「・・・と言う訳でこれがあたしの手の者で連絡を着けることに成功した、董卓に不満を持つ有力者を纏めた表です」
麗羽様の天幕の中央の机の上に竹簡を広げ、集まった面々に見せる。ここにいるのは麗羽様、孟徳さん、そして一昨日到着した伯珪さんこと、公孫賛の三人。まだ人数が集まっていないのでちゃんとした作戦会議は出来ないが、取り敢えずこっちが独自にやってきたことに関して情報を共有するくらいはやった方がいいと思い、あたしが麗羽様に提言した。
そしてあたしが三人に見せたのはあたしが草(隠密)を使って連絡を取ることに成功した、内応要員の書かれたリストである。主に麗羽様の伝をたどったもので、載っているのは尚書令の王允、国舅の董承、そして麗羽様の叔父である袁成様である。細々としたのはまだいるが、挙兵とかを期待できるのはこの三人くらいなのだ。
「そう。なら、筆を貸してくれるかしら」
孟徳さんの言葉に、あたしが墨を磨って準備する。こん中ではあたしが一番下っ端なので。
そして表の後ろの方に二つ名前を書き足していく。荀攸、そして司馬孚という名前が書き足されていた。
「合流する前に、私たちの方で連絡を取ることに成功した人間よ。それなりに期待できる筈よ」
ふむ、荀攸はたしか荀彧の甥・・・いや、これまでの前例通りなら姪なのか?兎に角そんな縁者だった筈だ。司馬孚は・・・覚えがないな。まあ、いいや。こう言うのは大いに越したことはないからな。ばれさえしなければ、と言う前提条件が掛かるけど。
そしてこの人物たちに対する孟徳さんの評価と、期待できる能力を教えてくれた。話が一段落し、何となく目が伯珪さんに向いた。いや、この人さっきから聞くだけで発言しないな~、と思って。すると麗羽様たちも同じ事を思ったのか、それとも単なる偶然なのか、全員の視線が伯珪さんに集まった。
「な、なんだよ・・・仕方ないだろ、朝廷に知り合いとかいないんだよ」
たじろぐ伯珪さん。そういう積もりじゃなかったんだが、なんかあたしが悪い事をしたみたいだ。
「・・・あ~、まあそれは兎も角ですね。問題は洛陽の方もこっちが兵を動かし出した事を察知したようででしてね、関所の監視が厳しくなっているようです。戻ってからの草が都に戻れないって報告してきましたし、逆に洛陽の中の草とは連絡が取れないんですよ。孟徳さん、そちらの方はどうでしょう?」
取り敢えず話題を変える事にした。まあ、ちゃんと実のある話題だし。
「そう・・・私たちの方は定時連絡がもう少し先だから分らないけれど・・・細作衆出身の貴女が育てた草が駄目なら私の方も危ないわね」
・・・何故この人があたしの出自を知ってんだ。ああ、麗羽様か。麗羽様に目線を移すと小首を傾げられた。可愛いな、コンチクショウメ。
「まあ、父上の細作衆ならどうにかなったかも知れないですけど、今うちが使っている草は大分錬度に差が有るんですよね」
一応あたしも指導に参加しはしたけど、あたし自身それ程細作の技能が高い訳じゃないし。いや、隠行に限れば自信はあるけど。
「ええ、黒羽さんのお父様と、彼が率いる細作衆は河北随一とお父様から聞いておりましたわ」
「そう、機会があれば会って見たいわね」
もう居られないんですけど、空気が悪くなりそうなので言わないでおく。麗羽様もしまったって顔してるし。
ここでまた何となく伯珪さんに視線を移す。や、やっぱり聞くだけで発言がないからね?そして狙ってなのか偶然なのか、又も全員の視線が伯珪さんに集まる。
「な、何だよ・・・仕方ないだろ、異民族相手にそんなの使う必要なんてなかったんだから・・・」
再びたじろぐ伯珪さん。ちょっと涙目になっている。何かその・・・ごめんなさい。
場の空気が危惧していたのと違う意味で悪くなってしまったが、救世主はすぐさま現れた。
「失礼します、と裏亞は挨拶します」
天幕に入ってきたマイプティスールがメシアに見える。
「涼州より馬超殿が到着なさいました、と裏亞は報告します」
おや?てっきり馬騰本人が来るもんだと思っていたけどな。
「分りました、入っていただいてください」
麗羽様の言葉に、裏亞は天幕から出て行く。少し置いて、ポニーテールで太眉毛の快活そうな女の子が裏亞と共に入ってきた。
「武威太守、馬騰が娘、馬孟起、母様の名代としてこの戦に参加させて貰うよ」
各々挨拶を返し、あたしが今までこの天幕で話していた話の顛末を伝える。
「あ~、悪い、そういう難しい話は任せるよ。そういうの得意じゃないんだ」
孟起さんは苦笑いを浮かべながら、ばつの悪そうに頭を掻いた。そう言うのは余り言うべきではないと思うんだけどね。相手如何では舐められる。こういう場で舐められるのはよろしい事ではない。自分だけでなく、自分の下にいる多くの人間の命にも関わるのだから。まあ、その飾らない態度は個人としては好感が持てるが。後伯珪さん、仲間を見るような目で彼女を見ていますが、貴女とは微妙に方向性が違うと思うんですよ。
「孟起さん、済みませんが貴女のお母様が来なかった理由をお聞かせ頂けますか?」
麗羽様の質問に、他の二人も反応して孟起さんに視線を向ける。
「ああ、ちゃんと訳があるんだ。母様は今、韓遂の叔母様と手を合わせて涼州の、董卓寄りの城を牽制してるんだ。涼州から董卓へ送られる援軍はそれなりに減らせるんじゃないかな」
お陰で連れて来られる兵が少なくなっちゃったけどな、と孟起さんは無垢な笑みを浮かべた。
孟起さんが語ったことは、あたしとしてはこの上なく良いニュースだった。伝聞の上でしか知らないが、辺境の騎馬民族の脅威は良く耳にする。その騎馬民族と戦い、育て上げられてきた軍勢が精強であることは疑いようがない。涼州もそのような場所であるだけに、‘涼州からの’援軍がないというのは大きい。と言うか、涼州以外に董卓に援軍を出す場所もないだろうから、その効果は計り知れない。
「分りましたわ、董卓との戦に勝てれば、何れお礼を申し上げなければいけませんわね」
麗羽様の言葉が嬉しかったのか、孟起さんは顔を僅かに赤らめながら表情を崩した。
董卓軍は涼州からの増援を制限され、そして私たちが涼州からの助力を得られた。これは戦の趨勢を決める為の、決して小さくない要素。
華雄視点
「どうだ?雨」
「ん~、ざっと十万近くかな~。今の数なら・・・汜水関で何とか堰き止められるんじゃないかな」
私の肩の上に立ちながら、遠方を見やる雨はそう言った。
「その程度の相手なら、一万で先制すれば崩れるのではないか?」
今の段階なら涼州から引き連れてきた精強な騎兵で蹂躙することも出来るのではないか。そう思い、私は雨に提案した。
「ん~、もうちょっと早く連中の動きを察知できてりゃね~。ただ、錦仕立ての馬旗が立っちゃってるんだよな~。李儒の野郎、威張り腐ってこれっぽっちも役にたちゃしね~」
錦仕立ての馬旗。それは私たちにとって因縁ある人物があの場にいると言う証拠だった。
「ならば雨!尚更今の内に叩いておくべきだ!」
あいつらは危険だ。敵に回したことがあるから良く分る。羌や胡の騎兵とすら別格と言って良い力を持つ最精鋭だ。正面から相手するには、例え私たちでも容易ではない。
「無茶無茶。雨たちだけじゃどうにもならないよ。他にも黒縁黒字の曹旗とか、あたしらだけで相手とか有り得ないって。多分かくちんに言っても関を利用して消耗させろとか言うんじゃね?」
むう、賈駆なら確かにそう言いそうだが・・・いや、賈駆の智謀を信頼していない訳ではないのだ。馬騰、韓遂の反乱の時、悔しいが彼女の智謀がなければ私たちはここにはいなかっただろう。
「兎に角戻るよ。詳しいことはかくちんに報告してからだね」
雨は私の肩から自分の馬の背に跳び移る。拠点としている汜水関への道を駆ける。暫く駆けていると、ふと雨が声を掛けてきた。
「・・・なあ、今思ったんだけど、何で李儒はあいつらの集合場所を知っていたんだ?」
「む?洛陽の外で動きがあることは前から掴んでいたんじゃなかったか?」
もう一月以上前に、賈駆がそんな事を言っていたような気がするのだが。
「そう言う事じゃなくってさ、なんであいつ、連中の集合場所を知ってたんだ?あいつがかくちんより先がけて情報を掴むなり、推理するなりは初めてな気がするぞ」
言われてみればその通りだ。李儒が謀士として役立った記憶は、賈駆と別行動をとった時くらいのものだ。だが、それ程疑問に思うものだろうか。
「確かに李儒の智謀は賈駆に劣るが、だから彼女も色々研鑽を積んだのではないか?」
李儒は賈駆に対し劣等感を口にしたことが幾度かある。隠れて己を磨いていたのだろう。
「・・・人間全部がかゆちゃんみたいに素直だったらさぞ平和な世の中になってるんだろうね」
雨が最後に何か呟いていたが、馬の駆ける足音と風を切る音で私の耳に届くことはなかった。
黒羽視点
この日の仕事を終え、あたしは自分の天幕から古琴を持ち出し、同じく天幕から持ち出した机の上に置く。
仕事とかでストレスが溜まったりした時、あたしは料理でよく発散してきた。元々は前世の味の再現が目的だったそれだが、今は立派に趣味になっていた。ただ、戦地にそんな色々食材がある筈もなく、こっちに来てからは専ら前世の頃から覚えている歌を再現することに移っていた。もっとも、耳コピだし、前世のあたしはどちらかと言うと音痴だったのでどこまでやれてるか不安はある。それにこっちの楽器でやり易いように多少アレンジ入れる必要があったりするけど、それも結構楽しかったりするんだよな。
他に琵琶や胡の類も学んでいるが、曲の再現とかを試している時は大抵古琴を使っている。そんで偶に、休憩中の部隊の奴らの所で演奏してみたりするのだ。そんで今あたしの前にいるのは、麗羽様と孟徳さんをはじめとした、もう到着している軍の偉い人一同。ナシテコウナッタ。
「麗羽が言ってた、貴女の独創的な曲、期待しているわよ」
孟徳さんの言葉に絶望した。またですか、麗羽様。余りあたしをお偉いさん方の前に出さないで下さい。緊張で胃腸がマッハです。
「趣味でやってるだけですから、過度の期待はしないで下さいね」
あんまり他人の演奏は聞かないから基準が良く分らないんだよな。この時代基準の雅な曲があたしには合わないから。
さて、曲のチョイスはどうするかな。戦前だし、景気いいのでいくべきだよな。
ふと、空を見る。完全に日が落ち、篝火だけが明かりをもたらす。電気がまだ扱われる前の世界は、21世紀の都会では想像もできない程に星が良く見える。・・・恋色マスパアレンジでいきますか。
華琳視点
独創的、麗羽がそう表現したのが良く分る。奔放で躍動感に溢れる旋律は中原では耳にしたことのないものだった。いや、どこか張三姉妹のそれに似ているのかしら。あれは妖術を使って楽器では出せない音も使っているけど、雰囲気に共通性があるのかしら。
暗がりである事もあるのでしょうけど、指の先が増えて見える程の速さで弾き出される音程は駆ける様な印象を受ける。けれど意図する旋律には二本の腕では、もしくは古琴一つでは足りないのだろう、時折口笛を織り交ぜ、絡みつく二つの旋律が一つの旋律へと融合を果たす。まるで元々が一つの音であったかのように。
いつの間にか、私は星空を眺めていた。星はあらゆる事象の予兆を人に伝えると言う。なら、それは星々が自ら望んで行っているのか。それとも天の意思に従っているだけなのか。もし星たちに己の意思があるのなら、それはこの曲のように自由で奔放なのだろうか。
ふと、他の観客を様子を覗いててみる。
公孫賛は先の私のように星空に目を向けていた。やはり、星々に思いを馳せているのだろうか。
馬超は目を閉じ、体を揺らしていた。彼女が奔放な旋律から思い描くものは草原を駆ける馬の快活さだろうか。
そして麗羽の目線は、ただ真っ直ぐに張郃に注がれていた。
後書き
久方振りに何かカードゲームをやってみたいなと思う今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。
一緒に小説を企画している友人が仕事で香港に行ってしまいました。お陰で計画が頓挫の危機です。
それはさて置き本編ではお馬のお二人が初登場しましたが如何でしょうか。まあ、後から来た馬さんはほんと出ただけ感がありますが。まあ、袁術合流時にイベント用意してますし、戦闘でも出番があるので、彼女の活躍はちょっとお待ちください。
余談ですがオリキャラの雨は台詞考えたりするとき何故かモモーイの声になります。
それでは今回はこれまで、また次回。