頭が悪い、というのにも種類がある。
知識がない。勉強すればなんとかなる。頭が良いって言えるほどになるかは別として、大抵普通程度にはなる。
やり辛いのは性格が馬鹿なの。直情って言うか脳筋って言うか。こういう類は言っても無駄なことが多いんだよね。そも聴かないんだもん。
んで、かゆちゃんは間違いなく後者。そんなかゆちゃんと武威の城、馬騰との謁見を控えている。
「ほんとにだいじょぶ?他に手が見つからないから仕方ないにしてもさ」
「馬騰の人となり次第だな。もとより我等にまともな選択肢など残されていないのだろう?」
かゆちゃんの言う通りではあるんだけどさ~。
兎に角、馬騰には勅使に会ってもらわないといけない。でなきゃ涼州を二つに割る内戦が起こる。それにどういう形になるかは分からないけど、絶対に胡族、羌族、匈奴とかが出張ってくる。収拾つかないよね、絶対。
不安は絶えない。けれど他に手がないってのも本当。でも、よりにもよって、って感じの手だしな~。まあ、決裂するにしても、かゆちゃんだけは守らないとな。
愛華視点
「此度の使者、どう思う」
玉座の間に集められた武威の首脳たる者達。
錦の名を持つ猛将、錦馬超こと翠さん。その従妹である小ずるい知恵者、蒲公英さん。そして私と、その他武威の政の中枢にいる者達が立ち並んでいます。
その目の向けられる先に、間違うこと無き「王」の気を纏った女性が玉座に頬杖をつき、背を預けています。
涼州に名を轟かす最強の軍勢の統率者、馬寿成、範様その人です。
「どうも何も、結論はもう出ているのでは?」
議題は涼州刺史代行、董忠頴より遣わされた二人の使者について。
華雄と張繍と言えば、二人とも涼州では名の通った武将です。当然そこには範様と政敵の関係にある張奐様の子飼いの、という枕詞が付いています。
「正直に言えば意図が分かりかねます。遣わされてきた両将共に使者の役割りが合う方たちには思えませんでしたし」
どちらも純粋な武将で、弁舌の才がある訳ではありません。目的はわざわざ推測の必要はありませんが、どこまで本気なのでしょうか?
武器や兵糧の流れから推測しようにも、元より戦の多い土地柄、判断の基準にするには弱いですし。
「そうは言っても、相手も来てるんだし、話くらい聴いてやった方が良くないかな?」
そう言ってきたのは翠さん。性格に表裏が無く、戦場以外では基本的にお人好しに分類できる人柄です。故に彼女が相手を慮る言動をとることは予想の範囲内でした。まあ、相手方の真意も確かめたいのでこれ以上反対する気もありませんが。
この場は翠さんの言を容れる形で、使者との謁見が決まりました。
武威に限った事ではありませんが、外交に聡い人材が不足しているんですよね。規模は兎も角として、日常的に戦がある環境もあって、出世する人間は武闘派が多くなるのは致し方ない訳ですが。
お陰でこちらは会議の内容を誘導し易いのですが。それでも大々的にやり過ぎると範様に読まれかねませんが。
さて、やがて呼ばれて参上してきたお二人。
片や小柄で、頭の両端で纏めた紺の髪の将、張繍。
対して女性の武人としては標準的な体格の、薄紫で短髪の将、華雄。
彼女達は隊の連携でかなりの戦果を挙げると聞きます。二人は軍礼をとって会談に入りました。
「我らには疚しきことは微塵もない。上方に睨まれる様な理由もだ」
まあ当然です。事実として範様以下武威官吏一同、謀反など考えた事もなければ、そのための準備なども一切していないのですから。ええ、私たちは。
「お怒りは尤も。ですが朝廷より使者が来ているのも事実なのです」
話し合いは範様と華雄が中心となっています。内容は以前別の使者が来た時と大差なく、進展の無い水掛け論が続いています。やはり、大して弁舌に優れている訳ではないようです。
ですがそれは、その華雄の言葉によって断たれました。
「馬騰殿、流石にこれ以上の論議は無意味のようで」
「ほう、その為に来たんだと思っていたが?」
華雄の言葉に、面白そうな反応を示す範様。軽い笑みを浮かべた華雄が述べたのは荒唐無稽とも言える内容でした。
「共に西涼の武人同士です。言葉より、これの方が伝わるものがあるかと」
拳を突き出し、そう言ったのです。
雨視点
耳鳴りするほど静まり返った空間ってのは居心地のいいものじゃない。特に敵地に準ずる場所な訳でもあるし。
拳を突き出したままのかゆちゃんに視線を向けたままの馬騰。周囲が呆気にとられている中、その内肩が震え始めて、やがて声を挙げて大笑いを始めた。
「アッハッハッハッ、使者とは弁舌を魅せるものだぞ。それを力で説得するのか?」
「本より弁舌の才を持つ身ではありませんので。それに我ら涼州人、口先の論よりこちらの方が伝わるものがあるかと」
武を精神の支柱とすることの多い涼州人の有り様に頼った、それ以外の人間には奇天烈極まりない理屈(ってか理屈になってない)だけど。けれど、様子からして、馬騰には好印象だったみたいだ。下手な打算が入らず、かゆちゃんの良くも悪くも真っ直ぐな性が良い方向に働いたみたい。
「いいだろう。確かに武は嘘を吐かない。道理や理屈は兎も角として、お前たちの言の虚実くらいは分かる、か」
まだ笑いが引かず、肩を震わせている馬騰の言葉に拳を握った。もしかすればなんとかなるかも知れない。
「翠、相手してあげなさい」
「え、あたし?ん~、まあいいけど」
特に何か考えた訳でもなさそうな返事が馬超が応えた。選りにも選って錦のですか!
「わざわざ翠さんを出す事もないでしょう。私が・・・」
そう言ったのは金色の髪の、異相の女。異民族の多い辺境の地でも目にすること少ない特徴。
異国人の血を引くという鳳令明か?彼女も「人食い仙女」とか物騒な話を聞くけど、それでも錦のよりましか、この際。
「いや、人の性根を測るには、貴女は些か頭が回りすぎる」
言いたい意味は完全には把握できなかったけど、その言葉で不満気に引き下がる金髪。
いや、そんなあっさり諦めるなよ!もっと頑張れよ!そんでかゆちゃんを傷つけずに負けろよ!
「ほう、噂に聴く錦馬超が相手なら、幸運だ」
ああ!もう!なにかゆちゃんもその気になってんの!この戦闘馬鹿!
「では練兵場を使えるようにしよう。ただ、本気で遣り合ってもらう。覚悟はあるのだろうな?」
「無論。その程度の覚悟もなければ、何も伝わりますまい」
望んでいた展開は、めっちゃ怖いものだった。
さて、暫く時間を置いてやって来ました練兵場の一角。それぞれの武器を軽く振り回すなりして体を温めているかゆちゃんと錦の。
それを眺めている馬騰たち一行の隣に、雨はいる。これから行われる、死合になるかも知れない試合を見守るために。
勝ち負けはさして重要じゃない。要はこっちの本気を伝えるのが目的な訳だし。けど、勝ち負けが生死に関わってきかねない技量の相手なんだよね。後、野次馬多いよ。暇な兵士でぐるりと囲まれちゃってるし。人数が結構あるからうざったいったらないね。
「そんじゃ、始めるか」
「うむ、腕が鳴る」
十字槍を手に、準備万端の錦のの言葉に、楽しそうに返すかゆちゃん。こっちの不安も知らないで。
「では、開始の合図は私が出そう。両者とも本気で遣り合え」
馬騰もいらない釘を刺す。多少は加減させようよ。そんくらいの度量はみせろって。
「心配?」
ふと、そう声をかけてきたのは、確か馬岱とか言う錦のの従姉妹。
「そりゃね」
隠してもしょうがないから素直に言う。錦のを向こうに回して安心なんか出来るやつがいたらよほどの馬鹿かだよ。
「ま、大丈夫だよ。お姉様の強さは聞いてるでしょ?手加減してくれるから」
良し分かった。こんガキャかゆちゃんを舐めてやがる。
「勘違いしてもらっちゃ困るね。心配なのはかゆちゃんが楽勝過ぎてこっちの本気が伝わる前に終わっちゃうことさ」
「え~、逆じゃないの、それ」
馬岱に目を向ける。向こうもこっちに目を向けてる。
気に入らない、な。
うん、こいつは気に入らない。こいつは人を弄る方の人間だ。主にかゆちゃんみたいなお頭の足りないのを対象にした。お前にかゆちゃんは弄らせんぞ。
「蒲公英さん、余り他人を刺激するものではありませんよ?張繍さんはご友人が心配なのです」
割って入ってきたのは金髪碧眼の女の人、鳳徳だった。異国装束の女の言葉に、馬岱が引き下がっていく。
一応会釈すると、人の良さそうな笑顔が返ってきた。でもどこか作り物っぽさというか、自然な筈なのに違和感っていうか。
まあそれはさて置き、いよいよ開戦となる。かゆちゃんと錦のがそれぞれ武器を構えている。
かゆちゃんは左半身を前に、戦斧を右下方に構える。相手から見れば武器を体で隠しているようにも見える、出だしの速さを犠牲に振り下ろしの重さを重視した構えだったりする。
対して錦のは十字槍をかなり下段に向けて構えてる。普通、槍の下段構えで警戒するべきなのは素早い突き上げか、足払いの二つ。
錦のの手の内は想像するしかないけど、一撃の威力はかゆちゃんが上だと思う。けどまあ、一騎打ちだとそれは利点って程のものじゃなくなるけど。
「では・・・始め!」
馬騰のよく通る声。その声と同時に錦のが駆け出す。そして待ち構えるかゆちゃん。
「ふっ!」
下から突き上げる一閃。かゆちゃんの首元への瞬撃。それは雨が見てきた中で一番早いと断言できる一撃。あれが雨に飛んできたら、十字槍の幅も合って絶対避けられない。避けるなら打たれる前に体勢を崩しとかないと・・・
とにかく速い錦のの一撃。これをかゆちゃんは、相手に向けていた戦斧の石突で切っ先を外へと逸らした。
「ぃよっし!」
「うそ!?あんなやり方・・・」
かゆちゃんの返しに、体に力が入る。錦のの従姉妹の驚いた声も耳に心地良い。
使ってる武器の都合で、どうしても掛かりに時間が必要なかゆちゃん。その弱点を克服するために、二人で考えた技だ。もっともあの頃はかゆちゃんが本当に体得するとは思ってなかったけど。
そして石突を振った、そのままの勢いで斧を振るう。体の中心線を軸に、戦斧の長さを直径にした水平の円を描く。素早さに重きを置いた一薙ぎだけど、かゆちゃんの馬鹿力なら充分な威力が見込める。
「っちぃ!」
けどそれを避けてみせる錦の。切っ先を逸らされて、体の筋が完全に伸びきった体勢から倒れこむようにしてかゆちゃんの薙ぎを避けてみせたのだ。
だけどかゆちゃんの動きは止まらないぜ!この技、振り切った姿勢がそのまま突きの溜めになるんだから。
そして転がるように立ち上がった錦のへ向けて戦斧で突く。先は横に倒し、斧の幅で横幅を稼いで避け辛くする。
錦のは十字槍の穂先でそれを受け止める。元より攻撃だけでなく、相手の武器を止めたり絡めたりにも使われるのが穂先の枝な訳で。だけど膂力はかゆちゃんが上なようで、拮抗する事もなく錦のが押し込まれる。
これは勝てるか、と身を乗り出した時だった。押し込まれていた錦のが自分の槍を足で蹴り上げた!
「はあ!?」
基本的に人間、腕力が脚力以上ってことはない。だから、落ち着いて考えれば納得できないことじゃないけど。けれどこれで二人とも大きく体勢を崩した。そうなれば重い得物を使ってるかゆちゃんは立て直しに時間が掛かる。
そこからは、結構一方的。中途半端な体勢から攻撃を受けたかゆちゃんは、反撃どころか防御さえまともにできない。
元より、その重さと形で守りに不向きな戦斧を使っているかゆちゃん。それが後手に回ってる今、かゆちゃんが錦のの実直だけど速い攻撃についていけなくなっている。
そして、決着まで、そんなに時間は掛からなかった。
後書き
年末の残業地獄に捕まってしまった今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。
今回も時間をとってしまって、お待たせいたしました。一応言い分けさせてもらうと、11月半ばから残業が増えたり、最近ではモンハン3始めたり、戦国大戦始めたりです。三分の一は自分の趣味のせいなわけですが。
まあ、という訳で今回の華雄伝、対異民族最前線であるが故に弁舌より行動に重きを置くという判断からこんな話になりました。脳筋らしい知恵を、と言う感じでこんな展開になりました。かゆちゃんに真っ当な知恵が出る訳ないですし。
という訳で今回はこの辺で。次回は多分アクエリで、となると思います。