「そういえば、無事に審査が降りたらしいな、新しい小隊」
「ですね。ですので仕事減らしてください。給料そのままで」
「安心しろ、給料は据え置きだ。しかもサービスで仕事の量も据え置いてやろう」
・・・・・・・・・。
ようするに何時ものくだらない会話の一幕である。
入学式を一週間前に控えるとなれば、この学園都市ツェルニにおいて忙しくない部署など存在しない。
当然僕が働いている都市警察も、市外から訪れる外来の人間達に対する警備を理由に、色々な所に人手を借り出されている。
ここ、強行突入課とて例外ではない。
何時もはそれなりの人数が忙しなく動き回っている雑然としたオフィスが、僕とガレンさんを除いた全ての人間が外で見回りに借り出されてしまっていた。
ガレンさんは責任者として、僕は『もしも』の時要員として確保され、こうして二人してグダグダと管を巻いているところだった。
はっきり言って暇だ。
ここ最近はいよいよ発足した試験小隊改め第17小隊の訓練も本格化してきており、都市警の仕事とあわせて忙しい日々を送っていた。
因みに、ロスさんとお茶しばく時間が減ったお陰で財布が暖かいかと思わせておいて、普通に訓練終了後に公園の屋台を冷かしていたりするものだから、実際その辺は余り変わっていない。
「暇だって言うと、事件が起こるんですよね、大抵の場合」
「お前さんはそう言う物に好かれているからな」
その一部が何を言うか。笑いながら睨みつけてやったら敵も然る者、手鏡を覗きながら髭を弄っておりこちらを全く見ていなかった。
「で、実際使い物になりそうなのか、小隊は」
「小隊長殿はやる気に満ち溢れていらっしゃいますけど、ねぇ」
それ以外のメンバーは、共同歩調でも採っているかのごとく、やる気がかけている。
アントーク隊長怒鳴る。
エリプトン先輩逃げる。
ロスさん無視する。
そして僕は・・・いやさ、何で僕が言い訳係になっているんだろう。
「有望な新人に代わってもらいたいなぁ」
僕じゃぁあの人の怒りは抑え切れん。
「確かに、お前さんは集団行動は苦手そうなタイプに見えるな」
呟いた言葉が誤解されたらしい、ガレンさんに苦笑いされてしまった。
そんな事は無いだろうと憮然な顔をして見せたら、思わぬ言葉で反撃された。
「俺はこの一年で、お前さんがあの会長の妹以外の人間とまともに話しているのを見た事が無いぞ」
うわぁ。否定出来ない。
当たり障りの無い学園生活を送って、適当に友人を増やして明るく楽しくやろうとか、一年前は思っていたはずなのに!
僕が頭を抱え、それを見てガレンさんがニヤニヤ笑っていると、強突課の事務所のドアを叩く音がした。
僕とガレンさんは顔を見合わせた。
「・・・暇な時間は終わり、ですかね
「どうだかな、それならば慌てて駆け込んで来るだろう」
「ナルキ=ゲルニと言います。その、都市警察での仕事に、興味があって、出来れば見学を申し込みたくて、来ました」
ドアを開けて立っていたのは、赤毛の、まぁ、美少女と言って差支えがなさそうな、勝気そうな少女であった。
緊張で顔を赤らめているが、言動ははきはきとしており、姿勢もビシッと整っている。
一目見て解る、武芸者だ。
本人の弁によると、入学式前に、都市警察に就労を希望していたので見学に着てみたらしい。
チラりと後ろを振り返ってみると、ガレンさんは知らんと言う顔をしている。
ノンアポか。随分度胸のある新入生である。
「・・・って言うか、見学って、本局とかに行ったほうが良いんじゃないですかね?」
ドアの前で直立した少女と、フムと腕を組んでいるガレンさんに挟まれた僕は、どちらにと言うでもなく、とりあえずの意見を口にしてみた。
「確かにな。やる気のある新入生は大歓迎だが、いきなり即決で雇うわけにも行くまい」
「あんた去年、僕に何したか忘れてるでしょう」
やれやれとばかりにデスクの端末から本局へ通信を入れるガレンさんに、思わず突っ込みを入れてしまった。
面接その日に都市外戦闘経験しましたが。
「あの、本局と言うのは?」
赤毛の少女がおずおずと聞いてきた。
「ああ、都市警察本部は此処とは別の場所に店子を構えてるんだよ。此処は因みに、喧嘩上等の強行突入課。荒事ばっかりだから余りお勧めしないけど・・・」
止めておいた方が良いよ、むしろ都市警に就労を希望する事自体を、と言う意味を込めてやんわりと少女に言ってみたら、勢い良く首ををふって力強い言葉を返してくれた。
「いえ、私は警察官になるのが夢なんです。都市の治安維持と言う仕事ならば願ってもないです!」
これまでに居ないタイプの熱血漢、いや熱血少女さんでした。
アントーク隊長もこういう子を小隊に入れるべきだよねぇ。
「荒事上等とは都合が良いな、カテナ、そのお嬢さんを社会科見学に連れて行ってやれ」
そんな事を考えていたら、端末から耳を離したガレンさんが不吉な意見を口にした。
「汚い社会の煤けた裏側なんて、夢と希望に満ち溢れた新入生に見せるべきじゃないと思うんですけど」
「社会のはみ出し者が商店街まで溢れているらしい。ちょっと出てきて、夢と希望ある光景を取り戻して来い」
そう言って人のデスクから錬金鋼の差し込まれた剣帯を、僕に投げ渡してくる。
「・・・マジで連れて行くんですか?」
「事件が起こっているのは中央通りの7番街路だ。馬鹿を始末するついでに、お嬢さんを本局へ案内してやれ」
行政府、生徒会塔から走る中央通りに面したところに、都市警察本局は存在している。因みに社会の後ろ暗い部分を担当する此処、強行突入課のオフィスは其処から幾つかの街路を折れた奥まったところに鎮座している。威圧的なのは良くないから、らしい。
「てか、ゲルニさんだっけ?よく此処の場所解ったね?」
むしろ、本局の方が見つけやすいと思うんだが。
「寮区から一番近い都市警出張所を探したんですけど、一番此処が近かったので・・・」
さいですか。
僕は僕は左右二本ずつ、計四本の錬金鋼が刺さった剣帯を腰に巻き、少女を促して強突課のオフィスをあとにした。
「先輩・・・ええっと、スイマセン、お名前は」
「ああ、ハルメルンです。ゲルニさん、で良いのかな?」
ナルキで良いですよ、敬語も要らないですと言っていたが、とりあえずはゲルニさんと呼ばせてもらう事にした。
屋根の上を飛び移りながら中央通を目指す僕に、流石に荒事上等と自分で言うだけの事はある、しっかりと追従してきている。
発剄がちゃんと出来ていると言う事だ。鍛えればきっと、将来有望だろう。
「それで、何かな?」
「あ、はい。ハルメルン先輩は、そのバッジ、ひょっとして小隊員でもいらっしゃるんですか?」
ああ、そういえば。
余り考えないようにしていた事だが、今、僕の制服にはエリートの証である小隊員の銀バッジが飾られていた。
十七、と刻まれている。
「寮の先輩に聞いたんですけど、武芸科の小隊員はエリートだから都市警になんか所属する事なんか無いって、でも、先輩は・・・」
何だろう。尊敬のまなざしが心に痛い。
訓練などを考えれば、実際問題として就労に勤しむなど時間の無駄だろうし、小隊員が都市警察に所属したがらないと言うのも理解できる。現実は所詮、安いプライドから来る問題なのだが。
此処でお金無いから働くしか無いんだよとか、きっと言えないよなぁ。
「ま、必要とされるなら、力は振るわれるべきだからね。喩え小隊に所属していたって、その辺は、ね」
止めたいけど止めさせてくれないし。
言外にそんな意味を込めて投げやりに言ってみたら、ゲルニさんにいたく感心されてしまった。
うう、心が痛いなぁ。
そんな要らない理由で胃に重石を感じていたら、目的地に付いてしまった。
少し離れた位置に見える都市警の本局を指で示す。
「僕は下で乱闘してる馬鹿を鎮圧するけど、都市警察は、ホラ、あれね。入り口の事務員に・・・」
「ミィ、それに・・・メイ!」
言うが早い。
躊躇うことなく足場にしていた立て看板を蹴りだし乱闘の現場に躍り出た。
状況を確認してみれば、怯えた二人の少女に、その周りを囲み観戦している野次馬。
柄の悪い男たちが・・・って、ああ。連中、よく都市警でお世話してるあたま悪いやつ等じゃないか。
対戦相手は、確かアレだ。連中と対抗してる不良グループ。
「ナンパにナンパがいちゃもん付けて・・・って処か」
アホらしい。まぁ、確かに。あの怯えてる美少女何かは、声の掛け甲斐がありそうな魅力的なプロポーションをしていらっしゃいますが。・・・って、よく見ると馬鹿どもの仲間に腕掴まれてるな。
ああ、で、今その馬鹿に殴りかかったゲルニさんは捕まっていた二人のお友達、と。
「・・・って、馬鹿がっ!」
錬金鋼抜きやがった、あの馬鹿共!!
新入生は今年から入学から半年間、帯剣は禁止されている。
当然、丸腰のまま殴りかかったゲルニさんは、圧倒的な不利となる。
踏み込むタイミングが早すぎたのがまずかった。馬鹿の錬金鋼の振りぬき様、それが、降ろされる最悪のタイミングで相手の間合いに飛び込んでいた。
切られる、確実に。
無論、背後からのアシストが無ければ、の話だが。
おもいきり馬鹿の頭を揺らすように鉄撥から衝剄を叩き込む。
女の子二人を捕まえていた馬鹿は、泡を吹いて地面に倒れ付した。
「・・・ハルメルン先輩?」
こちらの動きを認識していなかったらしい。
いきなり倒れた男の後ろから現れた僕を見て、ゲルニさんは驚いた顔をして急停止した。
つかまっていた女の子たちも、怖いものを見るような目で僕を見ていた。・・・傷つくなぁ、オイ。
「一応お友達を助けようとしたって事で正当防衛が適用できるけど、ゲルニさん、都市警で働きたいって思ってるんだったら、迂闊な行動は慎まなきゃ」
この際だから精一杯格好良い先輩を演じてしまえと開き直って、エリプトン先輩風に格好付けた事を言ってみた。
最近、クラスの人たちはあんまり僕らに話しかけてくれなくなってきたし、上司含む諸先輩方は僕の事をコストの掛からない傭兵か何かと勘違いしている節がある。
・・・ならば、新入生達に期待してみるのはどうだろうか。
何か野次馬の隙間から怖い視線を感じるような気がするけど、此処は一つ新たな出会いを求めて気合を入れてみよう。
僕は鉄扇を扇ぐように下から振りぬき、外力系衝剄・波衝扇を放つ。剄により作られた波濤は、理由を忘れて乱闘に夢中だった男たちをあっさりと吹き飛ばした。因みに、片手で放ったから上方へ吹き飛ばしただけで済んだが、実際は両手で放つ事により剄の波で圧殺する技である。どうしようもない程オーバーキルであるが、気にしたら負けだ。
ついでに野次馬も何人か吹っ飛んだように見えたけど、まぁ良い。見てるだけなのも同罪って事で、ガレンさんに後始末は苦労してもらおう。
「ありがとうございましたー!いやぁ、先輩凄いんですねぇ!」
「ミィ、失礼だ。本当に先輩、ありがとう御座いました。もしご一緒にお仕事できるようになったら、その時はご指導よろしくお願いします!」
「ぁ・・・とう、・・・した」
・・・結局、スタイル抜群なあの子には、最後まで怖い物を見る目線を向けられていました。
もう一人は新しい玩具を見つけたような目をしてるし、ゲルニさんは・・・うん、早めにこっちの馬脚を現しておかないと面倒な事になる気がしてきたが、もう遅いか。そんなに尊敬するような目線で見ないでくれ、頼むから。
それにしても、おんな三人寄れば姦しいとも言うか。
口々にお礼を言ってくれるゲルニさんとその友人達に別れを告げて、僕は足早に中央通を後にした。
普段はゲルニさんが虫除け役をやっているのだが、何でも、都市警の見学をしてみたいからと、別れた所が運の尽きだったらしい。
まぁ、アレだけの美少女達だ。振り返って歩いている三人を眺めてみれば、とても楽しそうに歩いている。
その姿を見送りながら、何処へ形とも無く、ポツリと呟いてみる。
「声を掛けたくなる気持ちも、少しは解りますよねぇ?」
「それで、ピンチに託けてポイント稼ぎですか。カー君もあくどいですね」
・・・・・・ああ、やっぱり?
うん。まぁ、ね。居るとは思ったんだよ。そんな気配がしたし。
でも、こう、予想以上に不機嫌な声は何とかなら無いかなぁ?
「私が居残りで隊長の特訓とやらにつき合わされている間、そうですか、カー君は新入生達と仲良くお喋りですか」
まずは蹴りを一発。その後は、適当に喫茶店でも。
過ぎ去り行く美少女達を頭の隅から追い出して、 給料日前の財布が入った胸ポケットの心もとなさに涙しながら、僕はゆっくりと振り向いた。
※ 平成ライダー、夏のギャグ回みたいな感覚でお楽しみください。
まぁ、アレです。いよいよ次回でプレ編ラスト。その後は割とノンストップで話が進むので、最後の息抜きと言ったところです。
久しぶりに何も考えずに書いたらオチが思いつかなかったので、完成したら90年代ラブコメ漫画みたいな締め方になっていました。
・・・たまには、良いか。
後は、今後加速度的に増えていく追加キャラのための前哨戦ですかねー。
いや、増えすぎるところまで書き続けるか解らんのですが。