元々オブザーバー枠だったので投票不可だったらしい。・・・それでも、何故か無効票を総合するとお姫様と一票差だったとかで、頭が痛くなってくるが。
視線を、作業机の上にずらす。
都市警察の事件報告書には乗っていない、ミスコンの舞台裏の写真が、何枚かの他の写真と共にコルクボードに貼り付けられている。
その写真に写っている、抱き合う二人の美少女の顔は、勿論―――。
※ やぁ諸君、元気かい?
何だろうね。感想を見ていたらミスコン、ミスコンと要望が多々あるじゃないか。んで、たまたま暇だったりしたわけだよ。
後は、解るだろう?
・・・・・・と、言うわけで。アレです。ゴールデンウィーク特別企画みたいな感じ。久しぶりに即興で書きました。
投稿フォームに直書きって9話くらい以来じゃね?
始めは番外で超ショートのつもりで書き進めてみましたが、完成したら何故か何時もどおりの長さになってましたので
話数も正式なものにしました。制作期間一時間の割りに、長くなった・・・。
ところで、主人公の容姿が披露されたのが実は初めてだったりしますけど、コレは当初から決めていたものだったりします。
西洋人形(フェリ)に対する日本人形(カテナ)という並べ方。
また気が向いたら突発でやりたいですねー。んでは、次回第一部最終回をお楽しみにー。