「どうです?ご注文の通りにこさえられたと思いますがね?」
鍛冶師の親方の言葉と共に品のサンプルを受け取る。鉄を薄く打って緩やかな曲面を作り上げる。長めの木の柄を持つそれは武器としては異様なシルエットをしていた。あたしはそれを手に取り重さを確かめる。
「・・・うん、頼んだ通りだね。良い鉄サン(金に産)だ」
鉄サン。それは土を掘るための道具であり、戦場では兵器としても機能する多機能品。なんて言うと仰々しく感じるかもだが要はシャベルだ。農具として似たような物はあるが、木製のシャベルに、先端の部分のほんの一部に青銅の歯を差し込んだだけという物だ。性能も悪ければ耐久性もない。戦場での使用には向かないので、わざわざ鉄製のやつを開発して貰った訳である。
「そりゃ良かった。では、これと同じやつを五百本でしたね。残り四百九十九本、来月の終わり頃には揃えられそうです」
笑顔で語りかけてくる親方と別れ、この日は一旦太守府に戻ることになった。ちなみにあたしの左右にはデフォルトとして司馬姉妹がくっついている。
「あの鉄サンも屯田に回すのですか?と裏禍は尋ねてみます」
「その場合どれほど作業効率に変化があると睨んでいるのか、と裏亞は尋ねてみます」
道中、二人がそんな事を聞いてきた。
「や、流石にアレは屯田には使えないよ」
確かに鉄の農具は農作業の効率を大きく上げるだろう。だけど民屯の農具は基本的に無償提供だ。確かに被提供者に一時的な増税措置を採っているが、一人当たりで考えると暫くマイナスが続くから財政に小さくない負担をかける。流石にほぼ無償で譲渡する物をそこまで贅沢に出来ない。まあ、場合によっては売り物としてならいいかも知れないが、値段を考えるとやっぱ売れそうにないし。製造費の高さから軍屯でも仕様が躊躇われるし。
それに完全に農具として作るなら鍬とか犂の方が効率がいいと思うし。農業に詳しくないからイメージ的にけど。
兎に角鉄そのものの価値が下がらないと無理だろう。
「それに武器としても振るえる様にっていう側面もあるしね」
元々土木作業用の道具だが、近接戦闘には充分過ぎる戦果を求められることは第一次世界大戦前後に於ける塹壕戦が証明している。
「アレは正式な武器としても扱うからな。扱い方は慣れてもらわんとならんし、弩もまだ定数揃ってないし、ほんと軍隊作るのって色々入用で大変だわ」
全く、色々有る兵装の中から必要そうなのを判断して揃えるってのも結構大変だわ。予算にも制限あるから必要なものとそうでないものの判断がシビアでないといけない。そういう意味では工具と武器を兼任できる(純粋な兵器には劣るが)シャベルは使い勝手が良いのではないか?少なくとも持ち替えのタイムラグがなくなるし。
その後屋敷に着き、自分の部屋で書類処理に入る。この手の作業は得意ではないが、裏禍裏亞が手伝ってくれるから結構はかどる。
そして日が傾きかけてきた頃、意外な客人がやって来た。
「儁乂さん、いますか?」
戸の外から聞こえたのは、意外にも許攸の声だった。
「あ、はい、どうぞ」
処理し終わった書類を纏める作業を中断する。何だろな?あまり会話するほど仲が良い訳じゃないんだが。取り敢えず用事を聞くか。双子が外していた笠を被り、顔を隠したのを確認してから戸を開ける。
「ええ、もうすぐ祖父のの命日なので久方振りに里帰りすることになりまして。一応挨拶に、と」
どうやら暫く仕事場を休むからその挨拶回りみたいなもんらしい。律儀やね。その後、礼儀として二三応答して帰っていった。あたしも席に戻って仕事に戻る。
それにしても・・・・
「里帰りか・・・」
そう言えば色々有ったとは言え、元皓様に引き取られてから一度も墓参りに戻ってなかったな~。と言うか思い浮かびすらしなかった。ちょっと親不孝が過ぎるかな。あたしも一回くらいは墓参りに行った方が良いよな。
最近は黄巾との戦いもこの付近は落ち着いてきたし、許攸が休みをもらえたってことは、あたしも申請すれば休みもらえるかな?偶然にも父上の命日がもうすぐだ。
ふと、顕わになった姉妹の目がこっちを向いているのに気付いた。
「どうかした?」
「いえ・・・お姉様は・・・家族が恋しいのか、と・・・裏禍は疑問を・・・」
「その・・・お姉様には・・・裏亞たちがいる、と・・・裏亞は・・・その・・・」
いつもは物事をはっきりと言う二人が珍しく顔を赤くしながら言いよどんでいる。これは・・・慰めてくれてるのかね?
「別に気を使うようなことじゃないよ?随分昔のことだし。それに今の生活にも満足してるし」
あたしは二人の間に立ち、抱きしめるように頭を撫でる。サラサラした髪の毛が手に気持ちいい。二人も悪い気はしていないようで、何も言わずにされるがままにしている。大体一、二分程そうして、一旦二人から離れる。
「や~、そう言やあたしが戻ってきてから何だかんだで二人とゆっくり過ごしたり出来ないでいたよな。良けりゃさ、あたしの里帰りついでに暫く三人でのんびりするか?」
「・・・と言うやり取りが有りましてですね・・・」
「・・・それはご愁傷様と言うか、ってことは許攸さんも?」
「あ~、城を出た直後を呼び戻されたそうで」
その日、いざ休暇を申請しようとしたその時、見計らったかのように入ってきた大規模な黄巾が冀州に侵攻して来たと言う報告の為、あたしらはそれらを口にするタイミングすら得られずに軍の編成に駆り出された。
東南から押し寄せた黄巾軍から領民を守るために兵を出すことになった訳だが、一体どうしてこんな急に黄巾軍が雪崩れ込んだのか。聞く所によると小規模の部隊が幾つも現れ其々が近隣の邑々を襲っているらしい。
幸いこちらも数には余裕があるため、軍を三つに分けて対応することになった。麗羽様と猪々子が一つを率い、斗詩と許攸が一つ、あたしと沮授の兄さんが一つ。元皓様と審配がお留守番である。
尚、この組み合わせを選ぶ際、許攸と猪々子は絶対に同じ部隊に入れてはいけないという不文律が有った。フィーリングで行動する猪々子と理詰めの許攸の相性の悪さはみなの知るところだということだった。
で、馬に乗っておよそ一万の軍勢の先頭を歩くあたしと、横に馬車で揺られている青年こと沮授の兄さんは目的地に向かいながらも雑談をしていた。と言っても油断しているつもりはない。斥候は定期的に出しているし、事前に出た情報の分析も終えている。今は特にできる事がないのだ。
ちなみに裏禍と裏亞には後方の輜重隊の指揮を執ってもらっている為ここにいない。更に言えばあたしの部隊二千も留守番である。まだまだ使い物にならなさそうなので。
「それにしても急にわらわらと。どういうことですかね?」
事前情報だとやけに統制の取れていない印象を受ける黄巾の動き。流石に気になるものがある。
「正直読めませんね。確かにまともな統制を失っているように見えますが・・・もしもあの情報が本当なら納得もいきますが、今は何とも・・・」
沮授の兄さんの言う「あの情報」。それは曲阿という地で張角が討ち取られたと言うものだった。ただこれに関しては情報が色々錯綜しているため判断が付かないと言うのが出発前の軍師団の結論である。
結局この一連の戦いは二ヶ月余りでけりが付いた。その際に何人か捕虜を捕る事に成功し、そこで張角のいた本隊が撃破されていたという情報は時事だったと言う裏が取れた。張角の生死は不明だが、黄巾党は完全に統制を失い各地で殲滅されていっている。黄巾の乱そのものの終わりが近づいてきていると言うことだった。
正直あっちこっちに、小規模な盗賊団程度の規模しかない相手を潰していくのは煩雑で、且つ弱い者苛めみたいで気分の滅入る作業だった。
その間、北海ともなるべく連絡を取り合って情報交換にも努めていたが、曹操、劉備、孫策の名がよく話題に出るようになってきた。当然と言えば当然なメンツだが、やはり先を思うと怖いと言うのが正直な所だ。この中で劉備だけは朱里と雛里というパイプ(二人が劉備軍に受け入れられたと言うのは護衛につけた兵士たちから報告を受けていた)があるが、天の御使いとか言う奴のこともある。果たして味方にして大丈夫な奴なのか。や、こういう分析はあたしがやるべきことじゃないか。
兎にも角にも、黄巾の乱が一段落し、あたしらは誰一人欠けることなく再び渤海で再会を果たした。この再会を喜び合ったあたしらは、されど翌日元皓様が提起した会議でなんとも言い難い感情を抱くことになった。
「先程公路殿の荊州刺史就任が決まった旨が、使者より伝えられました」
皆を集めた元皓様の言葉に一同がざわつく。ちなみにここにいるのは麗羽様、元皓様、沮授さん、猪々子、斗詩、許攸、審配、そんであたしである。麗羽様陣営の中心が出揃っている。
「それはもう勅令が下されたのですか?」
先ず発言、と言うか質問をしたのは許攸だった。
「いや、荊州管轄内の太守たちが朝廷に推薦し、それが通っての。じゃが、一応乱も収束しきっておるとは言い難い現状、正式な勅令として下されるのはまだ時間が掛かろう」
ふむ?そうだろうか?本来その混乱を収束させる為にも早く刺史を・・・ああ、乱が中途半端に収まった今からもう権力闘争始めたのかな?宦官と外戚たちの。いや、呉越同舟の理屈で清流派まで復帰しているから更に混沌としかねんのか?もしそうならガチで外を気にする余裕もない?
「ならば我々も本初様に刺史くらいには就いてもらわなくてはいけませんね」
許攸のこの発言は袁家の後継争いを意識してのものというのは明らかだ。だが麗羽様は妹様と事を構えたくはないのだろう、顔を顰めている。
「それでしたら~、幸い、と言ってはいけないのでしょうけど~、青州の刺史が乱の影響で空位になってますね~」
続いたのは審配である。新参の二人は麗羽様が袁家の跡目を狙う事を前提に話している。それが麗羽様の機嫌を損ねていることに気が付いていないのは、まあ仕方ないんだろう。これも麗羽様を想っての考えだろうし。でもやっぱり、麗羽様の意思をはっきりさせてもらわんといかんかな。
「すみません、二人とも、まだ麗羽様がどうするか口にしていない以上、そこまで考えるのは早いでしょう」
あたしの言葉にまず、許攸と審配が不思議そうな表情でこちらに視線を向け、ついで猪々子と斗詩が「ああっ」とあたしの言葉の意味に気が付いたようだった。元皓様と沮授の兄さんは初めから、少なくともあたしと同じところまで考えていたのだろう、特に表情を変えることもなかった。
「その通りじゃな。我らが主殿は己の為したきを明確にしておらん」
続いたのは元皓様だった。
「本初殿がどうしたいか。それを示さぬでは我らに為すべきことはない。御心はお決まりですかな?」
意地の悪い訊き方するな、元皓様。でもまあ、こればっかりは麗羽様にしてもらわなくちゃならん決断だしな。実の妹と、どういう立場を選ぶのか。多分、麗羽様にとってソレは大きな葛藤なんだろうな。
「・・・私は・・・美羽さんとは・・・争いたくありませんわ」
姉として、麗羽様が優先したいのはソレなのだろう。だがそれは私情であり、臣下の立場からすれば決して良い返答ではない。ここにいる人間だけなら兎も角、他の臣下にも伝われば勢力の瓦解に繋がりかねない。何せ麗羽様の下での出世が難しくなるのだ。
「それは・・・家督を譲るということですか?公路殿に」
・・・訂正、ここにも上昇志向の高い人いたわ。許攸ってのが。あからさまに態度が表に出てるな。気持ちは分らんでもないけど。対して麗羽様はそれに目を合わせないでいる。一応分っているって事か。
さて、どうしたもんかね。麗羽様が公路様と対立したくないのは分る。が、公人としてはよろしくない。けど姉妹喧嘩どころじゃなくなるであろう対立を嗾けるのもな~。あたし自身、立つべき位置を見極められない。う~~~~あ~~~~。
「・・・誰からも発言がないようですので、僕からよろしいでしょうか?」
先の麗羽様の発言以降、嫌な雰囲気で沈黙していた会議で発言したのは沮授の兄さんだった。あたしや斗詩、猪々子は色んな意味で発言し辛いし、元皓様は何やら考え込んでいるし、許攸は不機嫌そうだし、審配はオロオロしているし。
「妹君との関係を心配しているのなら、寧ろ今は後継争いから降りるべきではないと思うんです」
ん?普通、ここで降りなければ敵対フラグでしかないように思えるんだけどな?当然麗羽様もそれを疑問に思い、沮授の兄さんに問いただす。
「この場合重要なのはお嬢様方の心積もりより臣下の思惑ですね。忠臣たる者、誰しも自分の主をより高みに押し上げ、名を馳せることこそ生き甲斐です。お嬢様方の持つ袁家という家名、それは大きな武器になるものです。これを獲る事を放棄した場合、お嬢様の派閥は散り散り、結果としてお嬢様と小お嬢様の関係は殺すか殺されるかの二択になるでしょう」
沮授の兄さんの話では、もし麗羽様の勢力が崩れた場合、後の禍根を断ち切る意味で麗羽様の命が狙われることになるだろう。そして、麗羽様陣営の古参である斗詩、猪々子、そしてあたしも確実に狙われるだろうと。
これが逆の立場なら、麗羽様が臣下を押さえ込んで公路様を保護することも可能だろうが、少なくとも公路様の側に臣下を完全に制御することが出来る人物は恐らくいないだろうとの事。
まあ、多分単純な人数は公路様の方が多いだろうな。お家の地元を制御下に置いているのは政治的に大きい。だからこそ組織的に肥大化しすぎて制御が難しくなっているんだそうだ。まあ、黄巾の乱勃発以前から、実質荊州を半ば支配していたようなものだったらしい。それほどの勢力を纏めきるには人材が不足、優秀な人材の大半は孫策配下だから重用するのも危険だそうだ。
結論から言おう。結局麗羽様に選択肢など与えられていなかったと言うことだった。
沮授視点
お嬢様が袁家の次期当主の座を望むことで決着が付き、解散の運びとなりました。各々が自分の仕事に戻る中、お嬢様の顔色が優れなかったですが、いつもの三人が付いているのでさして心配していませんが。と言うよりそれほど余裕もありませんしね。
そして自分の部屋に戻って仕事の続きをしようと思っていたら元皓さんに声をかけられました。
「嫌な物言いをするようになったの、沮授よ」
「いまいち言うことが分りかねますけど」
険しい顔で語る元皓さんにそう返します。
「本初殿と公路殿との事じゃ。お主あのような事を言ったがの。本初殿たちなら他の臣下を纏めきれると思っておるのか?」
確かに、小お嬢様と似たようなことが言える程度にはお嬢様の派閥も小さくない。今のこの派閥を事実上取り纏めているのは元皓さんですからね。
「難しいでしょうね。そう考えたから元皓さんも敢えて言わなかったのでしょう?」
僕が思い立った事に元皓さんが考え付かなかった筈がないですしね。
「・・・まあの。下はもちろんのことじゃが、上も些かな」
まあ、僕や元皓さんを除くとお嬢様近辺の人間は基本的にご幼少の頃のご友人ですからね。友誼での繋がりですから信頼は出来ますが、それが他人から見て贔屓に見えることもあるんですよね。特に上昇志向の強い人には。今のお嬢様では纏めきれないでしょうね。今の状況を見るに・・・数年待てば或いは儁乂さんが元皓さんの立ち位置に立てそうですかね?今でもお嬢様たちの姉代わりみたいな感じですし。
「ですが、事実として希望はあるのです。お嬢様たちを信じるだけですよ」
そう、如何に難しいとしても希望はあるのです。
「それはそうと元皓さん、お体の加減は如何ですか?」
「・・・何のことじゃ」
元皓さんとのやり取りの末に出てきた質問に、元皓さんの表情が一瞬強張ったように見えました。
「いえ、人間体が弱っていると弱気になるものですから」
「そう言うお主は余程体の調子が良いのじゃな」
らしくもない悪態をつき、溜め息を吐く元皓さん。
「お嬢様たちには僕らと違って確実な未来がありますから」
そう、僕や元皓さんになくて彼女たちにあるもの。それが元皓さんを苛立たせているのでしょう。僕も、厭くまでここ最近体の調子が良いだけで、実際お嬢様たちの役に立てたことは多くないんですよね。
「信じましょうよ。僕たちは持てる時間で精一杯やりましょう。後はお嬢様たちにお任せしましょう。それが多分一番良いでしょうし、それしか出来ませんから」
きっとそれが最良なのだと思いますから。
僕の言葉を聞いた元皓さんは暫く黙ってから、せめてもう十年遅く生まれていれば、と溜め息を吐いて去っていきました。
ええ、それは僕も思いますよ。せめて普通の書生程度には、次の朝に目が覚めないという不安が付き纏わない程度に体が丈夫だったらと。
後書き
冬の祭典がもうすぐな今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。
今月はイベントもさることながら、新作ゲームが目白押しなので色々と財布に優しくない月だと感じましたが皆さんはどうでしょう?
今回は、と言うかもう暫く反董卓連合への繋ぎの話が続きそうです。おかしい、ここまで延びる予定はなかったのに。
尚、唐突ですが一年ほど前から友人と計画していた小説がいよいよ本格起動する運びとなったため、本作の進行が多少遅くなる可能性があります。予定通りに進めば今月中にお目見えできるかと。
序でにそれらとは関係なくちょっとした短編を書こうと考えています。その為次回のお目見えはチラシ裏かオリジナル板になると思います。
それではまた次回。