司馬懿をゲットしてこれなら曹操にも諸葛亮にも対抗できるぜ!なんて思っていた頃があたしにもありました。
司馬姉妹がプティスールになってから一年ほどたった。元皓様の軍略、政治の講義の後、二人はよくあたしに分らなかったところを聴きに来るようになっていた。・・・うん、あたしに聴きに来るんだ。
二人は実家でもいい待遇ではなく、この手の教育を受けたことはなかった。二人の才能云々はあくまで頭の回転とかそういうのである。
二人の飲み込みは異常に早く、正に天才と言うものだろう。裏禍が軍略、裏亞が政治と、それぞれ偏りがあるものの、あたしとは比べ物にならないほどの成長速度である。
とは言え、僅か一年である。あたしとて数年間元皓殿の下で勉強してきたのだ。一日の長どころではないがまだまだあたしのほうが二人より上なのだ。
・・・笑えねぇ。
最近は悪徳役人に追い詰められた農民が土地を離れて流賊化して、他の農民を襲うと言う事件が増えている。そんで襲われた側も流民になり、やがて飢えて流賊と化す訳で。
黄巾の乱まで秒読み開始と言った感じになってきている。この子達の成長が、せめてちゃんとして軍隊を相手にする頃には形になって欲しいな。・・・ただ、事あるごとに抱きついてくる行為は精神的に多くの癒しを運んできてくれるので嬉しいのだが。たまに朝起きたら布団の左右を占領されていることもしばしばである。
それはそうと最近引っ越しました。都にて麗羽さまが正式に官位を授かり、渤海郡の太守になったのである。ただそれ以外に朝廷の直属の将としても官位を受けたので当分は都を離れられないと言うことらしい。よって太守代行が必要になる訳だが、軍政両略に通じる元皓様が選ばれ、あたしたちも一緒に渤海にお引っ越しと言う訳である。ただ引っ越しの際、「引っ越し~、引っ越し~、さっさと引っ越し~♪」などと言うニュースで聞いた記憶がある歌を誰かが口ずさんでいたのはあたしの気のせいだと思いたい。
時に渤海って単語がエロいと感じるのはあたしの精神がまだ男である証明だと思うんだ。
と言う訳であたしらも元皓様の新しいお宅になった渤海の太守府にお世話になっています。
元皓様が渤海太守代行となって、まず始めたのが人事の刷新である。永らく袁家に仕えていたりする信頼できる人間を査察官として、県令や相の仕事ぶりを把握していく。有能ならそのままにするか、場合によってはより上の地位に取り立てる。無能ならば官位の剥奪。汚職を行う輩は法に拠って裁く。
当たり前っちゃ当たり前なんだが、金で官位を買った連中が多いせいか、汚職率の高いこと。空いたポジションが多いからそこらの人選だけで大変だったそうな。
次いで袁家の名に於いて私兵を集め始めた。いくら拠点を得たとは言え、郡ひとつで養える兵には限りがある。そしていざ動かす時にも、城が直接攻められでもしない限り動かすのに、事務的な意味で時間がかかる。その為に急増してきた山賊やらを討伐するための私兵が会ったほうが都合がいいのである。
本来そんな朝廷にとっても脅威になり得ることが許されることはありえないのだが、名門袁家が宮廷で覚えめでたいことと今の治安の乱れが著しいこの時世によって認められている。理由の大部分が今の皇帝の無能に起因していることは考えないでおこう。
宮廷で多くの官職と爵位を持つ袁家の碌は凄まじく、貯蓄を一切使わずに養える限界数は一万余だそうで、いざと言う時のために余裕を持たせて一万の兵を募集する予定らしい。
あたしも最近見習いの将として、仕事を任されるようになった。まあ、見習いなので当然重要なものは回ってこず、寧ろ勉強の日々と言った感じである。
時に最近猪々子と斗詩が并州から幽州に掛けて近頃活発に略奪などを行っている鮮卑、烏丸の討伐で朝廷からの援軍の武将として活躍しているらしい。麗羽様は合い変わらず宮仕えとの事。
そんなある日、あたしは書き物をした。内容は屯田に関するもので、嘗て曹操の勢力化で韓浩が行ったものをあたしが覚えている範囲で書き出しているのだ。・・・訂正、これから行うだろう、である。
文官でもないあたしがそんなもん書いているのには理由がある。先日、麗羽様から送られてきた手紙で華琳さんなる人物(多分曹操)が陳留の太守になったと言う内容が書かれていた。あたしの予想道理この人物が曹操だった場合非常に不味い。
あたしが知る限り曹操は反董卓連合まで、郡一つを管理できるような官職は経験していない筈である。その後、兗州牧に任じられるまで基盤らしい基盤を持ったことがない筈なのだ。
にも拘らずやがては袁紹を破り天下の七割とも言われる巨大な勢力を創り上げるに至るのだ。ならばこの時点で曹操が独自の戦力を手に入れるような基盤を手に入れたことはあたしらにとって大きな脅威足り得る。手に入れてなくても凄まじい脅威なのに。
そんなわけで何でも良いからこっちの勢力を早い段階で少しでも向上させておく必要が出来た。そんな中思いついた、というより思い出したのが屯田である。
暇な時の軍人に自分らの食う分の兵糧を作らせる軍屯。これは後に蜀や呉でも行われている。
更に曹操の勢力下でしか行われなかったもう一手、民屯である。これは流民等に空いている土地を与えて開墾させるものである。一見どうと言うことのないように思えるが実際そうでもない。
流民とは即ち生きるために土地を捨てた人間である。そんな人たちを再び土地に縛り付けなければならないのだ。その人たちの心情的なもの等もあり、近隣住民との諍いが起こりやすいとも言う。更に開墾をするための農具、牛馬、穀物が取れるまでの食料の用意等出費も嵩む。
と言う訳で、
「どう思うよ?二人とも」
軍略はともかく、内政に置いて完全にあたしを上回る二人にアドバイスをもらうことにした。
二人は一つの竹簡に、同じペースで眼を動かし、同じペースで読み終え、裏亞が次の竹簡をもって来て裏禍が片端を持って広げると言う見事なコンビプレイを見せていた。
竹簡を読み終わり、二人が視線をこちら見向ける。ちょっと緊張する。
「すばらしく革新的な計画です、と裏禍は感嘆します」
「具体的な数値を盛り込めればすぐに草案として通用する、と裏亞は申告します」
無表情なまま絶賛してくれた。どうやらちゃんと纏めることができていたようだ。思わず片手を握ってガッツポーズをやってしまった。
この二人、出会った日の出来事以来、あたししかいない時は顔を隠さないようになっていた。だが、永らく他人とコミュニケーションをとることのない生活を送ってきたせいか、一年を過ごしてきたあたしでも表情から一切の感情を読み取ることが出来ないでいる。
その分体に抱き付いてきたりと行動で示すことがある。そんなときは前世を思い出す。人生に三度あるといわれるモテ期は一度もこなかったが、子供には異常に好かれてたぜ・・・
「すぐに放棄された田畑と開墾に適した土地の調査計画を起草すべき、と裏禍は提案します」
「袁家の碌の余剰分で年間で養える人数を早急に計算すべき、と裏亞は提案します」
読み終わった竹簡を机に纏めるとすぐにこの計画に必要な具体的なデータを纏める計画を話し合い始めた。必要なデータの具体的な内容を他の竹簡に書き込んでいく。あたしはこっち方面ダメダメなので大人しく見ているだけ。
この後三人で元皓様にあたしの書いた屯田計画書と、司馬姉妹が起草した関連情報調査計画書が渡され、次の日にはGOサインが出るに至る。・・・後から気付いたけど、これってある程度資金力がないと実行できないのが難点だな。
そんな訳で屯田に使う土地に関する情報の調査は発案者のあたしが担当することになってしまった。尤もこういう作業をあたしが出来るわけもなく、一緒に来た役人に任せている。一応発案者として何もさせないわけに行かなかった、と言うのがあたしがここにいる理由だった。後なんかあった時に護衛の指示とか。
ちなみに司馬姉妹は農具や牛馬の相場とかを調べて貰っている。
何箇所か打ち捨てられた廃村を回って使えそうな土地の面積を調べ、残りの土地を3日ほどに分けて調べると言う事前の計画通りのペースで行う確認をとり、解散の流れになった。
そんで屋敷に戻ったあたしは厨房に立っていた。
料理。あたしの最近の趣味と言うか何と言うか。
張儁乂として生を受けて早十七年。前世の味覚が恋しくなることが偶にある。衝動的にそれらの味を蘇らせたくなることがあり、そういう時は自ら厨房に立ち、色々試行錯誤したりする。大まかな作り方が分ってても材料がそろわないものが多かったりするのでそこいらで苦労するが。
そんでもって今挑戦中なのが、
「不思議な甘さがある匂いである、と裏禍は評します」
「妙に粘着質な感じである、と裏亞は評します」
あたしが鍋の中で掻き回し続けている黄色がかった白濁液を二人はそう評した。
うん、何度目かのキャラメル再現に挑戦中なんだ。
作り方が簡単なお菓子やらは幾つか再現に成功してきたが、このキャラメルだけはうまくいかない。ちなみにキャラメル作り中に二人が来たのは今回が初めて。試作品の試食は何回か頼んではいるけど。
基本的に牛乳に砂糖やら蜂蜜やらを混ぜて水分が飛ぶまで煮続けたり、氷水で冷やしたりなんだがまず最初に材料の生クリームの作り方が分らない。まあ、これは試作品の味を見て変わりになるものを探せば良いだろうと思い、取り敢えず作ってみようとしたんだが意外なことに牛乳がダメダメだった。
この時代漢人は基本的に乳製品を食べる風習はなく、牛乳を飲み物と認識していない(一部商人除く)。まあ、近くの農民にお願いして売ってもらったが(こんなもんが売れんのか~と驚かれた)味の薄いこと。うん、この時代の中国にホルスタインなんぞいる訳ないもんな。
と言う訳で牛乳と羊乳を混ぜてホルスタインの味に似せることから始まった。牛乳の比率が高すぎると味が薄くなり、逆に羊乳が濃いと羊乳特有の臭みが出てきてしまう。だがまさか、牛乳を「調合」する日が来ようとはな~。まあ混ぜてる訳だから牛乳じゃないんだが。
そんなこんなでキャラメルモドキの開発は難航している。そこそこ美味しいゲル状の何かにはなるんだがキャラメルとは、ちと違うんだよな。
「味自体は強い甘みが口に溶けて行くのがとても新鮮です、と裏禍は賞賛してみます」
「ただ後味は油が残っているような感触が気になります、と裏亞は批評します」
う~ん、煮詰めすぎたか?確かに後味のくどい油のような感じがする。舌に感じる味そのものは悪くないんだがな~。
三人で出来上がったキャラメルモドキを試食しての感想だった。・・・今回も微妙だな。
「以前作って貰った玉蜀黍のお菓子が一番好みです、と裏禍は述べます」
「あの茶色の液体のほのかな甘みが良い、と裏亞は述べます」
ああ、ポップコーンね。カラメルソースを絡めたやつは、そう言えば好評だった。・・・駄洒落じゃないよ?
「ん~、じゃあ口直しに食べようか。爆米花」
尚、爆米花はポップコーンのことである。玉蜀黍の実が破裂してできる様を見て使用人の人たちが付けた名前である。この二人がその時厨房にいなかった訳だが、そこら辺の事情は今ここに司馬姉妹とあたししかいないのと同じ理由だ。
まだこの屋敷の使用人たちに受け入れられていないのである。忌み子と言う悪しき伝統はあたしの想像以上に人の心深くにこびりついているようだ。そのこともあるのだろう、未だ彼女らはあたし以外の人間がいるときは必ず顔を隠している。
兎に角あたしは作り置いていた糖水爆米花(カラメルポップコーン)を入れた壷を取り出し、その間に二人が新しくお茶を入れてくれる。
二人と共に、ポップコーンを食べながらお茶を飲む。あたしが何か喋り、裏禍が応答し、裏亞が追従もしくは補足する。本来なら茶房でやりたいところだが人前で顔を隠す二人はそういう場所には連れていき辛いものがある。なのでいつも屋敷の中でお茶をすることになる。
・・・そこの所、どう感じているのか。あたしじゃまだその表情や声から彼女らの感情も、心情も察することが出来ないでいる。
渤海周辺の土地調査を終え、太守府に戻り、報告を纏めて元皓様の居る執務室に向かう。渤海の本城だけでなく、郡内八城(本城含む)全ての調査結果を纏めたものなので竹簡で結構な量になる。両手で持ちきれないので竹簡を運ぶ専用の四角いお盆のようなものを使っている。それでも高々と積み上げられている。
ええ~い!前が見辛い!
そういえば最近乳の成長速度が上がってきた気がする。もうそろそろ、足元が見え辛くなってきている。
恐らく司馬姉妹があたしの胸に顔を埋めるなどのコミュニケーションをとるようになったせいかと思う。正直あたしは巨乳派だがそれが自分の胸についているというのは正直微妙な気分だ。
そんな事を考えながら執務室に到着。一声掛け、返事を貰ってから入る。
「渤海郡領内での土地調査結果です」
元皓様は見ていた他の竹簡を置き、私の竹簡に目を通し始める。
「では、あたしはこれで」
「待ちなさい、儁乂。少し話がある。そこで待っていなさい」
部屋を出ようとするあたしを、元皓様が引きとめた。この後、特に用事があるわけでもないあたしは黙って部屋の隅の椅子に腰掛ける。
その後、元皓様は黙々と竹簡を読んでいる。一番上に置いていたやつだから渤海本城管轄範囲内のやつか。
しばらくして竹簡を読み終わったのか、机の上に置く。そしてあたしに向き直る。
そして放たれたのは、あたしが予想だにしなかった言葉だった。
「のう、儁乂。お主、将になるのを諦めんか?」
あとがき
カプコンが三国志でバサラしてくれないかな~と思う今日この頃。皆さん如何お過ごしでしょうか。郭尭です。
今回は内政タイムです。恋姫原作で早い段階で曹操が土地を手に入れていたので、俺だったら絶対あせるよな~、と思って何かをやらにゃなとのことで屯田を考えました。うちの張郃は別にこれといって政治の知識があるわけでないので知っていたものを書き出して、司馬姉妹に肉付けしてもらったものです。
本人だけでは制作を形に出来るほどの能力はまだありません。一応学んではいますが受けているのは主に将としての教育なので。
そんなわけで黄巾の乱までは主人公の成長です。
それでは次回もよろしくお願いします。
PS.爆米花は実際に中国でのポップコーンの名前です。これの亜種で米から作った大米花があります(大米は中国の米の俗称)。