「カテナ君、そう言えば聞いたよ?喫茶店の事」
ある日の午後、セロンさんの研究室に顔を出していた僕は、何やらありえないサイズの大剣のモックアップを作成していた人物から、そんな風に話題を振られた。
つなぎ姿がやたらと様になっているその人は、ハーレイ=サットン先輩。
この『サットン・セロン共同研究室』のもう一人の主人である。
最近授業が無いときは、ロスさんとお茶を飲んでいるか、この研究室に顔を出してデータ取りに付き合っているかしている事が多い。
「喫茶店って・・・ああ、ひょっとしてあの時の」
僕は要を外して骨組みをばらして整備中だった錬金鋼から顔を上げて聞いた。因みに錬金鋼の解体整備、補修は自分で出来たりする。グレンダンに居た頃は金がなかったお陰で専門のメカニックに整備に出す余裕もなかったのだ。
「うん、多分それじゃ無いかな。凄かったらしいね。第10小隊のシャーニッド先輩と、女の子を取り合って殴り合いをしていたんだって?」
・・・何時そんな学園青春ドラマを体験したんだろうか、僕は。
ああ、でも。男二人が掴み合って(実際には一方的に掴みかかられてただけだが)間に女の子が一人居れば、端から見るとそういう風に見えないことも無いか?
あ、ヤベ。変な事に気付いた。
しょっちゅう一緒に居る僕とロスさんって、普通に付き合ってるとか思われてるんだろうか。
嫌だなぁ。ひょっとして最近クラスで僕らに話かかけてくる人が減ってるのって、気を使われてるからか?
「殴り合いとはいただけんな」
やぶ睨みな目つきで三面モニターと向かい合っていたセロンさんが、唐突に口を挟む。
おかしい、この人はそういうネタには食いつかない種類の生き物なのに。
「何故錬金鋼を使わなかった。小隊員との戦闘データが取れる、貴重なチャンスだったと言うのに」
冗談、ですよねとサットン先輩に顔を向けてみると、たぶん本気だよと苦笑いを浮かべられた。
「警察組織の人間と、軍キャリアが街中で錬金鋼使って喧嘩するわけには行きませんって。大体、全然事実と違いますし。・・・ああ、蹴られはしましたけど」
ロスさんに、だが。
しかし、何処で噂になったんだかと考えていたら顔に出たのか、サットン先輩はお昼のワイドショーでやってたよと暢気に言ってくれた。
・・・有名人と喧嘩なんかする物じゃないなぁ。
気難しげなセロンさんと違って、サットン先輩は人当たりも良く、そして如何にも普通の学生と言った風に、この手のゴシップを楽しむ気風も持っている。
諦めて僕は、その日の事件の顛末を語って聞かせることにした。
「・・・じゃあ、小隊加入要請を断っちゃったんだ」
サットン先輩は凄い事するねと、言わんばかりの顔をしている。セロンさんは興味なさ気だったが。
「カテナ君、かなり腕があるんだし、小隊に入ったら活躍できるチャンスだったんじゃないのかい?」
口調に何処か批難するようなものが混じっているのは気のせいでは無いだろう。
力ある者は、然るべき地位に着き責務を負うべき。
自立移動都市社会における常識である。
砕けた言い方をすれば、武芸者は褒めてやるから死ぬ気で俺らを守れよ、と言う感じか。
「それ、エリプトン先輩にも同じような事言われましたよ」
肩をすくめて答えたら、セロンさんに当然だと鼻で哂われた。
「別にね、僕に都市を守る意思が無いとか、そういう風なつもりは無いんですよ、ただねぇ」
ただ、何?
興味ありありといった風に乗り出してくるサットン先輩。
果たして答えて良いものかどうか。数瞬の悩みは、なるようになるんじゃないですか、と言うドラ猫の声が思い浮かんだ事で打ち切られた。
「都市を守るにしても小隊に付き合うのは、はっきり言って時間の無駄です。あんな連中とチーム組むくらいなら、ロスさんと二人だけで戦った方がよっぽどマシです」
もっとも、ロスさんもやる気出してもらわないと話にならないが。
「無駄って・・・」
明け透けな言い方に、陽気なサットン先輩も流石に引いている。
だが、セロン先輩は逆に笑っていた。
「面白いな。貴重な実戦経験者のご意見を聞かせてもらおうじゃないか。確かに去年は負け越しているが、ウチの武芸科もそこまで捨てた物ではないだろう?」
「ああ、それは勿論。小隊所属のレベルになると、才能だけなら僕より上の人も居ると思いますよ。もっとも、才能だけとしか言えないんですけど」
「実力が、違うって事?」
サットン先輩がおそるおそる聞いて来るが、僕はそれを否定した。
「結局、あの人たちは武芸者の卵であって、武芸者じゃないんですよね」
聞かせるよりも実際に見た方が早いだろう。
机の中で紙束に埋もれた時計を引っ張り出したら、丁度良い時間だった。
部屋の端っこに直置きされているテレビを付ける。
「あ、もう小隊戦が始まっている時間か!」
サットン先輩が慌てたように言った。そういえば、幼馴染が出場するとか言っていたっけ。
今現在、野戦グラウンドで繰り広げられている戦いは、第10小隊と第14小隊によるもの。
第10小隊、つまりエリプトン先輩の所属する小隊だ。
一際目立つ赤い戦闘服を着込んだエリプトン先輩と、アタッカーの二名は、戦線中央を穿つように突進していた。
守備についている第14小隊のメンバー達を、次々と撃破していく。
「やっぱり今年の第10小隊は強いねぇ。ダルシェナ先輩の突撃、ディン先輩のアシスト、シャーニッド先輩の狙撃。完璧な連携だよ」
「ええ、哂っちゃうくらい完璧です。もっとも、アレだけサポート受けてればどんな雑魚でも敵陣突破できると思いますけど」
僕の辛らつな評価に、先輩方二人の反応は好対照と言ったところだ。
固まっているサットン先輩も、促すような目線を向けるセロンさんも放って、僕はテレビを操作して戦域全体を映し出した。
それを指し示しながら説明を始める。
「見てください。三人がかりで中央突破を図ってるお陰で、確かに戦線は10小隊が圧しているように見えますけど、ホラ、両サイド。バックアップが足りてなくて14小隊が圧しているでしょう?」
「・・・ホントだ」
「アントークが粘っているせいか、意図せぬ鶴翼陣形を形成し始めてるな」
ダルシェナ、と言うらしい凄い縦ロールの人が、14小隊のキツ目の美人さんに梃子摺っているせいで、両サイドから中央へ押し込むように、14小隊による鶴翼陣形が完成されようとしている。
「戦域と言うのは面で確保しないと何の役にも立ちませんからね。突撃しか出来ない縦ロールの人をスキンヘッドの人とエリプトン先輩が全力でカバーしているお陰で何とか勝ってる形になってますけど、線を作るために人を集めすぎているせいで14小隊に面で取られてしまっている。このままディフェンスの人が頑張りきれば・・・ああ、ダメですか。まぁ、3対1ですし、当然の結果ですけど」
「うわ、ニーナ思いっきり吹っ飛んだよ!?また医務室送りじゃないのかなアレ・・・」
「貴様の言いたいことも何となく理解できたが・・・しかし、戦力の一点集中突破もれっきとした戦術なんではないか」
特にこの小隊戦のルール上は、と一人慌てているサットン先輩を放ってセロンさんは僕に尋ねた。
その言葉に僕は苦笑してしまう。
「だから問題なんじゃないですか。こんな作戦このルールでしか使えません。考えても見てください。精兵を揃えて母体に突撃して、見事勝利を収めました。でも、帰ってきたら防衛線が持ち堪えられずに都市が幼生体に破壊しつくされてました、何てことになってたら、どうします?」
しかも勝てたなら、まだ良い。負けてしまったら?
セロンさんの眉が引き攣った。
サットン先輩はまだ納得できないらしく、でも、試合だしと言葉を濁す。
「だからですよ。この戦争ごっこに勝つために時間の大部分を割いている小隊の連中なんかに、都市を守ろうと本気で考えていたら、はっきり言って付き合ってられません。カタチはどうあれ勝てばいい。そんな風に考えている人たちと一緒に戦場に出たら・・・」
僕が、さっき言った通りの結末を迎える。
「武芸者が市民にとって誇るべき存在なのは、彼らの生活を絶対的に安心なものにしているからです。頑張ったけど駄目でしたは汚染獣には通用しないんですよ。確実に、完璧に敵を殲滅して、こちらは一切の被害を出さない。それが武芸者の全てなんですから」
それが出来ない存在は武芸者とは呼べない。
其処を疑問に思う人間などと、一緒に戦うなどとは考えられない。
無能な味方は敵にも劣る。
しかも僕は自分の命まで守りたいと思っているのだから、尚更、味方は選びたい。
「ついでに言うと、あの三人組のやり方は、僕はどうも好きになれません。特に前衛の縦ロールの人なんて、鍛えれば攻撃のバリエーションも増えそうなのに、あのまま微温湯に漬けていたらいずれ突撃しか出来なくなりますよ。スキンヘッドの人は正直他の二人に比べると能力が劣っている感じがするし、後はあの人、役割上遠くから戦場を俯瞰してるんだから、そのくらいの問題は解りそうなものなのに・・・」
言葉は最後には思考の渦に没入してしまった。
エリプトン先輩、何を考えているのだろうか。
いずれあの作戦は破綻する。防衛線を深く囲い込んで、味方を回り込ませて挟撃しても良いし、サイドを攻める人数を増やせばサポートの無い単独兵力なんてあっさり突破できるだろう。
僕が武芸科長だったら、とっととあの小隊は解散している。見た目が派手で素人受けはするだろうが、それだけだ。
戦略の役に立たない戦術など欠片も必要ない。
でもきっと、そうやって負けたとしても彼ら三人は何も反省などしないだろう。
なにせ、自分たちの正面だけは確かに勝利しているのだから。
俺たちは頑張っている、でも負けた。それはお前たちのせいだ。そんな風に考える。
やっぱり組めないな。ああいう人たちとは。
それにしても。
研究室から慌てて駆け出していくサットン先輩を見送って、僕はセロンさんに気になっていた事を尋ねた。
「この学校って汚染獣への対策が全然できて無いような気がするんですけど、平気なんですかね」
武芸科の授業も殆ど基礎教練と対人戦闘の訓練ばかりだ。
何時だったか着た都市外装備はかび臭くて仕方なかったし。
さてな、とセロンさんは首を振った。
「学校の記録を閲覧する限り、向こう十年単位で汚染獣の出現は確認されていない。元々学園都市というのは極端に汚染獣との遭遇比率が低いと言う統計もあるらしいからな」
それだけ言ってセロンさんは、テレビを消してモニターに向き直った。
割と聡明そうに見えるセロンさんをして、この楽観主義。
いずれそれが、何か決定的な危機を巻き起こさなければ良いけどと、僕はそう願わずには居られなかった。
※おハルさん、多分『予知A+』とかのスキル持ってる。
武芸者はジャイアニズム(意訳)と言う前回の纏めのくだりが結構好評で驚いてます。
原作見ても唯我独尊な人ほど強くて、逆に人に気を使うタイプのナルキやシャーニッドはパンチに掛けていたりする。
だからまぁ、あながち間違って無いなぁと思うのですが、実を言えばあの部分を書いた最大の理由は、前回今回と続けて、
『幾らなんでも原作キャラに失礼な発言しすぎだろう』
と言う事を書いてる本人も一応理解はしてると言い訳したかったからというものだったりしてw
やっぱ二次創作なんだからリスペクトの姿勢が必要ですよね。
後、誤字脱字に関しては本当にすまねぇ・・・っ。努力はしている、努力だけは。