「で?あの二人は何時切るの?」
夜襲を凌いで三日経った。この黄巾の軍の頭領である波才の信頼を得て、今では彼の天幕で酒を飲む仲になっていた。そんで酔った勢いで色々ここの中の事情を聞きだすことに成功した。
そして今、話していたのは波才を除く二人の頭目に関してだった。
他の二人、程遠志と孫忠は波才の部下という訳ではない。軍閥政治にあるたくさん戦力ある方が偉い、と言うそれに近い。その為、軍事的威圧で従わせている状態なので、信用性に問題があるのだ。ま、付け入る隙は多いに越したことはないけどね。
「何で切るって話になるんだ?」
波才は無表情で返してきた。
「だって、あいつらいると分け前減るじゃん。かっぱらったもんを仲良く山分けって感じじゃないだろ、あんた。寧ろこう、『全部俺様のもんじゃー』とかそんな感じだろ?だから結果的に消すんだろ?問題は時期と理由ぐらいかな?」
大方そんなもんだろ。こいつが漢王朝の腐敗がどうとか、義憤に駆られたとかそういう輩ではなく、純粋に蓄財目的の人間だってことは、ここ数日の付き合いで理解したつもりだ。と言うか、他の二人も同様。ために表向きはともかく、裏では結構ギスギスした関係になっている。全くもってちょっかいの掛けがいがある。今現在でもちょっと火点けると途端に炎上しそうである。それにもっと薪と油を用意して消火不能な大火事に持っていくのがあたしの今回の仕事な訳だ。
ついでに言えばこれらは全部士元の予測通り。黄巾の野営地の陣形と現場の兵士の証言からここまで推測できたもんだ。二十一世紀だったら間違いなく美少女探偵として有名になってたと思う。見た目子供で本当は高校生なエセ少年探偵とは違うぜ。
「だが、あいつらも簡単にどうにかできる勢力じゃねえぞ」
そりゃね、いくらこいつが最大勢力でも、向こうの二人が足並みを揃えれば力関係は逆転する。下手に突けば手を噛まれるじゃ済まない。
「の割には結構酷使してるよね。結構不満溜まってたみたいだぜ?」
それ程あからさまではないが、孫忠が意外と頭が良かった。波才が意図的に二人の部隊に損害が集中しやすいように作戦を組み立てていることに気が付いている。既に程遠志と密会しているのを確認している。内容まで把握できはしなかったが、波才にとって愉快な内容であることはないだろう。
「せめて形だけでも労ってやったらどうだ?良い酒の一壷に礼の言葉でも添えてさ」
「今更だろ」
そう言って波才は何を無駄な事を、と言う表情を浮かべている。だからあたしは得意満面の表情を作る。
「や、目下に対する時間稼ぎには持って来いだよ?これあたしの経験則。そういう気遣いされるとね、こう、良心にちょっと来るもんが出てきたりするのよ。それでちょっとの間は敵対することに戸惑いが出てくるのさ。その内にズバッと解決しちゃえばいいのよ。偶に効かない相手もいるけど」
最後にオチをつけて冗談半分というように見せる。露骨過ぎると誘導に気付かれかねないし。
「お前の態度はどうにも素直に信じるのが癪に思えるよな」
「そこは自分を偽らないあたしの素直ささ」
自分で言っててなんだが、傍から見ればこれも自虐ネタになるのかね?血の繋がらない妹二人に言われたようにあたしは演技が上手くないようだ。だから素の自分を誇張して嘘を吐く。あたしはどこまでこの時代に順応したのかね。
「兎に角やって見て損はないと思うよ?なんならあたしが連中の酌をしてやってもいいぜ?」
兎に角相手に、こっちにとって都合のいい案件を提示する。何れ実行するように、そっと促すわけだが、こうして耳に入れとくだけで一人の時にふと考えてしまうものだ。その方がいざという時背中を押し易いのだ。
取り敢えずこの日はこれぐらいでいいだろう。いくら冗談っぽく言っても、度が過ぎれば疑われやすくなる。
二言三言喋って自分にあてがわられた天幕に戻ることにした。
自分の天幕で待機している間も戦は続いている。偶に天幕を出て攻められる鄴の様子を見たりもするが、心臓によろしい光景は見られないので直ぐに引っ込むことも一度や二度ではない。
一応あたしの仲間が後七日後に城門を内側から開けた時に決着を着けることになっている。今行われている攻撃はその意図を隠すためのものであり、その為自身の被害を減らすため今までの攻撃より手を抜いている。これで孔明や士元たちも策の準備に回す時間が稼げるだろう。
それから更に二日後、波才に呼ばれた。要件は以前あたしが提案した酒を送るというやつだった。やっぱ自分の立場が不安なのかね、打てる手は取り敢えず打っておこうと言うことらしい。ついでにあたしにそれとなく連中の考えを聞き出すようにも言われた。
そしてあたしは食料関係の物資を纏めた区画にやってきた。その中でも酒がある場所にまっすぐ向かう。
「あ、張春さん、ま~た酒くすねに来たんですか?」
酒や油といった、液体の物資を集めた天幕の一つを前にし、一人の見張りの兵が声をかけてきた。十五、六歳ほどの少年で何度か酒やらおつまみやらくすねている内に顔馴染みになった訳だが、そろそろ使い時かね。
「や~、違うって。波才のおっさんに言われてな?程遠志のおやっさんと孫忠のあんちゃんに酒の一壷も差し入れてやれって」
あたしはそいつに酒を小振りな鼎に一つづつ準備させる。同時に酒器もそれぞれ一通りづつ。ただ、片方には他の人を使っていいという許可を貰ったからこの顔見知りにお使いを頼む。
「え~、程遠志様の分ですか~?あの人顔が怖いんですよ~」
青年は溜め息混じりに情けない声で呟く。まあ、言いたい事は分らんでもない。こう、なんと言うか北斗的な強面なんだよな、こう『ヒャッハー、汚物は消毒だぜー!』的な台詞が似合いそうな顔してんだよな~。髪型がモヒカンじゃないのが惜しまれる。
「まあそう言うなって。ちゃ~んとお駄賃も用意してるって」
と、あたしは袖に用意した瓢箪に入れた酒を差し出す。
「さっきちょっとちょっぱって来た。後でこっそり呑め」
「さっすが張春さんは太っ腹。うちの対大将とは違うね~」
そいつと軽く談笑しながらさり気なく程遠志に送られる鼎に近づく。そして自分の体で隠しながら右手の人差し指の指輪を弄る。指輪の先端がずれて、中の液体が酒に入る。それを鼎に供えられていた杓子で掻き混ぜる。
中身は遅効性の毒である。大人一人、飲んでから大よそ半刻ほどで死に至る。酒で薄まり、口に入る割合が下がる事を考えても、助かることは少ないだろう、経験則で判断して。
「ちょっと、人に届ける酒をくすねようとしないでくださいよ」
「いいじゃん、別に。その瓢箪の分で充分だろ?あんたの分は」
半ばじゃれあうように見せながらお互い酒を送る相手の元に向かう。他人に見られても怪しまれにくいように自然を装って。
「・・・と、言う訳で、謀反とか起こす気はないか訊いて来いと言われた訳ですよ。どうする?」
「成る程、流石に自分の立場を危ぶむだけの頭はあるか」
と、言う訳で今のあたしは波才派と反波才派の間を飛び回る蝙蝠さんである。双方に情報を貰い、双方に情報を売るわけである。無論渡す情報はあたしが吟味したり、場合によっては改竄したりする。
波才と比べると孫忠のあんちゃんは結構頭を動かすから情報操作がやり辛いんだよな。
もっともあたしがこんな立ち位置に収まった理由はあたしからの働きかけではない。夜襲の情報により、波才との間に一応の信頼関係が出来た後、向こうから声を掛けられたのだ。
雛里に言われていたのもあるが、もう直ぐ戦いの決着が付くだろうこの時期を置いて、相手側を切るタイミングはない。博打に出る人間がいるならば、やはりこの時期だろう。ただ、三人の中で一番慎重そうなあんちゃんが博打に出るとは思わなかった。いや、程遠志のおっさんにそういうこと考える脳みそがありそうにも見えないが。
・・・消去法であたしが付け入る相手も孫忠のあんちゃん一択だったか。
「で、どうする?あたしとしてはあんたが理由つけて軍隊連れて他所に向かうのをお勧めしたいが」
「ふむ?その場合、契約の代金は払えないぞ」
そう、当然あたしは波才を裏切るのに条件を出した。夜襲の件の後、協力の条件の一つ、鄴の蔵からの分け前はこちらが二割ということで話がついた。そして孫忠はそれを自分がこの軍のトップになった暁には三割に引き上げてくれることになっている。だが、あたしは敢えてここで乗り気でない風を装う。
そして、情報を引き出す口実に使うために波才に運ばされた酒を一杯呷る。次いその杯に注ぎ、孫忠に手渡す。孫忠がそれを口にする。こいつさっきあたしが別の杯に注いだのには口をつけていない。取り敢えず孫忠がそれを飲んだ事を確認してから言葉を続ける。
「元々前の条件でこっちは充分だからね。多く貰えるんなら貰うけど、万が一あんたらが共倒れって結果になったら目も当てられないからね。正直このまま事を進めていいのか迷ってる」
この言葉に嘘はない。少なくともこっちの予定より早く退場されるとマジで困る。
「だから下手を打つよりは波才の旦那に鄴を占領させた方が安全なんだよ。博打は勝てばいいが、今回は負けたときに支払うものが価値分よりでかい気がする」
「負けんさ。波才にこっちの計画を見抜ける頭があるとは思えん」
同感。でもそれはあたしがどうにかするしね。
ふと、眩暈がした。時間か。あたしは席から立ち上がる。
「まあ、いいけどさ。約束通り情報はくれてやる。でもくれくれも・・・」
言葉を言い終える前に足から力が抜けて座り込んでしまう。
「おい、どうした?」
孫忠がこちらに声をかけてくるがそれに返す余裕はなかった。花かなが液体が流れる感触がし、地面に赤い液体が垂れる。
「波才の野郎、あたしごとかよ」
目線を挙げれば歪んだ視界にあたし同様に崩れ落ちる人影が見える。波才が毒の入った酒を持って他の頭目の殺害、兵力の吸収を目論んだ。そういう筋書きなのだ。だが、その毒は二人とも殺すには至らず、黄巾への禍根をより深く育てることになるだろう。
朱里視点
張郃さんが黄巾党の軍に潜入してからもう六日になる。鄴のお城は今日もその攻撃に晒されている。それでも夜襲を失敗したその日から、前ほどの苛烈さはなくなっていた。
それでも敵のこの僅かな弛緩が策の準備に必要な貴重な時間を作ってくれている。
「それにしても韓馥さん、出てこないね」
決行の日、開ける予定の東門の裏での作業を一緒に監督している雛里ちゃんが呟いた。張郃さんが黄巾の軍勢に潜入してから韓馥さんは刺史府から余り出てきていない。と言うより、私たちが来る前から余り督戦に来たりすることは少ないと、他の将兵の人たちが溢していた。韓馥さんは文官だから戦場は向かないし、下手に流れ矢とかに当たるよりはいいって言う人もいれば、一州の刺史様なんだからせめて皆の前で味方を鼓舞するべきだって言う人もいた。
でも私たちのやることに変わりはない。外の攻撃が弛んでからは城壁の守りを工作に回しているから決行まで余裕が出来そう。
「大丈夫だよ。作業も予定通り進んでるし、張郃さんもきっと上手くやってるから」
作戦の都合上、あれ以降張郃さんとの連絡はつかない。変化に弱く、臨機応変な対応が取れないのが今回の策の弱点。だから私たちは張郃さんを信じて自分たちのできる事をやるしかない。
「お嬢ちゃんたち、油はここらに置けばいいのかい?」
兵士の人たちが荷車をおしてたくさんの壷を運んで来た。
「あ、はい、仕込みは夜になってから行いますから向こうの小屋にお願いします」
「あいよっ」
仕掛けに使う油を事前に用意して貰った小屋に運んで貰う。
雛里ちゃんの考えたこの策で、予定調和とは言え沢山の人が犠牲になった。多分そのせいだと思うけど、最近雛里ちゃんの顔色が良くない。
「おいっ!軍医こっちにつれて来い!怪我人運ぶの間にあわねえぞ!」
「無茶言うな!軍医の人員だって多くないんだぞ!あいつらまで怪我したらどうすんだ!」
ふと、近くを担架を担いだ兵隊の人たちが通り過ぎて行った。担架の上では腿に矢を矢を受けた兵士の人が苦しんでいる。私の横で雛里ちゃんの肩が震えだした。だから雛里ちゃんの手を握った。
「きっと大丈夫だよ。皆頑張ってるし、全部上手く行ってるから。だからそういう顔しちゃ駄目だよ。皆不安がっちゃうよ」
今回の戦に限れば雛里ちゃんのが多分最良だと思う。だから私は全力で雛里ちゃんを支える。それがきっと、命懸けで戦ってる皆さんと、今はここにいない張郃さんに私が出来る精一杯のことだから。
「で、なんであたしが波才を殺しちゃいけないんだ?」
自分で用意した、致死性のない毒で孫忠と一緒に倒れてから半日、眼を覚ましたのは孫忠陣営内のある天幕の床の上だった。
眼を覚ました際、松明の灯りで天幕に映った影で外に人がいる事を確認、ついでに横に設置された床に孫忠が寝ている(息の質からしてもう起きているようだ)のを確認した。
そして、あたしは床を下りる。足元がふらつく。ま、当然か。致死性のものじゃないのは確かだが、決して弱い毒を使った訳じゃないからな。
「どこに行く気だ」
ふらつく足取りで外に向かうあたしに、孫忠が声をかけてきた。
「取り敢えず、欲しいものが出来たから取ってくる」
「波才の首か?行動が稚拙だぞ」
それを無視して外に出ようとする。
「誰か、張春を取り押さえろ」
孫忠の言葉に呼応して、外に立っていた衛兵が二人入ってきて、あたしはそれに取り押さえられてしまう。
「そんな状態でどうするんだ?流石にそんな有様で首が取れるほど波才も弱くはないぞ」
「上手いやり方はあるさ。けどそれをやる手勢がないんでな」
下っ端に取り押さえられながらもそう返す。くそ、マジで振り払えんぞ。
あたしの言葉を聞いた孫忠は自分の顎に手を置き、何か考えるそぶりを見せる。
「有るのか?良案が」
あたしは訝しげな表情を作る。
「良いのかよ?蝙蝠の言葉を信じて」
「程遠志が毒殺された。俺たちは飲んだ量が少なかったせいか助かったけどな。向こうがこうも直接的な手段に打ってきたんじゃもう猶予はないからな。藁でも縋りたいのさ」
孫忠の顔に悔しさが滲む。絵に描いたような冷静沈着キャラのこいつにしちゃ珍しい。
「ま、信じてくれんなら手はある。幸いあたしの立場は未だ蝙蝠だ。上手く機を作って見せるぜ」
「立場が危ないのはお前もだろ。お前ごとこっちを消しにきたんだからな。お前も日和見できる状況じゃないだろ」
まあ、一見して、孫忠と程遠志、そしてあたしに対して波才が生かしておくべきでない、もしくは消さないと不味いと判断したように見えるはずだ。この時点であたしと孫忠が手を組んでもなんら不自然はない訳である。
さて、こっちでも一応の信頼を手に入れた。そして、上手く波才のおっさんを誤魔化し、更に不安を煽る報告をしてやればいい。そして士元の行った策の通りに動くよう進言すれば良い。それでこの戦はあたしらのもんだ。
さて、黄巾の皆さん、舞台は整えてやるからよ、楽しく踊ってくれよ。
後書き
今更ですが新型インフルが再び流行している今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。どうも、郭尭です。親友が新型インフルにやられました。
最近は連休があるごとにいとこ等の子がPS3やりに来て思うようにSSに時間が取れないでいます。リアルに妹がいる兄と言う生き物であるため、お兄ちゃんと呼ばれても萌えないので厄介な気しかしないです。実の妹とかいなかったら俺も妹に萌えてたのかな?
それはさて置き、黒羽が色々引っ掻き回し、ロリ軍師ーズが準備を進めています。展開が簡単に読めちゃった人は発想力が貧弱ですみません。そして、黒羽悪女化に失敗した感じです。そして軍師ーズは健気さを出せただろうか。課題が尽きません。
この頃残業や休日出勤が増えてきたのでまた遅れるかもしれません。申し訳ありません。
それでは今回はこの辺で。