「なあ、星よ」
手元の書類を処理しながら、あたしの後ろで一杯やってやがる星に声をかけた。
「ん、どうした?」
「あたしは今晩人を遣るって言った筈だ。何で日も落ちきっていない内にあたしの天幕で酒盛りしてんだ」
言っても無駄だと分かってても言わないでいられなかった。会議で洛陽への侵攻ルート及び作戦がほぼ決まり、明日から細かい部分の調整に入る。そして、自分の天幕に戻ったあたしは夜までの間にある程度仕事を減らしておこうと考えた。急ぎの仕事はないが、早いに越したことはない。
そして日が大分傾いてきた頃、酒瓶とつまみの壷を持った性がひょっこりと現れたのだ。
「何、我が主が気になると言っておっただろう。早い方がいいとも言っていたな。だから私から足を運んでやったのだ」
そっちの仕事はないのかよ、と突っ込んでやろうかと思ったが、どうせ無駄だろうからやめた。
「そうは言ってもあたしだって仕事があるんだ。時間まで相手してやる気はないぞ?」
「何、構わん。ならば適当に陣の中を回って話し相手を探すさ。黒羽は周りに良く慕われているようだったからな。話は変わるが北海の巨悪を打ち倒した二人の仮面の英雄の話なぞ、受けが良さそうだと思わないか?」
「良し!今日の仕事も終わった事だし、一緒に飲もうか、星」
書類をしまって机の上をきれいにする。すると星がさも当然のように酒と、つまみの壷を並べていく。つまみの壷の中身はメンマ。まあ、星の場合他の物が入っている訳ないか。
「で、こんな脅迫めいたことしやがって。どういうつもりだ」
「心外な。引き裂かれんとする一家、それを救う為に悪逆非道な黒社会(マフィア)の根城に乗り込む謎の仮面の美女二人の物語。一体何の不満があると言うのだ」
「問題はそれが虚構じゃねえって事だよ!恥ずかしいだろ!」
人の黒歴史を掘り返すなよ~、若気の至りなんだよ~、寧ろある種の呪いなんだよ~。何でアレつけるとテンションおかしくなんの!?
「まあ、会議の後一度自分たちの陣に戻ってな。黒羽が主に面会したいと伝えたら時間を作ってもらえたぞ」
「そりゃありがとさん。出来ればそれだけ伝えて欲しかったよ」
少なくともここまで疲れることもなかっただろうし。溜め息を吐き、星のいれてくれた酒を口にする。
「まあ、良いさ。今星に聞いておくのも良いかも知れない」
「ふむ、聞きたいこととは?」
「単刀直入に聞く。北郷一刀は何者だ?」
天の御使いという男。その服装に、あたしは見覚えが有った。や、正確には彼の着ている物に近いデザインの物を知っている。けどそれはこの時代では見た事がない物だった。
男物の学生服。今時・・もとい前世では珍しくなっていた詰襟タイプの物。白という色と、デザインからあたしの知らない学校の物、という事になる。もしアレが本当に学生服だったら、だが。
確かにこの時代でも、前世の時代のと似たようなデザインの服は偶に見る。でもこの時代では絶対に見た事がない部分が有った。素材。名前は忘れたが化学繊維だが何だがの類だった筈だ。
「ふむ、何者か、か。北郷一刀とは我が主であり、天の御使いということにもなっている人物、だな」
「・・・言葉が悪かったかな。じゃ、北郷一刀の正体は何だ。あいつはどこから来たの人間だ?何が目的で天の御使いを名乗ってる」
あいつの正体には心当たりがない訳じゃない。だけど、それは荒唐無稽に過ぎる。常識じゃ有り得ない。けど、常識で有り得ないのはあたしという存在も、それと同等に有り得ない存在だけに、それが有り得ることだと考えてしまう。
もしあいつがあたしが考えた通りの存在だったのなら、あいつは何をしようとしている?
「正体な・・・知らんな。尤も、黒羽は主の正体に心当たりがあるようだな」
「遊んでるんじゃないよ、星。今はお前のそういう態度に付き合う心算はない」
慣れたと思っていた星の飄々とした態度が、今は腹立たしくて仕方がなかった。
「・・・只事ではないと言うことか。だが、正直に言っても私は主の正体に関することは殆ど知らんぞ。故に答えられる事もない」
星視点
「・・・只事ではないと言うことか。だが、正直に言っても私は主の正体に関することは殆ど知らんぞ。故に答えられる事もない」
尋常ならざる友の様子に、私も真剣に彼女の言葉に返すことにした。
「星!こっちは真面目に聞いてるんだ!知らないってなんだよ!」
ふむ、私は正直に言ったのだがな。嘘吐きと思われるのは心外だ。私は空になっていた黒羽の分の杯に酒を注ぐ。
「呑め」
「星!あたしは・・・!」
「呑め!そして落ち着け!今のお前でどんな話が出来る!」
一喝。何に焦れているか知らんが、このままでは話になどなりはしない。
「・・・すまん。興奮しすぎた」
腰掛に深く座りなおし、酒を呷る黒羽を見て、自然と溜め息が出る。一応、話が出来る状態には戻ったということになるか。
「繰り返して言うが、私は主の来歴に関しては殆ど知らない。伯珪の元で出会い、別れ、そして再会した時、私からその下につくことを望んだ」
「分かんねぇな。何も知らずに相手を信頼できるもんなのか?」
幾分ましになったとは言え、苛立ちの抜けない様子の黒羽。
「必要ないさ。ただ、信じられると感じれば、その過去は然して問題ではない」
端的に言えば相性が良かった、琴線に触れるものがあった、多分そういうことなのだろう。
彼らの語った理想を好ましく思った。彼らの瞳の輝きを好ましく思った。理屈でない感覚を、私は好ましく思ったのだ。だから私は彼らの下で名を成したいと思ったのかも知れない。
「・・・信用できる人物、ってお前は感じている、と」
私の言葉を総評し、眼を瞑って考え込む黒羽。私はそれを眺めながら壷のメンマを摘んだ。
「それで黒羽、お前が主に対して懸念しているのは何だ?一体主の何を知っている?」
黒羽の口振りは、明らかに何かを知っているものだ。無論、主に如何な秘密があろうと私の信義に揺らぎはない自信がある。だが、黒羽をあれ程焦らせる秘密に興味がない訳ではなかった。
「・・・言えるほどの確信はねえよ。あたしが思ってた通りだったとしても、お前らからすればどうでもいいことかも知れんし。ああ、多分大した問題じゃあないんだ。もう、どうせ分かってたものも確かじゃないんだ・・・」
後半は、自分に言い聞かせるものだった。どうやら、よほどまいっているようだ。言葉が支離滅裂になってもいる。少なくとも彼女にとって、何かしら大きな意味を持つのだろう。やがて、また少し落ち着きを取り戻したらしい黒羽にもう一杯注いでやる。
「ああ、そうだよな。そうだ。あたしの考えた通りでも、別にあれはただの人間なんだ・・・すまん、星。色々暴走しちまった」
眉間に皺を寄せながら黒羽が私の注いだ酒を口にする。
「まあ、詳しくは聞かんが、お前にとって大事な事だったのだろう?私としては珍しいものが見れた、と言ったところだな」
黒羽の懊悩の正体を知らない私は、今後彼女をからかう為の材料が出来たとだけ考えて、後は忘れる事にした。
北郷一刀視点
反董卓連合に参加したその日の内に、盟主である袁紹の部下、確か張郃って人と話しをすることになった俺は自分の天幕で時間を待っていた。
星や朱里たちを通して、色々話を聞いた事はある。朱里は勇敢さと無謀の間を見極める人と言った。雛里はどこまでも優しくいられる人と言った。星は情の幅が極端な人と言った。後ついでに結構平気でえげつない事も出来る人とも。正直、良く分からない人物だ。
「主、客を連れてきた。よろしいか?」
聞こえてきた星の声に応えて、自分の格好を改めてチェックする。ここの人からすれば珍しい服って部分以外で変な所はない筈だ。
星と一緒に入ってきたポニーテールの女の子。髪の先端だけ白い、珍しい髪とどこか少年っぽさのある顔が印象的だった。
形通りの挨拶を交わして、星が天幕から出る。俺は取り敢えず、食糧支援に関してお礼を言う事にした。
「それに関しては、相応に危険を冒して頂く心算なのでお礼は結構です」
そう反してきた張郃はどこか緊張した感じに見えた。張郃は一回深呼吸をすると、改めて俺に向き直る。
「北郷一刀、今回あたしが貴方に面談を要求したのは貴方のことを知るためです」
そのセリフに少しドキッとしてしまった。なんか、告白みたいだったから。
「北郷一刀、天の御使いを名乗る貴方は一体何者だ。何の目的があってそんな大仰なものを名乗っている」
けどその言葉に、そんな感情も引っ込んでいった。同時にちょっと困った。思えばこう正面から聞かれるのは初めてかも知れない。昔、公孫賛に似たような事言われたけど、あの時は桃香が先に応えてたからな。
「もし、天から降りてきた、などと戯言を抜かすならあたしの権限で貴方方への対応を変えなくてはならない。貴方が恐らく考えている以上に、この会談には意味がある。それを理解した上で答えて頂きたい」
なんだか知らないけど、これって結構やばい展開なのか?
「えと、ごめん、ちょっと君の言いたい事が良く分からないんだけど」
取り敢えずここ一年くらい、この時代で過ごして、皆と一緒に相の仕事をやったりで少しは政治ってものが分かってきた心算だ。拙い答えをしてしまわないように、先ずは相手の訊きたい事を詳しく知りたかった。
「・・・失礼、少し先走った様です。私が知りたいのは貴方の出生と天の御使いを名乗る理由です。正直、信を置くには貴方は怪し過ぎます」
まあ、そうなるのかな。寧ろ、今まで誰も天の御使いという存在にそれほど疑問が出て来なかった方がおかしかったのかも知れない(らしくないとか、俺がそうなのかとか言うのならあったが)。
「正直に言えば、天の国から来たってのは、完全な嘘じゃないんだ」
俺は正直に話すことにした。信じてもらえるかは分からないけど、そうすることにした。
黒羽視点
あたしの予想は大凡当たっていた。未来からタイムスリップしてきた人間。あたしとは違う形でこの時代にやって来たイレギュラー。意外なほど、北郷は簡単にそれを告げてきた。
それと、本人は何か欲があって天の御使いを名乗っている訳ではないらしい。偶然であった劉備一行の、苦しんでいる民を助けたいという想いに共感し、その手助けをしたいと自ら神輿としてそう名乗っているという事らしい。
多少、思うところはあるが、まあ良い。あいつがあたしと同じ、最低限近い時代の人間だということは分かった。ケータイなんてまた見ることになるとは思わなかった。
あいつが今後、どうして行くかは分からない。本人は劉備たちの理想を手伝っていくと言っていたが、それを素直に信じれるほど、あたしは自分の人を見る目に自信を持っていない。だが、今はあいつの言葉を全て額縁の通りに受け止めておいてやろう。少なくとも、今はあそこの将は当てにしているからな。
そして、あいつが未来人だってことは分かったが、あたしの事はあいつには話していない。あたしはあいつの動きをある程度読める。あいつが大きな動きを見せる可能性の高い場所は予想がつく。そしてあいつはあたしの行動は読めない。あたしのことを教えてないから。
まあ、今回はこれで良いだろう。成果はあった。相手が何者か。あいつがあたしらに対して毒にならない内は積極に触れる心算はない。下手に藪を突いて、出て来るのが虎所じゃないかも知れない怖さがあるし。だけど、こっちにとって毒になるなら、何とかして潰さな、だよな。
取り敢えず、これで董卓に集中できそうだ。
後書き
段々と夏っぽい気候になってきた今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。
という訳でち○ことの対談はこんな感じになりました。正直、本来の主人公の動かし難さが半端ないです。この話を書いてて、自分がゲームでこいつの言動に注意を払ってなかったことを確認しました。
時に、色々あって次回からタイトルを変える予定です。読んで下さってる方にはご面倒をおかけしますが、今後もよろしくお願いします。
それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。