振り下ろされる鉄腕を寸前で避ける。と、言うか軽く掠らせる。
ひりつくような感触と共に、細い剄の糸が、腕に絡まるのを感じる。
僕はためらうことなく右の鉄扇に剄圧の刃を纏わせ糸を切断しに・・・掛かったら駄目だろ。
諦めてバックステップで距離をとる。
当然、相手は糸を通した化錬剄による打撃を繰り出してくるのだから、僕は糸の絡みついた腕に剄を集中してガードを・・・する訳にもいかないか。
全身満遍なく剄を通してとりあえずの防御として形を整える。願わくば勘が良い程度に思ってくれることを祈りながら。
瞬間、腕が弾き飛ばされるような衝撃。
蹈鞴を踏んで相手を見れば、無言のまま拳を構えて突進してくる相手の姿が見えた。
左の鉄扇で斬剄を放てば両断する事など容易いだろうが、まさか訓練場をスプラッタな光景に染める訳にも行くまい。
地を這うような姿勢から繰り出されるボディブローに対して、僕はそれが炸裂する瞬間その力に逆らわず後方に飛んだ。
衝撃吸収材を張り巡らせてある壁に激突。
そのまま床に倒れこむ。
「ここまでにしておくか」
僕を思い切り床にたたきつけた厳つい男は、残心を解き身体を起した。
「ありがとう・・・ございました」
僕はふら付きながら体を起す。実際、背中を打って呼吸がしづらい。どうも最後の一撃の衝撃を殺しきれなかったらしい。
・・・案外やるなぁ、この人。
わざわざ近づいてきて、手を貸してくれるあたり、見た目のゴツさに反して良い人なのかもしれない。
「日頃から君の事は見かけていたが、錬金鋼を持ち替えていたのを見て思わず誘ってしまった」
「ああ、珍しいでしょうしね、コレ」
僕はセロンさん謹製の扇を閉じて剣帯に戻しながら答えた。
なんてことは無い。
シャワーを借りる目的で錬武館で身体を動かしていたわけだが、よく同じ時間にトレーニングしているこの上級生に組み手に誘われてしまったのだ。
以前から良く自主トレ中に見かけていたこの男性は、僕が見知った中ではこの学園都市で1、2を争う武芸者であり、何より故郷グレンダンで良く見かけていた流派を用いていた事からも気になっていた。
そして組み手を受けてたった・・・彼から見れば、彼こそが胸を貸した形だろうが、まぁ、結果は小隊員バッジを付けた彼の圧勝だったと言える。
いや、見えるようにした。どうやらちゃんとそう理解してくれているらしくて安心した。
彼は親切に今回の組み手で出た僕の問題点を指摘してくれた後、もう少し鍛えれば小隊員となれる日も近いのではないかと太鼓判を押してくれた。
・・・・・・既に誘われたけど断ったとか、絶対言えねぇ。
適当に愛想笑いを浮かべて誤魔化す僕に、彼は実に親切にこう言って来た。
「しかし、その錬金鋼はキミには合っていないんじゃないか?以前の打棒の方が、よほど動きがキレて居たと思うのだが」
良い人だなぁ、この人。
実際、鉄扇に持ち替えてから僕は弱くなったと言うのが周りの評価の大部分を占めている。
教官役の上級生たちも、いい加減『使い慣れた』鉄撥に戻せと口々に言ってきている。
真実としては単純な話で、鉄扇を用いて行う技は、何れも殺傷力が強すぎて組み手では危なくて使用できないのである。
当然、とっさの判断で行動を切り替えていると動きに無駄が出来るし、傍目には武器を使いこなせていないようにも見える。
個人的にも、何時間違って対戦相手をぶった切ってしまうか怖くて仕方ないので鉄撥に持ち替えたいとか思っているのだが、セロンさん、その辺は厳しくてなぁ。
持ち替える事を許してくれないのだ。わざと負けるとブチブチ文句言われるし。
だから僕は、肩を竦めてこの親切な男に言葉を返した。
「ルッケンス流ほど名門じゃないですけど、僕も一応一つ流派に所属していますからね」
ルッケンス、と言う言葉に男は眉を跳ね上げた。
「知っているのか、ルッケンスを」
あれ?
「ええ、あのグレンダンの名門ルッケンスですよね。都市外まで技が伝承されているとは思っていませんでしたけど」
僕がそう答えると、男は曖昧な顔を浮かべた。
・・・ひょっとして、単純な勘違いをしていたのだろうか。
「ああ、俺はグレンダン出身だ。ゴルネオ=ルッケンスという」
そういえばまだ名前を聞いていなかったっけ。
それにしても、ゴルネオ=ルッケンスね・・・。ゴツい見た目に似合った名前と言うか・・・え、ルッケンス?
「あの、勘違いだったら申し訳ないんですけど、身内に天剣・・・」
「サヴァリス=クォルラフィン=ルッケンスは俺の兄だ。・・・しかし、そうか。君もグレンダン出身と言うわけだな」
マジか。
この生真面目で人の良さそうな目をした男が、『あの』天剣授受者クォルラフィン卿の弟。
って事はこの人はルッケンスの直系、バリバリのエリートになるのか。
・・・それにしては、未熟と言うかなんと言うか。いや、比較対象がまずいのか?
あの、無理やり付けられた首輪を自力で引きちぎった野生の獣のような暴力の塊とも言うべき天剣授受者の弟とは、とても思えん。
本人的にも其処には思うところがあるのか、クォルラフィン卿の名を出した時は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。
優秀・・・、素手で化け物を解体する能力に長けている事を優秀と評して良いかは疑問が残るが、とにかくグレンダンでは優秀な兄と比べられでもしていたのだろう、名門も色々大変だなぁ。
「余りグレンダンの武芸者は外に出ないからな。貴重な同郷として、グレンダンの名を汚さぬように・・・ん?もしや君の錬金鋼。それは・・・」
「ああ、正解だと思います」
マイナーな劇団だと思っていたけど、流石ルッケンス。知っているのか。
「そうか、戦舞踊のアルトゥーリアか」
「よくご存知ですねぇ、ルッケンス先輩」
感心する僕に、ルッケンス氏は当然とばかりに頷いた。
「かつては天剣授受者を輩出したこともある、由緒正しい流派ではないか。今代の当主のオルソン殿は、自信も貧しいながらも孤児たちへの支援に力を割く名士と聞く」
哂ってしまいそうだ。
はは、あの屑が、そうか、そんな評価なのか。
「ええ、師のご好意により、こうして学業に精を出している次第です」
僕は笑みを、失笑を浮かべていたのだが、どうやらルッケンス氏は都合の良いように誤解してくれたらしい。
流石はオルソン殿よとばかりに頷いている。
やべぇ、今すぐ斬剄放ってこの笑顔をぶった切りたい。
「しかしそうか、グレンダン出身か・・・」
しかし僕の考えている事など解るはずも無いだろう、ルッケンス氏は考え込むようにアゴに手を当て、表情を曇らせていた。
「カテナ・・・君、だったか。君は、前回の選抜試合の事は知っているかね」
ルッケンス氏は、何処か苦しそうな顔で、僕にそう尋ねた。
選抜試合。グレンダンの人間でその言葉を聴けば、思い出すのは一つである。
天剣授受者選抜試合。
栄光たる12人の天剣授受者を選抜するために女王陛下の御前で開かれる、御前試合である。
前回の御前試合と言えば・・・、時期的に考えて、四ヶ月前、丁度僕がグレンダンを脱出する日に行われた試合の事だろう。
今でもすぐに思い出すことが出来る。
テレビに映されていた、天剣授受者ヴォルフシュテイン卿の能面のような顔。
「勝ったのはヴォルフシュテイン卿ですよね」
間違いなく。
「やはり、知っているのか」
ルッケンス氏は僕に詰め寄るようにそう言って来た。
まぁ、見た訳じゃないけど結果なんか解り切っている。
「一撃で相手が熨されて、試合終了じゃないんですか」
予想だけど。
あの顔を見てしまえば、それ以外の結果は思い浮かばないだろう。
それを聞くと――、気楽に答えた僕の答えを聞くと――、ルッケンス氏は激昂するように僕の肩を掴んできた。
「それを知って居て、何も思わなかいのかお前は?」
怒り爆発寸前、と言うような顔である。
いきなり、そんな事を言われても困る。
まぁ確かに、幾ら試合とはいえあんなバケモノと戦わなきゃいけないのは流石に同情はするけども。
試合なんだからどちらかが負けるのは当然だし、何より。
「相手が悪いでしょう、アレは」
アレに、バケモノと呼ぶ以外形容の仕様が無いアレに、例え武芸者とて、人の身で挑もうと言うのが愚かな事だ。
仮に『ちょっと』痛い目にあったとしても、自業自得だろう。
そう思って短く答えたのだが、ルッケンス氏はいよいよ怒りをむき出しにして僕を怒鳴りつけてきた。
「レイフォン=アルセイフが正しいとでも言うつもりか!強ければ何をしても許される、そう考えているのか、貴様。貴様は、それでも誇りある武芸者か!!」
彼が何を怒っているのか正直理解に苦しむが、言葉だけを捉えても彼の言っていることは僕にしてみれば失笑物である。
強ければ何をしても許されるのか、ね。
『強いから』と言う理由だけで、何もかもを押し付けて置いて、それを忘れて平和を謳歌している都市の人間は、やはり言うことが違う。
名門のルッケンス家の嫡子。兄があの規格外だ、御家の存続のために、甘やかされて育ったんだろうな。
この甘さ。きっと、前線に出た事も無いのだろう。
その癖どうやら、プライドだけは一人前のようだからたちが悪い。
怒りの理由は最後まで解らずじまいだったが、僕は先の言葉だけで、彼の事が嫌いになった。
そもそも、あの屑を褒めていた段階で、この男は好きになれない。
だから、適当に、彼の神経を逆なでするように、ここには居ないヴォルフシュテイン卿を庇うような言葉を繰り返していたら、最後には怒髪天とも言うべき形相で僕の頬に拳を叩きつけて、ルッケンス氏は錬武館を去っていってしまった。
殴られ損のくたびれ儲け。
明日はきっとロスさんに頬の腫れを突っ込まれるなぁと苦笑いしながら、僕はシャワールームへ向かった。
―――結局。
僕がアルセイフとルッケンス氏の諍いの真相を知ったのは、之より一年以上後の話になるのだった。
※ 知ったかぶりしてたら殴られたっ・・・!?
矢張り一応消化しておかねばいけないイベント、と言う事で。
因みに一回書いたものを自分リテイクして書き直してます。リテイクした理由は明日辺り解るんで無いかと。
ところで感想で『主人公って結局強いん?』と言うのがありましたので、簡単な数値設定を記しておきます。
あくまでこのSS限定の解釈、あくまで参考程度にご理解ください。
ニーナをLv10とした場合、天剣レイフォンをLv1000、学園レイフォンをLv700。そしてハイアをLv500くらいに設定します。
その場合、主人公は通常でLv100くらい。蛇君をドーピングするとLv600くらいになる感じです。
ドーピングして戦略を練れば学園レイフォンになら運良く勝てる、かなぁ?くらいのノリで。
通常だとサリンバンの傭兵くらい?