黄巾党で一軍を任されるようになってから俺も随分羽振りが良くなってきやがった。元々食うに困ってたからこんな奇妙な集団に入ったがこの結果は予想外だぜ。飯も酒もそこらの村からいくらでも奪えるし、女にも不自由しねぇ。そんでついには蜂起して天下の朝廷をひっくり返そうって話になった。
俺は御輿に担いでいる三人姉妹がいる本隊のための陽動としてそこら中で暴れまわるように言われた。
随分楽な仕事だと感じたぜ。何しろそこら中から略奪のし放題だ。楽しくてしょうがねぇ。
この蜂起だって成功すりゃお偉いさんになれるわけだし、負け込んだらとっとと色々持って逃げだしゃ良いんだからよ。
そんで、丁度ここらで一番でっけぇ鄴の街が手薄だって言うから手勢引き連れて囲んだって訳だ。もうちっと早く終わるもんだと思ってたが意外と粘っている。まあいい。どっちにしろ数はこっちが上だし、敵は戦下手だ。俺は城を落としてからの事を考えりゃ良い。そう思って本陣の天幕の中で城攻めの様子を聞いて過ごしていた。
そしてそんな時だった。部下が奇妙な報告をしてきやがったのは。
「女が一人だと?本当に忍び込んでたんじゃなく、正面から乗り込んできたのか?」
「へ、へ~。俺も疑ったんですが、他の連中もそう言うもんで・・・」
報告してきたやつも戸惑っているようだ。俺は傍に控えているここに寄せ集まったほかの軍勢の頭目に声をかける。
「程遠志、孫忠、どう思う?」
俺の両脇に立っている二人の部隊長は一応俺の言う事を聞いているがちゃんとした意味での部下じゃない。俺より預かっている兵が少ないから俺の言うことに逆らえねえんだ。
「あ~、なんとも言えないね。目的分らんですし」
「まあ、判断材料もないですし」
まあ、当然だな。この質問も二人の面目を立てるためのものでしかない。
「そういうのって本人に聞いたほうが早いと思うよ?」
そんな声と共に天幕に入ってくる影があった。それは髪の末端だけ白くなっている奇妙な黒髪の女だった。やけに袖のでかい黒い外套を纏い、妙に楽天的で、それでいて挑発的な笑みを浮かべていた。女は皮袋の荷物を持っていたが、他に見える範囲では武器を持ってはいなかった。
「何だてめぇ・・・」
思わず腰の剣に手を掛ける。他の二人も同じだ。得体の知れない相手を前に、いつでも得物を構えられるようにする。
「外の連中はどうした?」
外で武器を持った兵士に見張らせていた筈だ。
「や~、ちょっとここの偉い人に用があってさ~。邪魔して来るし人の胸見るし、取り敢えずのした」
そう言って女は外套の前を腕で抱えるようにして胸を強調する。色香のある表情に思わず生唾を飲んじまう。だがそれも次の瞬間には元の気楽なものに変わる。
「そんでさ、この軍の中で一番偉いのは誰?」
「今は俺が一番だ」
女の言葉にそう返す。いざと言う時に振るえるように剣をしっかり握る。他の二人も同様に直ぐに斬りかかれる体勢にする。だが女は微塵も警戒した様子はない。気楽に笑みを浮かべているだけだった。
「そうかい。じゃあ、取引の話をしに来たんだ」
「取引だと?」
「そそ、取引取引」
女の笑みがより深いものになる。いよいよ持って胡散臭い。
「何の取引だ?悪いがこっちは忙しいんだ」
「まあ、そう言わんでよ。絶対悪い話じゃないからさ」
この女、人を苛立たせるな。だが、話は聞いておくべきか。ただその前に、
「程遠志、剣を」
俺の言葉に頷き、程遠志が剣を抜き女の喉元に突きつける。
「話は聞いてやる。だが妙な事をしたら殺すぞ」
「・・・わ~・・・女一人にこんなことします?」
女の頬が引きつる。少し溜飲が下がった。
「ここまで一人で乗り込んだ奴が何言ってやがる。これぐらい当然だ」
「え~、いい年したおっさんが尻の穴の小さい。まあ、いいけどね」
んなっ、この女ぁ。
「いいから何の用で来た。人をおちょくりに来たんならただで済むと思うなよ」
「や~、流石にそんなことしませんよ。あ~、あたし、鄴の無頼の徒を束ねている張春と言いましてね。よかったら城の門を内側から開けてやろうかとね?」
この女の言葉に俺だけでなく他の連中も驚きを隠せなかった。
「そんな助けが必要だと思うか?」
「まあ、城を落とすだけなら必要ないだろね。でもあんまり時間かけると増援とか送られてきて略奪の分け前とか減るんじゃない?」
思わず舌打ちする。この女が言ったのはついさっき他の二人と話し合っていたことだ。
「・・・それで、お前はどんな得をするんだ?」
確かにこっちにとって願ってもない話ではある。だからこそ罠かどうか見定める必要がある。そう思いこいつらがする得は何なのか知る必要がある。
「や、もちろんお願いとかありますよ?こっちもあたしに付いて来てくれてる兄弟たちのことを考えにゃならんしね」
待ってたとばかりに笑みを深める。
張春と名乗った女の語った条件は次の通りだった。
第一に張春の手下どもの安全だった。家の上に目印をつけとくからその家は見逃せと言う。なるほど、確かに手下の面倒を見るのは簡単じゃねぇ。少なくとも身内での厄介事は減らせるか。
第二に略奪時の殺しを可能な限り自重。ブン盗って終わりの俺たちと違ってこいつらは将来的にも鄴の堅気の衆を飯の種にしている。あんまり人が死ぬとこいつらも困るのは確かだ。
そして鄴の蔵から盗る金銭やらの分け前を寄越せと言うものだった。理由としてはこっちの略奪の後暫く城の住民からみか締めやら取れないから、その間に使う金が必要と言うことだった。
なるほどな。こいつが無頼と名乗ったがその通りだな。武侠が重んじる義より、まるで商人のように利を求めている。だがまあ、要求に特に怪しい部分はねえな。けど何か腑に落ちん。
それが純粋にこの女の人を喰ったような態度のせいか、それとも何かを見落としているのか。だが、こいつの提案が魅力的なのは確かだ。鄴は規模がでかくて人口が多い。それに金持ちも多いから取れるものが多い。
実入りが多いのは確かだが、やはりこう、現れた時期の都合が良すぎる気がした。
「やっぱり信用できねぇな。悪いがその話は蹴らせて貰う」
「ちょっとちょっと、そうすぐに結論出さないでよ」
俺の言葉に反応して程遠志の、剣を握る手に力が入るのに気付いた女は慌てて捲くし立てるように話す。
「こっちもさ、そう簡単に信じてもらえるって思ってなかったからさ、ちゃんと手土産代わりの情報とか有るんで、せめてそれ聴いてから判断してくれない?」
そう言って女が語った情報は、鄴の官軍が三日後、本陣にに夜襲をかけるというものだった。
「どうやってそんなこと知ったんだ」
「兄弟たちに官軍に徴用されたやつらもいてね。城門を開けるのだってそいつらが門の当直になった日を予定してんだ」
「で、それが本当だってどう証明するんだ?」
「こればっかは信じてもらわないとね~、話が進まないんだよ。ま、あたしから言わせて貰えばあんたらが生きてるのが証明かね」
唐突に、女の態度が変わった。それはまるで年上の人間が出来の悪い子供に言って聞かせる、といった雰囲気だった。
「いい加減作り笑いも面倒だから言わせて貰うけどさ。こっちも命懸けでここに来てんだ。頼み込んでんのはこっちだからな、下手にも出たけどさ。いい加減今の状況も込みで判断できないかな?あんたら騙すにしちゃ無理あるだろ」
言って聞かせていると言う雰囲気だというのに、殺気にも近い威圧感を発している。戦場にいたことがあるのか、それとも裏稼業をやった結果なのか、こりゃ十や二十どころじゃない数の人間を殺しているな。半端じゃない凄味がある。人の上に立っている立場と言うのもあながち嘘ではなさそうだ。だが、
「俺たちを騙すにしては怪しすぎる。だからあんたは俺たちを騙そうとしている訳じゃない。騙すならもっと信じられやすそうな奴を使うから。そう言うことか?」
唐突に声を出したのは静かに事の成り行きを見ていた孫忠だった。
「そう言うの、本人に確認取るのは悪趣味だよ。まあ、交渉事の得意な兄弟たちもいるから、そいつらに任せても良かったけど、こう言うのは先ず上の人間が出て誠意を見せないとだろ。こっちは誠意見せたんだからそっちにも見せてもらいたいね」
孫忠の言葉に頷きながら女はこっちに挑発的な笑顔を向ける。もっともさっきと違って目が笑っていないが。
「へえ、見せなかったらどうすんだ?」
「組むほどの価値がねえんならその首へし折るだけさ」
「出来るのか?そんなことがこの状況で」
「出来ないとでも?そんなことがこの状況で」
この女、大した肝だ。帰る事は考えていないようだが、だとしても本気でここの三人を相手できると思っているのか?
「なら聞くが、俺ら三人を殺せばこの軍は頭を失う。そうすればお前らは俺たちに頭を下げずに自分らの縄張りを守れるんじゃねえか?」
「頭がなくなった蝗がどう動くか分らないからかえって怖いわ」
そう言って女はげんなりした顔になる。そうなった場合の事を想像してみた、と言うことだろうか。だがこれまでのやり取りでこいつをどうするか決まった。
俺は孫忠に雑兵に鎖を持ってこさせる。意図を悟ったのか、女は始めてここに来た時のような楽天的で挑発的な笑みに戻る。
兵が鎖を持ってくると、女は自分からその兵の前に両腕を突き出す。袖から出てきた両手の全ての指に豪奢な指輪が嵌められていた。
「悪趣味だな。その両手」
「交渉事の身嗜みだよ。剣よりこっちのほうが言うこと聞く奴もいるからね」
ま、確かに金のほうが動かし易い人種ってのはいんだがな。こっちの厭味にはのってこねぇか。
「拘束しとけ。お前を信じるか、三日後だ」
女の顔は妙に自信に満ちていた。
そして三日後。新月の暗闇に紛れて攻め入った来た部隊を待ち伏せで返り討ちにした。この日だけ、包囲に使っていた頭数をこっちに回させたのだ。
結果、暗闇で敵の具体的な数は分らなかったが、それなりの被害を与えられたようだった。あの女から得た情報は確かなものだったと言うことだ。敵がかなりの勢いを見せたことだけが意外だったが、それだけ敵はこの奇襲に期待していたと言うことなのだろう。
「で、どうよ。そろそろ信じてくれる気になった?」
そして次の日、天幕でその女と対面していた。女は満面の笑みで縛られた両腕を差し出してきている。その態度が気に入らなかったが、一応こいつを解放してやることにした。
部下に命令して女の拘束を解かせると、何を思ったのか親指につけていた指輪を投げて寄越してきた。
「何のつもりだ?こりゃ」
「ま、契約の証、みたいに思っといてくれ。こっちが多めに代償を払ってれば、アレだ、裏切られた時に容赦なく相手を殺しに掛かれる」
良い笑顔で物騒な事を言う。
雛里視点
今夜の夜襲は予定道理失敗した。待ち伏せを予測して大目の戦力で、兵士の皆さんたちに上手く連携して損害をある程度減らすように指示しましたが、それでも五百近い死傷者を出しました。黄巾党に潜入した張郃さんの援護のために、わざと敵に知られた上で兵を出したのです。これが自分が考え出せる最良の策だとしても。
「雛里ちゃん、大丈夫?」
帰還した兵士の人たちの様子を見て立ち尽くしていた私に朱里ちゃんが声をかけてきた。
「張郃さんだって言ってたよ。それが一番良いって思うんだったら、最後までやった方がいいって」
そう言えば黄巾に出向く時に張郃さんがそんなこと言ってたな。この策を提案したのに実行にためらっている私にこう言った。
『どっちにしろ戦になりゃ人が死ぬ。結果としてそれが減るんだったら躊躇う理由はないよ。だから、この策で出る死人に対して君が申し訳なく思わなきゃいけないことは何もないさ。そいつらを無駄死ににしないことの方が大事なんだよ。特に今回はここの兵士にとっちゃ故郷を守る戦いだ。家族も思いでもここにある。待って逃げることも出来ないからさ。だからそれを守るために皆の命を使うんだよ。皆が命を危険に晒してまで守りたいと思っているものをさ』
その言葉に勇気を貰えた様な気がした。この策が通ったのも張郃さんと、偶然さっきの言葉を聞いていた兵士の人たちが、他の人たちを説得したから。結局誰かに助けて貰わないと、私たちは何も出来ない。だから、もっと私は、ううん、私たちは頑張らなきゃいけないんだ。
「そうだね、朱里ちゃん。それに救援要請も出せたしね」
作戦のもう一つとして、本陣に黄巾の戦力が集中した隙を突いて救援要請の書状を持った早馬を送り出すことにも成功した。送り先は周辺の郡の内の幾つかだけどあんまり期待していない。他の所も他所に援軍を出せる余裕がないと思うから。本命は渤海だけ。あそこには直ぐに動かせる私兵があるから。それに渤海への書状は張郃さんに書いてもらったものだし。
それに、一番大事なのは兵士の皆さんに希望を持ってもらうことで士気を維持することだから。
「皆頑張ってるんだもの。私たちも頑張らないとね」
「うん、早く戦を終わらせようね」
うん、張郃さんが言ったように、死んでしまった人たちを無駄死ににしないためにも頑張ろう。きっと、私の策で死んでしまった人たちに対して、どうしても後悔をなくせないと思う。でも、そう言った私に張郃さんがかけてくれた言葉を思い出す。
『やらない後悔より、やった後悔の方が多分、まだ気持ちが楽なんじゃないかって思うよ』
その言葉がホントかどうかは知らないけど、でも思い出してみたらやってみようって言う気持ちが湧いてくる気がした。
後書き
気温が上がったり下がったり、不安定で体調を崩しやすそうな今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?どうも、郭尭です。
え~、恥ずかしながら温度差にやられて二日ほどダウンしてました。それでなくともスピードが落ちてきているのにな~。
ここ数日ガンダム戦記とセブンスドラゴンで暇が潰れています。他にも幾つか期待してるゲームが控えてて財布に優しくない日々が続きそうです。
黄巾編は基本この戦いだけで終わらせるつもりですが、なんか妙に長くなってしまいました。元々今回で終わらせる予定だったんですが。なんかもう二話ほど続きそうです。元々正史に於ける張郃の初陣をやりたかっただけだったんですが、何故か軍師ーズまで参加してきちゃったり。暴走が悪い方向に向かわないことだけを祈っています。まあ、こういう予定外な暴走が楽しいと感じるのは俺だけでしょうか。
と言うわけで今回はここまで。また次回お会いしましょう。