「いや~、それにしても今日も爽快だったな。華蝶仮面、実に良い響だ」
「言うな」
「何を言う。黒羽も楽しそうにしていたではないか」
「言わんで下さい!お願いします!」
なんだかんだで星、即ち趙雲と北海に留まって数日。旅籠で昼食をとりながら会話を楽しんでいた。主に星があたしで楽しんでいる感じだが。
北海に着いた日に別れる予定だったが、全てはキャラバンで見つけたパピヨンマスクのせいだ。あれは呪いのアイテムに違いない。あたしの体を乗っ取ってしまっていたに違いないんだ。
「まあ黒羽を弄るのはまた後にして、だ。そっちは見つかったか?」
「こっちは全然。そう訊くところを見ると星の方でも駄目だったか」
午前中手分けして探していたのは武器を造れる鍛冶屋である。匪賊が増えてきたこの時期、武器の造れる鍛冶師は殆どが官に囲われてしまい、民間人に武器を造ってくれる職人が大分減ってしまっている。
ここ数日のことであたしは飛び道具を大分消費してしまい、補充がしたい。対して星は槍が結構傷付いてきたから鍛え直したいのだそうだ。
まあ、あたしの場合麗羽様の部下と言う身分を使えば鍛冶師を貸してもらえるだろうが、政治的な意味でよろしくない。現北海太守は孔子の二十代目、孔融。この人、麗羽様と仲が悪い。と言うか袁家と仲が悪い。理由は傍から見れば、少なくとも21世紀的一般市民からすれば下らないことこの上ないものだ。
後漢王朝に於いて、漢王朝再建に大功ある名家である袁家。春秋戦国時代に興り、儒家の宗家たる孔子の末裔。まあぶっちゃけ俺の方が偉いんじゃい!と言うものである。どうでもええねん。
更に言えば麗羽様個人としても仲が悪く、以前貰った手紙にも、
~ いつもネチネチネチネチ小言をうるさく言ってくれますのよ!?孔子がどう言ったとか儒家の思想はどうとか・・・政では全然役に立たないくせに!私よりも仕事が遅いくせに!き~~~~!!!
By麗羽様
と言った具合である。まあ多分に麗羽様の主観が入った人物像なんだろうが、関わらんほうが無難だろう。
「そう言えば張世平さんたちがまだこっちに残ったままだっけか?いざとなったらあの人たちに聞くか?」
「ふむ、それも手か。だが午後も聞き込みは続けるのだろう?」
まあ、あの商人さんたちには世話になったから余り迷惑はかけたくないからな。もうちっと情報収集を続けることにする。
「時に黒羽、最近良く耳にする噂があるのだが知っているか?」
「噂?」
星が口にしたのは「天の御使い」なる存在だった。はて、この時期に大陸に流れて来たのは仏教であってユダヤ教ではないはずだが?ちなみにキリスト教は成立してたっけ?まあいいか。
「またえらく胡散臭いのが出て来たな」
正直他の感想が出てこない。む?これはあれか?もしかしてこれから張角が天の御使いを称して太平道を興すという流れなのか?
「だが、このような話が出てきたと言うことは無視できんぞ」
星の言葉に頷く。噂の出所はともかく、この救世主降臨的な噂が広がるということはそれだけ国の臣民が疲弊していると言うことに他ならない。そして絶対君主国家である漢に於いてその責任は支配者である皇帝と、それを支えるべき官僚にある。
今は休業中とは言え、あたしも官僚になるんだよな、一応。
結局その日はいい情報を得られず、次の日に張世平さんたちに聞いたところ、北海周辺の事情に詳しい商人仲間を紹介された。そんで星と一緒にその人の下に赴き、孔融の手が回っていない鍛冶師の情報を貰った。・・・ただではなかったがな、情報。え?金?もちろんあたしの全額負担でしたよ?
そんで教えてもらった鍛冶師に会いに北海管理下のある村に向かう。
話によると、その鍛冶師はつい最近まで幽州で修行していて、納得いく作品が作れたから実家の北海に戻って来たということらしい。まだ戻ってきたばかりのためか、まだ孔融の下に入っていない。
ちなみに孔融は職人に自ら会う事はしない。職人は孔子が定めた下賎な職の一つだかららしい。そういう部分で実際交流のある人たちに嫌われることが多いと言う。他の人が有能な人物を重用しようとして、それが「儒家基準的下賤な身分」出身だとその名声(虚名とも言う)を嵩に妨害してきたりするそうだ。これも麗羽様からの情報だが。
で、件の村に到着し、村人に道を聞いて目的の鍛冶屋まで着いたわけだが・・・
「いないな」
「おらんな」
はい、誰もいません。教えられた工房は戸も閉められておらず、中に人っ子一人いないのが見て取れる。とは言え、小奇麗にしてあるから使われていないと言うことではないようだが。
仕方ないので近くの通行人を呼び止めて聞いてみると、なんかここの主は腕は良いらしいが、天気がいいときは仕事をサボることが多いらしい。いまいち理屈は分らないが、日を改めてきたほうが良いといわれてしまう。仕方なくその日は旅籠に戻ることにした。
その後、幸いにもすぐに天気の崩れた日が巡ってきた。その日、星と共に件の鍛冶屋にいくと中から炉に点された火の盛る音と煙が出ていた。人の気配もあったので声をかけてみた。
「すみませ~ん」
「は~い?」
返ってきたのはハスキーな女の声だった。そして続いて出て来た人物に思わず声が出てしまった。
「でかっ!?」
出て来たのは男でもそうそうはいない様な大柄な肉体を持った女性だった。あたしよりゆうに頭一つ分以上高く、眼を合わせると見上げる形になってしまう。体も女性にしては筋肉がついており、女性のボディビルダー一歩手前といった感じである。見た目だけで判断するならあたしや星の十倍は強そうだ。さらには筋肉量からすれば、かなり胸もあるのであらゆる意味ででかいのだ。
ただその顔はやる気なさそうな、眠気すら感じさせるもので、この人に任せて大丈夫かな?と不安を感じてしまう。見た目に頓着しないのか、服はだらしなく着崩しているし、髪も適当に後ろにまとめた程度である。顔自体は悪くはなさそうだからちょっともったいない気がしなくもない。主に胸のサイズ的な意味で。
「で?注文は?」
唐突にそう切り出され、ちょっと返答できなかった。
「うむ、私はこの槍を鍛え直してもらいたくてな。黒羽?」
そう言って星は軽くあたしの背を叩く。そこで我に返ったあたしは自分の注文を告げる。
「それにしてもよく仕事の以来だと分りましたね」
唐突に注文なんか聞かれて驚いたよ。
「仕事の注文があるから来る場所だろ?ここ」
・・・まあ、正論である。でも前置きってもんがあっても良いと思うのよ。あたしも注文を伝えると彼女は頷いた。
「ふむ、注文をした後でなんだが貴女がここの主で良いのかな?」
「ああ、鍛冶師の湯だ。名は・・・色々あって訊かないでくれるとありがたい」
何かしら理由があるのか湯と名乗った女はそう言ってきた。まあ、この時勢、身分が低いながらも、その技術で名を知られるに至る職人は半ば強制的に官僚の管理下におかれることがある。それを嫌い、敢えてフルネームを名乗らない人物は偶にいる。
ただ、湯さんは槍を受け取っても工房に戻らず、顔を上げて空を見ている。
「何を見ている?」
あたしと同様に不思議に思ったらしい星が尋ねる。
「雨を待ってる」
湯さんが言うには、彼女にとっては雨が降っていたほうがやり易いのだそうだ。日本の刀鍛冶とかもどこどこの水じゃないと駄目、みたいのがあるけどそんなもんかな。でもだから晴れの日は休むのな。っつかそれで商売成り立つのかな?明らかに休みのほうが多いぞ、ここらの気候じゃ。
そう思っている内に空がゴロゴロ鳴り始める。
「うおっしゃー!キタキタキター!あたしの時間が来たぜー!」
さっきまでのボーっとした雰囲気から一転してむっちゃハイテンションになった湯さん。その湯さんが唐突にこっちに視線を向けてくる。ちょっ、眼が怖い!
「ほらあんた!あんたの得物もだしな!素手で殴ってる訳じゃないだろ!」
そう言ってあたしの体をまさぐりだす。訂正、あたしの服を、である。だがやられているあたし自身にとっては大差ない。
「ちょっ、あっ、やめっ・・・っつか見てないで助けろよ!星!」
くそっ!にゃろめ、こっち見てニタニタ笑ってやがる!そんなこんなしている内に湯さんがあたしの両袖から穿山甲を探し出した。
「んじゃ、これも鍛え直してやるからな!」
「ちょ、ま、何でそんなの使ってるって気が・・・付いた?」
ちょっと息が苦しいが何とか訊いて見る。
「相手の動きや体格から、そいつの扱う武器が分らなくて武器職人が務まるか!」
すっげえ迫力でそう答えられた。武器職人すげえ・・・
そのまま湯さんは工房に篭ってしまう。中で行われているであろう作業にちょっと興味があったが、火や作業の音に混じって危ない笑い声が混じっているので止めた。
その後、作業が終わるまであたしらは暇になった。丁度どうするか考えている時に雨が降り出したこともあり、あたしたちは村の中で小さな飯屋を見つけて酒を飲むことにした。
適当な席に座り、地酒とつまみを注文する。
「で、何故助けんかった、この性悪青髪娘」
「おや?私には随分楽しそうに見えたのだがな。助けが必要であったか?」
さっきのことで恨みのあるあたしは星に絡んで見たが、どうせあたしが一方的に弄られそうなのでやめた。
「で、そろそろ潮時だと思うんだが、どうよ?」
星と北海に留まってもう十日近く、そろそろお互い自分の目的のために動き出すべきだろう。
「そうだな。これ以上ずるずる引きずるわけにはいかないか」
キャラバンと合流し、星と知り合ってからの時間は僅か十日ほど。麗羽様たちと共に過ごした日々と似たような心地良さを感じていた。気の置けない友人、と言うのはこういう関係を言うのだろうか。
それは星も多分同様に感じてくれているんだろう。一応とは言え、互いに目的がある身だ。潰せる時間が多くある訳ではない。
「正直あたしとしちゃ、このままウチんとこに就職しない?星の腕なら結構な待遇出ると思うよ。あたしも職場に、その、さ。親友が増えるのは嬉しいし」
正直なところ、やっぱり友人と殺し合うことにもなり得るこの時世である。可能なら同じ陣営に属することで、その可能性を潰してしまいたい。
「それも悪くはない。悪くはないな。だが、自分の命を捧げる相手だ。やはり自分の眼で見定めねばならないだろう」
真面目なこって。でもまあ、そう言うもんかね。
「なあ、星。参考までに聞きたいんだがさ。お前の戦う理由ってなんだ?」
あたしの旅の本来の目的、戦う理由の獲得。では、あたしのような半ば成り行きで戦おうとしているのとは違う、自ら決めた者はどういう目的を持っているのだろうか。
「黒羽の師より与えられた『己の為の理由』という課題か。そうだな、私の場合は己の存在を何かに、どこかに刻み付けたいのだろうな」
「刻む・・・か」
「そうだ、刻み込む。この時に、この場所に、趙子竜と言う人間が生きた証を遺したい。無為に生きるでなく、私と言う人間だから出来る何かを為し、私と言う人間だからこそ掴める何かを掴みたいのだ」
そう語る星の顔はいつもの澄ましたものでも、あたしを弄る時のようなチェシャ猫顔でもない。今まで見たことがないほど穏やかなものだった。
「それがお前の『欲』か」
人が戦うための、大儀や恩義とは違う、自分のための理由。
「そうだな。志といって貰いたいが、寧ろ欲のほうが近いのだろうな」
そう言って星は酒を一杯呷る。
「幸い、私は武芸の才に恵まれた。それを磨きに磨き、百凡の兵など恐れるに値しない強さを手に入れた。私を突き動かしているものは、子供が玩具を見せびらかしたがっているのと大差ないのかも知れない」
随分卑下して言う。尤もそれらの言葉がどのような心情で吐き出されたのか分らないあたしはただ聞き続ける。
「だから私はせめてこれを、世にとって良い方向に使いたいと思う。私の力で、力ない者達を守るために使いたいのだ」
そう言い切った表情を、だがあたしは目をそらして直視しなかった。自分でも正体が掴めない感情。主体のない自分に対する羞恥か、自己の主張を持った星への嫉妬か。
「そっか・・・やっぱすごいな、お前。ちゃんとさ、指標になる想いを持っているんだから、さ」
あたしに足りないと言われたもの。人はどうしても自分にないものを持つ人間を羨ましく思うように出来ているのだろうか。
「そうか?私にはそうは思わないがな。それに、黒羽は・・・いや、私が言うべきではないか」
そういって再び酒を呷る。星が言いかけたことは気になるが、答えをねだる様なことはしない。こいつが言わないことにしたら、あたしじゃ訊き出せないのは分っている。
それからしばらく、お互い何を話すでもなく、黙々と酒を呷った。
雨が止み、雲が散り始め、その隙間から南に向かう太陽が時折顔を覗かせるようになっていた。
「もう、武器の直し、終わったかね?」
とうに酒などなくなっていた壷にも垂れながら空色を見ていたあたしは問うわけでもなくそう言った。
「そうだな。もう終わっているかも知れないな」
星は追加で頼んだ酒を壷から杯に注ぎながら答えた。
「じゃあ、あたしは武器が出来てたらそのまま戻るわ」
そういってあたしは立ち上がる。酒で火照った頬に風が気持ち良い。
振り向くと星がヒラヒラ手を振っている。あたしは軽く手を振った。
「星、じゃあな」
「ああ、達者でな」
その後、鍛冶屋で勝手に持ってかれた穿山甲と注文していた暗器類を受け取り、そのまま旅籠に戻る。そしてその日の内に北海を出た。
趙雲視点
行ったか。恐らく得物を受け取ったらそのまま自分の旅に戻るのだろう。思えば多くの時間を浪費してしまったものだ。私も彼女も。いや、浪費ではないな。浪費ではない。だが、私も彼女も本来の目的に対して長い時間足踏みを続けてしまっていた。
酒を一杯、呷る。ふむ、風と凛の二人と別れた時と同じだな。一人になっただけで酒の味まで違って感じてしまう。
あの二人との別れの時も感じたが、これでもう暫くは再会できないだろう。そして、再会しない方が良いだろう。また、この心地良いぬるま湯に溺れそうになりかねない。
また呷る。やはり美味くない。
次に会う時はお互いどうなっているのだろうな?風、凛、黒羽、我が友たちよ。何れまた会える事を信じ、私も己が道を進もう。
後書き
そろそろ仕事が忙しくなりそうな今日この頃、皆さん如何お過ごしでしょうか、郭尭です。
今回は星との別れと、外伝に関係したお話でした。オリキャラが上手く動かなかった感じですが、外伝でもうちょっと掘り下げられるかな?と。
ここ数話で出て来たオリキャラはマイナーながら三国演義に置いては超重要キャラだったりするわけですが。商人コンビは劉備が義勇軍立ち上げの際出資した(回収できたとは寡聞に訊かないが)訳ですし、もう一人は何したかはまあ外伝にて。
時に最近呉、蜀、西涼勢のアイディアが出来てしまい、書きたくてうずうずしています。もっと早く書けたらな~。なんで大まかなプロットまで出来ちゃったし。
とにかくこの作品を早く更新できるように頑張ります。
PS.そろそろその他板に移動しようかと思いますがそれに充分なレベルで書けてるでしょうか?皆さんのご意見お願いします。