「・・・先も述べたとおり、公には皆様方同様忠によるものであり、天道に則るものです。そして私には御父上の仇討ちであり、即ち孝であり、人道に沿うもので・・・」
天幕の中心で儁乂が小難しい弁舌をしている。昨日は孔融って奴が良く分からないこと言って気が付いたら会議が流れてたからな。それにしても今日は孔融が腹を下したそうですぐに会議を退出した(孔融が退出する時儁乂と袁術の部下の奴が笑った気がした)。あんまり外に出ない手合いの文官だったのかな?
まあ、そんなこんなで、昨日と違い、私と錦馬超に、昨日は黙ってた曹操とかも麗羽たちを推した。
そして昼になり、休憩に入る頃には盟主は麗羽で決まり、午後からは本格的な作戦会議ということになった。
「くぅぅ~・・・」
天幕から出て思いっきり背を伸ばす。やっぱりこういう堅っ苦しいのは駄目だな。肩が凝る。
「ふんっくぁぁ~・・・」
ふと横で私以外の声が聞こえた。振り向いてみると儁乂が背中を伸ばしていた。
「どうした?流石の賢臣もこの手合いは疲れるか」
私に気付いた儁乂は、苦笑いを浮かべながら歩いてくる。
「や、ああ言うのって息詰まりません?ってかなんです?けんしんって」
儁乂は肩を鳴らしながら私の横まで来ると、近くに立っている胸元ほどまである柵に体をうつ伏せに預ける。その脱力具合が会議の時と別人の様に見える。
「まあ、息が詰まるのは確かだな。気の知れた間柄なら兎も角、こういった寄り合い所帯は苦労するものだ」
「実感が篭ってますね。幽州での戦、援軍が必要な事も多いって聞きますけど、そっちもやっぱりこんな感じですか?」
「そうそう、朝廷から来た奴らが偶に的外れなこと言うからさ。あれも今思えば金で官位を買った奴らだったのかな」
私の言葉に苦笑いを浮かべながら儁乂は姿勢を変えて、柵に寄りかかる。
「そういった輩はこっちで篩いにかけなきゃいけないんですよね。多少能力に心許なくても信頼できる人で官位を埋めちゃうんですよ。そういうの方がマシな場合が多いですよ?馬鹿すぎるとまずいですけど」
「違いない」
儁乂とは相性が良いと思う。出が庶民である私は、所謂有力者の家系の人間とは色々と価値観が会わないことが多いのだが、出会って間もない彼女とは上手くやれている気がするし、こうして話していて肩に余分な力が入らない。彼女の人柄、麗羽や彼女の仲間たちは儁乂のそんなところが好きなのかも知れない。
ふと訪れた心地良い沈黙、そろそろ腹も空いてきたから食事に行こうかと、声を掛けようとした時、麗羽の陣の外に新しい一軍が設営を始めているのが見えた。緑の劉旗、遅れに遅れた親友がやってきたようだ。
黒羽視点
「どうした?流石の賢臣もこの手合いは疲れるか?」
天幕から出て、硬くなった筋肉をほぐすために背伸びしていたら伯珪さんが声をかけてきた。
「や、ああ言うのって息詰まりません?ってかなんです?けんしんって」
疲れが溜まっているを感じたあたしは、体を目の前の柵に預けながら聞き返してみた。
「まあ、息が詰まるのは確かだな。気の知れた間柄なら兎も角、こういった寄り合い所帯は苦労するものだ」
苦笑いを浮かべて語る内容には実感が篭っていた。問い返していた単語に関してはスルーされたが、敢えて蒸し返すほどでもないか。
「実感が篭ってますね。幽州での戦、援軍が必要な事も多いって聞きますけど、そっちもやっぱりこんな感じですか?」
幽州の、で思い出すのは幽州最強騎兵隊と名高い白馬義従だった。先を見据えるならこの戦で使い潰しておきたいってのが本音なんだが、異民族への備えってことで幽州に残してきたって言ってたんだよな。それでもあそこの騎兵は見事だったけど。主力じゃなくても精鋭って言って差し支えないレベルだった。
「そうそう、朝廷から来た奴らが偶に的外れなこと言うからさ。あれも今思えば金で官位を買った奴らだったのかな」
ああ、それはあるかも。辺境って戦が多いから馬鹿な官吏はすぐに死んで、官位に空きが出来易いから、買い易いとか聞いた事があった。
ふと、柵に預けていた胸の位置がズレて痛みと息苦しさを感じたので、背中から寄りかかるように体勢を変える。また成長したかな?
「そういった輩はこっちで篩いにかけなきゃいけないんですよね。多少能力に心許なくても信頼できる人で官位を埋めちゃうんですよ。そういうの方がマシな場合が多いですよ?馬鹿すぎるとまずいですけど」
幽州は内政面でそれほど優秀な人材がいたという記憶はない。期待していると言うほどではないけど、あたしの言葉を鵜呑みにしてあんまり優秀じゃない人を使ってくれればこっちにとってのプラスだろう。
「違いない」
そう相槌を打つ伯珪さんの笑顔は他者を信じ切っているようだった。やっぱり駄目だなこの人。人が良すぎる。オレオレ詐欺とかにかかるタイプと見た。や、ここまで人が良いと、自分の言動にすっげぇ罪悪感。
ふと会話が途切れる。罪悪感のせいか居心地が悪い。それに、こんな世の中で、こんなにも「良い人」であり続けるこの人が眩しいのかも知れない。や、麗羽様や猪々子たちも「良い人」だから、やっぱり罪悪感か。
「儁乂、あっちを見てみろ」
丁度伯珪さんとはそれぞれ真逆の方向を向く形になっていたあたしは、柵を支点に背を反り返らせて後ろに眼を向ける。眼に入ったのは緑の劉旗。皇帝旗と同じ劉字の旗。この連合に皇族は参加していない。だからその旗の正体は容易に想像できた。
「劉備玄徳、来たか」
あたしはよっかかってる柵を支点に、バック転の要領で柵越えをする。
「ちょっと一仕事ありそうなんであたしはこれで失礼しますね」
さて、裏亞は劉備たちの方に向かっていると思うから、裏禍を探しに行くか。劉備の人となり、一回や二回会ったぐらいで分かるほど人を見る目は持っていないが、それでも見ないとな。・・・ついでに朱里や雛里の事も気になるし。星はもう劉備の下にいるのか分からないが、少なくとも伯珪さんの周囲では見ていない。
「そうか、私は向こうに挨拶に行ってくるよ。知り合いの旗でな」
そう言って伯珪さんは、その旗の一団の下へ向かって行った。
星視点
「ふむ、やはり随分遅れてしまったようだな」
反董卓連合の集合地点に到着した頃には、そこは各地より集まった諸侯の軍勢の宿営地がひしめき合っていた。
「ほわ~、すごい兵隊さんの数だね~」
少し離れた場所で、どこか気の抜けた声がした。我が主の一人である桃香様だ。軍師の朱里たちや私と同じ武人である愛紗たち。そして天の御使いと呼ばれ、そうあらんとしている我がもう一人の主。皆一様に眼前の大兵力に息を飲んでいる。確かにこれほどの数、黄巾賊を相手取っていた時でも対峙した事がなかった。
「桃香様、主、驚く気持ちは分かりますが、やる事を片付けてしまわぬと」
こちらに向かってやってくる、顔を隠した小柄の影を見つけ、そう伝えた。出あった事はないが、その影が旅をしていた頃に聞いた黒羽の妹の片方だという事は想像できた。
「む、そうだな、取り敢えず設営総大将に面会すべきか。桃香様、ご主人様、こちらから連合軍に使者を送って・・・」
「それには及びません、と裏亞は声をかけます」
愛紗の言葉を遮って、顔を隠した黒の少女が私たちの前に進んできた。その変わった喋り方、奇異な出で立ちに、私は心当たりが有った。
「現在暫定で盟主を務めている袁本初の臣、張郃が義妹、司馬伯達という者です、と裏亞は自己紹介します。申し訳ありませんが、平原の相、劉玄徳ご一行でしょうか、と裏亞は尋ねます」
まるで感情が乗せられていないような、そんな声だった。黒羽から感情の発露に乏しいとは聞いていたが、これ程とはな。この様子を見る限りでは、黒羽が姉であることに自信がもてないと言っていたのも頷ける。
「あ、はい、私が劉玄徳。こっちが・・・」
桃香様が皆を紹介していく。伯達と名乗った少女は、紹介されていく相手たちに目線を向けているのかさへ分からないが。だが私が紹介される番になって、顔を覆う布の下から確かな視線を感じたから、一応は桃香様の言葉を聞いているようだ。
「それじゃ、伯達ちゃん、総大将の袁紹さんの所まで案内して貰えるかな」
「ではご案内します、と裏亞は答えます。それでは、御随伴なされるのは何方方でしょうか、と裏亞は尋ねます」
ふむ、確かに全員仲良く、という訳にも行くまい。設営やら、誰かしら指揮を執るものも必要だ。
「では桃香様と主は当然として、朱里と雛里、そして私でどうだ?」
桃香様と主は外せる訳もなし。軍師である二人もいれば、何かしらの交渉事が起こっても大丈夫だろう。そして、護衛も一応必要となる。これには私がつけば、殆どが黒羽と繋がりを持っている事になる。情けない話ではあるが、これから兵糧を無心してもらわねばならないからな。
「あ~、ずるいのだ!鈴々もあの中を見てみたいのだ!」
「そうは言っても色々難しい話もあるのだ。ならばこの面子が妥当だろう。幸いにして、私たちは袁家の重臣、張儁乂と面識がある。まあ、それだけで彼女が我々に便宜を図ってくれるとも思えんが」
打算的ではあるが、今の我らの現状、打てる手は打っておきたい。勿論、私としては黒羽との再会が楽しみだというのは否定しない。尤も、彼女との再会を楽しみにしているのは私だけではないようだが。
「お姉様と、お知り合いなのですか?と裏亞は尋ねます」
私の言葉に反応したらしい、伯達はこちらに質問をしてきた。
「ああ、聞いたことがあるかも知れんが、黒羽が旅に出ていた頃にな」
そう言った途端、彼女から向けられる気配に一瞬だけ濁りのようなものが混ざったような感覚を覚え、本当に一瞬だけだったその感覚を、私はただの錯覚だと判断した。余りにも短すぎる。そこまで短い時間で押し隠せてしまえるように、人の情とは出来ていない筈だ。
「興味があるなら後で時間が有れば、話しても良い。だが、その前にやる事を済ませてしまった方が良いだろう。桃香様、主、向かうのは今言った面々で宜しいか」
「桃香様、ご主人様、私は星の提案も尤もだと思いまが」
愛紗の言葉に桃香様と主が頷き、袁紹と会談に向かう面子が決まった。袁家の将に興味があるらしい鈴々は些かむくれていたが。ついでに言えば、軍師二人も黒羽との再会が楽しみなのか、妙にそわそわしている。見ていて実に可愛らしい事だ。
兎に角、設営などの事は愛紗たちに任せ、私たちは袁紹が待つ本陣へと案内して貰う事になった。
道中、桃香様が袁紹の暫定の盟主という事につき聞いてみると、伯達の無感情な声が一転して苛立ち混じりのものに変わった。何でも、鯰髭の馬鹿とやらが黒羽の邪魔をした(恐らく大分彼女の主観が入っていると思われる)せいで、会議の意見が纏まらなかった、という事らしい。それから話題は黒羽にのものに変わる。そこで気付いたのは、伯達という少女の言葉に感情が混ざるのは、黒羽に関するものだけだということだった。
また、道中我々の引き連れてきた兵の数やら兵糧などの事を聞かれた際、朱里からの答えを聞かされた時、流石に彼女が数を聞き間違えたかと確認してきた時には、私たちは引きつった笑みを浮かべざるを得なかった。兵の数は僅か、だのにそれを食わせる事にも事欠いている有様なのだから。
その後、袁紹の宿営地に近付いた頃、伯珪殿と再会を果たし共に袁紹の元に向かう事になった。どうやら、袁紹との橋渡しを買ってくれるようだ。領地が近かったとは言え、袁紹とは礼節上手紙のやり取りが有ったくらいなので、この申し出は有難かった。その際、午前中の会議で袁紹が正式に盟主に就いたことも聞かされた。
そして、通された大天幕にてその上座に座る金色の、渦を巻いた髪の毛の女性が袁紹なのだろう。煌びやかな印象を受ける。その左右に、その珍しい衣服に驚いたのか、何かに驚いたかのような目線で主を見つめる黒羽と、気の強そうな黒髪眼鏡の小柄な少女が侍っている。眼鏡の少女は軍師か文官だろう。黒羽の後ろ横には伯達と同じような姿の少女がおり、彼女がもう片方の妹か。私たちをここまで案内してきてくれた伯達もその横に立つ。
更にその両脇に立っている背丈ほどある大剣を携えた小柄な少女と、これまた巨大な金槌を横に侍らせるようにしているの黒髪の少女が恐らくは袁家の二枚看板だろう。
「直接お会いするのは初めてでしたわね。初めまして、渤海太守であり、この連合を纏めさせていただいてる、袁本初ですわ」
「えと、初めまして、平原の相の劉玄徳です」
手紙を介して、僅かな交流を持っていた桃香様と袁紹の挨拶の後、軽く互いの紹介が行われる。先ずは主の紹介から始まった。その際の袁紹一堂の表情を見るに、主にあまり良い印象は抱いていないようだった。恐らく「天の御使い」を怪しんでいるのだろう。黒羽の視線も鋭いものに変わっていた。
朱里と雛里は自身が紹介された際に緊張しながらも何とか噛まずに自己紹介を終えた。その際黒羽が緩い笑顔で、こっそり手を振っているのを見て二人は嬉しそうな顔になったが、すぐさま硬直したように背を伸ばした。まるで獣の気配を感じ怯えるような様子だが、はて、変な気配は感じないが。
まあ、その後の会談も問題なく進行し、兵糧の支援も取り付けることが出来た。無論、それは伯珪殿と黒羽の口添えが有ったのは言うまでもないだろう。伯珪殿は生来の人の良さからだろうが、黒羽の場合は恐らく我らにそれだけの価値を見出したのだと思う。他人を甘やかす性質ではあるが、他人に迷惑を掛けるような事だと途端に判断が厳しくなる部分があるからな。
その後、午後からの会議にて、我が勢力を正式に諸侯に紹介することになった。会議に参加できるのは通常補佐役を入れて二人までだそうだが、我らが双頭体制ということを鑑みて例外として三人での参加となった。
参加するのは桃香様と主、補佐に朱里となり、私は一度雛里を自分たちの宿営地まで送る事になった。その後、私か愛紗のどちらかになるだろうが、護衛の待機用天幕で会議の終わりを待つ事になるだろう。
そして私が雛里を伴い戻ろうという頃、意外な事に黒羽に呼び止められた。
「ふむ?どうした、黒羽。お前の事だから友好を暖めに来たということはなさそうだが?」
「ああ・・・何と言うか・・・大事な事があってな。悪いがあの北郷という男に関して二人で話したいことがある。何とかならないかな?」
ふむ?また唐突だな。表情を見るに主に一目惚れした等という面白そうな展開でもなさそうだが。
「ふむ、まあ大丈夫だろう。急ぎなら今夜にでもどうだ?」
「いや、急ぎって程じゃないんだが・・・まあ、早い方が良いのかな。ん、じゃあ今晩人を寄越すよ」
そう言って黒羽は会議の為の天幕に向かっていった面々を追いかけていった。さて、今夜は酒とメンマを用意せねばな。
後書き
メダロットが復活したぜ!と喜ぶ今日この頃、真名様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。
今回は黒い人と普通の人の思考の違いと再会の話でした。次回で群英会編は終わりの予定です。ち○この影が薄いですが、このSSでは重要人物ではありますが主人公ではないのでよそ様のSSと比べると影が薄くなると思います。ち○こが好きな方はすみません。
それにしても何時までも戦争に入れないのは何故か、疑問に思ってきましたが、一応戦闘では色々考えているので、お楽しみいただけるように頑張りたいと思います。
それでは今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。