故あって渤海を出、旅を始めてもうすぐ一ヶ月。取り敢えず行く当てもなかったのでこの時代に生まれてから一度も見ていない海を見てみようと東に向かっていた。
荷物は頂いた驢馬に積み、あたしはそれを引っ張って歩いていく。幸い路銀は結構な額を貰っているからそっちでの心配は今んところはない。そんな訳でトコトコ野を歩く。水と食料も充分あり、あたし自身サバイバル技能があるから野宿も問題なし。なのだが・・・
「退屈だ~」
歩けど歩けど道しかない。道の両脇にはやけに背の高い雑草が生えている。
近頃は賊が出易いそうなのでやっぱこう、長距離の旅は控えている人が多いのかな。道中での出会いにこそ旅の面白みがあるんだろ?それが城や集落を出ると人っ子一人出会いやしない。あ~、賑わいが欲しい。こう、キャラバンとかそういうのと出会って、色々な地方の話を聴いてとか期待してたんだけどな~。
「・・・喋るバイクが存在して良いんなら、喋る驢馬がいても良いんじゃないかと思うんだがどうかね?」
驢馬に話しかけてみた。取り敢えず何の反応も返してくれなかった。寂し~な~。もういっそ賊でも襲ってこないかな~。十人くらいなら相手するよ~。
「盗賊や~い。おいでなさ~い」
そう声をあげてみる。やっぱり反応はなし。ふと地平線辺りから土煙が上がっているのが見えたのはその時だった。
「様子を見て見ようか?」
驢馬にもう一度話しかけるが、やっぱり反応してくれなかった。
視点変更
「ひゃあああぁぁぁ!姉ちゃんが雇った護衛全然駄目じゃん!ほとんど逃げちゃったぞ!」
「うっさい!私に言うな!どうしようもないじゃんそんなの!」
匪賊の攻撃を受け、混戦になっている商隊周辺の情景を私は親友の依湖と抱き合いながら馬車の中で震えていた。
幽州で商人をしていた私たちは、匪賊蔓延るこの時世は上手くすれば通常以上の大儲けが出来ると考えた。そして世の中、軍による匪賊相手の戦が増えていくだろうから値が高騰しないうちに駿馬を買おうということになった。
その資金を作るために今まで商っていた調度品とかを多少損が出ても良いから青洲の商人仲間に売り払いに向かう途中に匪賊に襲われた。一応そういうことも織り込み済みだったから護衛も雇っていたけど匪賊に襲われたらすぐに逃げ出してしまった。
今は十人くらいしか残っていない。敵は三十人以上いてこっちが押されていた。今は白い装束の女の武人が何とか支えているけど、私たちの居る馬車を守るためにここに釘付けになっている。一応荷物も守って貰わないと困るけどその為に私たち自身の安全を捨てるわけには行かないし。
「張世平殿、さすがにこの数の差では積荷を守り抜くのは些か厳しいものがありますぞ」
馬車を守りながら馬上で槍を振るいながら女の武人は言ってきた。
「いっそのこと荷馬車は捨てて逃げたほうがよいのでは?」
そう言う女武人の表情にはまだまだ余裕があったが恐らく私たちの安全と残りの護衛の人たちの事のための発言なんだろう。
「そ、そんな!積荷を守るのも契約の内でだろ!?何とかしろよ!」
「そうは言ってもこの数の差では貴女方と積荷の両方を守るのは無理ですな。蘇双殿、やはり命あっての物種なのでは?」
「う~~!」
女武人の言葉に依湖は涙目になってしまう。女武人の言ってることも確かだけど、私たちにとってこの商隊の積荷は私たちのほぼ全財産に当たる。これらを失ったら、故郷にある僅かな蓄えでは私たちはいずれ路頭に迷うかもしれない。少なくとも今回の積荷分丸々失った場合、楽観的に見ても私たちの代で今の状態までの富は取り戻せないと思う。
「どうにもならないの?もう」
「ふむ、せめてもう一人。ここを任せられるだけの者が居れば、私が敵の頭の首を取って追い払えますが。如何せん、そのような者はいないようで」
言いながら敵を一人突き殺す。確かに彼女なら敵の囲みを単身突き破って指揮している賊将を倒せるかもしれない。でもそれでは私と依湖を守ることが出来なくなる。でも・・・
「私たちのことはいいわ!敵を追い払って私たちの積荷を守って!」
決断するしかない。ここで全てを失うくらいなら!
「ちょっ!姉ちゃんなに言ってんだよ!そんなことしたら・・・!」
「ほう・・・」
私の言葉に依湖は驚きの声を上げ、女武人は感心したといったような視線を向けてくる。
「依湖、私たちは商人だよ。商いに命を掛ける人間なの。ここに持って来てる荷物はちょっとやそっとで取り戻せるものじゃないんだよ」
怖いけどここで積荷を失うことは許されない。元より博打の要素が強い今回の商売だけど、商談を始める前に負けていいのは、商談の前に死んだ時だけだと思うから。
「・・・分ったよ、姉ちゃん。じゃあ、あんた!早く連中追い払って僕たちの積荷を守って!」
震えながらだけど、依湖も最後は賛成してくれた。
「ふむ、商人と言うのも存外に気骨があるものですな。ならばこちらも私もそれに応えないといけませんな」
そう言って女武人は槍を払い、賊たちとの間合いを開ける。
「聞け!賊徒共よ!常山の昇り竜、趙子龍が槍捌き・・・む?」
趙子龍と名乗った女武人が向上を途中で止めてしまった。不思議に思い依湖と一緒に彼女の見ている先に眼を向ける。その先では商隊を襲っていた賊たちが後退していた。
視点返還
さて、驢馬を草むらに隠して自分も草むらの中に隠れながら進んでいく。気分は年老いた蛇さんです。若いけど。
近づいて見るとどうやらキャラバンに盗賊が群がっているようだった。見た感じではキャラバン側が劣勢かな?なんか結構戦闘要員の数に差があるようだ。お、白い服の女の人つえ~。なんかすげー強いのが一人いる。でもなんか全力を出せていない感じかな?
盗賊の様子を見るに黄巾賊ではなさそうだ。黄色い布ないし。
さ~て、どうするかね。キャラバンを助けに入るのもいいけど、ただあたしが乱入して行ってもな~。下手したらキャラバンの人たちまで混乱するかもしれないしな。どうしたもんか。
「頭を押さえるのがやっぱ一番かな」
草むらから頭だけ出して周囲を見回す。そして一人だけ馬に跨り、戦闘に参加せずに命令をとばしている男を見つけた。多分あれだろう。
音をたてないようにゆっくりと、動作を小さくして動いてゆく。
そして男のすぐ傍まで近づく。まだ気付かれていない。距離もあたしの脚力なら一瞬で詰められる距離だ。袖に隠した暗器から、今回チョイスするのは峨媚刺。
日本の寸鉄の原型とも言われる暗器で20cm前後の金属棒の両端を尖らせ、中央に中指で固定するための輪がついている物である。物が小さく、扱いも簡単なので光が反射する可能性のある刃物類より隠密性が高い。
願わくはこの男に、盗賊たちに対して人望がありますように、と。
「とりゃ!」
軽く掛け声と共に跳躍。男が跨っている馬の背に着地する。つまりは男の背後でもある訳で。
「な、なんだてめぇ!」
突然現れたあたしに驚きながらも、同じく驚いて騒ぎ出した馬を制御するために武器を取ることが出来ない。その隙にあたしは後ろから男の首を左腕で抱え込むように固定し、右手に持った峨媚刺を喉元に突きつける。
「動くなよ。でないと、言わんでも分るだろ?」
男の動きを封じ、軽いパニックから馬が回復するのを待つ。そこまで着地で衝撃が伝わらないようにしてたから馬のもすぐに落ち着きを取り戻した。
「お前、こいつらの親玉?」
「てめぇ、俺にこんなことして・・・!」
こっちの質問を無視して喚きだそうとする男の喉に突きつけている峨媚刺を少し食い込ませる。
「質問してんのはこっち。答えろ」
出来る限り感情の篭らない声をつくる。相手が怯えてくれれば有利に交渉できる。父上に学んだ尋問術の応用である。
「うっ、そ、そうだ。俺がこいつらの頭だ」
「そうか。じゃ、自分に人望がある事を祈っとけ」
そう言って男に当身を入れて眠ってもらう。そして深呼吸一つ。交渉の真似事を始める。
「賊徒共!貴様らの頭目は既に我が手の内にある!」
声を高らかに宣言する。すると手の空いてる盗賊たちがこちらを向く。その表情は一様に驚愕と緊張に染まっていく。
「ここから去っていけば貴様らの頭目は解放しよう。さもなくばここで貴様らの頭目の喉を掻き切り貴様らも同様にこの手で引導を渡す!」
明らかに連中は動揺していた。互いに顔を見やり、どうすれば良いか分らないといった感じだ。正直この男に人望がなかった場合、つかあった場合でも数に任せてこの男ごとあたしを殺そうとする可能性のほうが高い。
一応この人数ならあたし一人でも追い払える自信はある。だが、その場合半数以上の敵を殺すことになる。あたしにとっては特に意味のある戦いで、人を殺すのは可能なら避けたかった。殺すのは得意ではあるけど好きではないので。
「お、俺たちが帰ったらお前がお頭を殺さない保障があるのか!」
連中の中の一人がそんな事を口にした。まあ、ここら辺は当然か。
「そうだ!それにお頭を殺して、この人数相手にどうにかできるとでも思ってんのか!」
まあ、自信はあるよ。一応渤海でも何回か盗賊退治に借り出されてるし。その経験の上でこいつら程度なら大丈夫だと思う。
「貴様らのことは恐れる理由があたしにゃないんでね!貴様らの頭目に関してもだ!退けば助かるかもしれないが、このままじゃ確実に死ぬことになるぞ!」
そう言って男の喉元にさっき仕舞った峨媚刺の代わりに取り出した匕首を首に当てる。それを見て盗賊たちは慌てた表情になる。
「わ、分った。だからお頭には手を出すな」
盗賊たちの中でも年長そうな男がそう口にすると、他の盗賊たちもあたしを刺激しないようにするためか、一歩下がる。
「おい!お前ら!引き上げるぞ!積荷は捨て置け!」
年長の盗賊の声と共に、他の連中も続々と撤退していく。何者だ?本当に。並みの慕われ具合じゃないぞ。ひょっとすると大物かこいつ?
盗賊たちが引く際、キャラバン側が追撃しなかったのも良かった。正確には精も根も尽き果てて動けなかったみたいだが。追撃かけられてたら流石に敵も応戦せざるを得ないからな。
それにしても本当に成功するとはな~。こいつもすごい人望だな。何事もやって見るもんだわ。
正直自分でも予想外だったが、結果は上々か。ここまでは良かったが・・・これからどうしようか。介入した後どう始末つけるか考えてなかった。
そんな部分で悩んでいたあたしに、さっき一人突出した強さを見せた白い服の女と小柄な少女二人がこっちにやってきた。
「えと、賊徒たちが退いて行ったのは、あなたのおかげ・・・でいいのでしょうか?」
小柄な娘の片方がそう聞いてくる。ちなみにあたしはまだ馬に乗って盗賊たちの頭目を拘束しているからあたしが三人を見下ろす形になっている。
「あ~、なんか危なさそうだったんで勝手に手を出しちゃいまして。お節介でしたかね?」
流石に上から見下ろし続けるのはアレなので馬から下りようと、先にこの男を拘束することにした。袖から流星鎚を取り出す。これは縄の先に鈍器を括りつけた物でこれで男を縛り上げる。
「いえ、決してそのような。寧ろ助かりました」
声をかけてきた女の子が恐縮したように頭を下げる。あたしは男の両手を縛り、更に馬の首に括り付ける。そんでもってこいつが起きて暴れだしても押さえられるように馬の手綱を握っておく。
「それは良かった。そんじゃあたしはこれで」
そう言って驢馬を隠した場所に馬を引っ張って行こうとする。自分の驢馬も気になるし、時間を見てこの男も開放せにゃならんし。
「あ、ちょっと待ってください」
呼び止められた。そのまま行くわけにも行かず、取り敢えず話を聞くことにする。
彼女の名は張世平と言い、このキャラバンの責任者との事。横にいる少女は彼女の商売仲間の蘇双というらしい。彼女らの言うには彼女たちは青洲の北海に向かっているので、あたしに護衛に入って欲しいとのことらしい。
ふむ、海に向かうと丁度北海の方向に向かうんだよな。そこら辺に不都合はない。報酬も出すと言われたがそっちに関しては困っていない。けどやって見ようかという思いがある。理由はこの二人の横にいる白服の女だ。
さっきの戦いを見てこの女、相当強い。多分あたしと真っ当にやりあったら、こっちに分が悪い。正直彼女に興味が湧いたし、可能ならこちらの陣営に引き込みたい。そう考えてあたしは、盗賊の頭の男の処遇をあたしに任せる事を条件に彼女らに同行する事を承諾した。
そして出発してからおおよそ5分くらいたった後、
「あ!あたしの驢馬と荷物!」
大事な事を思い出したのだった。
あとがき
最近烈火さんの歌を聞くとなぜか魏延が熱唱している映像が頭に浮かぶ今日この頃、皆様どうお過ごしでしょうか?こんにちは、郭尭です。
今回は次回のための繋ぎのための話なので内容がかなり薄くなってしまいました。せめてもうちょっとネタが積めれたらよかったのに。後交渉が上手く行き過ぎたのは頭目の男の人望ゆえ、ということで。張郃にとっても意外な事態と言うことで。正直自分の発想力不足なんですけど。
尚、張郃の旅の理由は次回触れます。今回はここまで。それでは次回もよろしくお願いします。