「隣、良いかね」
「出来れば遠慮したいですね」
「そうか、すまないが諦めてくれたまえ」
ある昼下がり、最近滅多に無い一人だけの昼食を過ごす事になってしまったため、たまには違う事をしてみようと公園に出て昼食を取ることに決めた。
遊歩道沿いに展開している屋台で弁当を買って、公園のベンチに座ってさぁ昼食だと弁当の蓋を開けたところで、突然声を掛けられた。まぁ、どうやらこちらを気にしているらしい事は、校舎を出た後から気付いていたんですが。
流れるような銀髪。整った鼻筋、切れ長の眉。
眉目秀麗と呼ぶに相応しい男性。
「自己紹介はした方が良いかね?」
「どんな時でも礼節は弁えるべきでしょう」
棘のある僕の物言いに、男はフムと頷き自らを名乗った。
カリアン=ロス。学園都市ツェルニの生徒会長。
学園都市の生徒会長は、普通の都市で言うところの市長と同じ意味を成す、都市の最高責任者だ。
選挙により選出され、彼は今年5年生でありながら既に任期二年目となる。
「まぁ、むしろあの子の兄だといった方が君には早いかな」
「そうですね、妹さんには甘えられてもらってます」
それはそれは、とロスさんの兄君は笑ってらっしゃるが、手に持ったサンドイッチが少し潰れているのは気のせいでは無いだろう。
「それで、君は名乗ってはくれないのかね?」
「名乗るほどの者では無いので」
目だけ笑わず口元に笑みを浮かべている。中々、器用な真似をする人である。
「フォーメッド君の言っていた通り、一筋縄では行かない男らしいね、カテナ=ハルメルン君」
フォーメッド。
間違い無く都市警察課長補のフォーメッド=ガレン氏の事だろう。
あの悪びれない笑顔が目に浮かぶようだ。
「先日彼の都市警察課長就任の内定があってね。ソレが縁で少し君の事を聞いていた」
「それはそれは。妹さんに話してもらえばよほど僕の人柄が理解できたでしょうに、聞"け"なかったんですか?」
どう考えてもこちらに実のある話になるはずが無いのだ、初めから容赦する必要も無い。
いっその事わかり易いくらい喧嘩を吹っかけるつもりで言ってみたが、其処は流石に生徒会長といった所か。肩を竦めて苦笑するだけだった。
「フォーメッド君が手放しで君を褒める理由が解るね。頭も切れるし、決断力もある」
「ガレンさんが僕を持ち上げる理由なんて、小隊員のエリート様方がこっちに人を回してくれないから、僕を使わざるを得ないと言う理由でしかないんですがね」
「ああ、確かにソレもあるかもしれない。だが彼は、喩え手駒が少なくても、使えない人間を無理に使う人間では無いだろう?」
言外に、だからそういうシステムの頂点に立つお前の責任だと言って見たが、駄目か、これも。
『たかが』学校の生徒会長の割りに、随分貫禄があるな。きっと向こうも、たかが一年が、などと思っているのだろうけど。
しばらく無言のまま、お互い昼食を取る。
そして唐突に、カリアン=ロス氏は言った。
「君はグレンダンの出身だったね。武芸の本場、槍殻都市グレンダンの」
「流石生徒会長、よくご存知で」
アイスクリームを食べながら目の前通り過ぎていくカップルを眺めつつ、僕はあっさりと認めた。
「フム、少し前に別件でグレンダンの事を調べていてね。そのついでに、君のことも少し調べさせてもらった」
・・・この糞が、面倒な事を。
「それで、何です?懲罰部隊になんて所属していた危険人物は放逐ですか?」
僕はグレンダンでは強襲猟兵部隊という、犯罪者、及び命令違反者に対する懲罰として構成された部隊の小隊長を務めていた。
都市外装備に身を包み、汚染獣の群れの中枢、母体への突撃を主命とした、地獄への片道切符を強制的に切らされた部隊だ。
当然、生還率は恐ろしいほど低い。一種の極刑と同じ扱いであると言える。
「まさかまさか。君が何の前科も犯していない事は、学園都市連盟が保障している。君はその危険な部隊で一年以上の長きに渡り生還を果たしてきた、優秀な武芸者だ」
大げさなほどにこちらを褒め称えてくる生徒会長に、僕は、ホラ見ろ面倒な事がやってきたと思うだけだった。
「だがね、ハルメルン君。そんな優秀な武芸者の君が、何故か武芸科の前期考査では優良可の可でしかなかった。模擬戦の対戦成績も負け越している。これが実に不思議でならない」
「手を抜いてますから」
「認めるのかね?」
認めない必要がありますか、僕は逆に聞き返してやった。
気が弱い人間だったら、案外自己嫌悪にでも陥る場面なんだろうが、何、相手はこちらを良いように利用しようとしている人間だ、遠慮する必要など無い。
「奨学金を支給されている人間が積極的に授業をサボタージュしていると言う事実は褒められる物では無いな。私もこのツェルニを預かる人間として、学園都市連盟に報告する義務が発生する」
優雅な仕草で胸ポケットから小型レコーダーを取り出して、カリアン=ロス氏は笑った。
「ああ、ソレは大変だ。まぁ、非公式な発言ですし、何処にも証拠が残らなければ平気ですよ」
僕は、制服の肩に乗っていた『時期外れの』桜の花びらを指で示して、笑い返した。
カリアン生徒会長の手に乗ったレコーダーから、ノイズ混じりの音が響く。
彼は大きくため息を吐いた。
「で、もう良いでしょう?結局アンタは僕に何をさせたいんです」
断りますけど一応聞きますと、僕は先を促した。
「本当に頭が切れるねぇ、キミは。その判断力と実行力を見込んで、頼みがある。報酬は奨学金ランクの引き上げ。都市警察への君の昇進の働きかけ、頼みたい仕事は・・・」
「戦力不足が予想される第10小隊への加入」
言葉を引き継いだ僕に、カリアン生徒会長は流石に呆気に取られた顔をした。
「・・・・・・正解だ。という事は、答えも私の予想通り"了解"で良いのかね」
良いわけ無いだろ。
「却下です」
「理由は。小隊員を演じるなど簡単な仕事だろう、君には。報酬だって、奨学生の君にはそれなりに魅力的だと思うが」
「お陰さまで危険手当と勤務超過手当てもそれなりに付けてもらっていますから。それに、貴方の働きかけが無くても、僕を買っているガレンさんが、昇進の手配くらいしてくれますよ。別の理由が欲しければ、アレです。10小隊の人間が納得しないでしょう。僕は武芸科では評判が良くないですからね。・・・いい加減、言葉騙しで恩を売るような真似は止めろ。不愉快だ」
僕が貧乏暮らしをしながら給料の大部分を投資に当てている事だって、当然調べているのだろうに。
それにしても久しぶりだなぁ、『オトナ』を相手にするのは。
なまじ小隊長なんて身分だったから、グレンダンでも何度もこういう場面が合った。
何時も何時も、こういう人種は話が回りくどい割りに、中身が無くて好かない。
「なるほど、大人の理論は通用させて貰えないか」
「今更何を言っているんですか。僕らは学生。子供ですよ?」
大体、僕がグレンダンを出たのは、そう言う面倒な社会が嫌だったからだと言うのも、理由の一つだ。
「・・・では、多少恥ずかしいが本音で行こう。私はこのツェルニを守りたい。そのために君の力を貸して欲しい」
うん、その方が好感が持てる。
だからといって、了解するわけではないのだが。
「面倒だからゴメンですね。大体、守りたい理由は何ですか」
「このツェルニに愛着があるから、では足りないかな?君は、武芸者としてツェルニを守るために戦ってはくれないかね」
シンプルで形が無くて、だからこそ好ましい答えだ。良い生徒会長なんだろうね、この人。
「一年生ですよ、僕は。まだ大して愛着も無いココを守る理由がありません。何せ学園都市です。長い人生で言えば足掛けみたいな場所じゃないですか」
このツェルニに住む武芸者全員に言える問題だが、ようするに此処を命がけで守る理由が薄いと言うのがあるのだろう。
それがこの都市の武芸者のレベルの低さの一因になっていると、僕は考えている。
何せ、生まれ故郷は別にある。喩え此処がなくなってしまっても、元居た場所へ戻るのが多少早くなるだけだ。
カリアン生徒会長もその辺の問題は理解しているのだろう。
一つ納得した顔をして、言い方を修正してきた。
「なるほど確かに。唯の入れ物に興味は無い。君はそういう人間だろうな。だが場所そのものではなく、此処でであった守りたい人間などは居ないかね。此処がなくなってしまえば、その人とも別れ離れだろう」
守りたい人、ねぇ。まぁ、守っても良いかなと思わせる人なら、居るが。
「どの道僕は実家に帰る予定は無いですし。仮に此処がなくなっても、まぁ、無くならなくても、あの子一人ぐらいなら、何処か遠くへ連れて行って養う事も出来なくは無いです」
短期でハイリスクな投資を繰り返していたら、運良くそれなりの額が手に入った事だし。
肩に乗っかっていた花びらが風も吹いていないのに揺れた。
カリアン生徒会長は、僕の言葉に含むところ無く笑って見せた。
「手ごわいね、君は。だがさっきの話、本当に実行したりはしないだろう?」
「そりゃしませんよ。あの子、何だかんだでお兄ちゃん大好きですから」
僕が肩を竦めると、桜の花びらが、空に舞い上がった。
カリアン生徒会長はソレを見て、やれやれと笑いながら立ち上がった。
「将を射んと欲すればまず馬から、と言うヤツだね。いやいや、中々面白い時間を過ごせた。感謝するよハルメルン君」
一言最後にそう告げて、カリアン=ロス氏は公園を後にした。
その背中を見送りながら僕は、精々馬に蹴られてしまえと、どうでも良い事を願った。
後日、実際蹴られたのは、僕だったわけだが。
※ この二人は仲が良いんじゃないかなと思います。譲れない部分を除けば。
ところで、一つ誤解の無いように言っておきますと、私はレジェンドも聖戦も読んだ事はありません。
このSSは基本的に鋼殻本編の知識のみで作成しています。
・・・後は、wikiくらい?だから、原作の裏話とか、未だに明らかになっていない部分は解らないなりに解らないように
書いて居たりします。だから何が言いたいかというと、頼む、細かく突っ込まないでくれ!聞かれても解らないから!!
これで今後、原作で廃貴族に関する重大な秘密とか明かされたらどうにもならんよねー。