「私からの意見としてはまず、アレだ。たまには勝利して欲しい」
「とりあえず四回に一回程度、勝っておけば良いでしょう?」
都市中央にある政庁、学園都市なので生徒会塔の一番高い位置にある生徒会長室。
無駄に豪華な執務室の脇にある、これまた無駄に豪華なソファに腰掛けながら、僕はカリアン生徒会長と対面していた。
議題は当然、新設される小隊の事だ。
これ以上参加を拒めないような場所まで追い込まれてしまった以上、参加した上で如何に手を抜くか全力を尽くす。
カリアン=ロス氏は僕のやる気の無い意見に、全く問題ないとばかりにフムと頷いている。
「新設の小隊だ。勝ちすぎるのも良くないからね。ああ、でも、近々行われる三年武芸科の選抜との試験試合だけは確実に拾ってくれたまえよ?」
「割と確実に勝たないと、小隊の設立にいちゃもん付けるヤツも増えるでしょうからね」
尤も、もし本当に難癖つけてくる輩が居たら、この人に何とかしてもらう予定だが。・・・自分だけ楽しようなんて、甘い甘い。
ついでに頼める事は頼んでおこうと言葉を続ける。
「支給品の錬金鋼、入学する時提出した書類と同じ仕様で用意して置いてください。そっちの方が加減が効いてやりやすいんで」
手配しよう、と頷いてカリアン生徒会長はテーブルの上においてあった瀟洒なベルを鳴らした。
タイミングを置かずに秘書・・・いや、腕章は書記だったが、の女性が入室してきた。
生徒会長が耳打ちすると、その女性は一つ頷いて退出した。・・・何処かの株式会社の社長室か何かか、此処は。どちらも学生らしさは微塵も感じられない。
「錬金鋼は今夜にでも君の住居に届く筈だ。それから、肝心の都市戦に関してだが・・・」
「ウチを遊撃班に回すように工作して下さい。かくれんぼは得意なんで、どうとでもなります」
善処する、と言いながらカリアン生徒会長は言葉を濁す。そして、実に言い難そうにその名前を口にした。
「だが、・・・。フェリはちゃんと」
「政庁の上にフラッグが立っているって初めからわかってるんですから、一々念威サポートもいりませんよ。戦争って言っても、ごっこに過ぎませんからね、結局」
ついでに言えば、いざ乱戦となれば小隊から独立して動くつもりの僕としては、逆に真面目に念威サポートを取られても困る。
僕がそう答えるとカリアン生徒会長は深々とソファに身体を押し込み、大きく息を吐いた。
「本音を言えばね、君みたいなのに頼らずに勝てれば良いと、真剣にそう思っているよ」
「・・・実際のところ、どうなんですか。小隊のエリートにしたって、幼生体の殻を破れるかどうか疑問な連中がゴロゴロしてますけど、アレで他所の都市と戦争なんか出来るんですか?」
生徒会長は率直に、やってみなければ解らないと首を振った。
「武芸の事は専門家では無いから答えにくいのだがね、前回の都市戦での我が武芸科の、あの有様を見てしまえば、どのような劇薬でも使わざるを得ないと言うのが、生徒会長としての私の意見だ」
前回は、戦う戦わない以前に、何も出来ないうちに負けたという体たらくだったらしい。
相手に優秀な念威操者でも居たんだろうか。それともウチの武芸科だけ、やたらとレベルが低いとか?
「戦争ですしねぇ。僕が一人で勝ってても、周りが負けて御仕舞いってケースも想定してるんでしょうね?」
「都市戦が行われるのは、例年前期の授業が終了した辺りからだ。従って、前期の武芸科のカリキュラムは防御的な講習を増やすように提言してある」
抜かりは無い、と言えるほどの物でも無いがねと、カリアン生徒会長はおどけて見せた。
「それに余り心配しなくても構わないよ。君はどちらかと言えば鬼札だ。切り札は、別に用意しているからね」
なるほどねぇ。
どうりで、僕の言いたい放題を聞き流せる余裕があるわけだ。
「どっかの傭兵団でもスカウトしたんですか?」
サリンヴァンとか。・・・無理か、高すぎるな。
「仮に傭兵団をスカウトできたとしても、それが学園都市連盟にバレてしまえばお仕舞いじゃないか。学園都市は、学生によってのみ賄われないとね」
新入生に期待の新星でも見つかったって事なのかねぇ。しかも僕以上に強いのか。まぁ、グレンダンでは道場主クラスになればアホみたいに強かったけど、歳が歳だし、在り得ないよなぁ。若さで言えば・・・ああ、いや、それは無いか。
期待しておくと良いよと言うカリアン生徒会長の言葉に、期待してますよ、真剣にと答えた。
サボれるならそれに越した事は無いしね。
「それにしても、随分あっさりと入隊に同意してくれたね?」
さっきの秘書の人がお茶の代わりと、ついでに錬金鋼(早かった)を持ってきてくれて一息ついたところで、カリアン生徒会長はさらりとそんな事を口にした。
もうちょっとゴネるかと思っていたのだけどなどと笑っていらっしゃる。
何か凄くムカっときたので喧嘩を吹っかけてみる事にした。
「妹さんに泣かれましたからね」
お茶吹いた。そして咽た。会長室のドアが開いて、秘書さんが慌てて布巾を持ってきた。
背中をさすっている。
今のうちに写真でも撮っておくべきだろうかと悩むが、秘書さんの目が怖かったので止めておく事にした。
「因みに、プライベートの事なので詳細は話しませんけど」
聞きたかったら妹さんにでも聞いてくださいと言って締めた。
ゴホ、と最後に一つ咳をして、生徒会長は居住まいを正し、そして苦笑を浮かべた。
「・・・まったく、やってくれる。私の次の生徒会長、案外君が相応しいのかもしれないな」
今度はこっちがお茶を吹く番だった。
いきなり何を言い出すんだこの人。
「授業態度に生活態度も悪い人間に、そんなの勤まるわけないでしょう」
第一、面倒だ。
「だが実務能力は充分だろう。その歳では・・・恐らく、私以上に世慣れもしている。ディン=ディー辺りが時期生徒会長候補の筆頭かと思っていたが、都市存続のみを考えれば、君も充分に相応しいと思うね」
微妙に嫌な評価だな。それよりも、
「ディン=ディーってどちら様でしたっけ?」
聞き覚えがあるような気がするんだけど。そう聞くと、生徒会長は作りではなく苦笑していた。
「君にも一応縁がある人間だろう?第10小隊の次期隊長さ」
第10小隊って・・・ああ。思わず顔をしかめてしまった。
あの特徴的なスキンヘッド。考えるまでも無い、恋の鞘当三角四角の一角を担う男のはずだ。
「・・・駄目でしょう、その人選は。夢を見すぎて足元が覚束無いんじゃないですか」
エリプトン先輩の話から察するに、ディン=ディーは戦術的な勝利にこだわって、戦略を見落としてしまうタイプだ。
カリアン生徒会長もその辺りは批判しなかった。
「その部分は些かも否定する事はできない。だがね、先頭に立つ人間は後に続く者たちに夢を示す事も必要なんだ。彼はその点、充分な力がある」
「それが悪夢だったらどうするんです?上の人間が悪夢見たさに彷徨っていたら、下の人たちは不幸ですよ」
例えばそれは、あの狂った都市グレンダンのように。
積極的に戦いを追い求め、そしてそれを肯定する中枢の人間たち。それを疑問と思わなくなった市民たち。
あそこに居たら人は狂う。
「それは周りの人間が上手く手綱を握れれば問題は無い。・・・ああ、問題は無かったのだが、もうそれも望めないだろうね」
止められる人間は、彼の傍を離れてしまったから。
生徒会長は言外にそう言っていた。
誰とは言わないけど、僕にもそれが誰だかは理解できた。
二人してため息を吐いてしまった。
僕は気分を治すために話題を変更した。
「ところで、新しい小隊の隊長って、何処の何方なんですか?・・・なんでも自薦だったとか」
「ああ、フェリ・・・、妹に聞いていなかったのかね?いや、凄かったよ彼女。シャーニッド君の襟首を掴みながらこの部屋に押し入ってきてね、突然言ったのさ」
小隊の設立を宣言します。
堂々はっきりと言い切ったらしい。
「・・・よくそれにOKしましたね」
僕だったらベルを鳴らして秘書さんを呼んでいるところだ。
そう言うと、カリアン生徒会長はそのときの事を思い出していたのか、楽しそうに笑った。
「彼女はなんと言うか・・・、そうだね。ユニーク。いや、ああいうものこそを真に、人の上に立つカリスマ性の持ち主と言うのかもしれない。あの輝きを見て引き込まれない人間は居ないと、私は思うよ」
どうやら相当の大人物らしい。
それにしても、話から察するに隊長は女性なのか。凄い女傑なんだろうな、例えば10小隊の縦ロールの人みたいな。
カリアン生徒会長は、その姿を想像する僕を見て、楽しそうに膝の上で手を組んだ。
「だから少し楽しみだね。まったく持って現実主義なキミが、夢を見る事など欠片も良い事だと考えていないキミが、彼女と出会う事によってどう変わっていくのか。ああ、実に楽しみだ」
そう言って、カリアン=ロスは眼鏡を光らせて不適に笑った。
で、結局誰なんですか。
不吉な予言を退けて先を促した僕に、生徒会長はあっさりと口を割った。
ニーナ=アントーク。
武芸科二年。元第14小隊隊員。
彼を迎え入れる舞台は、今まさに完成の時を目前としていた。
※ 前回が余りにもせ~しゅんぐらふぃてぃ過ぎたので、今回は駄目な大人の会話。
・・・たぶん二人とも、年齢十個くらいサバ読んでる。
さて、遂に二十話の大台です。
原作の開始がどうやら二十四話からで確定しそうですから、プレストーリー的なのも残すところ後三回。
ありがたい事にこのままいけばアクセス数10万突破も夢ではない位置に来ました。それを記念して何かやりたいんですよね。
大Q&A大会とか。・・・でも考えたんだけど割と適度に質問には答えてるような気もするんだよねー。まぁ、アレです。
質問とかあったら感想の方にコメント欄の冒頭に『質問』とつけた上でコメントでも下さい。多かったら本当に実行します。