この日、あたしは自分の天幕で事務仕事をこなしていた。陳留に着いて早一月、演義で活躍の描かれる主だった戦力は劉備勢を除いて既に集まっている。時折、聞き覚えのない、せいぜい脇役レベルの勢力がまだ集まってくる事があるが、もうそろそろ正式に盟主を決めて、作戦会議を始めるべきか。
そこまで思考を動かしていると見張りの兵から来客の知らせを受ける。
「お久しぶりです、お姉さま!と、裏禍は再会を喜びます!」
入ってきたのは暫く仕事で別行動をしてもらっていた裏禍、後から許攸も入ってくる。抱きついてきた裏禍を抱き返してやりながら、許攸の話を聞く。
「言われていたこの辺り一体から洛陽への地図、作ってきました。出来る限り詳細なものにした積もりですが、流石に汜水関の内側に入ってすぐに見張りが増えたので慌てて戻りました」
お陰で汜水関以降は然して詳細に出来なかった、とこぼした。地図を軽く確認してみると確かに許攸の言うとおり、虎牢関以降に至っては市販の地図と大差ない。まあ、仕方ないだろう。
「戻って早々悪いけど、これを見て下さい」
地図をしまい、私は裏亞が纏めてくれた各軍の資料と、先日の馬軍と孫軍の騒ぎを纏めた資料を渡す。許攸はそれらを見る。その間、片手で裏禍を抱きしめながら、もう片手で事務を処理していく。
どれくらい経っただろうか、読み終わった許攸は溜め息をついた。
「成る程、本初様がわざわざ報告を貴女にするように言ったのはこういうことでしたか」
当然ではあるけど、一度麗羽様の方に行って来たらしい。だけど、報告はこっちに回すよう言われたそうだ。まあ、妹様と二人っきりの話の内容は知らないけど、真っ当に仕事任せられそうな状態じゃなかったしな。まだ引き摺ってるか~。
「まあ、それは兎も角、随分と面倒な事態になっていたんですね」
確かに。馬軍と孫軍の諍い。結局あの後、何のお咎めもなしと言うのはまずいという事で、孟徳さんたちとも協議の結果、一応うちの陣営で謹慎して貰っている。尤も、軍事行動に不具合が出ないように部隊との連絡は自由に取ってもらっている。厭くまで形式だけのものだ。
「まあ・・・一応もう大丈夫だとは思いますが、もしまたこの二軍の間で何か起こるようでしたら、どちらを切り捨てるべきだと思います?」
不和の種は取り除かねばならない。だがそれは確実な戦力の低下と将来的な怨敵を作る事になる。だが、このメリット、デメリットを考えた上で、やはり二度も寛大な処置を行う積もりはない。
「まあ、考えるまでもないでしょう」
「ですよね~」
まあ、それぞれの立場、今回の戦の相手を考えると、切り捨てるとしたらやっぱり・・・
「「孫軍ですね・・・」」
・・・こいつとハモっても嬉しくねぇな~。
雪蓮視点
「・・・って感じで話が纏まってそうよね、私たちに関しては」
袁紹軍から謹慎場所として提供された天幕で、私は冥琳と祭とでこれからに関して話しをしていた。
「それに関しては賛成するわ。少なくとも袁紹軍には馬軍を切ってまで、私たちをとる理由がない」
「逆はあるけどね」
恨まれる理由はあるのよね~、寧ろ私たちが起こした訳だけど。それに私たちは袁術側と認識されている筈。今の袁家は二つに分かれている現状、向こうからすれば私たちは潜在的な敵と言うことでもある。
「兎に角、これ以上失態を犯すようなら私たちに明日はないということだな。誰かのお陰で大分難しい戦になったものだ」
あ~、冥琳が意地悪言う~。分ってるわよ、私が悪いって事くらい。
「でも良かったの?冥琳だけじゃなくって、祭まで来ちゃって」
正直、あの時は状況が特殊だったとは言え、私みたいに暴走する人間が出ないとも限らないんだし。
「それは心配いらん。徳謀が先日、輜重隊と共に到着してな。あ奴なら古参の兵たちの恨みつらみも抑えられよう」
徳謀、それは祭に並ぶ古参の宿将の名前だった。程普と言う名の、江東随一の怪力を誇る猛将。母様と共に多くの戦場を駆け、そして祭と同様、母様がいなくなってからも私たちの側に残り続けてくれた者。
「そう、明命だけじゃ不安だったけど、進(ジン)も着いたの」
これで予定していた戦力は揃った訳ね。
「そっちの不安が解決した所で、あっちの問題は何なのかしら?」
そう言って私は目線を天幕の出入り口に向ける。そこに緑の髪の小柄な女の子が立ってこっちを睨みつけている。
「ああ・・・袁家の将でな。文醜の名前は知っているだろう?」
「へえ、彼女が。で、なんでその文醜がここに?」
正直彼女にあんな睨まれる覚えはないんだけど。
「貴女たちの殺し合いを止めた張郃の妹を称しているのよ。で、愛しのお姉様が体調崩してね。すっかり目の敵にされて、何か問題起こさないか監視だそうよ」
誰かのお陰で断れなかった、なんてわざわざ言わなくてもいいじゃない。一応、袁家側の配慮で彼女には耳栓がされているから、こっちの会話がもれていたりはしない筈だけど。
ふと目が合ったら、舌打ちされた。露骨にこっちに聞こえるように。
「それで、確認だけしたいんだけど、私たちの方針に変化はないよのね?」
「ええ、勿論。私たちの目的はあくまで袁術からの独立。その為に利用できるものは何でも利用するわ。唯、追加でやる事が一つ出来たけど」
そう言うと冥琳は米神を押さえる。
「分ったわ。可能な限り、袁紹たちに借りを返せるようしてみるわ」
自分の仕出かした不始末を人に助けて貰ったままなのは、気分のいいものじゃない。この戦いの後、どういう関係に落ち着くかはまだ分らないけど、やっぱり後腐れないようにここで借りを返してしまいたい。
「まあ、最優先事項に変化はないわ。これはあくまで機会が有って、こっちに不利益が出ない程度に、ね」
さて、この失態、どう挽回するかしらね。
蒲公英視点
「な・・・蒲公英・・・」
「なぁに?お姉さま」
お姉さまが問題を起こして数日経ち、蒲公英を呼び出だした。お姉さまは怯えを含んだ表情をしているけど、その理由は分ってるんだけどね。
「愛華さん・・・やっぱり怒ってた?」
お姉さまが愛華さんと呼んだ人は蒲公英たちの先輩格の武将で、伯母様の部下。今回は初めて大将役をするお姉さまのお目付け役として付いてきたの。
「う~ん、お姉さまはどう思う?」
そうやって自分で想像するように促したら、どういう想像に行き着いたかは知らないけど、頭を押さえて呻き始めちゃった。全く、お姉様のお陰で随分心配させられたし、苦労もさせられたんだから。これくらい弄ったって罰は当たらないよね。
「おぉ・・・神は・・・神の愛はもういいからぁ・・・」
ああ・・・うん・・・愛華さんの説法は長いかなねぇ・・・それも絶え間ない。そして必ず、いつの間にか神の愛の話に移ってる。あれは一種の拷問といってもいい気がする。そんな事本人に聞かれたらやっぱり説法が待ってるから言わないけど。
愛華さんの姓は鳳、名は徳、字は令明って言う。
私たちの住む西涼は国の西端だから、色んな民族や文化が混じっている場所が沢山ある。特に「糸絹の路(シルクロード)」を通って貿易にやってくる羅馬(ローマ)や、砂漠の国の商人たちは漢土でも余りないんだって。
愛華さんの家は、羅馬の商人が漢人と交わって建てた家だって聞いたことがある。だからか分らないけど、愛華さんの家では孔子の教えじゃなくて、異国の神様の教えを大事にしている。そういうちょっと特別な環境で育ったせいか細かい事を気にしない質の人が多い西涼じゃ珍しく細かい気配りが出来る人だったりする。
「まあ、その愛華さんだけどさ~」
ぶつぶつと何かを呟き続けていたお姉さまはビクッと肩を震わせた。やだ、すっごく楽しい。
「無論怒っていますよ?ええ、怒っていますとも」
唐突に後ろから掛けられた声に思わず後ろを振り向いちゃった。そこには輝く笑顔を浮かべた阿修羅だった。
「いいえ、敬虔たる神の使徒ですよ?蒲公英さん」
「また顔に出てました?」
愛華さんはよく西涼の人は表情で考えが読みやすいって言う。お姉さまとかは兎に角、蒲公英はそうでもないと思うけど、こういう時はよく考えを当てられちゃう事がある。蒲公英は実は愛華さんは読心の仙術ができるって言われても驚かない。
金色の長い髪に蒼い瞳、白っぽい肌って言う漢人離れした姿は羅馬の方の人の血らしい。着ているのは漢土では見ない、白と黒のヒラヒラした服。確か修なんとかって服で、愛華さんたちの宗教で女の人が着る、道教の道袍見たいなものだって聞いたことがある。それに革の腰帯に結ばれた瓢箪が多分唯一の漢土っぽさ。一度見たら絶対忘れないよねって感じの格好をしてる。
でも一番印象に残るのはやっぱり何時も背負っている黒いおっきな棺。鎖が繋がれた、愛華さんの背丈よりもおっきなその棺は愛華さんの武器なんだけど、そんなものを背負ってると当然人の注目を集める。今も見張りの人が愛華さんの棺に釘付けになってるし。「人喰い仙女」なんて物騒な二つ名の由来にもなってるし。
「そう言うことは今は置いておくとして、翠さん?ご自分の立場をご理解しておりますか?範(ハン)様や嵐(ラン)様にも、出征前に言われましたよね?立場を弁え、為すべきことを理解しろ、と」
にっこりとした笑顔なのに恐怖しか与えないって言うのは結構すごい事だと思うの。蒲公英が見た事があるのは伯母さまと韓遂の小母さま、そして愛華さんくらい。愛華さんの神様はもしかしたら閻王爺(閻魔大王)みたいな顔なのかも知れない。
ちなみに範と嵐はそれぞれ伯母さまと小母さまの真名だったりする。蒲公英たちより大分長く軍にいる愛華さんは、二人から真名を許されていたりする。
「えと・・・その・・・勿論わかってるよ?でもあの時は自制が効かなかったっていうかさ・・・ほら、だって孫家の連中だったんだ。兵士たちの喧嘩で死人も出てたし、仕様がなかったって言うか・・・」
「それなら尚更大将である翠さんが冷静にならなければいけなかったと分りますね?」
お姉さまの必死の言い訳をばっさりと両断する愛華さん。うん、まあ、両方言いたいことは分るけど、実際迷惑被った側からすれば蒲公英は愛華さんの味方かな。だからそんな泣きそうな表情で見られても助けてあげないよ?
「そもそも、人の上に立つ立場の人間が何時までも私怨を抱いていてはいけないのです。そも主は仰られました、汝の敵のために祈れと・・・」
「分かった!分りましたから!ほんと反省してるから、だから教養っぽいこと言わないで!頭が痛む~!」
蹲りながら両手で耳を塞ぐお姉さまに延々とお説教、でもいつの間にか神様に関する説法に変わっているそれを前に半泣きになっている。
お姉さまが説教されてる時の顔って見てるとすごくぞくぞくするんだよね。
黒羽視点
裏禍と許攸が戻ってからはあたしの天幕はちょっとした情報交換が行われていた。そして日が暮れだした頃、裏亞が入ってきた。審配が補給隊の指揮をとって渤海からやって来たのだ。挨拶も程ほどに、審配には渤海周辺の近況を尋ねる。
「元皓さんたちが鄴の韓馥さんから兵糧の提供を取り付けてもらいました~。兵は出してもらえなかったのは残念ですけど~、これで大分領民の負担が減らせますね~」
他には遼東の公孫恭から派兵が断られた事も聞いた(太守の公孫康が病没し、彼女が代理を務めているらしい)。理由としては朝鮮方面の異民族への備えと言う、あの位置からすれば至極真っ当なものだった。
姉妹が両腕に張り付いたまま、審配の報告を聞いていく。この後左程大事な情報はなかった。
「あ、そう言えば大事な事聞き忘れてたな。汜水関の敵、誰がいるか調べられたか?」
「旗の確認だけしか出来ませんでした」
結果が不本意だったのか、やや悔しげなものが混じっていた。彼女の報告によると確認できた旗は、張旗が二つ、華旗、徐旗の四つだったと言う。呂布がいないのは演義の通りか。もうほんと史実知識があんま役に立たないな。
汜水関の張旗、片方は多分張遼だろう。ある意味呂布以上に危険な感じがしないでもない相手。華は華雄、徐は徐栄かな?
董卓側の兵も十五万程は固いと言う。だが、こっちも既に十五万を超えている。兵力数では負けていない。向こうには砦の利が有るけど、それは同時に騎馬を使えなくさせる。だから総じて言えば今の時点ではそこまで不利ではない筈だ。
「それでさ、一応洛陽攻略に関しちゃ腹案が有るんだが」
「奇遇ですね。私も腹案が出来上がりました」
・・・ほう・・・出来たと抜かすか。お前の頭は認めているけど、この場で出来た(と言う風に聞こえた)と言うか。あたしはこれらの資料とか読んで結構頭を悩ませたのに。ちなみに裏禍と裏亞は他の仕事が有ったから手を借りれなくって、頭が痛くなったくらいだ。
結果だけ言おう。あたしが数日掛けて考えた腹案と、許攸の即興の腹案が同じ内容だと分った時は色んな意味でやるせない気分になった。
後書き
俺の書くオリキャラって予定した通りのキャラにならないな~と凹んでいる今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。
最近恋姫の次回作は戦国ランスみたいなシステムで出てくれないかな、と考えています。そして捕まえた女の子を調教して味方に、とか。
それはさて置き本編、前の騒ぎの始末に関する話でした。劉備勢やち○こ太守の登場を期待していた方は申し訳ありません。
そしてまたオリキャラが出てきてしまいました。おかしい、こんなに増やす積もりはなかったのに・・・取り敢えず董卓編終わったらオリキャラ紹介でも書こうかな。一応この人らにも活躍の場は用意していますので、無駄キャラにはならないかと。
それでは今回はここまで、また次回お会いしましょう。