「のう、儁乂。お主、将になるのを諦めんか?」
「へあ?」
元皓様の言葉の意味を把握しきれずに、思わず変な声を出してしまった。
「えと、あたしなんか至らない部分があったでしょうか?」
最近の仕事ぶりを思い返すが、特に失敗した記憶はない。盗賊相手の討伐にも何回か参加してるがちゃんと戦果も挙げているし、訓練の方も最低限人並みには出来ている筈だ。自分が優秀だと思っている訳ではないが、辞めさせられるほどでもない筈なんだが。
「あ~、そうではない。お主に何かしらの非がある訳ではない。まあ、よくやってくれてはいるよ」
「ならば何故?」
元皓様の意図が理解できない。何かを言い辛そうにしている。
「あ~、そうじゃ、今回の屯田な。あれに他の文官たちがえらく感銘を受けての、是非に郡の政に参加して欲しいと言われての。いっその事文官に鞍替えせんかね?と思っての」
「元皓様。それ思いっきり今考え出しまませんでしたか?」
「そ、そんなことないぞ」
なんかすっげえどもったよね。
「あの、元皓様?何か隠してませんか?」
訝しく思ったあたしは元皓様に問いかけた。対して元皓様は黙りこくってしまう。
しばらく、何か悩んだ顔をしていたがやがて口を開いた。
「隠しているというのとは違うが・・・。のう、儁乂よ。おぬしは何のために袁家の臣でいる。何のために戦っている」
出てきたのはそんな言葉だった。
「へあ?あ、いや、まあ、袁家には恩がありますし、麗羽様たちもいますから・・・」
突然言われた内容にどう答えていいのか分らず、ついしどろもどろな回答を返してしまう。
「ふむ。まあ、お主に模範的な回答を期待しては居らんよ。なるほど、袁家に対する恩義と本初様への友誼か。これはまあ本当であろう。疑いはせん。じゃがな儁乂・・・」
真剣な表情で元皓様は続ける。
「お主自身にとっての戦う意義は何処にある?」
「や、ですから袁家の恩と・・・」
「それはお主が袁家に対するものだ。わしが問うておるのはお主自身に対するものじゃ」
「あたし自身、にですか?」
元皓様の伝えたいことがいまいち理解できないでいるあたしに元皓様は続ける。
元皓様が仰るには、あたしが麗羽様たちに向ける感情を疑うようなことはしてないと言う。問題はあたしの戦う理由がそれだけで埋められていることらしい。自身に志、例え俗な欲望でもいいから己のための理由がない人間は戦場で死に易いと言う。
元皓様の実体験からのお言葉らしいので大人しく聴いているがいまいちピンと来ない。
元皓様の若い頃、何度か山賊などの討伐に従軍していた頃。当時の友人には袁家に何かしらの恩義を受け、その恩返しのために戦に参加した者も多かった。そしてそういう者ほど、危険に陥った時に諦めてしまうのだそうだ。そして、元皓様はあたしもその類の人間なのだと言う。そして、そんなあたしが戦場に出て早くに死んでいくのを見たくないと言ってくれた。
けどそんなこと言われてもな~。
「お言葉ですが、元皓様。あたしも死ぬのが怖い人間です。そうそう諦めたりするつもりはないですよ」
永らくこの時代に生きて来て、この時代に染まってきているのは否定しない。だが、流石に「この命尽きるとも!」とかそういう考えはない。他人の死に対して大分ドライになったのは自覚できるが、根っこの部分では相変わらず21世紀日本人のものであるつもりだ。
「そういう意味とは少々違うのぅ。生きることに意地汚くなれるか、というべきかの?上手い言葉が見つからん」
どうやら元皓様も悩んでいるようだ。ふむ、危険から離れることには有り難いんだが、それでこっちの戦闘要員が減ることになるしな。猪々子と斗詩の二人の能力は疑いない。知っている歴史通りならば。だが、層の厚さでは完敗してるし、この二人だけでは関渡で詰むことになる。
「仕方ない。儁乂よ」
しばらく悩んで、考えが纏まったのか元皓様が声をかけてきた。あたしは黙って聴くことにした。
「しばらく俗世に塗れて来るのじゃ。思えばお主はわしの元に来てから勉学の日々であったし、その前は鍛錬ばかりであったと聞く。一度俗世を回って見れば、何かしらの変化があるかも知れん」
元皓様のこの言葉であたしは旅に出させられることに決まった。余程のことがない限り、最低一年は戻ってくるなと付け加えられて。
「と言う感じで屋敷を追い出されてな~」
馬車に揺られながら、一時の縁で出会った旅人同士の会話。これが本当の旅ってもんだろう。
商人二人の乗る馬車の後ろの荷馬車の荷物の上で、寝転がりながら臨時の同僚と語らいをする。相手は白衣の女槍使い。趙雲さんでした。びっくらこいたべさ。まあ、字の子龍さんで呼ばせて貰ってますが。時に子龍さんの槍は某ロンギヌスにしか見えないから困る。
キャラバンと合流してから数日、一緒に酒を飲みながら互いに身の上話とかをする程度には仲良くなっていた。ちなみに酒はあたしが自腹で飲む都度、張世平さんから買っている。壷入りのやつを瓢箪に幾つかの瓢箪に入れて保存している。
「ふむ、儁乂殿の師は中々に思慮深い方のようだな。だが、以前言ったあの姉妹はどうしたのだ?間違っても無関心ではいないと思うのだが」
「まあ、当然泣かれたな~」
あの後事情を説明したら先ずは「捨てないで~」とばかりにあたしに縋り付きながら泣き叫び、何とかあやして落ち着きを取り戻したら今度は元皓様暗殺計画を相談し始めた。何とか止めることは出来たが、アレは本気の眼だった・・・
「ほほう、随分と愛されているではないか」
あたしの話を聴き、口元をいやらしく歪める子龍さん。ここ数日の付き合いで知ったのはこの人は他人をからかうのが大好きなどエスだ。下手な事を話すと、とことん弄り倒されることになりかねない。だからそれ以降旅立つまで毎日同じ床で寝たことも、旅立つ前日の晩に二人に襲われて頂かれてしまったことも絶対に話すものか。
「あたしはまあ、こんな感じだけど子龍さんはどうしてこんな事を?」
「ふむ、まあかくかくしかじかでな」
「ふむ、まるまるうまうまと言うわけか・・・って分かんねぇですよ!」
子龍さんの話によると、以前は知人二人と共に見聞を広めるための旅をしていたらしい。その後この荒れた世を憂い、世を正すために己を活かせる主を求めて別れたそうだ。その後、仕えるに値する主君に巡り会えないでいるうちに路銀がなくなってきたのでこの仕事に着いてきたと言う。
「主ねぇ。まあ、あたしゃ仕える相手が決まってるからな~。できれば子竜さんにはこっちについて欲しいんだけどな」
これは正直な気持ちである。歴史に名高い趙子龍の槍捌きなんぞこの身で味わいたくない。逆に味方でいてくれたらどれだけ心強いか。・・・弄り倒されさえしなけりゃ。
「ふむ、袁紹殿か。悪い噂は聞かぬが、さてどうしたものかな」
そう呟く子竜さんの表情はどこか楽しげであった。
合流してからの数日か、一度盗賊の襲撃を受けたがそれ以外は特にこともなくたびは順調である。
その際はあたしが飛び道具で広範囲を牽制し、子龍さんが単騎駆けで敵の偉そうな奴らの首飛ばして終わりだった。
最初の盗賊の男は合流した次の日に解放した。約束は守らんとな。その時にされた自己紹介では飛燕と名乗っていた。こいつ黒山賊の張燕だったのか。なるほど、マイナーだが大物には違いない。っつか最近ここの男女逆転は知名度が関係してるのではないかという気がしてきた。
それはそうとこの旅も後半日で終わりである。北海の町はもうじき見えてくる頃らしい。
「そんで子龍さんは今回のことを終えたらどうする気?」
「ふむ、取り敢えず北にいって見ようかと思っている」
北と言ったらやっぱ公孫賛くらいか、要注意人物は。
「そか。まあ子龍さんは敵に回したくないな」
強いから。
「私は儁乂殿と刃を交えて見るのも悪くないと思うのだが」
なんか子龍さんは乗り気である。勘弁だぜ。
「それで、儁乂殿はどうするつもりなのだ?」
子龍さんが酒を呷りながら訊いてくる。
「どうも何も、当初の予定道理海を見に行こうかと。北海も丁度いい方向だし」
そう、どちらにしても方向的には北海は通る予定だった。
「そうか、では北海でお別れだな」
「そうだな~」
馬車・・・もうちょっとゆっくり動いてもいいんじゃね・・・?
その後、無事北海城に入り、報酬を手渡されることになった。金銭的には余裕があったから貰わないでも問題はないのだが、二十年近い前世での庶民感覚はまだ根付いていたようで、貰えるものは貰うことにした。
あたしと子龍さんを含めた、傭兵連中を一箇所に集め、張世平さんが一人一人に直接銭を手渡していく。そして皆が報酬を受け取り、各々解散しようとした時、張世平さんが皆を呼び止めた。
「今回の旅路、逃げ出すものが多くでたにも拘らずあなた方はここまで私たちを良く守ってくれました。御礼というわけではないですが、小物類の馬車から皆様に一つづつご自由に持っていって下さい」
歓声が沸き、言われた馬車に傭兵たちが群がる。残ったのは商人二人と子龍さん、そして傭兵たちの勢いにあっけに取られたあたしの四人だった。
「あ~、いいんですか?こんなこと。売りもんでしょう?」
さすがに商いの損害になりそうで声をかけてみた。
「良くはないけど、姉ちゃんが決めちゃったしね。まあ、あんたらがいなけりゃ今頃死んでただろうし」
そう答えたのは張世平さんの妹分らしい商人仲間、蘇双さんだった。
「姉ちゃんはあんたとあの白服の槍使いにお礼をしようとしてね。ただいくらあんたたち二人がことさらすごい働きをしたからって、他の連中には何もなしって訳にも行かなくてさ」
まあ、そこら辺金貰ってやっただけというのがあたしの認識だからちょっと申し訳ない気がする。そういって辞退しようと思ったが意外にも子龍さんから受け取るように催促された。
「人の好意は素直に受け取るものだ。余り遠慮しすぎるのはかえって失礼だろう」
「そういうもんかね~」
「そういうものだ」
ぼやくあたしに子龍さんが返す。その後張世平さんにも似たような事を言われ、他の傭兵たちも物色し終わったため、子龍さんと共に馬車に上がって小物を物色し始めた。
何となく目眼についた小箱を開けてみる。閉じる。中身が人の顔のパーツを無規則に配置した赤い卵のようなものが入っていたのはあたしの気のせいだ。多分自分の自覚している以上に疲れが溜まっていたんだ。
「おお!これは!」
子龍さんがなんか発見したようだ。こっちからじゃ見えないがまあいい。流石にあの赤いのはいらないので他のを探そう。
そんで次に手にした小箱を開けてみる。
「これは!」
思わず声に出てしまった。小箱に入っていたもの。それは21世紀にも同様の物を見たことがある。装飾品と言うよりは娯楽品のとして認識されてそうなそれは、一時大きなブームメントを創ったある意味伝説の一品だ。
「な・・・なぜこれが・・・」
自分の声が震えていることに気付く。
なんだ!?止まらぬこの震えは!
感動か!
畏れか!
あるいは憎悪か!
・・・あ~、ちょっと混乱したようだ。なんかちょっと未来の別の人の電波を受信してしまった気がするが、精神衛生上の理由でスルーする。
それはともかく何故これがこの時代にあるかだ。少なくともこの国にあるのはおかしいだろ・・・
そう考えながらも手が勝手にソレへと伸ばされる。
高貴な雰囲気を醸し出す紫。輪郭を構成する艶やかな曲線・・・
ふと、目線を上げると子龍さんの手にあるものはあたしが今手にしているものと同じ形、同じ意匠が施されていた。唯一の違いは色か。そして子龍さんの表情・・・あたしと同じ心情なのだろう。
ふとあたしと子龍さんの視線が交わる。そして同時に頷きあう。
「「でゅわ!」」
その後起こった事は思い出したくはない。自分でも何故あんな事をしてしまったのか分らない。ただ確かなのはこの日、あたしと子龍さんは真名を呼び合う間柄になり、数日の内に北海の悪党は根絶されたことである。
ちなみにあたしはこれらの事には一切関わっていない!いないったらいないんだ!
後書き
修行編で一番やりたかったことが出来た・・・余は満足じゃ、な気分の郭尭です。趙雲と絡ませたいがための修行編、華蝶仮面をやりたかったがための修行編。これ以上なにを望もうか!と色々満足しちゃいましたw。まあ、あくまで修行編に関しては、ですが。
結構早い段階でやろうとしていたイベントで、真名を思いついた時点で思いついたネタでした。やっぱやりたいネタがあるとやる気が出ますねw
修行編は後一、二話の予定で、番外編が一つ入って黄巾編に入る予定です。こちらは余り長くやる予定はないので結構早くに反董卓連合編に入ると思います。
主人公が本格的に歴史に関わってくるのはそれからです。
それでは次回もよろしくお願いします。
PS.7月は何かと忙しいので更新速度が下がりそうです。申し訳ありません。