『前方二時、及び後方八時の方向より敵影有り。距離10・15。接触間近』
「カテナっ!」
耳元に浮かぶ念威端子より響く無機質な、と言うよりはやる気の無い声を聞いて、アントーク先輩が叫ぶ。
「了、解・・・っと!」
僕は足を止め振り向きざま、両の鉄撥を抉りこむ様に前方に叩きつける。
外力系衝剄・嵐扇風。
本来であれば剄の刃による大渦で空間ごと切り刻む剄技であったが、得物が鉄撥とあっては本来の威力は発揮されない。
僅かに空間を撓ませる衝頸の波が敵を襲うに留まった。
分散された威力は足止め程度にしかならず、敵は多少動きを鈍らせた程度で真っ直ぐこちらに向かってきた。
蛇腹の様な不規則な動きを見せる腕を振るい、僕のガードを弾き飛ばす。
絶える事無い機械的な乱打により、僕は遂に耐え切れず、後方の雑木林に叩き込まれた。
『A-3。撃墜判定。試合終了マデソノ場デ待機シテ下サイ』
今度こそ無機質そのものの声が、敵の口らしき部分から響く。
「カテナ…ええい、くそっ!」
アントーク先輩のイラだった様な声は、戦闘音によってかき消された。
『6時の方向から敵影2。距離10。接触間近』
再びやる気の無い声が耳元から響く。言われなくても、その距離からなら目視出来る。
あっという間に四体の敵に囲まれてしまったアントーク先輩は、万事休す。
自慢の守備力も流石に耐え切れず、早々に撃墜判定が下されてしまった。
『・・・では、私は降伏します』
『あ~・・・、んじゃ、目が無くなったんじゃ役立たないからな俺も降参』
言うが早い。
そのやる気の無い言葉達に同調するように、野戦グラウンドに終了のブザーが響き渡る。
やれやれと木々の合間から身体を起せば、四機の自動機械に囲まれて呆然としているアントーク先輩が見えた。
「ええいっ、今日でもう三日目だと言うのに、全然連携が取れていない!このままではっ・・・!」
試合終了後の倦怠感漂うロッカールームに、アントーク先輩のきしむ様な声が響いた。
「んな事言っても、それこそまだ三日目だぜ。連携何か取れる筈も無ぇって」
「だから訓練している。それに、三年選抜との試験試合までもう一週間無いんだぞ・・・!?」
既に戦闘衣から着替えも終えて、呑気に長椅子に寝そべっていたエリプトン先輩のボヤキ声を、アントーク先輩は不機嫌な顔のまま切り捨てる。
「カテナ!」
怒りの矛先は、どうやら僕に向いたようだ。
僕は錬金鋼と繋いだメンテ用端末から顔を上げ、アントーク先輩の怒り顔を拝んだ。
因みに鉄撥は、以前新たに支給されたものである。セロンさんは嫌がって調整を手伝ってくれなかったから自分でやっていた。
「お前の衝剄に見所がある事は理解した。しかし、もっと活剄にも力を配れ。機械相手にすら踏み止まれていないじゃないか」
「だから先に言ったじゃないですか。僕は先天的に剄が練りにくい体質なんです。遠中距離ならどうとでもなりますけど、近づかれたら防ぎようがありません」
勿論手を抜いているのは事実だが、これもまた真実である。蛇君、仕事してくれない時は邪魔でなぁ・・・。
僕の答えにアントーク先輩は全然納得がいかないとばかりにため息を吐いた後、流行喫茶店、ケーキ売れ筋ランキングの紹介ページの乗った雑誌を読んでいたロスさんに視線を移した。
「フェリ、もっと探査精度を上げられないか。あれでは、正直実戦では役に立たない」
「善処はします」
前向きに。
ロスさんは顔も上げずに、悪い政治家のような言葉を無表情に口にした。
その余りに余りな対応に、アントーク先輩は振り上げた拳の落し所を見失ったらしい。
苦虫を噛み潰したような顔で、声を絞り出した。
「シャーニッド・・・っ」
「サポートする前に前衛が潰れちまったら、狙撃手に仕事は無いって」
エリプトン先輩はひらひらと手を振って、投げやりに答えた。
アントーク先輩は、そんなやる気の微塵も感じられない僕らの態度に、がっくりと肩を落として俯いた。
つまりこれが、新たな小隊の設立を目指す、彼女の現実だった。
ニーナ=アントークにより熱望され、カリアン=ロス生徒会長により強力に推進された新小隊設立の議案は速やかに議会に上申されたが、案の定それは紛糾する結果となった。
幾度かの話し合い、討論、激論、論戦が繰り広げられ、それらの落しどころとして、まずは試験的に小隊を立ち上げて様子を見るという形に落ち着いた。
その第一段階として。試験小隊と名づけられたそれと、三年武芸科の小隊員を除いた者の中から選抜された選抜二個小隊14名との間で仮試合が行われる運びとなった。
もうすぐ新入生が大挙として訪れる忙しい次期に差し掛かるため、試合スケジュールは非常に厳しいものとなって、発案者である試験小隊小隊長候補のアントーク先輩を襲った。
小隊メンバーは彼女自身と、彼女自らスカウトした、元第10小隊の狙撃手、シャーニッド=エリプトン。
そして、小隊設立を積極的に推進しているカリアン=ロス生徒会長から推薦された二名の一年生武芸科生徒。
やる気と言うものが微塵も感じられない念威操者のフェリ=ロス。
そして、時々光るものを見せるが常に詰めが甘い処があると評判の、カテナ=ハルメルン。
以上四名で、小隊最少人数を満たす。そういう事になった。
アントーク先輩本人は気付いていないが、獅子身中の虫以外存在しないところが報われない。
ロスさんは目に見えてやる気が無いし、僕は僕で、手を抜いている。エリプトン先輩は何処までやる気があるのか図りかねるが、僕ら二人が手を抜いている事を知っていて何も言わないのだから、その内心も推して知るべし、と言うヤツだ。
「このままでは、選抜との試合は勝負にもならん。どうすればっ・・・!!」
苛立ちが遂に制御しきれなくなったのか、アントーク先輩は戦闘衣に包まれた拳をロッカーに叩き付けた。
ガツンと鈍い音がして金属製のロッカーの扉がへこんだ。
「まぁ、落ち着きなさいなって小隊長殿」
「シャーニッド、これでどう落ち着けと・・・っ」
気楽に、本人為りに空気を呼んで声を上げるエリプトン先輩に、アントーク先輩はすぐさま突っかかる。
しかしエリプトン先輩は、まぁ待てとにやりと笑った。嫌な予感しかしない。
「一応まだ、試合まで一週間はある。それに、対戦相手のことも解っている。これは作戦を立てる上で非常に有利な状況だ」
つらつらと話すエリプトン先輩に、しかしアントーク先輩は難しい顔のまま首を振った。
「だがこちらも連携が全く取れていない。この状況で立てられる作戦なんてたかが知れているぞ」
「其処でお立会い、と言うヤツさ。確かにこの状況で正面からぶつかり合えば確実に負ける。なら、多少小汚い手を使っても勝ちを拾いに行くしかない。ウチには居るだろ?そういう事を考えるのが得意そうなヤツが」
「カー君そう言えば、後期の戦術理論の評価"優"でしたね。実技系は軒並み"可"しか取れなかったのに」
雑誌読んでいたお嬢さんが凄い余計な事言った。
「そう言えばカテナは、あの第10小隊の突撃戦術の対策をあっさり見つけ出したんだったな」
「だろ?此処は一つ諸葛亮にお知恵拝借ってな」
アントーク先輩がフムと頷き、エリプトン先輩が意地の悪い笑顔を向けてきた。
じゃなきゃぁ、お前が手を抜いている事をバラす。言外にそう言っている様な気がする。
「ここまできたら駄目元でも良い、少しでも案がほしい。カテナ、言ってみろ」
アントーク先輩が僕に期待の視線を向けてくる。
僕はため息を吐くしかなかった。
この金髪どもめ。後悔させてやる。
「勝利を得ることが出来るか否かと言えば、答えはどちらとも、としか言えません。こう言ってしまうと嫌がるかもしれませんが、次の試合での勝敗は、あまり大勢に影響はありませんからどっちでも良いと思いますし」
「何を言う、勝たなければ小隊の設立は有り得ないのだぞ・・・!?」
話し始めた矢先、アントーク先輩が行き成り突っかかってくる。
「では先輩方に聞きますけど、現状で我が定員ギリギリの試験小隊が定数が揃っている選抜の、しかも二個小隊を相手に勝てると思いますか?」
戦力差は、単純に四対一。どう頑張ってもこの数の差はひっくり返せないだろう。
案の定、アントーク先輩もエリプトン先輩も、揃って首を振った。
「そう、勝てないんです。現役小隊員である先輩たちが勝てないと判断している以上、この試合を企画した学部の首脳たちも勝てるはずが無いという事は理解しているんですよ。と、言う事はこの試合に求められているものは勝利ではなく、別のものとなる」
「別のもの、か」
エリプトン先輩は呟いて考え込んでいる。
アントーク先輩はイマイチ納得していない顔をしていたが、僕は先を進めることにした。
「ええ、別のものです。大体僕たち・・・ん?ああ、まぁ、僕たちで良いです、もう。とにかく、僕たちの目的も、次の試合で勝利する事では無いですしね。ようは小隊の設立さえ認めさせればそれで良いんです。そこが最終目的ですから」
なるほどねぇ、とエリプトン先輩は頷いた。
「なるほどねぇ。つー事は、勝てないにしても勝つ可能性を見せれば良い訳だな。んで、その具体的な策も勿論用意してあるんだろうな」
エリプトン先輩の言葉に、アントーク先輩も身を乗り出した。
僕は頷いて、あっさりと言った。
「10小隊の作戦をパクります」
先輩達は揃って目をむいた。
ロスさんは一人、無言のまま口元を少し動かした。ばかですねぇ。
僕は肩を竦めて話を続ける。
「効率的に見ても役割分担が確定しているあの作戦は都合が良いです。馬鹿でもそれなりの成果が挙げられますし、何より見栄えも良い。実戦では全く役に立ちませんが、とにかく真面目に戦っているようには見えます。そして、政治的な意味でも僕たちが10小隊の策を用いるのは深い意味を持ちます。理由は・・・」
チラリと視線を送る。
寝転がっていた身体を起して、エリプトン先輩は大きなため息を吐いた。
「俺が居る」
「ええ、その通り。つまり僕らはこの小隊を何としても成立させたい。そのためならば毒も皿も飲み干す気概があると言う証明になります。喩え真実がそうでなくても、小隊の設立を支援する生徒会長はそういう風に捉えて利用してくれるでしょう」
小隊の設立は僕たちだけの目的なのではないのだから、戦いも僕たちだけでする必要は無い。
少ない人数を用いて局地的な勝利を得る。
三人がバラバラに自分の仕事を果たしているだけなのに、何故か連携が取れているように見える効率の良い隊列だ。
錬度が上がれば、より一層大きな勝利が拾えるのではないかと思わせるには充分だろう。
僕はそう言って意見を閉じた。
ロスさんは退屈そうに雑誌を読んでいる。もっとも、先ほどからずっと同じページが開きっぱなしだが。
エリプトン先輩は面倒くさそうに頭をがりがり掻いている。ははは、僕に意見なんか振った事を後悔するが良いさ。
そしてアントーク先輩は、深く考え込むように顎に手をやって俯いていた。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
強い意志の宿った瞳が、其処にはあった。
「解った。作戦はこれまで通りとする」
エリプトン先輩はぎょっとした顔をアントーク先輩に向けた。
パタン、と。ロスさんが雑誌を閉じた。
僕は肩を竦めた。
「一応、納得の行く理由が欲しいんですけど」
僕の問いに、アントーク先輩は強く頷いた。
「お前の作戦は正しいと思う。だが、最善ではない。それはあくまで止むを得ない、次善の策に過ぎないと、私は思う。それに、私の目的は小隊の設立では無いからな」
「は?」
思わず、間抜けな声で問いかけてしまった。ひょっとしたら、失笑していたかもしれない。
ならなんで、僕らはこの茶番につき合わされているんだ。
「私の目的は、私の小隊で、私自身の力で、都市を、ツェルニを守る事だ。小隊の設立は、そのための手段。目的を達成するための過程でしかない」
目標は果てなく遠く、高い。
だから、こんな所で小細工を弄している場合ではないのだと、アントーク先輩は真摯な瞳でそう言った。
「もう一度連携を見直し、個々の動きをさらに洗練させる。正面から堂々と挑み、そして勝ち取ってみせる。私の小隊を」
凄い。
凄いぞこの人。
完璧な理想論。勝率の見えない大博打だ。
世の中色々と汚れた大人を見てきたが、こういう打算も何も出来ないあたまの悪い人は初めてだ。
なるほど、これがカリスマと言うものなのか。僕は以前に聞いた生徒会長の言葉に納得してしまった。
ニーナ=アントーク先輩。
真摯な、熱い瞳。僕が決して持ちえないもの。その、力強い声。
それが折れる瞬間は、出来れば見ないままで居たいと、僕は思った。
まぁ、だからと言って、僕がこの人に何かしてやれるわけでもないのだが。
そもそもにおいて、彼女を取り巻く状況は最悪だ。
ロスさんはやる気が無い。エリプトン先輩は行動がイマイチ読めないし、隊の創設を後押ししている生徒会長は、腹黒い事この上ない。僕の事は、考えるまでも無いだろう。
でも何でか、この人なら何とか出来そうな気もするんだよねぇ。
「明日からの訓練はより厳しく行く。全員、覚悟しておけ」
アントーク先輩のその言葉に、僕はやれやれと笑いながら頷いた。エリプトン先輩は苦笑いで肩を竦め、ロスさんは、そんな僕を呆れた目で見ていた。
新学期を間近に控えた学園都市ツェルニに、大きなニュースが飛び込んできた。
第17小隊の設立。
そして、その時はもう直ぐ其処まで迫っていた。
※ 訓練の見学は随時募集。差し入れには胃薬をお願いします。
結局小隊が活動開始するまで二十一話も掛かったよ・・・。
思えば遠くに来たものです。
それにしてもカー君はシャーニッド先輩に何か怨みでもあるのだろうか。男にはやたらと厳しいよね、彼。
追記: ども、何時もご感想ありがとうございます。作者です。
ご覧の通り、恥も外聞もなく修正してしまいました。治す前の展開も個人的には好みだったのですが、流石に評判が悪すぎましたので
いっちょ大々的な修正に走ってみました。
ニーナ隊長は原作のど真ん中辺りに立っている人なので流石に弄り難く、頑張って持ち上げるようにしていたのですが、
今回はそれが大きく裏目に出たと思います。今までの描写からして、確かにあの論理展開は無理がありましたよねぇ。
と、言うわけで、今後ともどうぞよろしくお願いします。
あと、主人公に一貫性が無いのは割と初めからって事実に気付いた。
一話の頃と別人だよね、彼。