半ば袁紹軍に組み込まれたようなような配置となった俺たちは、周囲を金色の鎧を纏った軍勢に包囲されるように行軍していた。
この時代に来てから知った事だけど、普通行軍って一列か、それに近い陣形でやるんだそうだ。だけど今の連合軍は曹操の軍を最前列に、いつでも戦える陣形になっている。
両脇を谷で挟まれた地形で、もし董卓軍が仕掛けてきた場合にすぐさま対処できるようにってことらしい。俺たちは話しの上でしか知らないけど、涼州と并州の騎兵はとにかく速いらしい。俺たちはそもそも騎兵隊を持っていないし、見たことある騎兵って言ったら白蓮のとこが一番速かった。他の話では、少なくともそれと同レベル。
正直ゾッとしない。あんなのに動き回られたら、多分うちの軍じゃついていけない。愛紗や星の馬術は凄いけど、二人だけで軍隊に対応する事なんて出来る訳がないしな。
「そういえば虎牢関って後どれ位でつくんだ?」
汜水関を出てから一日半、そんなに遠くない筈だって聞いたからもう着いてもいい頃だと想うんだが。
「そうですね、何事もなければ多分今日中に到着できる距離になります。ただ、別働隊と時期を合わせる意味で今日は距離を置いて野営して、明日に攻撃を始めることになる筈です」
隣で答えてくれるのは雛里。朱里もだけど、大陸中の軍事用地図が全部頭に入っているっていうのは何度考えてもすごいもんだ。
まあ、周りの皆が全体的に凄い人ばっかだから、時折自分の存在意義を見失いそうになるんだけど。
そんなことを考えていたら、前の方が少し騒がしく感じた。少しすると、曹操軍からの使者が来たという。曹操軍は連合軍の最前部に配置されているから、前で何かあったのかも知れない。
「こりゃ、完全にしてやられたよ」
馬の上で器用に胡坐をかいだ張郃さんが苦しい表情で呟く。
「そうね、ある意味これが最も有効な奇襲となったわ」
それに頷く曹操。
今最前列である曹操軍の、さらに前。俺たちを含めた反董卓連合の主だった諸侯や武将が集まっている。原因は俺たちの前で左右に広く展開している、真紅の呂旗を掲げた騎兵だけの一団だ。
「まさか急襲、夜襲朝駆けでなく、堂々と会戦の構えを出してくるとはね」
前方に展開し、俺たちと対峙する軍勢。そして百メートルくらい先にいる赤毛の馬に跨った、無表情な少女。
その手に持った、やたら凶悪そうなデザインの、ハルバートみたいな武器。そして彼女から伝わってくる雰囲気。武術関連に関しては素人に毛が生えた程度の俺でも分かる。彼女は強い。半端じゃなく。
多分、彼女が三国志最強の豪傑、呂布なんだろう。
そして彼女は悠然と、一騎で前に出る。誰も手出しできない。俺はまだ詳しくないが、戦の作法みたいなので、一人だけ前に出てきた彼女に手を出せないそうだ。
「ですが、向かってきたのなら私たちが引く訳には参りませんわ」
相手の総大将、というか指揮官というか、兎に角それが出てきたのならこちらも相応の人物を出さなくちゃいけない。そこでまず問答や主張のぶつけ合いがある。明確な勝ち負けの基準があるわけじゃないが、内容と結果によっては軍の士気に影響もある。と本に書いてあった。
そういうわけでこちらの総大将である袁紹が馬を進める。その横には張郃が付き添っている。
問題はこの問答の後どうするか。なんせ相手は三国志で関羽、張飛、劉備の三人がかりで漸く追い返せたような相手だ。それに、なぁ……
「ん?どうしたの、ご主人様?」
「いや、何でもない」
桃香が武術で役に立てる所が想像できないし。この桃香はあの劉備じゃない、色んな意味で。
ふと自分の後ろに振り返る。愛紗と鈴々、それに星。三国志通りにいけば、この三人がかりなら寧ろ勝てそうとも思えるけど。
三人も三人で、得物を手に、いつでもいける雰囲気だ。けどやっぱり呂布のネームバリューは特別だ。踏ん切りがつかない。
他の武将たちも動けないでいる中、呂布らしい相手が、馬を進める。そして馬具に括り付けられた矢堤と、弓に手を伸ばす。
手にした弓も矢も、尋常の物じゃない。
幹の太さと張り具合、そして大きさ。弓に詳しいわけじゃないけど、それでもあれは今まで見てきた中国式の弓と違う。どちらかと言えば日本式の、弓道で見るようなものにサイズが近い。多分あれは幹が長すぎて、馬から下りたら使えないんじゃないか?日本式に言えば短弓がメインの中国式のから見れば結構珍しいと思う。
そして添えられる矢も、特別だ。
長くて太い。矢というより投槍、それか短槍を連想するようなものだった。そのサイズだけでまともな威力じゃないことが想像できる。
その矢を弓に番えられると同時に、愛紗たちが俺と桃香の前に出る。他の勢力のも、武将が前に出たり、大将を下がらせたりしている。俺ももっと距離を置いたほうがいいんだろうけど、俺は呂布の動作に魅せられていた。
昔学校で見た、弓道の動作のような洗練された美しさとは違う、鋭い動き。ある種の冷たささえ感じさせる。
そこまで見て違和感に気付く。呂布は矢を何処に向けているのか。斜め上へと向けられた矢は、まさか鳥を射るわけじゃあるまいし。
そして弓の弦がギリギリまで絞られた時、
「そっちか、くそっ!」
耳に飛び込んできた張郃の声。そこに曹操の声が続く。
「秋蘭!」
「承知っ!」
咄嗟に目を向けると馬上で跳び上がる張郃と、空中に矢を向ける夏候淵の姿。そして風を切る三つの音。ほぼ同時に空中で弾ける金属音。そして飛ぶ火花。
俺の目では確認できなかったが、張郃の暗器と夏候淵の矢が、呂布の矢がぶつかったんだろう。そして俺たちの後方で、何かが折れ崩れる音。
「……そんな……こんな事を……」
驚きで枯れそうな声を上げる朱里。その先には、金糸の袁の牙門旗がだったものの残骸。へし折れた木の棒だった。敵の陣営から、轟くような歓声が上がった。
「これは、退けなくなったぞ」
笑みを引き攣らせながら星が言う。
俺としてはこの距離で、それも邪魔が入った上でこんな事をしでかした敵の実力に舌を巻くしかなかった。
牙門旗は対象の所在と健在を味方に伝える物。高が旗ではあるんだが、この時代の戦には大きな意味を持った旗。旗は対象と同列視される。たとえその対象が目の前にいるとしても、その象徴の喪失は大事だ。
大将の旗を折られた動揺は、すぐに兵士たちに伝わっていく。俺たちの軍だけじゃなく、全体に。
「このまま退けば、こちらの士気は崩れて、向こうは大いに盛り上がるでしょう。并州騎兵にそんなことを許すのは危険すぎます」
騎兵の力はつまり勢いだって、兵法書で読んだことがある。意気が上がっているってのはそれだけで勢いに繋がるもんだし。
「だったらここは鈴々に任せるのだ!」
どうすれば良いか考えていると、勢い良く鈴々が武器の蛇矛を振る。まさか一人で呂布とやり合うつもりか?
「確かに一騎打ちで相手を抑えられれば勢いはこちらに傾きますが……」
朱里もぶつぶつと考え込んでいる。けど『張飛』である鈴々じゃ、多分『呂布』には勝てない。
一方でこっちの牙門旗を壊した呂布は、武器を画戟に持ち替え、手招きするように挑発している。
そしてこっち側の人間では、馬超が鈴々と同じ考えに行き着いたのか、乗っている馬の腹を蹴る。だが、襟首をシスター服の人につかまれて止められている。
「だがこのままの士気で、調子付いた并州騎兵は止められないかも知れません。更に言えば率いるのが飛将軍とも準える呂布です。万の軍勢の中から大将首を奪う、やってしまいかねません」
俺の横で星がそう語る。イメージは出来る。それだけに質が悪い。
更に朱里からの補足として、伝聞によると袁紹軍は賊相手に圧勝し続けてきた。その上数が多いこともあり、一度崩れた場合立て直しは期待できないと言う。
「ならばたとえ不利であろうと、この一騎打ち、誰かが向かうべきでしょうな」
星の言いたいことは分かる。けれど相手は三国志最強の呂布だ。行って来いと、どうしても口に出せない。
「ならばそれは私が行こう。鈴々と星は桃香様とご主人様を頼む」
だが俺が悩む暇もなく、愛紗が名乗り出る。
「愛紗ばっかりずるいのだ。鈴々たちはここに着てまだあんまり戦っていないのだ」
「黒羽の件の汚名返上なら必要ないと言っただろう。出番は譲れ」
だけど、鈴々も星も譲ろうという気配はない。正直なところ、三人がかりなら勝てそうな気がしないでもないけど、こういう場面で最初からはってのは無理そうだ。だから、
「星、いざって時は逃げろよ」
一番引き時を間違えなさそうな星に、まずは頼むことにした。
黒羽視点
冷や汗が止まらない。呂布から感じる威圧感に、頬が引き攣る。三国志最強は伊達じゃないか、相手は殺気を覗かせてすらいないってのに。
さて、目の前で画戟を構える飛将軍。どうしたものか。あんなのあたしがどうこうできるようにも思えないし、誰かにやらせるにしても……
横では孟起さんがシスターさんに鎮圧される。襟を捕まれて苦しそうだ。
あたしが行っても無駄死にしか見えないし、かと言って猪々子や斗詩に行かせる訳にもな。誰かが戦死した場合、責任も負いたくないから、他所の軍の人が進み出てくれないものか。そう思っていた訳だが。
「常山の趙子龍、天下に名高き呂奉先とお見受けする。いざ、お相手願う」
何真っ先に名乗り出てんの、星!?関羽とかそこらに任せればいいだろに!
馬上で、赤い二股の槍を構えながら口上を述べる星。対して呂布は無表情に、構えさえ見せず、ゆっくりと馬の歩を進める。それに合わせる様に、敵陣から響く雄叫び。相手がもっと色々と揃った一団だったら、軍楽隊の太鼓とかも加わっていただろう。
「来ればいい」
言葉など余分とでもいうような呂布の態度。星は馬の腹を蹴って駆け出させる。
星の神速の一突き。疾く、鋭いその一撃。
甲高く響く、不快な金属音。一瞬の交差を経て、星の身体が大きくグラつく。何とか平衡を保つも、星は顔を顰めながら、右肩を抑える。
斬られた訳じゃない。寧ろそれより難しい事を呂布はやってのけた。
交錯の一瞬、星の突きに合わせ、槍の先端を画戟で打ったのだ。真っ直ぐに突き出す星の一撃は正確であり、且つ神速である。だからこそ、その一撃に合わせるなどというふざけた芸当の衝撃をもろに肩で受けさせられた。恐らく、今の星では最初の一撃のような攻撃は、もう放てない。たった一度の交差で、星の勝ちは完全に無くなった。
あたしが行くべきか。あの化け物の前に出て生き残れる自信は、はっきり言えばなかった。だが、星を死なせるのも。
一瞬の逡巡。だがその一瞬で飛び出したのがいた。サイドポニーの艶やかな黒髪、関羽だ。振るわれる轟撃とでも呼ぶべき一撃。それは馬首を返し、星を追撃しようとしていた呂布の動きを止めた。恐ろしいことに、片手で無造作に。
「戦の礼に失したこと、申し訳ない。だが、仲間を失う訳には行かなかった」
二発目は無かった。呂布が追撃を止めた時点で関羽も動きを止め、偃月刀を手にしたまま軍礼を取る。
「不甲斐ないな、私も。申し訳ないよ、全く」
馬首を返した星が自嘲するように言う。口から出た詫びの言葉は、呂布に対するものか、関羽に対するものか。
「構わない……二人で来ればいい……」
それを全く意に介していないかのような呂布の態度。敵陣から歓声が上がる。その声には、敵が何人増えようとも呂布の敗北は無いと、確信を抱いているのが見て取れる。
「これでは私も退けなくなった、か。改めて、劉玄徳が刃、関雲長、不躾なれどお相手願う」
星と同じく、馬上で偃月刀を構える関羽。星と関羽、二人で呂布を前後に挟み討つ配置にしないところは武人の矜持というものか。
二対一の戦いは、関羽の一撃から再開した。重量のある大刀の一振りを、これさえも難なく避けて見せ、呂布は反撃の一撃を振るう。それを刀身で打ち上げるようにして防ぐ。だが星ほどではないが、やはりその威力に関羽の体勢が泳ぐ。
関羽に出来た隙を埋めるように星が槍を繰り出す。だが一撃目の攻撃と比べ、明らかに速度で劣るそれを、呂布は自ら動くことすらしない。跨っている汗馬が自ら一歩下がり、画戟を振りかぶり攻撃態勢に移っている。
横薙ぎの一撃を、馬の背に這い蹲るようにしてかろうじて避ける。そこに加えられる関羽の攻撃を、再び呂布が無造作に打ち落とす。
余りにも差がありすぎる。いくら何でもこれは。
張飛と関羽を同時に相手して互角、劉備を加えてようやく押し込めるってのは演義のエピソードで創作だ。その筈なのに。
認めたくない現実が目の前で起きている。武に於いて、天下に名を響かせる英傑二人を相手取って尚、息一つ乱していない。
異常なのだ、呂布の武は。その動きに技巧としての癖がない、というより型がないと言うべきか。武術という感じが全くしない。
適当に武器を振ったら、それが結果的に理想的なまでに効率的な動きだった、そんな感じだ。駆け引きはない、ただ打ち、振るい、刺す。それぞれの動き、その全てが速く、重く、鋭い。
武術を修めたが故の洗練さとは、全く違う形の無駄の無さ。武術とは全く別種の強さ。かと言って猪々子のような野性的なそれには無い泰然とした重みもある。
なんだ、天賦の才って言うのだろうか、こういうのも。
兎に角、戦いは不味い方向に向かっている。肩を痛めただろう星だけでなく、疲れからか関羽の動きも悪くなっていく。対して呂布の動きは、戦い始めた時と殆ど変わりが見えない。
呂布の一薙ぎ。それは星と関羽を同時に間合いに捉えた一撃。先に受ける位置の星が馬の背に仰向けるように避けるも、自身の限界を超えた動きに落馬しないだけで精一杯といった感じ。
その一撃を、関羽が偃月刀の柄ごと体当たりするように受ける。もう全身の体重を掛ける以外に呂布の力を受け止められないってことか。だがそれでもやはり大きく体勢が流れる関羽。そして呂布は一薙ぎの勢いをそのままに、画戟を振り上げる。
後は振り下ろすだけで終わる。星はまだ馬上で起き上がれずにいて、援護は出来ない。狙われている関羽は完全に何も出来ない体勢。
「愛紗から離れるのだーー!」
だが呂布の一撃は、飛んで行く蛇矛によって阻まれる。呂布の顔面目掛けて飛んでいた蛇矛を画戟の柄で弾いて見せやがった、タイミング的に不意打ちの筈だったのに、だ。
弾かれた蛇矛を追うように劉備たちの下から駆け出す小柄な影。赤い髪の少女、たしか彼女が張飛だったか。
馬ではなく、自身の足で駆け出した張飛は驚異的な跳躍力を見せ、空中で回転する『丈八蛇矛』をキャッチする。そしてそのまま空中で体を捻り、遠心力と重力を乗せて呂布へと振り下ろた。
「ふんにゃあああぁぁぁぁぁ!」
猫のような雄叫びと共に繰り出された蛇矛は、巻きつけられている旗並みの布と全身で回転する動きもあって、竜巻のように見えた。
そして甲高く響く金属音。弾かれていく張飛の小さな体。そこに機が生まれた。
「……っ!?」
張飛の渾身の一撃に、呂布の体勢が初めて揺れた。関羽に対する必殺の一撃から無理に体勢を変えたこと、そして張飛の攻撃の威力に、それを受けた呂布の腕が跳ね上がり、上体が泳いだ。
気が付けば体を捻り、右手を後ろに向けて振りかぶっていた。袖の内から掌に滑り込んでくる絶手ヒョウ。確実に相手の命を奪う為の大型暗器に、弱く長い効果を期待できる麻痺毒を塗った、特別に用意した物。
狙うは心臓。そのまま貫けば良し。そうでなくとも体のどこかを傷付けさえすれば、毒で侵してやれる。
だが、そのチャンスをあたしが活かせることはなかった。
呂布が体勢を崩した僅かな時間、反応したのはあたしだけでなく、戦っていた星もだった。呂布の背後に近い位置から放たれる一刺。ほぼ死角からの攻撃を呂布は身を傾けて回避、それを何と掴み取って強引に奪い取った。そして勢いに引っ張られ落馬する星を無視し、二股の槍を投擲した。
あたしに向かって。
「なんっ……!?」
咄嗟にヒョウを持ったまま両手で胸元を守る。手にしたヒョウを砕き、両手が胸当てにめり込む。
肺から空気を押し出され、視界が青一色に変わり、そして黒く染まった。
愛華視点
呂布さんの投げつけた槍、それは総大将の本初さんではなく、その横の儁乂さんを馬譲より撃ち落としました。
「黒羽さん!?しっかりしてください!」
「胸当てが凹んで息が出来てないんです、姫様、どいてください!」
馬を降り、儁乂さんの様子を窺う本初さんと顔良さん。今の一瞬、儁乂さんが何か動こうとした?
「アネキっ!……おまえぇぇぇ!」
そして巨大な両刃剣を振りかざし、馬を駆けさせる文醜さん。ご友人を攻撃されたからか、激昂しているご様子。
これは、一人武器を失っているとは言えとうとう四対一ですか。
武器を失った玄徳さんの所の槍使いを除く三人を更に捌き続ける呂奉先。後から加わった文醜さんを含め、皆剛力の持ち主だというのに、まるでそれを意識させません。
一対一ならまだしも、最早如何なる手段を用いても負けることはできませんね。
「蒲公英さん、翠さんをお願いします」
襟を掴んで吊るしたままになっていた翠さんを蒲公英さんへ放り、首から提げたロザリオに口付けます。
「主よ、私はこれより罪を犯します。給うならこの場の全ての罪を我が魂へと」
我が戦の全ては信仰の為。ですが人を傷付け殺すという罪を犯し、犯させることも事実。ならば、魂に刻まれる罪は犯させる我が身に、煉獄の炎に焼かれるのは我が魂魄のみである事を望みます。
背中に担いだ鋼の棺。それに繋がっている鎖を握り締め。
「鳳令明、いざ、お付き合い頂きます」
馬の腹を蹴って駆け出し、棺を肩口に担ぐように振り上げます。そして呂布の眼前で馬に急停止を指示、勢いに合わせて渾身の力で振り下ろします。
「っふん!」
「……遅い」
ですが私の攻撃はいとも簡単に弾かれました。重さが持ち味である私の棺の一撃に対し、掌が痺れるほどの反動。力で負けるなど、何年ぶりの事でしょう。
「桃香様!武器を!」
声は落馬していた子龍さんのもの。彼女の槍は呂布に放られています。代わりの武器を必要としたのでしょう。その声に応えて放られる、金と翡翠、宝玉で彩られた宝剣。それは子龍さんより大分手前で地面に刺さり、それを取りに走っていきます。
そして私の横を駆けていき、その背を追う奉先さん。
「うにゃぁぁぁ!」
「てめえの相手はこっちだ!」
奉先さんの正面に回り込むんできた文醜さんと、復帰して後ろから追いかけてきた翼徳さんが挟み撃ちます。振るわれる大剣と蛇矛、それを馬の背に寝そべるように交わす奉先さん。そのまま一気に子龍さんの背後で画戟を振り下ろします。
「くぉっ!」
辛うじて剣を手にするのが間に合った子龍さんは頭上に構えて攻撃を受け止めました。ですがその重さに片膝をつきます。
「星!おのれ!」
そして奉先さんの横に馬を付けた雲長さん。奉先さんの前を遮るような横薙ぎの一撃。
「……視野が狭い」
突き出した画戟の枝で大刀を受け止め、顔の近くで刀身の腹を晒させます。そこに飛んできた一本の矢。雲長さんの大刀に弾かれたその矢の軌道の先では矢を放った体勢の妙才さんが舌打ちを。
ですが一連の行動で奉先さんの汗馬の速度が僅かに鈍りました。今この一瞬のみ、赤毛の汗馬よりも私の白馬の速度が勝ります。
「っふ!」
背後を取り、切り札を使おうと棺を前に構えようとし、すぐさま薙ぎ払う構えに変えました。私の切り札は、必ず相手の意表をつくことが出来るこその必殺の絡繰。一度知られればそれは威力の高いだけの飛び道具に墜ちてしまいます。そう思っての切り替え。
ですが振り下ろす前に奉先さんの画戟の石突が私の胸元を打ちました。かはっ、と強制的に息を吐き出され、身体が揺れます。それでも咄嗟に手綱を引いて落馬を免れました。
そして奉先さんは唐突に馬首を返しました。
「……疲れた」
奉先さんはポツリと呟きました。そして目線を自陣に向けました。
「恋殿ー!もう充分ですぞー!」
真紅の呂旗の下、子供のような可愛らしい少女が叫びます。充分、というのは奉先さんのとんでもなさを、連合軍の兵士たちに充分見せ付けた、ということでしょう。
奉先さんは頷くと、自陣へと歩を進み出します。それを止める力も気力も、私たちにはありませんでした。
後書き
初詣日和の今日この頃、皆さま如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。明けましておめでとうございます。
今回は久しぶりの本作の更新となりました。待っていてくださった方々には本当に申し訳ありません。他の作品書いたり、嘘予告書いたり、一応サボっていたわけではないのですが。
さて、今回は三国志武力最強キャラ呂布の登場回となりました。それに伴う戦闘描写が難しい回でもありました。
さて、原作では途中から埋もれた感のある恋の強さですが、初登場時は正にバランスブレイカーだった気がします。正直、彼女を今後どうするかが最大の悩み所だったり。味方にしても敵に回しても扱いに困りそうです。
というわけで今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。今年が皆さまにとって良いお年でありますように。